機関誌『水の文化』52号
食物保存の水抜き加減

河川辞典(事典)を
読むのはおもしろい

古賀 邦雄さん

古賀河川図書館長
水・河川・湖沼関係文献研究会
古賀 邦雄(こが くにお)さん

1967年西南学院大学卒業。水資源開発公団(現・独立行政法人水資源機構)に入社。30年間にわたり水・河川・湖沼関係文献を収集。2001年退職し現在、日本河川協会、ふくおかの川と水の会に所属。2008年5月に収集した書籍を所蔵する「古賀河川図書館」を開設。
平成26年公益社団法人日本河川協会の河川功労者表彰を受賞。

河川の辞典・事典

2012年本屋大賞第一位の三浦しをん著『舟を編む』(光文社・2011)は、辞書[舟]を編集する[編む]人たちの出版社の物語である。この作品は映画化され、不器用なマジメな編集員を松田龍平が演じた。

水や河川に関する辞典類もまた多数発行されている。それを追ってみたい。

日本には、どのくらいの河川が流れているのだろうか。日外アソシエーツ編・発行『河川名よみかた辞典』(1991)によれば、一級河川石狩川をはじめとして、約2万6000の河川を収録している。常呂(ところ)川、破間(あぶるま)川、肝属(きもつき)川などは、その流域に住んでないとなかなか読めない。漢字で書くとなるとさらに難しい。この辞典では、北海道の上鷲別富岸川、幌内越沢川、美馬牛川は「かみわしべつとんけしがわ」、「ほろないこしざわがわ」、「びばうしがわ」と読む。

河川のルーツを調べるには、村石利夫編・著『日本全河川ルーツ大辞典』(竹書房・1979)を引けばよい。常呂川はアイヌ語ト・コロ・ペツ(沼・を持つ・川)から名づけられた。北海道の川はアイヌ語と密接に関係しており、川を意味する地名に「ペッ(別)」、「ナイ(内)」がつくことが多い。「ペッ」は大きな流れ、「ナイ」は小さな流れを表す。河川名はたんなる記号でなく、歴史や文化を秘めている。

日外アソシエーツ編・発行『河川大事典』(1991)は、同様に約2万6000の一級河川、二級河川、準用河川のくわしいデータを網羅している。河川の通称、別称、古称、河川等級、上流端、下流端、併合、合流先と合流地点、流出先と流出地点、水源地、河川延長、流域面積、所属水系が記されている。「里川」を引いてみると、茨城県里見村、三重県熊野市、滋賀県水口町、京都府宇治田原町、和歌山県串本町、愛媛県保内町、佐賀県伊万里市、長崎県田平町と、8河川が流れていることがわかった。里川は集落を縫って流れ下る川である。集落の人たちが利用しながら、守って、育てている川といえる。

高橋裕編集委員長の『川の百科事典』(丸善・2009)は、各方面の専門家190名の執筆により、総論編(川とは何か、世界の川、日本の川、都市と河川など)、各論編(各河川を五十音順に並べ、河川用語も解説)、付録には河川地図、河川年表、湖沼、ダム、人物の一覧表を掲げている。日本の川の特徴について、「きわめて多数の群小河川がひしめき合っており、急流が多く、洪水時には川の規模(流域面積、本流の長さ)が小さいにもかかわらず、大量の洪水流量が発生する。氾濫原(はんらんげん)に人口と資産が集中している。流量の年間変動が大きく、ほとんどの河川は活発な河川事業を実施してきたため、きわめて人工的である。」と論じる。河川用語として、「洪水氾濫」について、次のように記してある。

「外水氾濫と内水氾濫がある。堤防が決壊する、あるいは堤防を越えることにより、河川を流れる洪水(外水)が堤内地(堤防によって守られる堤防の内側の土地)に溢れて拡がる氾濫を外水氾濫とよぶ。一方、堤内地に降った雨の排水不良によって生じる氾濫を内水氾濫とよぶ。降雨や破堤の条件を設定し、コンピュータシミュレーションによって洪水氾濫の挙動を推定することが可能となっている。洪水氾濫シミュレーションをもとに浸水想定区域図が作成され、避難活動や水防活動への利用が図られている。[立川康人]」

同様の高橋裕編集委員長の『全世界の河川事典』(丸善・2013)は、47都道府県の河川・湖沼・放水路および運河、疏水、用水に限定して採録し、それぞれの河川・湖沼の基本情報と特徴を解説する。その数は日本約3000、アジア、ヨーロッパ、アフリカなどを含む全世界から約1000を選んでいる。日本では一級水系109の本川のすべて、一級水系の支川や二級河川から約2900、合計約3000である。それに「日本の河川地図」、「世界の河川地図」の掲載がある。付録には、明治以降の河川年表、流域面積順の日本の一級河川、流域面積順の世界の大河川、面積順の日本の湖沼、同世界の湖沼、日本および世界の主なダム、日本の主な水害、世界の主な水害、日本の主な同名河川、本書採録の難読河川・湖沼などが収録されている。

  • 『日本全河川ルーツ大辞典』

    『日本全河川ルーツ大辞典』

  • 『川の百科事典』

    『川の百科事典』

  • 『全世界の河川事典』

    『全世界の河川事典』

  • 『日本全河川ルーツ大辞典』
  • 『川の百科事典』
  • 『全世界の河川事典』

利根川・相模川・吉野川の事典

個別の河川事典が出版されている。森田保編『利根川事典』(新人物往来社・1994)は、土木編、治水編、産業編、水運編、文化編、民俗編などからなる内容で、一問一答式で構成されている。たとえば、「北浦への掘割を計画した松波勘十郎とは」の問いに、「勘十郎堀は涸沼側茨城町海老沢から巴川側鉾田町紅葉までの約7キロの掘割で両端の約1・5キロが自然の谷地。中央部のローム層を約15メートルの川幅で掘削し、両側は1000分の5程度の勾配で作られていたという。工事は宝永四年七月に起工。翌五年暮れまで継続したが六年春には放棄された」とある。勘十郎は農民を駆り立ててこの堀を施工するが、失敗し、水戸藩に宝永一揆が起こり、その責任から入獄、そして無残な獄死を遂げた。

利根川文化研究会編『利根川荒川事典』(国書刊行会・2004)がある。鬼怒川の項目では、「鬼怒川」、「鬼怒川温泉」、「鬼怒川新河道」、「鬼怒川付寄州(つけよせす)事件」、「鬼怒川の筏節」、「鬼怒川のきつね」、「鬼怒川の船歌」「鬼怒川橋」、「鬼怒沼」、「鬼怒沼の怪」の解説が並ぶ。付録として、近世・近現代の主な水害一覧表、小貝川堤防決壊、関東川船・海船一覧図、利根川・荒川流域河岸一覧、古利根川の流れなど多角的に自然、歴史、民俗、文化など約2100項目を網羅する。

平塚市博物館編・発行『相模川事典』(1994)は、「相模川を歩く会」のメンバーが5年間をかけて、300キロを歩いて生まれた書である。相模川における水資源、地形、地層、地下資源、動植物、河川環境の変化、生活、社寺が写真と図とグラフとともに記されている。また、津久井などの水力発電所一覧、寒川取水堰などを取水源とする水道用水、城山ダムなどの水資源開発施設一覧も表示されている。よく調査されていて驚く。

四国四県に欠かせない吉野川については、とくしま地域政策研究所編『吉野川事典』(農山漁村文化協会・1999)がある。吉野川にかかわる400項目を捉えている。阿波藍、江川の湧水、第十堰、デ・レーケ堰堤、野中兼山、袋井用水、香川用水も調べることができる。さらに、吉野川研究参考文献、吉野川流域の博物館、資料館を掲げ吉野川の全体像を捉える。

  • 『利根川事典』

    『利根川事典』

  • 『相模川事典』

    『相模川事典』

  • 『吉野川事典』

    『吉野川事典』

  • 『利根川事典』
  • 『相模川事典』
  • 『吉野川事典』

川の辞典・事典・便覧

川の辞典・事典・便覧については、鈴木理生(まさお)『川を知る事典―日本の川・世界の川』(日本実業出版社・2003)、同編著『図説 江戸・東京の川と水辺の事典』(柏書房・2003)、菅原健二著『川の地図辞典 江戸・東京/23区編』(之潮・2007)、同著『川の地図辞典 多摩東部編』(之潮・2010)、土木学会関西支部編『川のなんでも小事典―川をめぐる自然・生活・技術』(講談社・1998)、国土開発調査会編・発行『河川便覧2006』(2006)、建設省河川局監修『水防工法ハンドブック』(全国水防管理団体連合会・1984)が発行されている。

『川の地図辞典 江戸・東京/23区編』

『川の地図辞典 江戸・東京/23区編』

水の辞典・事典

河川と密接にかかわる水の辞典には、高橋裕他編『水の百科事典』(丸善・1997)、太田猛彦他編『水の事典』(朝倉書店・2004)、日本陸水学会編『陸水の事典』(講談社・2006)、水文・水資源学会編『水文・水資源ハンドブック』(朝倉書店・1997)、安芸皎一・多田文男監修『水資源ハンドブック』(朝倉書店・1966)、三好康彦著『水質用語事典』(オーム社・2003)、山本荘毅責任編集『地下水学用語辞典』(古今書院・1986)、松井健一著『水の言葉辞典』(丸善・2009)、淵眞吉編著『水のことわざ事典』(水資源協会・1994)を掲げる。

以上、水や河川に関する辞典・事典を紹介してきた。

今では、河川をパソコンで簡単に調べられるが、奥行きが見えてこない。やはり、河川辞典で読むのがおもしろい。それは体系的に、理解できるようになっているからである。

河川語の舟を編むには、日ごろから、こまめに、メモ化しながら一つひとつ丹念に、作業することが大切であろう。よい川づくりも同じことである。そして、水や河川を汚してはならない。

〈原(みなもと)濁るものは、流れ清からず〉
(墨 子)

『水のことわざ事典』

『水のことわざ事典』


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