機関誌『水の文化』10号
アジアの水辺から見えてくる水の文化

世界の湖沼環境問題にも「文化」の眼差し第9回 世界湖沼会議レポート

2001年11月11日(日)〜16日(金)の六日間にわたり、「第9回世界湖沼会議」が滋賀県大津市で開催された。テーマは「湖沼をめぐる命といとなみへのパートナーシップ〜地球淡水資源の保全と回復の実現に向けて〜」。世界75カ国から約3600名の参加者が集まった。 会議にとっては、水質・生態系改善が依然として大きな問題ではあるが、こうした問題を解決するためにも、もはや「水の文化」を避けて通ることはできないと、水と社会の関わりに関する二つの分科会が設けられた。

編集部

世界湖沼会議(注)は、1984年に発足以来十七年の間に世界各地で8回の会議が開かれ、今回の会議はいわば、21世紀初に再び滋賀の地で開かれた「里帰り会議」というものだった。この17年の間、湖沼環境をめぐる課題にも変化が見られることは、テーマの変遷を見ても一目瞭然だ。第五回大会当たりから湖沼環境の持続可能性(Sustinability)に関心の重心が移ってくる。湖沼環境を多世代に渡り守っていくためには、生態系の問題だけではなく、地域の制度や文化にまで目を広げざるをえない。

今回設けられた五つの分科会は、第一分科会「文化と産業の歩み〜環境共生のライフスタイルを考える〜」、第二分科会「環境教育の新たな展開〜学んで・知らせて・共に活動する〜」、第三分科会「飲み水と汚染〜きれいで安全な水を創る」、第四分科会「水辺の生態系とくらし〜壊れやすい水と陸との接点(エコトーン)をどのようにするか〜」、第五分科会「循環する水〜流域で共存する人と自然」。この内、第一分科会や第二分科会で、湖沼会議の歴史の中で初めて、「水の文化」を前面に掲げた分科会が設けられることになったのである。

湖沼環境問題の検討になぜ「文化」の視点が欠かせないのか。今回の会議の数年前より文化の重要性を強調され会議の準備に当たってきた嘉田由紀子氏(京都精華大学人文学部教授、滋賀県立琵琶湖博物館研究顧問)にお話をうかがうと興味深い答えが返ってきた。

(注)世界湖沼会議とは
この国際会議は、湖沼に関するさまざまな環境問題について、研究者、行政、市民などが一堂に会して、問題解決に向けた取り組みを考えていこうとする会議で、過去八回、世界各地で開催されてきた。創設の発端となったのは、1984年に滋賀県が提唱した、世界の湖沼環境の保全に関する国際会議。この会議の精神は、国連環境計画(UNEP:United Nations Environment Programme)の全面的協力を得て、滋賀県が支援をする(財)国際湖沼環境委員会(ILEC:International Lake Environment Committee)というNGO組織を生み、その後概ね二年ごとに世界各地で継続開催されるようになっている。

開催年 開催地 テーマ
1. 1984 滋賀県 人と湖の共存の道をさぐる
2. 1986 アメリカ 巨大湖沼における毒性物質の挙動と管理
3. 1988 ハンガリー メインテーマ設けず
4. 1990 中国 メインテーマ設けず
5. 1993 イタリア 21世紀に向けた湖沼生態系保全戦略
6. 1995 茨城県 人と湖沼の調和 〜持続可能な湖沼と貯水池の利用を目指して〜
7. 1997 アルゼンチン 美しい湖沼環境を次の世代に残すために
8. 1999 デンマーク 持続的湖沼管理
9. 2001 滋賀県 湖沼をめぐる命といとなみへのパートナーシップ 〜地球淡水資源の保全と回復の実現に向けて〜

心理的距離を縮めるのは文化の問題

「人と環境の関わりには三つの距離があります」と嘉田氏は言う。「物理的距離」、「社会的距離(意思決定を行う時に、どれだけ参加して関わることができるかという距離)「心理的距離」の三つだ。物理的距離が離れれば、社会的距離も離れ、その結果心理的に不満が高まってくるのだ。例えば、膨大なコストをかけて上下水道が整備されても、社会的距離が離れ、心理的距離が離れれば、その利用者は決して高い満足を感じない。心理的距離が離れるということは、無責任を生み、無力感を生む。そして、責任感をもちえなくなる。この無力感が現在の社会開発の考えに大きな影を落としており、それは社会として幸せな状態とは言えない。生きがい、自己実現など、分野により表現は異なるが、いわば「生きる力」を育むことが必要で、環境の問題を考えるにも、実は同じことが言えるという。

では、どうすればよいのだろうか。そのためには、心理的距離と社会的距離を近づけることが必要だ。水の問題で考えれば、確かに、人と水との物理的距離は一旦は離れてしまった。でも、社会的・心理的距離を縮めるための工夫は十分に可能。例えば、社会的距離を縮めるには、できるだけ多くの方に、意思決定の場面で広範な住民参加を行い、広く多様なパートナーシップでものごとを決めていくことが大事となる。つまり、いかに多くの社会的意思決定の機会に参加してもらうかがキーポイントとなる。

こうしたことを行いながら、心理的距離を縮めることが必要だが、実はそれが「文化の問題」となる。「私だってできる。私だからこそできる」という感覚。このように思えるためには、自分の暮らす地にアイデンティティをもってもらうことが必要だ。つまり、わたしの村、わたしの家、わたしの地域、がどのような場であるのかを確認しながら、愛着を育んでいかねばならない。それを左右するのが文化の問題ということなのだ。

1996年に大津で開かれた「古代湖会議」では、今まで生物と水だけで語られていた湖の問題に、「生物と文化の多様性」というテーマを持ち込んだ。UNEPでも文化の多様性が重要視されてきており、「今回の湖沼会議で琵琶湖が世界の中で独自性を出して行くには、生活と文化の《トータルな》多様性に焦点を当てることが大事と思った」と嘉田氏は言う。

この結果、今回、約九百あった国内外の発表応募で、一番多かったのは水質に関するもので約三百、その次が生態系で約百三十、その次が文化に関するものだった。例えば「湖の宗教的意味」や、「汚濁物を処理するための文化の問題」等の発表も見られた。さらに、全国各地の市民団体や行政などによる調査発表も数多く見られ、情報交換の役割も果たしていた。

水の文化を表現する

今回の国際会議で秀逸だったのは、「水の文化の表現」の場を設けたことだろう。たとえば、「水の文化を表現する」というワークショップでは「水の文化楽習実践レポート」でも紹介した「寸劇:淳史くんの溜池たんけん」や「創作狂言:琵琶の湖」「語り:五十年前の湖北の暮らし〜私が母から学んだこと」「寸劇:みぞと水文化」が披露された。

創作狂言「琵琶の湖」は、琵琶湖の外来魚種をテーマにした演目だ。在来魚などに琵琶湖を追い出された外来種のブラックバス、ブルーギルが故郷に戻る途中、同じように外国を追われ日本に向かう途中の緋鯉に出会う。三者は、自分たちは自らの意思で異国に住んでいたわけではない、と人間の身勝手さを批判するという物語だ。これらプログラムは、海外からの参加者からの大きな拍手を送られた。

また、歌手の加藤登紀子氏(UNEP親善大使)は、琵琶湖に浮かぶ沖島の小学校生たちと約九ヶ月に渡る交流を行い、そこでの体験をもとに「生きている琵琶湖」を作詞・作曲、滋賀県の小学校生約八十名と謳いあげた。と同時に「黒田征太郎といっしょに水を描く」など楽しいプログラムも多数設けられた。

何も研究発表だけが表現の手段ではない。狂言もあれば寸劇もあれば歌もあり語りもある。でもその基本には、住民による自らの調査があり、暮らしの問題意識がある。住民だからこそできる調査があり、住民だからこそできる愛着をもった表現というものがある。心理的距離を縮めるプログラムを目にできたことは大きな収穫だった。

会議の最後にまとめられた「琵琶湖宣言2001」は、湖沼環境改善への活動指針であるが、「水の文化」を意識した人々がいかに情報を交わし、活動を行い、人材を育成すべきかという、しくみづくりの宣言としても読むことができるだろう。

【琵琶湖宣言2001】

 湖沼は、水資源として重要なだけでなく、各地域の多様な生態系を維持し、さまざまな文化を育んできた。しかし、「琵琶湖宣言」・「霞ヶ浦宣言」における決意にもかかわらず、湖沼の多くにおいて環境は依然として悪化し続け、湖と人との調和した共存関係の崩壊しつつあるのが、残念ながら現実である。私たちは、湖沼がかけがえのない存在であることを再認識し、20世紀のとりわけ先進国型の生産・生活様式を批判的に見つめ、かつ、発展途上国の置かれた困難な社会経済状況を認識しつつ、人類と地球の未来のために、湖沼環境を持続可能な状態に緊急に再生していかなければならない。

第1回世界湖沼会議の精神にのっとり、私たち、すなわち住民・研究者・芸術家・政治家・学生・行政・NGO・企業・メディアなどさまざまな主体は積極的に世界湖沼会議に参加し、本会議・自主企画ワークショップ・自由会議・サイドプログラムなどにおける多彩な活動を通じて議論を深めることができた。その中で提起されたものは、「生態系の仕組みを重視した湖沼の保全・管理」や「湖沼の保全・管理と文化・教育との関係」の重要性などである。

私たち第9回世界湖沼会議参加者は、会議の成果と反省を踏まえ、湖沼にかかわるすべての個人・組織が力を合わせ、以下の事項に重点をおいて行動することを決意し、ここに宣言する。

1. 湖沼にかかわるすべての個人・組織のパートナーシップの構築と充実
2. 情報の公開と共有、環境教育・環境学習の推進、人材の育成
3. 調査研究とモニタリングの推進
4. 統合的流域管理の推進
5. 国際協力の推進と連帯の確立
6. 資金調達に関する諸方式の検討

2001年11月16日 第9回世界湖沼会議



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