機関誌『水の文化』69号
Z世代の水意識

Z世代の水意識
教育

「100年後の水を守る」ために、私たちが今すべきこと

Z世代に話を聞くと、水に興味・関心をもったきっかけは中学校や高校での授業や体験が大きく影響しているケースが多かった。
国内外の水問題とその解決方法を取材してメディアから発信するだけでなく、高校や大学で水に関する教育にも取り組んでいる水ジャーナリストの橋本淳司さんに、若年層に対する教育の重要性などについてお聞きした。

橋本 淳司

インタビュー
水ジャーナリスト
橋本 淳司(はしもと じゅんじ)さん

1967年群馬県館林市生まれ。アクアスフィア・水教育研究所 代表。武蔵野大学客員教授。学習院大学卒業後、出版社勤務を経て現職。地域水道支援センターで理事を務める。Yahoo!ニュース 個人オーサー(2019オーサーアワード受賞)。著書に『水がなくなる日』『67億人の水』『日本の地下水が危ない』など。

求められているのは「探究型学習」

「100年後の水」を私たちは守ることができるのでしょうか。

今、気候変動が進み、渇水や洪水など水を取り巻く問題はますます深刻化して、既存の知識や対策をなぞるだけでは解決が難しくなっています。これからの時代は、この社会に生きる私たち一人ひとりが環境問題を自分の頭で考え、自発的に行動していくことが求められます。さらに、次代を担う子どもたちの教育についても、従来の延長線上ではなく、根本から変えていかなければならないと思います。

私が初めて学校教育に携わったのは2001年(平成13)でした。総合的学習の一環として、小・中学校で「世界の水問題」について話をしました。バングラデシュでヒ素に汚染された水を使う人々の話、そして毎日2時間かけて水を汲みに行くエチオピアの人々の生活──。写真を見せて一生懸命説明するのですが、子どもたちの反応は「世界にはかわいそうな国があるんだ」と他人事(ひとごと)のような感じでした。

これではだめだ、水の問題を「自分事(じぶんごと)」として考えてもらうにはどうしたらいいのか。そこで私が着目したのが探究型学習でした。

探究型とは、自ら学び考え、行動する力を身につける学習法です。先生が教壇に立って問題を出し、生徒はあらかじめ決まっている答えを導き出すという一般的な授業ではなく、生徒・学生が興味のある問いを自分たちで見つけ、調べて解決策を考えるものです。

小・中学校で一方通行の話だけではだめだと痛感した私は、大学での研究や節水意識を高める教育などを通じて、水をテーマにした探究型の環境学習のあり方を模索しました。

そして2015年(平成27)、スーパーグローバルハイスクール(SGH)に指定された静岡県立三島北高校が、「水」をテーマに教育活動を行なう際に、外部協力者として探究型の水の授業の実践をお手伝いすることになったのです。

「探究型学習」に取り組む静岡県立三島北高等学校の生徒たちと橋本淳司さん

「探究型学習」に取り組む静岡県立三島北高等学校の生徒たちと橋本淳司さん
提供:橋本淳司さん

素朴な疑問や気づきを遠慮なく話せる環境づくり

しかし、これは三島北高校としても初めての試みで、現場には戸惑いがありました。教員からは、「水のことは何も知らないから教えられない」と不安の声も上がります。探究型の授業では、先生が水について教えるのではなく、生徒が自分たちで何かに気づき、話し合って問題解決をすることが肝心です。先生たちの役割は、生徒たちの気づきや話し合いがうまく進むよう一緒になって考え、そして支援するプロジェクトマネージャーあるいはファシリテーターであることを理解してもらうところからのスタートでした。

生徒には、初めに問いを出す練習をしてもらいました。学校内を見回して、「なぜ学校では鉛筆を使うのか」「どうして窓に網戸がないんだろう」など、小さな疑問や気づきをお互いに話し合うのです。

この時に大切なのは、どんなにつまらない気づきでも決して否定せず、認め合って共有すること。全員が素朴な問いを安心してオープンに話すことができる環境をつくることが、探究型学習のポイントとなります。

プロジェクトの1年目は、「地域の水」をテーマに、5~6人のチームに分かれて課題となる問いを見つけます。ここで大切なのが「現場に足を運ぶこと」。先生から与えられた問いと、自分が何かを見てはっと気づいた問いでは、入り口がまったく違います。自分で体験し、大きなインパクトを受けた生徒は、長く深く考えてアクションを起こすものです。大人にできることは、彼らがいい気づきを得られる場を提供することです。

静岡県立三島北高等学校「探究型学習」のしくみ」

橋本淳司さん提供資料をもとに編集部作成

教育でもっとも重要な「問いと自分との結びつき」

生徒が問いを見つけたら、次はそれをいかに深めていくかにフェーズは移ります。

教育のなかでもっとも大事なのは、「問いと自分との結びつき」だと思っています。水や環境を考える時、往々にして私たちは地球や世界といったスケールの大きい言葉で語りがちです。しかし、そこに自分がどう関係しているのかわからなければ、とるべきアクションは見えてきません。

大きな物語と小さな自分の物語を結びつけて、「私は、何(誰)のために、何ができるのか」という視点で考えることが大事です。それを私はわかりやすく「ハッピーサイクルを回す」と言っています。ゴール設定をするとき、その課題に関連している誰かをどうしたらサポートできるかを考え、行動し、その人をハッピーにするという円(サイクル)です。

例えば、「豪雨災害をなくそう」というテーマを選んだチームがありました。普通なら、豪雨災害について図書館で調べて、「原因は温暖化だから電気をこまめに消しましょう」というポスターをつくっておしまいかもしれません。しかし私は、豪雨災害ってほんとうになくせるの?と問いかけました。すると、「やっぱりなくすことはできない」「だったらいかに被害を減らすかを考えよう」とどんどんテーマが進化していきます。

次に彼ら彼女らは、実際に豪雨災害のとき、地元で誰が困るのだろうということを考えました。自分たちで市役所へ行き、周りの人に聞いた結果、「独り暮らしのお年寄りが一番困るのではないか」ということに思い至ります。最終的にこのチームは、豪雨災害時にお年寄りでもきちんと避難できる方法を考え、提案しました。

このようにテーマを身近に引き寄せることで、問いを進化させていき、時には先生や私のような専門家も一緒になってベストだと思える解決策をみんなで考えていくことが大事です。必ずしも正解でなくていい。自分たちのなかでの「最適解」を見つけ出すことが、探究型学習のゴールといえます。

「探究型学習の目指す地点と生徒たちの声」

橋本淳司さん提供資料をもとに編集部作成

目先の利益に執着した大人世代は何をすべきか

今の若い世代は非常にまじめで、環境に対する意識も私たちの若いころに比べてはるかに高い。しかし、その反面、やや意地悪な見方をすれば表面的に取り繕うことに長けているとも感じます。情報をきれいに整え、プレゼンが様になっているのは要領のよさであり、決してマイナスポイントではないけれど、彼ら彼女らがもっと深く考えていけるよう手助けをするのが私たちの仕事だと思います。

環境問題をなんとなく考えていた時代は、もう終わろうとしています。これからは、少しでも負の面を減らすためにアクションを起こさなければなりません。

ここまで切羽詰まった状況をつくり出してしまったのは、私たち大人の責任です。若い世代のために年長者としてできることは、学校のみならず家庭や社会においても既存の知識を押しつけるのではなく、彼ら彼女らが能動的に行動できる環境を整えるとともに、一緒に考え、悩み、行動していくことだと思います。

水なくして人間は生きていけません。水は誰にとっても身近な存在です。ところが、ふんだんに水を使った生産活動を止めなかったために、美しく青い湖や緑あふれる自然を失いつづけ、井戸水を枯らし、汚した水を川や海に流したことで数えきれないほどの生きものの命を奪ってきました。

「100年後の水を守る」ためにも、ぜひ近くの水辺に出かけて自分だけの気づきを見つけ、それを次世代にどうつなげていくべきなのかを今日この瞬間からを考えつづけるべきではないでしょうか。それは、これまで気候変動を止めるチャンスがあったにもかかわらず目先の利益に執着し、その結果、みんなで守らなくてはならないほど水の姿を変えてしまった私たち大人が、次世代に対して果たすべき責務だと思います。

(2021年10月1日/リモートインタビュー)

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