機関誌『水の文化』34号
森林の流域

土砂災害と土砂資源
森林豊かな山地からの土砂の問題

森林豊かな山地でも大雨が降ると斜面は崩れます。気候変動の結果、降雨条件が厳しくなると危険性は増します。土砂災害から身を守るための対策は重要ですが、同時に、流域の環境も保全しなければなりません。 また、害をもたらす土砂も、視点を変えると人間や水生生物のため重要な資源。健全な流域の創造のために、これらのことを総合的に考えなければなりません。

藤田 正治さん

京都大学防災研究所教授
藤田 正治 (ふじた まさはる)さん

1958年生まれ。京都大学工学部卒業後、同大学院修士課程修了、同博士課程修了。同大学防災研究所助手、鳥取大学助教授、京都大学農学部助教授、京都大学防災研究所助教授を経て、2006年より京都大学防災研究所教授。専門は砂防工学、土砂水理学。
主な著書に『山地河川における河床変動の数値計算法』(砂防学会編/山海堂 2000)。

治山と砂防

砂防というのは古い歴史を持っていますので、その時々で目的や技術に変遷があります。

私はそういう時代はあまり知らないので写真などで見るしかないのですが、昔は山も荒れていたようです。

禿げ山だと河川に土砂がたくさん流れてきて溜まり、天井川になって洪水が起きやすくなり、治水上の安全性が損なわれていました。それで、禿げ山を何とかしてもとの森林に戻し、山から出てくる土砂を減らそう、という工事が行なわれてきました。

琵琶湖の南側に田上山(たなかみやま)という山があって、江戸時代後期にはほとんど木のない禿げ山でしたが、明治以降、国の治山・砂防工事が行なわれ、今はほとんど裸地がなくなって森になっています。木を植えることで土砂が出てくることを防ごう、ということを行なった結果です。

そういう働きは治山とか砂防と呼ばれています。実は治山と砂防は少し違うんです。治山は、森林法に基づき森林の維持・造成を行ない、山地災害の防止などを図るもので、林野庁などが行なっています。一方、砂防は砂防法に基づき流域における荒廃地域の保全を行ない、土砂災害の防止のために砂防堰堤などの施設を整備することで、国土交通省などが行なっています。

ところで、先の禿げ山の裸地からの土砂流出のような日常的な土砂流出とは別に、豪雨や台風、地震が起きると、地すべりや斜面崩壊、土石流という大規模な土砂移動現象が起こります。こういう現象は直接的に生活圏に被害を及ぼします。砂防は、こちらの防止にも力を入れてきました。

森林地域だけでなくて、流域全体やその中の人々の生活基盤を守るために、土砂流出の制御を行ない、土砂災害の対策を行なうのが砂防の重要な仕事です。

山の緑を回復するということもさることながら、土石流などから下流の人を守って安全を確保する、ということは砂防の主な目的で、地先砂防と呼ばれます。

また、河床の高さを調整する水系砂防というものがあります。

土砂は山地でつくられて、徐々に下流に流されていき、最終的には海に行き着きますが、その量のバランスが崩れると、河床が上がったり下がったりします。

例えば、土砂の供給が少ないと河床が侵食されて堤防が壊れやすくなったり、用水が取水しにくくなったりします。また、反対に供給が多すぎると、河床が上昇して洪水氾濫が起きやすくなります。どちらも良いことではないので、その調整をするものです。

流砂系総合的土砂管理

時代を経るにつれて、国の考えも変わってきました。河川事業も同様ですが、環境面からのアプローチが新たに加わり、1998年(平成10)には、流砂系総合的土砂管理という提言がなされました。これは、河川審議会という国の諮問機関の総合土砂管理小委員会の中でその必要性が指摘され、提言されたものです。

ここで初めて流砂系という概念が、新たに提唱されました。水系という言葉はよく聞かれますが、流砂系とはどういったものかというと、土砂が山地でつくられて、河川を経て海に流れる、これも一つの系です。個々の場所だけではなく、その系全体を見て土砂を管理しなければならない、というのが流砂系総合的土砂管理の考え方です。

例えばダムがある場合、土砂がダムで塞き止められます。これは一種の分断です。本当は下流に流れるべき土砂が下流に運ばれなくなると、河床低下が起きたり、下流の生態系が変化したりという問題が起こります。海岸侵食も助長されるかもしれません。

これらの問題にはいろいろな要素が複合的に絡み合いますから、ダムだけが原因ではありませんが、土砂が下流に運ばれなくなったことが、これらの現象の原因の一つであると考えられます。ダムに土砂が溜まるとダムの機能低下をもたらし大きな問題ですが、流砂系の他の部分にも別の問題が発生します。

そういう意味で流砂系全体の問題として土砂管理の問題を考えよう、という気運が高まっていて、下流で土砂が必要であれば、土砂を人工的に流そうという考え方が、だいぶ浸透してきました。海岸侵食が起きて土砂が足りなくなったら、上流の土砂を海岸に持っていくということも選択肢の一つかもしれませんね。

現在の流域管理の在り方は、安全な流域をつくるだけでなく、環境面の保全も重要な要素です。このように山から海まで一つに考えて、山から海までという地域的な総合性と、安全・利用・環境という三つの分野的な総合性のダブルの意味で土砂を管理するということが、今の考えの主流になってきています。

気候変動への対応

土砂災害に対する気候変動の影響が注目されています。地球温暖化と関係があるのかはわかりませんが、最近、降雨条件が厳しくなっていると感じられます。降雨条件がますます厳しくなると、今後、土砂災害を引き起こすような現象が頻発し、その規模も大きくなると予想されています。

異常な豪雨のときには、小さな現象から大きな現象まで、いろいろな規模のさまざまな形態の土砂移動現象が連続的に起こり、それぞれが異なる災害をもたらします。 我々はこのような土砂災害を複合土砂災害と名づけているのですが、こうした災害が頻発することが懸念され、その対策が急務となってくると思われます。一つの現象が起こるのと、複数の現象が連続して起こるのとでは、住民の避難の仕方も違ってきます。

複合土砂災害というのは、流域全体や流域を越えて同時多発型的にさまざまな形態の土砂災害が起こる場合もあるし、一つの地域で降雨量が増えるに従って土壌中の水分が多くなっていき、はじめは小さい崩壊や土石流が起き、最後には大規模な深層崩壊が起こる場合もあります。

台湾では2009年(平成21)、3日間で約3000mmの豪雨があり、未曾有の災害が発生しました。普段から降水量が多い台湾においても、この降り方は尋常でなく、一つの台風が行ったあとに続けてもう一つの台風が来た、と言ってもいいぐらいの降り方でした。

台湾南部の高雄県甲仙郷小林村(しょうりんむら)での災害の様子がニュースで映し出され、私も見ました。ニュースでは災害が起こったあとの状況を伝えており、大規模な深層崩壊が起こって、村が壊滅的な状態になっている映像でしたが、実際に現地調査をしてみると、そこに至るまでにいろいろな現象が起こっていたことがわかりました。

最初は小さな土石流や氾濫により橋の流失や家屋の浸水が起こり、最後に大規模な深層崩壊が起こったようです。避難や情報通信に影響を与えるような比較的小さい災害が起こったあと、一つの村を壊滅させるような大規模な土砂移動現象が起こったわけです。このような複合土砂災害に対しては、避難のタイミングや避難場所も、単一的な土砂災害のときとは違ってくると思います。

土砂災害予測の重要性

現在、山間地域では過疎化が進んでいるところが多いですが、それでも地域のみなさんは頑張って地域の活性化に取り組んでおられる姿がよく見られます。そのような場所で大きな土砂災害が起きると、地域が壊滅状態に陥って、過疎化に拍車をかけることになります。そういう意味で、砂防が山間地域の安全を守ることの意義は大きいと思っています。

土砂災害への対策として、各都道府県が土砂災害警戒情報を出しています。先程述べた台湾の場合も、もちろんこういうシステムはあります。小林村では連続雨量200mmで注意、500mmで避難というように決められており、それに従って避難していたかもしれません。しかし、あれだけ大規模な深層崩壊が直撃したので、避難所も含めて被害に遭ってしまったのです。

小林村のある高雄県の北側に南投県があり、ここでもたくさんの土砂崩れや河岸侵食があったのですが、幸いにも亡くなられた方がいませんでした。話を聞いてみると、台風が来る前に行政や地域の長の命令に従って、早めに避難していたそうです。それは、近年、台風による土砂災害を何度も経験し、土砂災害の恐ろしさをよく知っていたからだそうです。小林村も土砂災害に対する危機意識は高かったと思いますが、早期に安全な場所に避難するかどうかが重要な問題であることを再認識させられます。

日本でも、台湾と同様に警戒避難体制は整備されています。しかし、小林村の経験から、現在や少し先の予測ではなく、最終的にどうなるのかという予測が重要である、ということを痛感しました。土砂崩れで道路が封鎖され、土石流で橋が流され、地域の避難所に閉じ込められたあとで、もしも大規模な深層崩壊が来襲するかもしれないということがわかったとしても、もうその地域からもっと安全な地域へ逃げることはできないわけです。

ですから気象観測や降雨の予測を行なって、小規模災害で済むのか、大規模災害の可能性があるのかといった予測を立てる必要があると思います。現在日本では、土砂災害警戒情報が各都道府県から提供されるようになってきましたが、この台風で最終的にいったいどんな結果になるのかを予測して、それに応じた避難ができるようにすることが大事です。

これは、今回の台湾の災害からの教訓です。日本でも、そこまでのことはまだ整備されていませんし、今後の課題であると感じています。

国土交通省によれば、土砂災害の危険箇所に対する整備率が2割程度だそうです。砂防堰堤などのハード対策は効果的ですが、予算的にすべての場所においてできるわけではありません。ですから国の施策では、警戒情報を適切に出すなどのソフト対策を充実させようとしています。ハード対策と併せて、両輪でやっていくことが大切です。

広島市周辺で1999年(平成11)6月29日に起きた土砂災害は、死者31名という大惨事でした。これを契機にして土砂災害防止法(土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律)という法律ができました。これはこの災害のときに、山地のほうまで宅地開発したことが、災害を大きくした一つの要因だということがいわれて、すぐに法律化されて規制がかけられるようになりました。

この法律は、土砂災害から国民の生命を守るため、土砂災害の恐れのある区域についての危険の周知、警戒避難体制の整備、住宅等の新規立地の抑制、既存住宅の移転促進等のソフト対策を推進しようとするもので、各都道府県の知事が指示するものです。それで〈土砂災害危険度マップ〉もつくられるようになりました。

地下の状態は複雑

どの程度の雨量に達したら、どの程度の土砂災害が起きるのか、という予測は、我々も研究を進めているところですが、正確に予知することは難しいのが現状です。

水が浸透しない斜面内の基岩の位置や斜面の土層の土質など、斜面の構造が正確にわかっていれば、ある降雨条件に対して斜面は安全か、というシミュレーションはかなり正確にできます。

しかし、実際には地下の情報はよくわかりません。基岩にしても、以前は水を通さないと考えられていましたが、他の研究者によると、基岩にも水が浸透し、また基岩から土層に水が供給される、といった現象、いわゆる岩盤浸透といわれる現象が観測されています。

また、地下では一様に水が流れているわけではなく、集中して流れる箇所があり、パイプ流と呼ばれています。みなさんも山に行くと、そういうパイプを目にすることができます。しかし、そのパイプが地下でどうなっているのかはわかりません。なぜこのようなものができたのかということに関しても、モグラの穴だとか昆虫が開けた穴だとか、地下水の作用でできた穴だとか、いろいろな説がいわれています。

パイプ状の穴ですから、水抜き穴の役目を果たしています。それで地盤が安定するともいえます。ところが何かの拍子にその穴が詰まると、その箇所に水が集まり、その上の土層がすべるという現象が起こることもあります。

しかし、実際に崩壊した所で、それがパイプ流の穴が詰まったことが原因だったかどうかというのは、検証のしようがありませんが、パイプも崩壊の原因になり得ることは事実です。

地下の様子はよくわからないので、考えられることを取り入れて崩壊の予測を行なっているのが現状ですが、地下情報を知る技術の革新を期待しているところです。

植生の効果

斜面表面に水流が発生すると土壌が侵食されます。しかし、森林土壌というのは浸透性に優れていますので、相当強い雨でなければ、雨は地中に浸透して表面流は発生しません。また、もし表面流が発生しても、植生は土砂の移動を防ぐ効果もあります。

このように、森林は表土の流出を抑える働きがあります。一方、禿げ山では表土は流出してしまいます。また根が発達していない若齢林の箇所は表層崩壊が発生しやすいということも示されています。しかし、充分発達した森林でも根茎が地盤を支えるというのは限度があると思われます。根茎が基岩層の中までしっかりと入っていれば効果は大きいと思いますが、そうしたことは少ないと思われます。伐採後、残った根の働きで確かに表土の流出は抑えられますが、崩壊を防ぐほどの効果はあまり期待できないのではないでしょうか。

針葉樹がいいか、広葉樹がいいかということも、よくいわれることですが、それは生えている木の種類によって表層の土壌がどういう状態になるか、ということが問題なります。この表層部分が水を保水する役目を担っていますから、森林においてこの層を充分発達させるよう管理する必要があるでしょう。

SABOの現在

SABO(砂防)が国際共通語であるというご質問ですが、砂防の父と呼ばれた赤木正雄博士をはじめとする研究者の尽力により、戦後のGHQ駐留下の日本では、砂防による国土整備が進められました。日本には江戸時代以来の砂防技術があったんですね。このときオランダなどから来た技術者が「これはヨーロッパにもない、独特の技術だ」ということで、大変感心したそうです。

こうした土木技術を表現する英語が見当たらないということで、1951年(昭和26)ベルギー・ブリュッセルの国際水文科学学会の席上で、「SABO」を世界共通語として使うようにしよう、と認められたそうです。

TSUNAMI(津波)のように誰もが知っている言葉ではないのですが、我々の分野ではSABOは外国でも通用します。砂防が発達した日本の特殊性を考えてみると、山地に多くの人が生活していたから、その場所を守る必要性が高かったのだということがわかりますね。

ですから砂防堰堤(えんてい)についても、土砂を溜めるというだけでなく、山を安定させる効果を期待してつくっているわけです。例えば、砂防堰堤が土石流を受け止めた後、土砂で満杯になりますが、そうなったとしても河床勾配が緩くなり、次に流れてきた土石流は勢いを弱めます。このように、埋まっているからといって役割を終えているわけではなく、引き続き役に立っているのです。

またV字渓谷では、河床が下がると斜面が不安定になって崩れやすくなります。そういう場所では、砂防堰堤で土砂が溜まるということは、崩壊を防ぐ役割を果たします。

しかし、砂防堰堤によって土砂をしっかり止めたい場合は、除石をして常に堰堤を空にしておく必要があります。土砂が出てくることがあらかじめわかっている場合には、除石する場合もあります。

例えば、鹿児島県の桜島のように、噴火活動によって山地斜面に土砂がたくさん溜まった直後、その土砂の流出に備えて下流の砂防堰堤の土砂を緊急除石して災害に備えたりします。

とはいえ砂防堰堤は空のほうが土砂をたくさん溜めるわけですから、洪水の前に空になるような効率的な砂防堰堤はないか、という議論がありました。そこで、危険なときは土砂を溜めて、危険でないとき土砂を排除するタイプの砂防堰堤を技術者が開発しました。

それは〈スリットダム〉というものです。実は私の卒論のテーマはスリットダムでした。現在でこそ、普段は河川に影響しない環境に配慮した砂防ダムと位置づけられていますが、当時は土砂を効率よく調整するための一つの技術開発の成果でした。

このダムは、常時は普通に水や土砂が流れていき、洪水のときには狭窄部であるスリットの上流に土砂が溜まり、その後徐々に堆積した土砂が水の流れにより排出される、という仕組みです。こうしたスリットダムやジャングルジムのような形状の格子堰堤といった〈透過型砂防ダム〉が各地につくられて、土石流のときにも小さな石は流して、大きな石だけ受け止めるようなものが考案されました。今から20年ほど前、河川整備において、河川環境や生態系の保全に注目が集まり出しました。リバーフロント整備センターが1987年(昭和62)にできたころのことです。砂防の分野でも、環境砂防という考え方が出始めた時期でもあります。

その流れを受けて、スリットダムの環境面での効果も議論され始めました。堰堤というのは、河川を遮断してしまうけれど、スリットダムでは魚や動物が行き来できるという発想です。それで、時代的に要請があった環境重視の考え方にもマッチして、普及していきました。

こういう背景があって、流砂系総合的土砂管理の提言がなされたときに、これまでは止める砂防だったけれど、「止める砂防」から「流す砂防」に転換しようとしたのです。スリットダムは大変普及して、従来の不透過型のダムにスリットを開けたりした所もあります。

このように生活基盤を安定させるにあたって、安全だけではなくて、環境も考慮しながら安全を守ろうという気運になってきたということです。

貯水池の中にも、最近では排砂ゲートを持っているダムもあります。黒部川の出し平ダムが有名です。この下流に2001年(平成13年)宇奈月ダムが竣工したため、現在は連携排砂をしています。

土砂を流す

貯水池から土砂を排除する方法には、排砂ゲートによる方法、バイパストンネルにより迂回させる方法、人工的に土砂を貯水池からその下流に運搬して置き土する方法があります。

ダムの手前にバイパスをつくって土砂を出すやり方は、関西ですと十津川にある旭ダムが最初に行ないました。ここは、関西電力が事業体になっています。旭ダムでは、近年、流域に崩壊が多発し、堆砂が進行し、濁水の問題が顕在化していました。これらの問題を解消するためにつくられた〈旭ダムバイパス放流設備〉は、1999年度(平成11)の土木学会技術賞を受賞しました。これは土砂や濁水をトンネルで迂回させて、ダムの下流に出してしまうというもので、かなり効果があります。最近では木曽川支川の三峰川(みぶがわ)にある美和ダムに、土砂を迂回させるバイパストンネルがつくられました。

このようなバイパストンネルとは別の方法では、土砂を浚渫(しゅんせつ)してダムの下流に人工的に置くやり方を〈置き土〉といいます。置き土の発想は、ダムによって土砂の移動を遮断したことで下流の環境を変えてしまったのだから、ダムに溜まった土砂を下流に還元するということから生まれました。土砂を置いて流すことで鮎が釣れなくなるとか、逆に石についた藻類が更新されて鮎の生育が良くなるとか、いろいろ言われていますが、とにかく砂が流れなくなった川に砂を戻すという意義がものすごく高いと考えられます。

ただ、黒部の出し平ダムのときにも問題になりましたが、どの程度の量の土砂を、どういうタイミングに流すかということにも配慮が必要です。出し平ダムのときは、長年堆砂してヘドロ状になっていた酸欠状態の土砂を水量の少ない冬期に大量に放出して、川の水の中の酸素を大量に吸収してしまい問題になりました。

置き土は、現在、貯水池の堆砂対策や下流河川の生態系の改善のための試行的な事業として、全国約20のダムや河川で実施されています。昨年もそのシンポジウム(社団法人土木学会水工学委員会環境水理部会主催)が行なわれ、私が座長を務めさせていただきました。

置き土は流砂系土砂管理における有望なツールですので、河川技術としての速やかな確立が望まれます。そのためにも適切な条件設定のもとでデータを収集して、効果を正しく評価することが必要ですが、まだ確立された河川技術として本格的な実施に至っていないのが現状です。それは「この川ではこれぐらい流せば最適である」という基準値がまだできていないからです。しかし、その基準値を確定できる段階に向かいつつあることは事実です。

河床を上昇させたり低下させたりする調整方法は、土砂水理学という分野で研究がなされていて、精度良く解析できるようになっています。河床材料の粒度分布がどう変わるか、ということも知ることができます。最近では、河床の中の空隙(くうげき)がどうなっているかを知る実験なども行なっています。川の地形も流れ方向だけの一次元的な凹凸だけではなく、横断方向の凹凸も計算できるようになっています。こうしたソフト技術はできていますので、「ここにこれだけの土砂を投入すると、下流がどういう川になるか」というシナリオに対して、下流側の河床がどう応答するのかについても、幅広く予測できるようになっています。

左上:神通川水系の大暗渠砂防ダム。左下:福井県真名川の置き土  右:黒部川排砂後の砂の堆積。

左上:神通川水系の大暗渠砂防ダム。左下:福井県真名川の置き土  右:黒部川排砂後の砂の堆積。
写真提供:藤田 正治さん

流砂系も合意形成が大事

一つの川にいくつもの堰やダムがある場合、一つのダムから土砂を流しても、下流のダムに溜まるだけで、流砂系で土砂を管理しているとはいえません。そうした意味でいうと、流砂系での土砂管理を行なっている河川はあまりありませんが、その気運は高まっていますし、徐々にその方向に向かっています。

流域は上流から林野、砂防、河川の関係省庁が管理しています。都道府県が管理する区間や電力会社が管理する施設もあります。したがって、これらの関係者間で調整しないと、流砂系を総合的に管理することはできないのです。

また、土砂管理を行なうとき、どのような河川の姿を目標にするかということも問題ですが、これは「何が健全か」を考えるという問題でもあります。この点は地域住民も含めて、それぞれの立場で考え方が違うかもしれません。

これからは、これらの全員が入った、なんらかの仕組みが必要かもしれません。そのようなモデル河川もまだ聞いたことがありませんが、いろいろな分野や立場の人々が一堂に会した場で、将来の河川の姿を考え、管理の方向性を話し合うことができればいいのではないでしょうか。

天竜川の上流部では、盛んに産出される土砂を、今でも浚渫している。

天竜川の上流部では、盛んに産出される土砂を、今でも浚渫している。

土砂を資源として

私たちは、今、〈土砂資源〉に関する研究会を開いています。

水資源という言葉は、みなさん聞き慣れていると思いますし、洪水管理と水資源管理は両方行なわれてきました。

一方、土砂は主に土砂災害管理が行なわれてきましたが、土砂資源管理のほうは、砂利採取の規制を行なってきたぐらいではないでしょうか。

もともとは、土砂というのは国土や農地をつくってきた資源です。しかし現在、我が国においてその認識は薄れているのではないでしょうか。我が国では、過剰な砂利採取は河床が下がる原因として規制されていますが、インドネシアなどの開発途上国に目を転じると、取りすぎて社会問題にはなっていますが、砂利は重要な資源として使われています。また、火山噴火後の多量の土砂を溜めるためのサンドポケットでは、土砂が堆積すると、そこが数年できれいな農地になります。彼らは土砂が神様からの恵みの一つと見ているということも、ときどき耳にします。

しかし我々日本人は、土砂を災害と感じるんですね。かつては我々も土砂を資源活用した時代があります。例えば、黒部川では赤土を田んぼに流す、いわゆる流水客土を行なうことで田んぼの土壌改良をしていたという記録があります。これも、土砂の資源活用の一つです。

鳥取県の皆生(かいけ)海岸も、砂鉄を採った残りの土砂を河川に流すというタタラ製鉄のかんな流しにより、海岸が発達して形成されました。

このように、かつては土砂と人間の営みというものが密接にかかわっていました。

土砂は人間にとっての資源という意味だけでなく、生物にとっても大変大事なものです。土砂が下流に流れなくなると、川の材料がだんだん粗っぽくなります。そういう意味から見ると、生育する上で細かい砂が必要な生物にとって、上流からくる砂は資源だということができます。

安全と利用、環境という三つの要素を目的とする以上、生物にとっての資源としてもとらえることが、環境面での重要な視点となるでしょう。

理論的な話になりますが、海岸侵食を防ぐぐらい土砂を流すためには、河川勾配は現在より急である必要があります。水は低いほうに流しただけ流れていきますが、土砂の場合は流しすぎると河床に堆積しながら流れていきます。ですから、海岸まで充分な土砂を運ぶためには河床は上昇しなければなりません。

河川では、「河床の地形変化の結果、砂が流れていく」と言ったほうがいいかもしれません。コンクリート水路の中を土砂が流れていくようにはいきません。

かつて黒部川に視察に行ったとき、白いきれいな砂が溜まっていて、地元のおじさんに聞いたら、何回もダムから排砂していて、こんなにきれいな砂は今回初めて出た、ということでした。このような土砂をみなさんが使うということになると、水利権ならぬ土砂権というのもあるのかな、と思います。

山が崩落するのを見ると、たいがいの人は危険だ、と思うし、もちろん人的被害があれば悲しい出来事が起こったと感じます。しかし、崩壊自体は土砂を生み出す自然現象ですから、出てきたものをいかに活用するか、という発想も必要だと思います。

土砂による災害を防ぐことは流域管理の中の重要な要素ですが、生産された土砂をいかに有効活用するかということも、これからの健全な流域をつくっていく上で大切なことだと思います。

左:インドネシア・クルド火山地域サンドポケット内の農地化。右:インドネシア・ブランタス川の砂利採取。

左:インドネシア・クルド火山地域サンドポケット内の農地化。
右:インドネシア・ブランタス川の砂利採取。
写真提供:藤田 正治さん



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