機関誌『水の文化』55号
その先の藍へ

藍
文化をつくる

暮らしに根づいた日本の「藍」

編集部

青系統でもっとも種類が多いのは「藍」

「水の文化」を「色」で切り取るとどうなるか―それが今回の特集の出発点だった。

私たちの暮らしは、さまざまな色で彩られている。無色透明なものは空気と水くらいなものだろう。しかし、水には色がないはずなのに「水色」という色名がある。福田邦夫著『新版 色の名前507』(主婦の友社 2012)によると、水色は「川や池や湖沼などの水の色からとられた」ものであり、「透明な澄んだ色でなければ」美しい色に見えないという。

水色は言うまでもなく青系統の色だ。青は、黒、白、赤とともに最古の基本色彩語とされ、黄、緑、紫などはあとからできた。青はさまざまな系統色がつくられてきたが、そのなかでも特に藍色は種類が多い。それは庶民の暮らしに深く根ざした色だったからだ。

日本を「ジャパン・ブルー」と呼んだアトキンソンだけでなく、1890年(明治23)に来日したパトリック・ラフカディオ・ハーン(日本名・小泉八雲)も、衣服のみならずのれんなどにも濃い藍色が多く使われているのを見て、「この国日本は神秘なブルーに満ちた国」と書き残している。

畑で種から育てた葉を手間暇かけて染料に

明治初頭の外国人たちにそう言わしめたのは、日本にはタデ科の植物、蓼藍(たであい)を発酵させて蒅(すくも)をつくり、それをさらに発酵させて染液とする天然由来の藍染めがあったからだ。

蓼藍は畑に種を蒔き、雑草を手で取り除きながら育てる。「やみくもに畑の面積を広げても、収量が上がるわけではないんですよ」と教えてくれたのはBUAISOUの渡邉健太さん。いい葉っぱに育て、かつ適切な時期に刈り取る管理が大切なのだという。

そして、刈り取った葉を発酵させて蒅にするが、民俗学者の竹内淳子さんは「蒅という字は漢字ではなく国字。つまり蒅は日本独自のものなのです」と言った。蓼藍は、「インジゴ」と呼ばれるインド藍に比べると藍色の色素をさほど含んでいない。そこで、少しでも効率よく染めるために、先人が苦労を重ねて編み出したものだった。

編集部は、阿波藍の産地だった徳島県藍住町の「藍の館」で、蒅からつくった自然の染液による藍染めを体験した。手を入れたとき、温かくてぬるっとした感触に戸惑った。意外なことに布は緑色に染まる。ところが後処理で水に晒すとたちまち青く変わる。思わず「おおー!」と声が出たが、色の濃淡は染液に浸ける回数で調整するそうだ。淡い色にしたければ少なく、濃い色の場合は多く浸すのがセオリー。しかし、BUAISOUの楮覚郎(かじかくお)さんは「淡い色に染めたいときは、新鮮な染液にほんの数秒浸すよりも、個人的には古い染液に何度も浸けたいです。染液の状態に見合った色に染める方が藍はしっかり食いつくし、自然なやり方だと思うんです」と話す。藍色をつくる人ならではの言葉だった。

身のまわりの品々に今も息づく土着の色

着物や浴衣など伝統的な領域ではなく、今のライフスタイルで藍色がどう使われているのかを見ることで、藍とはどんな存在なのかも探った。

言うまでもなく日本はジーンズでは後発国。それでも世界市場に打って出た株式会社ジャパンブルーの眞鍋寿男さんは「100年程度の遅れなら、日本人は追いつくし、きっと追い抜ける」と言いきる。眞鍋さんもまた天然藍に魅せられた人だった。

一方、特に藍色を意識したわけではないが、海外に出ても恥ずかしくない腕時計をつくるには、日本の伝統色である藍色は外せないと考えたのは、腕時計ブランド「SPQR」を生み出した清水新六さんだ。清水さんは「藍は気持ちが落ち着きます」と言い、文字盤を藍色の漆で塗りながら荻上文峰(おぎうえぶんぽう)さんも「土着の色なので愛着を感じますね」と話す。

荻上さんが口にした「土着の色」。これこそが日本の藍色を端的に表す言葉なのかもしれない。畑で種から育てた藍色は、江戸時代に何度も発令された奢侈(しゃし)禁止令では不思議と規制されなかった。紫色や赤(紅)色はダメだったにもかかわらずだ。裏を返せば、それだけ人々の暮らしに欠かせない色だったといえる。

そして、藍色は青い海に囲まれた島国の自然とつながった色であることも認識できた。冬には流氷が押し寄せる北の大地から、色とりどりのサンゴ礁がある南の島まで、この列島には美しい風景が溢れている。その自然が藍色を多様にしたのであれば、この美しさを保ちつづけることも意識しなければならないだろう。

ふとまわりを見れば、そこかしこに藍色は潜んでいる。一見地味だが、藍色はやはり今も日本が世界に誇れる色といえるのではないか。



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