機関誌『水の文化』51号
水による心の回復力

生きづらい社会における水辺の価値

まもなく日が落ちるというのに、名残惜しいのか皆海辺を離れない(神奈川県三浦半島・森戸海岸)

まもなく日が落ちるというのに、名残惜しいのか皆海辺を離れない(神奈川県三浦半島・森戸海岸)

水辺あるいは水空間は人に何をもたらすのか、現代社会に生きる私たちの「心の回復力」につながるものなのか――。スリランカで「悪魔祓い」のフィールドワークを行ない、そこから「癒し」の観点を提示した文化人類学者の上田紀行さんに、現代社会の問題点から「癒し」の本来の意味、そして水辺の価値などについてお聞きした。

上田 紀行さん

文化人類学者
東京工業大学 リベラルアーツセンター 教授
上田 紀行 (うえだ のりゆき)さん

1958年(昭和33)東京都生まれ。東京大学大学院博士課程修了。愛媛大学助教授などを経て2012年(平成24)から現職。1986年(昭和61)からスリランカで「悪魔祓い」のフィールドワークを行ない、「癒し」の観点をもっとも早くから提示して注目される。2006年(平成18)にはインドでダライ・ラマ14世と2日間にわたって対談。2016年4月から始まる東京工業大学の教育改革を主導する。著書に『人生の〈逃げ場〉』(朝日新聞出版 2015)、『人間らしさ 文明、宗教、科学から考える』(KADOKAWA 2015)、『パッとしない私が、「これじゃ終われない」と思ったときのこと』(幻冬舎 2015)など。

なぜ現代社会は生きづらいのか

 日本はどんどん生きづらい社会になっているようです。道行く人の顔は皆疲れきっていて、生きる喜びに満ちあふれているようには見えません。どうして、こんな世の中になってしまったのか。まずは人類の歴史を遡って考えてみましょう。

 サルが直立猿人になったのがおよそ700万年前で、ホモサピエンスになったのは約20万年前とされています。農耕が始まったのは1万年前なので、700万年という時間軸で見ると99.8%、ホモサピエンスの歴史で考えて95%もの間、人類は狩猟採集によって暮らしていました。

 狩猟採集民は、獲物を追って小さな集団で移動しながら生活しますから家などの財産をもちません。獲物も保存できないので、その場で全員が平等に分け合います。そうすれば自分が獲物を獲れないとき、誰かが分けてくれる。彼らはそうやって集団のサスティナビリティを保っていました。

 ところが、農耕生活に入ると、人間は土地を区画して定住し、収穫した穀物を貯め込むようになる。こうして農耕社会では、貧富の差や身分の差が生まれました。

 さらに時間性も変化しました。狩猟採集民はその日暮らしです。獲物が獲れれば大喜びし、獲れなければがっかりするだけ。一方、農耕民は数カ月先の収穫を目標に、毎日黙々と労働する。つまり収穫という未来の目的のために、今の喜びをじっと我慢して生きるわけです。しかし、それでは人間は行き詰まってしまう。ですから村社会では収穫祭などの祭りを催しました。「仕事は大変だけど楽しいことがある。生きているって幸せだ」という解放感を仲間とともに味わい、生きる喜びや集団の絆を回復するのです。

 ところが、今はそうした喜びや絆を結ぶ場が少なくなりました。農耕社会をベースに発展してきた現代の産業社会では、財産を蓄え、昇進やマイホームといった未来の目的のために、今を我慢して生きています。みんな自分のことで手いっぱいです。「生きづらい」と感じるのも無理ありません。

誤解されたままの「癒し」の意味

 私はスリランカ南部の村で、「悪魔祓い」について研究したことがあります。スリランカは独立するまでの150年間、イギリスの統治下にあったため、各地に西洋医療の診療所が開設されています。私が訪れた当時は診察代や薬代は基本的に無料で、病気になると病院に行くことがあたりまえ。そういう社会ですが、彼らは西洋医学では治らないような心や体の病を「その人に悪魔が憑いている」状態と考え、村人総出で悪魔祓いをします。といっても、恐ろしい儀式をするわけではありません。その実体は「楽しい村祭り」です。

 ごちそうを用意してみんなで集まり、夜通し歌ったり踊ったりする。最後に仮面をかぶった悪魔が出てきて、ダジャレや下ネタを言って大笑いする。悪魔憑きの人も、それを見て楽しい気持ちになって思わず笑い出す――。それで悪魔は去っていくのです。

 悪魔祓い師に、どんな人が悪魔憑きになるのか聞くと、「孤独な人」という答えでした。自分がいなくても誰も関係ないといった疎外感に苦しむ人が、悪魔に取り憑かれてしまうのです。

 そう考えると、実は日本人の方が悪魔憑きではないか、という気がします。

 孤独や疎外感が強くなるとどうなるか。リストカットやひきこもりで社会との絆を断つことで自分を守るか、ひどい場合は「誰でもいいから殺したい」といって刃物を振り回したりする。実際、そんな事件が頻繁に起きていますが、私が危惧するのは、そうしたニュースを小さいときから何度も見ることで、日本の子どもたちの心に「人は、孤独になると刃物を振り回して社会に復讐するものなんだ」というイメージが定着してしまうことです。

 それに対して、スリランカの悪魔祓いは悪魔憑きの人だけを助けるのではなく、見ているまわりの人々も救済しています。人は誰でも病むことがあるけれど、みんなが集まって回復させてくれるし、助けてくれるということを子どもの頃から目に焼きつけることで、生きることの安心感、社会への信頼感が育つのです。

 私はこの思想を「私を癒し、世界を癒す」という言葉で日本に紹介し、「癒し」ブームのきっかけになりました。しかし、ブームとなった「癒し」は、いつしか「何かに癒されたい」という受動形になっていました。

 私が本来伝えたかったのは、絆を取り戻して世界をもっと生きやすい場所にし、傷ついている自分自身も癒してあげようという、きわめて能動的なムーブメントです。癒されたその先で、自分が何をすべきかを考える。自分のなかに世界を癒す力を発見することこそ、「私を癒し、世界を癒す」という言葉の真意なのです。

 今、誰かを「愛する」よりも誰かに「愛されたい」と願う人が多いですね。愛にマーケットがあるとすれば、愛を供給する人が少ないために、愛の奪い合いになっています。「癒し」が「癒されたい」という受け身一辺倒になってしまったのもうなずけます。しかし、受け身の「癒し」を消費するだけでは前に進めません。「何を愛するのか」「何にわくわくするのか」というスタンスで、自身がエネルギーをもち、「世界も、自分も変えていこう」という意識をもつ必要があります。

〈複線化〉によって人生をしなやかに

 では、今の日本社会で生きづらさから脱却し、エネルギーをもって生きるにはどうしたらいいのでしょう。

 私は、人生を〈複線化〉することが鍵だと思っています。単線、つまり一つの評価だけで生きている人は、それがだめになったらおしまいです。生きる喜びを感じられるもう一つの世界をもつことが大事です。

 複線化は人生の〈逃げ場〉をつくるとも言えます。苦しいときは、今いる場所から逃げ出していいのです。会社員なら勇気をもって2週間の有給休暇を取得してください。2、3日の休みは疲れをとるだけで終わりますが、2週間あれば自分がやりたいことに時間を使えます。映画をたくさん観る。秘境を旅する。そんな時間を毎年もつことができれば、どんなことがあっても意外と耐えられるものです。

 仕事以外に「自分がわくわくする何か」を見つけてもいいのだという心の余裕が、人生をしなやかに、そして強くするのです。

 いきなり2週間の有給休暇は難しいかもしれませんが、日常から離れられる、自分のためのちょっとした〈逃げ場〉は確保すべきです。疲れたとき、水辺をぶらっと歩きたくなるのも、無意識に逃げ場を求めているからではないでしょうか。

水辺は私たちと異界との境界線

 20代の前半、私は精神的に追い詰められてどん底状態でした。落第して留年し、カウンセリングに通っていました。そんなとき、沖縄の竹富島にシュノーケリングに行ったのです。沖縄のサンゴ礁の海に潜ると、そこには竜宮城のようにきらきらと美しい光景が広がっていました。

 当時、私は虚無主義的に、世の中のものはすべて見方によって変わると考えていました。ところが沖縄の海は、否定できない絶対的な美しさとして私の心を打ちました。

 海から上がって民宿に戻った後も、「今はもう見えなくても、たしかに海はそこにある」と感じることができました。自分はこの大きな美しい存在とともにこの世界に生きていて、そして自分が消えた後も、海は永遠に存在しつづけるのだと思うと、言いようのない至福感と解放感に包まれたのです。それは、私の人生にとても大きな影響を与えた体験でした。

 人はなぜ、海や川などの水辺に惹かれるのでしょうか。地球は陸と海でできています。少なくとも都会に生きる私たちは、農耕生活の延長で陸上の限られた土地を区画し、狭いエリアに家やビルを建て、固定された社会生活を築いています。人間は、いつ見ても同じソリッドなものがあると安心します。だから同じかたちのビルをたくさん建てますね。ついつい確実なものを求めてしまうのです。

 ところが、海や川に満ちている水は流動的です。常に動いており、区画することも、固定することもできません。水面の輝きだって、一瞬たりとも同じ光はない。それは明らかに私たちが陸上に営んでいる日常の世界とは違う〈異界〉です。水辺は、陸の世界と水の世界を分ける境界線なのです。

 つまり、私たちが水辺に立つとき、自分の属する世界と、もう一つの世界の両方を感じとることができます。この世の価値が一つではないことを実感できる場なのです。それが水辺の大きな魅力なのではないでしょうか。

人工的なものが一切ない水辺。光と風と生きものの気配に息をのむ

人工的なものが一切ない水辺。光と風と生きものの気配に息をのむ

「母なる水」を好む日本人

 都会で暮らしていると、雨が降って水田が潤うといううれしさの感覚がありません。かといって、瑞々しい森が水で涵養されていることを実感するわけでもない。ですから、川や噴水といった「動く水」に対する飢餓感は大いにあると思います。水辺に行ったときに解放感を感じる理由もそのあたりにあるのではないでしょうか。

 かつて東京は水の都でしたが、徐々に埋め立てられ、東京オリンピックのとき、一気に水辺がなくなってしまいました。運河や堀をもう少し残しておけば、東京に住む人たちの意識はもっと多様性のあるものに変わっていたかもしれません。

 そもそも日本人は母なるものへの思いが強いですね。父なる一神教の、水に恵まれない砂漠から現れてきた宗教の人たちとはそこが違う。西洋社会は父性的に物事を決断していくけれど、日本社会はそうではない。日本人がお風呂を好むのは、「何かに包まれる」という母性的な原理が働いているからでしょう。

「溶け込む」という言葉があります。よくよく考えてみると、これは水にまつわる比喩です。沖縄の海に潜ったとき、私はたしかに世界に溶け込むような不思議な感覚を覚えました。それは、母親の胎内で羊水に浮いていた幸せの記憶なのかもしれません。おもしろいですね。

 水、そして水辺とは、生きづらい社会で生きていかざるを得ない私たちにとって必要な〈なにもの〉かだと思います。

(2015年9月3日取材)

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