機関誌『水の文化』35号
アクアツーリズム

シビックプライドと地域ブランド

夕暮れの大阪・中之島

夕暮れの大阪・中之島。2002年(平成14)リニューアルオープンした国の重要文化財の大阪市中央公会堂(左)の対岸には、水辺に張り出したレストランのテラス席が見える。

近代化の中で、世界の各都市は同じような地域づくりをしてきました。 グローバルスタンダードな都市はできたけれど、風土とか地域の歴史といった文脈を失ってしまった、と橋爪紳也さんは言います。 ツーリズムは、単に観光業というビジネスだけではありません。 地域の元気を取り戻し、経済の活性化にもつながるツーリズムの可能性についてうかがいました。

橋爪 紳也さん

大阪府立大学21世紀科学研究機構教授
同大学観光産業戦略研究所所長
大阪市立大学都市研究プラザ特任教授
橋爪 紳也 (はしづめ しんや)さん

1960年大阪市生まれ。京都大学工学部建築学科卒業。同大学院工学研究科修士課程、大阪大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。 主な著書に『倶楽部と日本人』(学芸出版社 1989)、『大阪モダン』(NTT出版 1996)、『集客都市』(日本経済新聞社 2002)、『創造するアジア都市』(NTT出版 2009)ほか。

イズムを持ったツーリズム

旅行と旅が違うのと同様に、観光とツーリズムは違います。

観光はサイトシーイングの日本語訳です。あくまでも狭い意味で、物見遊山という意味合いが強い。対してツーリズムというのはさまざまな目的で人が移動することの総称です。

特に「イズム」という語尾に注目してほしい。ツーリズムってツアー、すなわち旅行にイズムがつくんですね。これはある種の主義主張を持って人が移動するということを意味します。

アクアツーリズムは新しい、まだ充分には定義されていない言葉ですが、私は「水を媒介として何かとコミュニケーションをするために、人が移動すること」を総じて語るものだと理解しています。

例えば、大自然の奥にある川の源流を辿るようなものもあるだろうし、海に出向くのもあれば、都会的なアクアツーリズムもあるでしょう。

神聖なる水という概念は、世界中のどの民族、文化にもあります。多くの人が聖地に行って、水で身を清めるという行為がある。噴水であろうが滝であろうが、水辺の聖なる場所は世界のいたる所にあるのです。その水にある種の聖なる力があるから、人々は足を運ぶ。それは明らかに単なる観光旅行ではなくてツーリズムなんです。

ボランティアでどこかに行く場合も、観光旅行ではなくてツーリズム。例えば重油が漏れたので海岸の掃除に行きましょう、というのはボランタリーなツーリズムですね。川とか水辺をきれいにしようというアクアツーリズムもあるでしょう。

このように、人間にはある種、水を求めて移動しようとする本能があるんじゃないか。清らかな水に対する何らかの想い、水を使ったスポーツ、水を活かした新たな楽しみ、水面に落ちる夕日を見て癒されるなど、水には「移動したい」という気持ちを喚起する動機づけが、もとから備わっているから、アクアツーリズムが成立するのだと思います。

水都大阪の場合

大阪で都市再生を考えるときに、私はどこに焦点を当てるのかということを考えました。ハード整備が都心部の川縁一帯で実施されるということもあるのですが、加えてソフトのプログラムが必要だと考えました。

かつて大阪は水の都だった。ただ戦後の高度成長期の中で、我々は、水の都であったという誇りと対外的に価値のあるブランドイメージを捨ててきた。それをもう一度回復し、かつてのブランドとは違う、新たな物語性のあるブランドとして再構築することが大事なのではないか、と。

大阪が水の都だといわれたのは、明治30年代後半(1900年代)から昭和初期にかけての時期。ちょうど近代的な都市として発展をみている段階で「東洋のヴェネツィア」と、市民も自ら語り、外の人たちも評価して、大阪の町の美しさを称えました。「東洋のパリ」といった表現で語られることもあった。とりわけ大阪の都心部の川沿いには、ヨーロッパの歴史都市と並ぶほどの美しい景色があったんですね。

同時に多くの船が行き交っていました。時代をずっと遡ると、難波津から遣隋使を出していたころから大阪は河川とともに産業、生活を発展させてきた町です。「東洋のヴェネツィア」「水の都」というブランドは、こうした経緯で得たものです。

水の都と同時に産業都市となったので「煙の都」「東洋のマンチェスター」という言われ方も定着するようになりました。大阪の人は「水の都」と「煙の都」、つまり美しい水辺の町であり、大産業都市である我が都市を誇らしげに語り、多く人の憧れになりました。

それで、もう一度、「水の都」という物語を組み直し、市民も共有して対外的にアピールする、古いけど新しいブランドにしたいと考えました。

杜の都 仙台、華の都 パリなんて言い方は、いつから言われ始めたか知りませんが、数百年も昔からということではない。あるときに誰かがその街の個性として名づけ、流布するわけですね。一言でその街の個性を語るということは、非常にわかりやすいですし、都市の魅力を高め、それによって新たなツーリズムを呼び込むことになります。

大阪の場合、中之島周辺部で「水都大阪2009」という事業を行ないました。新しくなった川岸の公園や、ライトアップされた橋梁などに、多くの人に足を運んでいただきました。

大阪の人たちにとって「水の都」というのは歴史的事象です。戦後、順番に埋めていったので、現状が「水の都」であるとは多くの市民は思っていない。過去形です。

「水都大阪2009」は単なるイベントではなくて、大阪は水の都だという物語をもう一度組み立て直し、展開をする最初のきっかけであると、私は個人的に位置づけています。この運動をこれで終わらせないで、市民とともに継続して展開することが大事なのです。まずは水際に来てもらい、意識を変えていただくことが最初ですね。

余談ですが、私がタイの工業大臣をご案内したとき、「大阪は東洋のヴェネツィアと呼ばれる水の都です」と言ったらみんなに笑われました。それはバンコクだろうというわけですね。船もまったく行き交ってないじゃないかというんですね。

でも、こういう状況をこれから変えていくのです。水辺を再生する活動をひと事ではなくて我が事だと思う人を増やしていきたい。

近年、広島と大阪だけ河川法の準則が緩和されて、護岸より川側のエリアを民間のレストランや物販で使うことができるようになりました。中之島河川協議会という組織を設立して私が会長になったのですが、地元から「堤防をこういうふうに使いたい」という声が上がってきている。それを受けて、北浜テラスという川に面したデッキのレストランができました。ほかにも何カ所か、そういった案件を進めています。

ライフスタイルを開拓

水際が復権するには、ライフスタイルデベロップメントが必要です。かつては、水辺での夕涼みや水上の市など、地形や風土に根ざした、その町にしかないライフスタイルがあり、その町らしい時間消費があったのです。そういう生活時間を取り戻せば、水際の活性化ができます。

恒常的に継続するプロジェクトにした好例が、シンガポールです。

かつてシンガポール政府観光局は、夜の時間帯のライフスタイルを「ライフスタイルのデベロップメント」ととらえて開発を行ないました。夜だけの動物園、夜に賑わう河川沿いの飲食街、アジアで最も美しい夜景の創出に力を入れた。それが成功して、町が活性化し、観光客も夜のフライトを利用するようになりました。

自分たちの町を楽しくして、エンジョイすることで、結果的にツアー客も楽しめるまちづくりができたのです。

シビックプライドがブランド力を育む

大阪で水都をキーワードにしたまちづくりをしたきっかけは、政府の都市再生プロジェクトでした。

私は「ハードができるだけでは、町は再生しないし、新たにできた施設を使う人たちが生まれなければ町は再生しない。人々のマインドの問題がキーになるだろう」と主張しました。

シビックプライドという言葉がありますが、我が町、我が都市に対する誇りを高めることが大事であると考えます。そして対外的に見て地域のブランドを高めることが大事なのです。内なるプライドと外に対するブランド(発信をする力)、この二つが結びついて地域の人々の活動の原点、都市のソフトパワーになります。

今は各都市がソフトパワーを競い合う時代です。

近代化の中で、世界の各都市は同じような地域づくりをしてきました。道路や上下水道、鉄道などのインフラに加えて、博物館が欲しい、美術館をつくりたい、体育館が必要だ、というように、グローバルスタンダードとなる都市をつくってきたのです。

ただ、状況は変わってきた。この何年かで、いわゆる「創造都市」の概念が流布しました。独自の都市づくりを行なうことで、各都市が競い合う状況に入ってきました。

従来のように均質に同じようなタワーマンション、同じような駅前広場では、もはや都市としての求心力はない。市民にとって文化的なものや我が町の誇りなどを高めていくためには、ほかの街にはない個性をいかにつくれるか、ということが大事だと思います。そういう町にこそ、多くの人が集まるんですね。

オーストラリア・シドニーのオペラハウス(1973年〈昭和48〉竣工)はできてまだ30年ちょっとでしょ? でも、もう世界遺産となり、その存在感を示している。価値としては竣工したときから、ほとんど世界遺産です。

世界で唯一、我が町だけにすごいものがある、ということに意味がある。そういうものがあれば、元気がない地方都市も変わることができますよね。50年後、100年後に文化遺産になるものをつくり、守っていくことが求められています。

聖なる水辺の例でいうと、広島県の宮島がよいモデルですね。ほかに例がないからこそ価値がある。

地方の観光地がそういうものを新規に創っているかというと、そうではない。成功事例の模倣をし、しかもコピーする度に質がどんどん悪くなっていく。ザラザラして、劣化する。それでは、もう力を持てないんです。

他所のことをさんざん勉強した上で、他所と違うことをしましょう、と認識しないとオリジナリティは高まりません。そこでは市民の誇りがポイントになります。

だから最初は市民のみんなが驚いて、違和感があって、ほんとにこれでいいのかという議論が起きるぐらいの提案がないとパワーが持てない。最初からコンセンサスがとれそうなものは、全然面白くない、と私は思います。

最初はいかに異質なものであっても、後で地域の歴史や文化の文脈に回収されるんですよ。パリのエッフェル塔が建設された際もそうだったじゃないですか。

一部の人の利益ではなく

ツーリズムを目指すからには、観光業の人だけの利益で満足していてはいけません。外から来た人が地元と交流して我が町で活動することは自分たちのプライドを充足させるものだ、とそこの住民が共有できることが大切です。

シビックプライドが充足されれば、シティブランドが高まるのです。例えばフランスとドイツの国境にあるストラスブールでは、かつて物資を輸送する船が往来した水路があり、その運河が観光対象になっています。町のいたる所で水に対する物語、川に対する想いを耳にしました。よく母なる川とか言いますよね、マザーリバー。その川がなければ我々は存在しなかった、という点は、どんな都市にも共通しているところです。

ところが、日本では母なる川とは、あまり言いませんよねぇ。川には良い面と悪い面がある。災害との戦いがつきまとう。そこのところはヨーロッパの諸都市も一緒のはずなのに、川への愛情面において違いが出てきたところに、暮らしと水辺の結びつきの弱さがあるのかもしれません。

仕掛人が必要

世界遺産のフランス・セーヌ川の左岸では、夜景をどうするかというガイドラインがあります。行政はパリのセーヌらしい照明器具しか使わないし、明るさも他の道とは変えている。セーヌから夜のモンマルトルをどう見せるのかをパリ市がコントロールしています。

ところが我々日本人には、川から自分たちの街がどう見えるかを真剣に考えて、美しくすることが大事だという感性がなかなか育たないですね。

同様に夜の川辺の景色をきれいにしようなんて想いは、ほとんどありません。だから夜景のガイドラインすらない都市がほとんどでしょう。その中で、島根県の松江には夜景のマスタープランというのがあります。夜の掘割をどう見せるのか、というガイドラインがあるんです。

これはアクアツーリズムではありませんが、大阪の宗右衛門町の例をお話ししましょう。かつては料亭街でしたが、今はすっかり風俗街になって治安も悪くなり、それでイメージアップを図ろうと地元で地区協定を結びました。

対岸の道頓堀にはかつては劇場がいくつもあって、「ここに来れば何でもある」という芸能のメッカだったのです。宗右衛門町は芝居町を控えた街になる。しかし劇場街の変化に応じて、かつての老舗もビルに建て代わり、テナントだらけになったことで、地域の特性が失われてしまいました。

テナントビルだけでは盛り場は魅力的にはならない。どんどん入れ替わるし、町を良くしようとする愛着が湧かないからです。宗右衛門町ではそうした風潮を是正する意味もあって、電柱の地下埋設、舗装の石畳化など、さまざまな取り組みを始めています。

つまり、いくら良いものを持っていても、時代の変化に適切に対応していかないと、風土とか地域の歴史といった文脈を失ってしまう。宗右衛門町ではそれに気づいて、巻き返しを図っているところです。

一番大切なのは、仕掛けとプロデューサー的な人材でしょう。その上で、利害関係にある人たちがミッションを共有して、地域のブランドとプライドを高める運動を進めることができれば、多くの地域で新たなツーリズムの創造が可能になると思います。

日本には、豊かな水資源があります。随所にアクアツーリズムの素地は充分あるのですから、可能性は高い。

そこで問われるのは、地域のオリジナリティをどう見出していくかではないでしょうか。

ネオンサインに人が引き寄せられるのは、猥雑な活気を生み出す悪所に、あらがい難い魅力があるからだろうか。

「水辺は悪所でもある」とは、当センターのアドバイザー 陣内秀信さんの名言。ネオンサインに人が引き寄せられるのは、猥雑な活気を生み出す悪所に、あらがい難い魅力があるからだろうか。



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