機関誌『水の文化』53号
ぼくらには妖怪が必要だ


水の文化書誌 44

河童の世界

古賀 邦雄さん

古賀河川図書館長
水・河川・湖沼関係文献研究会
古賀 邦雄(こが くにお)さん

1967年西南学院大学卒業。水資源開発公団(現・独立行政法人水資源機構)に入社。30年間にわたり水・河川・湖沼関係文献を収集。2001年退職し現在、日本河川協会、ふくおかの川と水の会に所属。2008年5月に収集した書籍を所蔵する「古賀河川図書館」を開設。
平成26年公益社団法人日本河川協会の河川功労者表彰を受賞。

九州の河童

福岡県久留米市は筑後川が流れている。市のゆるキャラは「くるっぱ」と称する河童君で子どもたちの人気ものである。同市田主丸町(たぬしまるまち)のマンホールはかわいい愛嬌のある河童である。JR久大本線田主丸駅は口を尖らした河童をかたどった駅舎、プラットホームには皿に手をあてた河童像が鎮座する。

筑後川の河童については、石川純一郎著『河童の世界』(時事通信社・1985)に、河童の渡来として、記されている。昔河童は唐天竺(からてんじく)の黄河の上流に大族をなして住んでいた。そのなかの一族が黄河を下り、九州の大河球磨川に住むこととなった。この河童が繁殖して九千匹となり、九千坊と称する族長は乱暴者で、女子供をかどわかしたりするので、肥後の加藤清正は怒って、九州の猿を集めて河童を攻撃したため、河童は肥後を去り、隣国筑後へ、久留米の殿さま有馬公の許しを得て、筑後川に住むようになり、水難除け神の水天宮のお使いになったという。八代市を流れる球磨川のほとりに、「河童渡来の碑」が建つ。九州の河童の書として、九州河童の会編『九州河童紀行』(葦書房・1993)、吉田龍四郎著『水と甲羅 遠賀川の河童たち』(自分史図書館・2005)、山﨑猛夫著『徳須恵川の河童たち』(佐賀県北波多村・1991)、中村地平著『(日向)民話集 河童の遠征』(鉱脈社・2004)がある。

  • 『河童の世界』

    『河童の世界』

  • 『九州河童紀行』

    『九州河童紀行』

  • 『河童の世界』
  • 『九州河童紀行』

河童の正体

大野芳著『河童よ、きみは誰なのだ』(中公新書・2000)に、河童の容貌が記されている。頭に皿があり、底の深さ約3cm。歯は亀の歯に似て尖っている。背中は亀の甲羅の色、堅い。脇腹に柔らかい縦筋がある、手足とも縮めることができ、手足の関節は前にも後ろにも曲げることができる。尻は亀のように約5cm尖っている。河童の性格について、斎藤次男著『河童アジア考』(彩流社・1994)で次のように挙げている。茄子や胡瓜が大好きである。猿と金気は大嫌い。馬を川へ引きずり込む。相撲が大好きである。傷薬を発明する。惚れやすい河童は狐まで恋をする。非情に尻子玉を抜く。これらの河童の性格をみてくると、非常に人間的であるといえる。全国津々浦々に残っている河童の逸話は現実化してくるようだ。河童はもともと人間であった。それらが何らかの事情で河童という妖怪にされてしまったという説が生まれてくる。水木しげる・画/村上健司・編『日本妖怪大事典』(角川文庫・2015)の「河童」の呼称に関し、水神を思わせるもの、メドチ・ミンツチ、子供の姿を思わせるもの、カッパ・カワランベ・ガラッパ、動物を思わせるもの、エンコウ・カブソ・カワッソ、特定の信仰を思わせるもの、ヒョウスベ・祇園坊主と、分類されている。相撲や胡瓜を好むのは、河童は水神としての性格を有していたことにほかならない。かつての相撲は神事であり、胡瓜などの初なりの野菜は水神信仰の欠かせない供え物であり、このことから河童が水神としての信仰の対象となっていたと考えられる。また、河童の凶暴性は水難事故の恐ろしさに起因するという。

河童については、国立歴史民俗博物館+常光徹編『河童とはなにか』(岩田書院・2014)、飯倉義之編『ニッポンの河童の正体』(新人物往来社・2010)、安藤操・清野文男著『河童の系譜―われらが愛する河童たち』(五月書房・1993)、本堂清・画/文『河童物語』(批評社・2015)、石田英一郎著『河童駒引考―比較民族学的研究』(東京大学出版会・1966)、高橋貞子著『河童を見た人びと』(岩田書院・2003)を掲げる。

『河童アジア考』

『河童アジア考』

水木しげるの河童

妖怪漫画家水木しげるは、2015年11月30日に逝去し、満93歳だった。彼の出身地、鳥取県境港市駅前の妖怪ロードには河童の像も並んでいる。水木しげる著『「ぼくら」版 カッパの三平他』(講談社・2014)、同著『貸本版 河童の三平(上)(下)』(講談社・2013)をめくると、河童の不思議な世界に引きずり込まれる。三平と死神とのやりとりがのんびりとした会話で行なわれ、水泳大会では三平が神がかりで世界新記録をたて、優勝する。そこにゆくえのわからなかった父が帰ってくる。父はこの世に存在しない小人一族を発見しトランクに入れて持ち帰る。そして父は亡くなり三平は小人たちを養う。死神、小人、カッパ、狸、魔女、猫、行方不明の父、母などが登場する。最後には三平は死んでいく。エッセイスト池澤春菜氏は、この漫画の解説で、「河童の三平という漫画は何か変である。お話はけして難しくない。だが説明しようとすると逃げ水の如くどこまでも曖昧になっていってしまう。」河童の存在のあいまいさ、生と死の境のあいまいさが貫かれている、不思議な漫画であるが、水木しげるの戦争体験における生と死をさまよった自画像が潜んでいるようだ。

『「ぼくら」版 カッパの三平他』

『「ぼくら」版 カッパの三平他』

河童の小説

前述のように福岡の田主丸町は河童の町である。芥川賞作家・火野葦平(あしへい)は、昭和30年ごろ、河童の魅力に惹かれたのか、田主丸町をたびたび訪れ、筑後川に舟を浮かべ、鯉とりマーシヤンこと上村政雄氏の素手による鯉とりの妙技を見学している。河童作家とも言われる火野葦平は、『河童昇天』(改造社・1940)、『河童曼陀羅』(四季社・1957)、『河童ものがたり』(新潮社・1955)の小説を書いた。芥川龍之介の『河童・或阿呆の一生』(新潮文庫・1968)は、主人公が河童を追って穴に落ち、河童の世界に入っていく。泉鏡花・柳田國男・芥川龍之介著/東雅夫編『河童のお弟子』(ちくま文庫・2014)には、鏡花の「貝の穴に河童の居る事」、「瓜の涙」、「河伯令嬢」、龍之介の「河童及河伯」、「水怪」、「河郎の歌」、國男の「河童駒引」、「川童の話」、「盆過ぎメドチ談」など、河童三人男の作品が収められている。

また、河童とは直接関係しないが、柳田國男著『妖怪談義』(講談社学術文庫・1977)、畑中章宏著『災害と妖怪―柳田國男と歩く日本の天変地異』(亜紀書房・2012)には、薩摩の阿久根の山の中、四助が山に入って雨に遭い、土手のかげみで休んでいると、「崩(く)ゆ崩ゆ」という声が聞こえ、四助はこの声に応じて「崩ゆなら崩えて見よ」というと、たちまち土手が崩れ、沢山の山の薯(いも)がとれた。三助はこの話を聞いて、山に入り、どこからともなく、「流る流る」という声がする。「流るるなら流れてみよ」と答えたところ、今度は松脂(まつやに)がどっと流れてきて三助の体に巻きつき、三助の父が松明をもって、探しに出かけて、三助を見つけて、松明を差し向けた途端、火が移って三助は焼け死んだという。崩壊の災害と妖怪に関する同様なことが、入鹿池、木曽の与川の川上でも起こっている。

『河童ものがたり』

『河童ものがたり』

河童の児童書

子どもは最初河童と接するときは、恐怖感を抱くものの、次第に仲よしとなってくる。このような内容の児童書が多い。小暮正夫・作/こぐれけんじろう・絵『河童のクゥと夏休み』(岩崎書店・2007)は、少年康一が河原でふしぎな石を見つけて、その石を割って水をかけたところ、中から河童のクゥが現れてきた。康一君とクゥとの友情をつづり、一見、アメリカ映画『E・T』を彷彿(ほうふつ)とさせる。シゲタサヤカ・作/絵『カッパもやっぱりキュウリでしょ?』(講談社・2014)は、ある河童が冷蔵庫に胡瓜がなくなり、胡瓜の自動販売機で購入後、帰り道に、でっかい病気の胡瓜君(本当はパン)に遭遇し、看病して助けてやるが、今度は河童君が病気になり、胡瓜君が胡瓜を沢山もって、河童君を見舞うという話である。武田美穂作『かっぱぬま』(あすなろ書房・2014)は、少年がかっぱ沼のほとりで昼寝をしている間に、馬が河童に引かれかけたが、河童は馬に力負けした。少年は河童を許して仲よしになる話である。他に、たかしよいち・作/斎藤博之・絵『がわっぱ』(岩崎書店・1971)、だんちあん・作/太田一希・絵『瓢箪池の河童』(銀の鈴社・2013)、橋本香折・作/橋本淳子・絵『水の扉』(ひくまの出版・1998)を掲げる。

『河童のクゥと夏休み』

『河童のクゥと夏休み』

河童の事典

最後に、河童のことについて、すべてのことを著した、和田寛編『河童伝承大事典』(2005)、同著『河童の文化誌―明治・大正・昭和編』(2010)、同著『河童の文化誌―平成編』(2012)が岩田書院から出版されている。また、西洋に関しては山北篤著『図解 水の神と精霊』(新紀元社・2009)がある。以上、河童に関する書を挙げてきたが、河童は一体なにものであろうか。

〈葉かげなるお化け胡瓜や土まみれ〉 
(磯部協子)

  • 『河童伝承大事典』

    『河童伝承大事典』

  • 『図解 水の神と精霊』

    『図解 水の神と精霊』

  • 『河童伝承大事典』
  • 『図解 水の神と精霊』


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