機関誌『水の文化』42号
都市を養う水

東京の防災水利
新たな〈水源〉発見の努力

重たいマンホール蓋の中央に小さな蓋をつけ、地域住民が消火活動に参加できるように改良した。

重たいマンホール蓋の中央に小さな蓋をつけ、地域住民が消火活動に参加できるように改良した。

暮らしに必要な水というと、生活用水や飲用の水を思い浮かべますが、実は、消防も見逃すことのできない重要な水利用です。東京は木造住宅密集地を多く抱え、火災のリスクが大きな都市でもあります。東日本大震災を受け、一層の対策に努力する東京消防庁に、消防水利の最新事情をうかがいました。

三宅 幸宏さん

東京消防庁防災部水利課計画係主任
三宅 幸宏(みやけ ゆきひろ)さん

1972年東京都生まれ。1996年入庁。2011年より現職。

震災時の水源確保

当たり前のことですが、消防隊がいて消防車があっても、水がなければ火を消すことはできません。防災部水利課というのは、消防隊が火を消すために必要な水を確保するための仕事をしているところです。

一般的には、総務省消防庁が定める基準に基づき、消火栓を主な水源として水利整備が進められていますが、これは平常時の火事を消すための基準。

しかし震災時には、水道の断水により消火栓が使えないことも想定されます。そこで東京消防庁では、震災時に水が確保できるように、独自に基準を定めて水利整備を進めています。

震災時の水利整備は、同時多発火災に対応するため、東京都内を一辺が250mの正方形の区画(メッシュ)に区切って、その地域の延焼危険度などに応じて100m3、または40m3以上の水量を確保するよう整備を進めています。また、大規模市街地大火に対応するために、東京都内を一辺が750mの正方形の区画に区分して、その区域内で想定される延焼面積などから算定した消火に必要な水量を確保しています。

進化する防火水槽

水利整備のメインになるのは、やはり防火水槽の整備です。40m3、または100m3の防火水槽を原則とし、前述の区域で水量が足りない所に整備しています。

特別区内(23区内)で約2万基の防火水槽などがあり、消防隊は水が減ることのないように常時点検しています。

経年防火水槽の再生も行なっています。経年防火水槽とは、戦時中に首都防衛局(現・東京都建設局)が防空対策のために設置し、戦後1946年(昭和21)東京消防庁が譲り受けて管理している鉄筋コンクリート造の防火水槽のことで、設置から65年以上が経過する上、耐震設計が考慮されていないことから、何らかの対策を講じる必要がありました。

そのため、東京都地域防災計画における緊急輸送道路の下には、約200基の経年防火水槽がありましたが、安全性を確保するためすべて埋め戻しました。それ以外の道路下には約650基ありますが、こちらは内部に柱を立て、コンクリートを増厚するなど補強し、10カ年計画で順次再生していきます。

大規模災害のときは、消防隊の到着に時間がかかることが想定されますので、初期消火を推進するには、地域住民の方々の協力が不可欠です。そのため、防火水槽のマンホールの鉄蓋を改良しました。

防火水槽のマンホールは直径が約60cmで、重さが約50kgもあり、簡単に開けることができません。いざ火事になった場合、すぐに水が使えるように、マンホールの中央に小さな蓋をつけました。これは約5kgで、専用の器具を使えば簡単に開けることができますが、子どもなどがいたずらしないような安全性に配慮した構造となっています。

また、地域における防火水槽の存在認識を高めるため、防火水槽の標識板の下に防火水槽の役割などを解説したQRコード付きの広報板を設置しています。

2011年度(平成23)から木造住宅密集地域の公園にある防火水槽について改良が進められ、今後10年程かけて、約750基交換していく予定です。

重たいマンホール蓋の中央に小さな蓋をつけ、地域住民が消火活動に参加できるように改良した。

重たいマンホール蓋の中央に小さな蓋をつけ、地域住民が消火活動に参加できるように改良した。

深井戸の利用

〈震災時多機能型深層無限水利〉、つまり深井戸は、地下150〜250mぐらいにある滞留水を汲み上げるため、地震時でも水源が涸れることがなく、川や海と同じように無限の水量を確保できますし、消火用水として使用しないときには、生活用水としても使えます。

2003年(平成15)に足立区に1基、東日本大震災を受けて2011年度(平成23)には杉並区と北区に1基ずつ設置されました。今年度は練馬区に1基設置されます。

先般の東日本大震災のときも、既存の深井戸は被害を受けることなく、使用することができました。

〈震災時多機能型深層無限水利〉の模式図

〈震災時多機能型深層無限水利〉の模式図

貯水シート

貯水シートは、川を堰き止めて水深を確保するものです。都市型河川で水が少ししか流れていないためにポンプでの吸水が難しい川に使います。

ゲリラ豪雨などによる浸水対策用の資材を転用したもので、2011年度(平成23)に23基配置しました。

10年程前にはアルミ板で堰き止めていましたが、重くかさばる上に、事前に川の底に穴を掘っておき、そこにH鋼を立ててアルミ板をはめる、という大掛かりな作業で、セッティングに時間と労力がかかっていました。

それに比べて、貯水シートは軽量で、迅速かつ省労力で河水を堰き上げることができます。

軽量で、迅速かつ省労力で河水を堰き上げることができる貯水シート。

軽量で、迅速かつ省労力で河水を堰き上げることができる貯水シート。

他局との連携

東京都には多くの木造住宅密集地域が存在し、震災時には消防隊による消火活動に加え、地域住民による初期消火体制の強化が求められています。

東京消防庁では、昨年度、自主防災組織の初期消火体制強化について検討を重ねてきました。水道局にも参加してもらうなど、横断的な話し合いを持ってきました。そこで、水道の維持管理のために濁り水などを抜くための設備として行き止まりの道路などに多く設置されており、消火栓と同様の構造を持つ排水栓を、消火活動に活用することを発案しました。

今年の6月7日には東京都水道局と東京消防庁の間で覚書を締結して、排水栓を流用させてもらうことになりました。

行き止まりの狭い道路には、消防車が入りづらい、入れないなどといった制限がありますので、排水栓の流用は、初期消火にとって大変有効です。今後は東京都水道局による更新作業に伴って、利用できる排水栓が増えていく予定です。

また、洪水対策として東京都建設局が整備した地下調整池も、水利に活用しています。梅雨や台風の時期には雨が溜められるように空っぽにしてありますが、それ以外の時期には水を溜めておいて、いざというときには調整池の水を川に放流してもらい、その水を消防活動に利用できるように覚書を結んでいます。

消火栓と同様の構造を持つ排水栓を流用して、木造住宅密集地域の初期消火に効力を発揮。

消火栓と同様の構造を持つ排水栓を流用して、木造住宅密集地域の初期消火に効力を発揮。

初期消火には民間の力が必需

木造住宅密集地域における延焼拡大阻止を図るためには、地域住民の方々による迅速な初期消火活動が重要です。

今まで水利施設は消防隊が使うものとして整備してきた部分もありますが、初期消火の重要性を考えると、地域住民の方々にも利用しやすい施設にしていく必要があります。

新たに整備されたこのような水利設備は、先進事例として各地から問い合わせも多く、注目を集めています。

東京都の特徴である木造住宅密集地の課題を見据えつつ、水利確保に努めたいと思います。

(取材:2012年8月15日)

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