機関誌『水の文化』52号
食物保存の水抜き加減


ゆでて干す

五島灘の季節風がもたらす大根のうまみ

遠目には雪のように見える真っ白な大根。北西の風を受け、徐々に乾いていく。

遠目には雪のように見える真っ白な大根。北西の風を受け、徐々に乾いていく。

細切りにした大根を天日干ししてつくる切り干し大根は全国的に知られている。しかし、細切りにしたあとにゆでて干す「ゆでぼし大根」というものも存在する。長崎県西海市では、海岸の絶壁にやぐらを組み、西もしくは北西から吹く冬の乾いた風を利用して大根を干しており、その光景はこの地方の風物詩となっている。暖冬の影響からか風が吹かず、遅れ気味だった作業がようやくはじまった12月中旬、現地を訪ねた。

長崎県西海市

断崖から突き出たやぐらに大根を干す

もうもうと湯気が立つ、ゆでた短冊状の大根。軽トラックに積むや否や、勢いよく坂を駆け上がる。

向かう先は、寒風吹きすさぶ岬の崖っぷち。断崖に足場を組み、海へとせりだした青い「やぐら」が、半島北岸の地形に沿った緩やかなU字カーブを描いて24機、立ち並ぶ。

軽トラが到着した。短冊切りの大根を手押し一輪車に乗せ、金網張りのやぐらの上にムラなく広げてゆく。このやぐらは大根の干し場なのだ。

金網の隙間越しの眼下は波しぶきの海岸。高さ40〜50mはあるだろう。素人なら足がすくんでしまう。

やぐらの上に広げられた短冊切りの白い大根は、遠目に見るとまるで雪が降り積もったよう。やぐらの下から吹き上げる強い北西の風が、湯気の立った大根を乾かしてゆく。

広げ終わったら、休む間もなく運転席に戻り、再び大急ぎで作業場へ取って返す。次にゆであがった大根が待っているのだ。ぐずぐずしていると大根がへたってしまう。作業場と干し場を何度も往復する。

長崎県西海市西海町は五島市とともに「ゆでぼし大根」の一大産地。関東や東北では大根を千切りにして干した「切り干し大根」の方がなじみ深いが、ゆでぼし大根はその名のとおり、ボイラーでゆでるところに特徴がある。ゆでてから天日干しして、冬の季節風で一昼夜ほど乾燥させた保存食だ。カット幅は切り干し大根より太めで、調理のときはもどし時間が短くて済み、味も染みこみやすい利点がある。

  • 短冊状にカットした大根をボイラーでゆがき、コンテナに移す

    短冊状にカットした大根をボイラーでゆがき、コンテナに移す

  • まだ湯気のあがる大根を積んで干し場に向かう軽トラック。四輪駆動でなければ昇り降りできないほど起伏が激しいところに干し場はある

    まだ湯気のあがる大根を積んで干し場に向かう軽トラック。四輪駆動でなければ昇り降りできないほど起伏が激しいところに干し場はある

  • 干し場に着くと大根を一輪車に載せ換えてやぐらの上に広げていく。加工場ではゆであがった大根が待っているので、作業は常に時間との勝負

    干し場に着くと大根を一輪車に載せ換えてやぐらの上に広げていく。加工場ではゆであがった大根が待っているので、作業は常に時間との勝負

  • 短冊状にカットした大根をボイラーでゆがき、コンテナに移す
  • まだ湯気のあがる大根を積んで干し場に向かう軽トラック。四輪駆動でなければ昇り降りできないほど起伏が激しいところに干し場はある
  • 干し場に着くと大根を一輪車に載せ換えてやぐらの上に広げていく。加工場ではゆであがった大根が待っているので、作業は常に時間との勝負

自然の地形と気象を活かした農業の知恵

西海町は長崎県の西彼杵(にしそのぎ)半島北端に位置する。佐世保湾を挟んでハウステンボス、佐世保にもほど近い。西の沖には五島列島があり、11月下旬以降、五島灘から北西の冷たい風が吹いてくると、青い海にせり出たやぐらから白い大根の湯気が立ちのぼる。このあたりの冬の風物詩だ。

町内には約90のやぐらがある。そのうち、岬の断崖に24機並んでいるのは面高(おもだか)郷の「地下(じげ)」と呼ばれる地区だ。五島灘に面し北西に向いている地形なので、ゆでぼし大根にはうってつけの場所。案内してくれたJA長崎せいひ営農畜産部の小林大輔さんは言う。

「ゆでぼし大根のシーズン前、11月に入ると、やぐらを利用する農家が総出でやぐら周辺の草刈りをします。下の断崖にも降りて、行ける範囲までは枝を刈る。これは海から吹き上げる風の妨げになるからです」

やぐらの足場を組んだのは建設業者と思いきや、農家の人たちだった。軽トラが通れるように道をつけたのも農家の人たち。自然の造形と気象を巧みに活用して、収穫した作物を保存食に加工する。土地に根づいた農業の知恵は力強い。

JA長崎せいひに出荷しているゆでぼし大根農家は15戸。個人で製造販売している農家を含めると西海市全体で30戸になる。JAごとう管内では9戸の農家で生産している。出荷先は九州と関西で8割を占める。

JA長崎せいひ営農販売部の小林大輔さん(左)とゆでぼし大根部会の部会長を務める生産者の上野哲郎さん(右)

JA長崎せいひ営農販売部の小林大輔さん(左)とゆでぼし大根部会の部会長を務める生産者の上野哲郎さん(右)

干すのに適した日は「大根日和」

ゆでぼし大根に使うのは、ごく普通に食べられている青首大根ではない。〈白首〉で寸胴型の「大栄大蔵(だいえいおおくら)大根」という品種だ。青首大根の1.5倍ほど大きいので歩留まりがよく(それでも1kgの生大根は約50〜100gのゆでぼし大根にしかならない)、乾燥しても変色しにくい。また、身が硬いので煮くずれしにくい利点もある。

大根の種をまきはじめるのは8月下旬から。栽培時期は、干すのに最適な11月下旬から2月下旬に合わせ、逆算して決めている。

できた大根を掘り起こすと、畑で葉と根の先端を切り落とし、作業場へ運搬。洗浄機できれいに洗ったのち、揃(そろ)えと切断の作業に入る。

「揃えは1本ずつの手作業です。ひげ根や傷、色が悪い部分をピーラーや包丁で削り、皮をむいていきます。この作業をおろそかにすると、仕上がりのきれいな飴色が出ません」と話すのは、JA長崎せいひのゆでぼし大根部会長を務める上野哲郎さん。

揃えが終わると、専用の機械で幅10mm、厚さ5〜6mm程度の短冊状に切断する。切られた大根は機械の下にセットしてあるかごへ。かごが満杯になると、クレーンで吊り上げ、ボイラーのなかへ入れる。ムラが出ないようによく混ぜながら、10〜15分ゆがく。

「ゆがきすぎると煮くずれするし、逆にゆがきが足りないと、仕上がったとき飴色の艶がなくなり、白っぽくなってしまいます。タイミングを見極めることが大切」(上野さん)

ゆであがった大根を中空のやぐらで干すわけだが、干す際に大根を積む「厚み」がポイント。風が強い日は乾きが早いうえ、強風で大根が飛ばされてしまうので、厚めに積まなければならない。逆に風が弱い日は乾きが悪くなるため、薄めに積む。

さらに干して終わりではない。土地の言葉で「あせる」という「ほぐす」作業も欠かせない。ゆがいたゆえに出る糖分で大根がくっつくのを防ぎ、乾燥のムラを出さないためだ。

「できれば気温が上がる昼から干すのがいい。夜の8時にあせって、11時にまたあせる。朝からやった場合は、夕方と夜の8時か9時くらい。ゆでぼし大根の時季は、休む暇がないんですよ」と上野さんは笑う。

夜間の作業では投光器をつけるため、やぐらはライトアップされたように見える。その光景もまた冬の風物詩になっているという。

ゆでぼし大根づくりは天気予報が頼りだ。最近は的中率が高いので助かっている。むろん雨が強く降れば干せない。最高の条件は西高東低の冬型の気圧配置。一昼夜できれいな飴色のゆでぼし大根ができあがる。農家の人々はこういう日を「大根日和」と呼ぶ。

  • 生産者の原口等さん(右)と長男の佳晃さん(左)。天候によっては深夜・早朝も作業するため、この時期は毎日数時間しか眠れないという

    生産者の原口等さん(右)と長男の佳晃さん(左)。天候によっては深夜・早朝も作業するため、この時期は毎日数時間しか眠れないという

  • 収穫間近の「大栄大蔵大根」。

    収穫間近の「大栄大蔵大根」。ゆでぼし大根はこれを加工する

  • 加工場に運ばれた大根は、洗浄機にかけた後、1本ずつ手作業で皮をむきながらひげ根や傷、色が悪い部分も取り除く

    加工場に運ばれた大根は、洗浄機にかけた後、1本ずつ手作業で皮をむきながらひげ根や傷、色が悪い部分も取り除く

  • 皮むきが終わると、専用機にかけて短冊状にカット。そしてボイラーでゆがく

    皮むきが終わると、専用機にかけて短冊状にカット。そしてボイラーでゆがく

  • 宙に浮いたやぐらで大根を広げていく。風が強ければ厚めに、弱ければ薄めに積む 生産者の原口等さん(右)と長男の佳晃さん(左)。天候によっては深夜・早朝も作業するため、この時期は毎日数時間しか眠れないという

    宙に浮いたやぐらで大根を広げていく。風が強ければ厚めに、弱ければ薄めに積む。

  • 加工場に隣接している原口さんの干し場。海のそばで、風がよく受けられる高台にある

    加工場に隣接している原口さんの干し場。海のそばで、風がよく受けられる高台にある

  • 生産者の原口等さん(右)と長男の佳晃さん(左)。天候によっては深夜・早朝も作業するため、この時期は毎日数時間しか眠れないという
  • 収穫間近の「大栄大蔵大根」。
  • 加工場に運ばれた大根は、洗浄機にかけた後、1本ずつ手作業で皮をむきながらひげ根や傷、色が悪い部分も取り除く
  • 皮むきが終わると、専用機にかけて短冊状にカット。そしてボイラーでゆがく
  • 宙に浮いたやぐらで大根を広げていく。風が強ければ厚めに、弱ければ薄めに積む 生産者の原口等さん(右)と長男の佳晃さん(左)。天候によっては深夜・早朝も作業するため、この時期は毎日数時間しか眠れないという
  • 加工場に隣接している原口さんの干し場。海のそばで、風がよく受けられる高台にある

レシピは多種多様スイーツの可能性も

農家の女性たちに、ゆでぼし大根を使ったメニューをふるまってもらった。牛肉と長ネギのオイスターソース炒め、くじら肉を使った煮物、豚汁、しそドレッシングとごまドレッシングのサラダ。どれもゆでぼし大根にしっかり味が染みこんで、ゆでぼし大根自体のやさしい甘みとハーモニーを奏でている。

大根に含まれる酵素「アミラーゼ」がでんぷんを分解する際に生じる甘み。冬の厳しい潮風で天日乾燥され、しっかり味が乗っている。それが、ゆでぼし大根のおいしさだ。

ゆでぼし大根は生の大根に比べ、およそ20倍の食物繊維、12倍のカルシウム、10倍のマグネシウムを含有し、栄養素が凝縮されている。

「よそに住んでいる子どもたちにみかんを送るとき、レシピと一緒にゆでぼし大根も入れるんです。大阪とか名古屋だと売ってないこともあるんで『ありがとう』と電話がかかってきます」(上野聖子さん)

「鍋には水でもどさずそのまま使えます。かんぴょうの代わりに押し寿司に入れると孫たちは『おいしか』とよう食べますね」(上野千佐子さん)

栄養価の高い保存食だけに、混ぜごはんの具にしたり、餃子やハンバーグにしのばせたり、スパゲティに混ぜたりして、子どもたちに親しんでもらおうと工夫を重ねている。

地元の小学校では、ゆでぼし大根づくりを見学する。子どもたちが畑で大根を収穫し、揃えと干しの作業をして、製品になるまでの工程を体験する授業も実施したことがある。

生産者の原口等さんは30年前、この地域で初めて竹のやぐらを金網に変え、釜ゆでからボイラーに進化させた、ゆでぼし大根づくりのベテラン。「このあたりは玄武岩の重粘土地帯で赤土。だから肥料もちがよく、みかん、すいか、じゃがいも、かぼちゃ、なんでもおいしいですよ」。原口家ではすべて栽培しているが、やはり稼ぎ頭は一定の収入が見込めるゆでぼし大根。「若い人たちにもっと食べてもらいたいですね。それには新しいメニューの開発が必要です。スイーツにもできると思うんです」とは長男の原口佳晃さんの弁。

試しにゆでぼし大根をそのままかじってみる。かむほどに甘みが出た。うまく使えばヘルシーで低カロリーなスイーツになるかもしれない。郷土の保存食を未来へ手渡すには大胆な発想でおいしく食べてもらうことも大切だ。

  • 料理を用意してくれた女性たち。右から上野聖子さん、上野千佐子さん、樫山広美さん、大串とみ子さん

    料理を用意してくれた女性たち。左から大串とみ子さん、樫山広美さん、上野千佐子さん、上野聖子さん

  • ゆでぼし大根を混ぜたおにぎり

    ゆでぼし大根を混ぜたおにぎり

  • 具だくさんの豚汁。味がよく染みこんでいる

    具だくさんの豚汁。味がよく染みこんでいる

  • 牛肉と長ねぎのオイスターソース炒め

    牛肉と長ねぎのオイスターソース炒め

  • しっかり水分を抜いたゆでぼし大根。膨張率が高いので、初めて料理に使うときは驚く

    しっかり水分を抜いたゆでぼし大根。膨張率が高いので、初めて料理に使うときは驚く

  • 料理を用意してくれた女性たち。右から上野聖子さん、上野千佐子さん、樫山広美さん、大串とみ子さん
  • ゆでぼし大根を混ぜたおにぎり
  • 具だくさんの豚汁。味がよく染みこんでいる
  • 牛肉と長ねぎのオイスターソース炒め
  • しっかり水分を抜いたゆでぼし大根。膨張率が高いので、初めて料理に使うときは驚く


(2015年12月10~11日取材)

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