機関誌『水の文化』18号
排水は廃水か

利用の想像が国際河川の協力関係をつくる
上下流紛争の裏にある排水と利用の構造

中山 幹康さん

東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授
中山 幹康 (なかやま みきやす)さん

1954年生まれ。東京大学大学院農学系博士課程修了。国際河川管理および地域計画学が専門。国連環境計画専門職員、宇都宮大学、東京農工大学を経て、2004年より現職。

世界人口の6割は国際流域に住んでいる

最近ウォーター・セキュリティ(水の安全保障)という言葉をよく聞きます。水資源は、1国だけではなく、地域、世界的な取り組みがないと、安定供給されない可能性もある。そのような考え方が最近広まっており、資源の確保や環境の保全、改善には、国家、地域、世界レベルでの戦略や協調が不可欠となります。

国際流域が私のテーマです。日本は島国ですから、2つ以上の国をまたぐ国際流域がありません。海外に目を転じると、2つ以上の国が河川の流域を共通している国際河川及び湖沼の数は、数え方にもよるのですが、280ヶ所程度あります。多くの国が分離、独立する前の冷戦時代の統計では、214というデータもあります。

この数字そのものは問題ではなく、むしろ大事なことは、この流域が世界の陸域面積の約47%を占めており、世界人口の約6割が国際流域に住んでいるという事実です。したがって、国際河川における流域国間の係争は、流域の資源と環境に多大な影響を与えるとともに、多くの人間の生命と安全を脅かすことにつながるわけです。島国に住んでいると実感できませんが、これは重要な問題です。

国際流域の分布を見るとアフリカ大陸は国際流域の割合が多い地域です。(図1)サハラ砂漠の近辺を除いては、ほとんど国際流域で占められています。北アメリカも一見するとアメリカ合衆国しかない印象ですが、北アメリカには大河川が多く、それをカナダやメキシコと共有しています。

アジアに目をやると、中国から東南アジアをへてガンジスのほうまでを貫く分布が見られ、もう一つは中国とロシアの国境地域に位置する分布があります。(図2)中国からロシアにかけては人口も多くはなく、それほど係争になっていませんが、南のほうはメコン、ガンジス、サルウィーン、インダス、アラル海、チグリス・ユーフラテスなど、アジアには紛争の火種になりそうな国際流域がひしめいています。

  • 図1:国際流域の分布を見るとアフリカ大陸は国際流域の割合が多い地域

    図1:国際流域の分布を見るとアフリカ大陸は国際流域の割合が多い地域

  • 図2:アジアに目をやると、中国から東南アジアをへてガンジスのほうまでを貫く分布が見られ、もう一つは中国とロシアの国境地域に位置する分布がある

    図2:アジアに目をやると、中国から東南アジアをへてガンジスのほうまでを貫く分布が見られ、もう一つは中国とロシアの国境地域に位置する分布がある

  • 図1:国際流域の分布を見るとアフリカ大陸は国際流域の割合が多い地域
  • 図2:アジアに目をやると、中国から東南アジアをへてガンジスのほうまでを貫く分布が見られ、もう一つは中国とロシアの国境地域に位置する分布がある

対立よりも協調

このような地域で水戦争が起きるのではないかと、かなり多くの人が予言しています。ガリ前国連事務総長が「中東での次の戦争は水資源をめぐる争いになるだろう」と言い、世界銀行の元環境問題担当副総裁は「21世紀では水資源の争奪から戦争が起きるだろう」と述べています。

私は研究者として、これらの見解をあまり信じていません。というのは、水資源をめぐる戦争を起こすにしても、それはあまりにもコストがかかりすぎます。戦争を起こすくらいならば、脱塩淡水化のようなコストがかかる方法でも水を得たほうが、戦争よりは安上がりでしょう。少なくとも人間は死にませんし。そのように思っていますので、私自身はこのような予言を真に受けてはいません。

ただ、なぜこういうことを社会的責任のある人が言うかというと、乾燥地および半乾燥地において人口が急増しつつあり、それが水資源の逼迫(ひっぱく)や流域の環境悪化を招いているという事実があるからです。特に中東の乾燥地には、戦争まで起きるかもしれないという予言をさせるに至った背景はあるわけですね。

それでは、そのような水紛争は増えているのでしょうか。図の3はオレゴン州立大学のデータベースからつくったのですが、国際流域で起きた出来事の数を示しています。「出来事」とは、例えばある国の大統領が「我が国の水資源を上流国が勝手に使っていた」と声明すれば一つの出来事にカウントされますし、国同士が国際河川の利用について協定を結べばそれも一つの出来事です。これを見ますと、冷戦が終わった1990年(平成2)ごろから出来事の数が増えます。

いくつかの解釈ができますが、冷戦が終わったことで、それまでお互いのブロック内で押さえられていた係争が噴出してきた、ということが一つ挙げられるでしょう。ただ、このグラフでおもしろいのは、出来事の数は増えているのですが、「対立的な出来事」が「協調的な出来事」を超えることはないということです。

水資源が逼迫しているという意識が共有されたときに、他の国を非難したり戦争したりするよりは、相対的に乏しくなっている資源を、何とか協調的な方法で賢く使おうという意識が、流域国の中で働くのではないでしょうか。これが、21世紀には水戦争が起きるだろうという予言を信じない理由です。

出来事の性質を分類し、その度数を棒グラフに表したのが図の4です。真ん中から上側が協調的な出来事、下側が対立的な出来事です。真ん中あたりは被害が少ない軽微な出来事で、例えばある国が「上流国と水資源について協調関係を進めたい」とスピーチをするような口頭での表明。これを見ても、対立に比べて、協調の努力が存在することがわかります。

資源が足りなくなると戦争が起きる、という考え方は一見もっともらしいのですが、歴史的事実としては違う動きを示しています。国と国とは、可能な限り仲よくする。その原則が、国際流域にも現れます。

  • 国際流域で起きた出来事

    国際流域で起きた出来事

  • 国際流域で起きた出来事の傾向

    国際流域で起きた出来事の傾向

  • 国際流域で起きた出来事
  • 国際流域で起きた出来事の傾向

上下流紛争の構図

これまで私が手がけた研究では、流域国間に生じた係争解決や合意形成プロセスを、アクター(当事国や関係国:流域国、国際機関、援助国)の利害分析から始めます。事例としてはナイル川、メコン川、インダス川、ガンジス川、ドナウ川、ザンベジ川、ユーフラテス川、オレンジ川、シクスアオーラ川、サンファン川、アラル海、カスピ海などを扱いました。流域国間の係争を緩和あるいは防止し、流域国が協調関係を形成するために遵守すべき「行動規範」を探求します。そこで、国際機関という第三者機関がどのような関与をすれば、一番その機能を発揮するのか、という点に関心を持っています。

これから、ガンジス川、ドナウ川、インダス川、ナイル川のお話をしたいと思いますが、これらの国際河川では、1950年代以降に上下流国の領土内における水利構造物(ダム、取水堰など)の建設に伴って、流域を共有する2国間で合意に達する必要が生じました。これらの相互比較項目として(1)当事国(2)水利構造物(3)経緯(4)問題点(5)合意の成否(6)合意に達した(しない)理由、の6項目について整理しました。

その構図を、ガンジス川、ドナウ川、ナイル川についても比較したのが図5です。

対象事例における諸要因の比較

対象事例における諸要因の比較

共通の利益が上下流を結ぶ

流域国間で合意が成立するための要件は、上下流国に共通の利益が存在することです。

ドナウ川は、ハンガリーとチェコスロヴァキアが1つずつダムを造ろうと決め、スロヴァキアが1つ造った段階で、ハンガリーが「環境面で懸念がある」と訴えた例です。これは国際河川の調停としては初めて、国際司法裁判所に持ち込まれました。国際司法裁判所というのは、原告と被告の双方が、「国際司法裁判所の合意に従う」と合意しない限り、裁判を始めません。ですからそれまでは、上流側が合意しなかったため、裁判が始まらなかったのです。

では、なぜ両国が国際司法裁判所に判断を委ねたかといいますと、ハンガリーもスロヴァキアもEUへ加盟したかった。EUの加盟条件は周辺国と係争が無いことです。そのために国際司法裁判所に持ち込んで、さっさと決着をつけたかったというのが理由です。

インダス川の例は、1940年代からの話です。1947年(昭和22)にパキスタンがインドから独立するまでは、両方とも同じ国でしたので、インダス川は一つの行政区であることを前提にして多くの用水路が造られました。ところが、その真ん中に国境線ができ、利用者であるパキスタン側の灌漑農地の水源が、上流側のインド領から湧出しているという状況になりました。両国政府は、インダス川の水利システムを共同管理するという英国の提案には同意せず、インドは、「言うことを聞かなければ水をやらない」とパキスタン側を威嚇しました。結局両国間では決着がつかず、世界銀行が10年に渡って仲介しました。結論は簡単で、「各国とも、自分の領土の川で自分たちの水を手当しなさい」というものです。ただ、そのために、パキスタン側でダムや用水路を造る必要があったので、世界銀行が先進国を説得して借款を供与しました。

なぜ合意したかというと、インド、パキスタン両国ともこの問題を解決しないと、先進国からのインダス川流域への開発援助は与えられないと認識していたわけです。先進国からの援助が欲しいという点では、両国とも同じで、解決したいというモチベーションも両国にありました。

1995年(平成7)に協定が結ばれガンジス川のケースが解決したのは、バングラデシュで政変が起き、親インド的な政権ができたことがきっかけです。インドも外交姿勢を変え、周辺国と友好的な関係を結ぶようになりました。これらの偶発的要素が重なったことが大きかったですね。それまでの50年間は、直接的な共通利益が無いゆえに、協定が結ばれませんでした。

ナイル川も同様で、スーダンもエジプトも、世界銀行を通して先進国からの資金供与を受けたかった。そこで世界銀行は、供与の条件として係争解決を突きつけたという背景があります。

国際流域の係争調停の合意の条件は、第一に流域国に共通の利益が存在すること、第二に影響力のある第三者が存在することが大きいのです。そして第三には、上流国が「確信犯」として水利施設の建設を黙って先行させないことです。

インダス川流域

インダス川流域

国際機関の果たす役割

国際機関が国際流域に関与した事例の類型として、私が知っている主なものの中で興味深いのは、「問題の所在を訴える場」としての事例です。かつて、バングラデシュが国連総会でインドの横暴を訴えたことがあります。国連総会でバングラデシュの惨状を救うような議決案を総会に出してくれと要求したとき、国連総会はそれを拒否しました。その理由を、私は、国連総会で力を持っている大国のほとんどが国際河川の最上流国、あるいは上流国だからだと考えています。そういう国々は下流国の非難を国連総会で議決することは、次の瞬間には自分に降りかかってくることを意味します。ですから、バングラデシュが声明を出すことは許しましたが、議決は行われませんでした。

国連総会は国際流域に関する世界的な枠組みをも策定しており、1997年(平成9)5月には「国際河川の非航行的利用に関する条約」を採択しました。1970年(昭和45)から27年間、討議されました。その頃から、国際河川の利用については何か国際的な枠組みがないとうまくいかないという、世界的なモチベーションはあったのですね。ただし、いまだに発効していません。批准国が少ないのです。

批准していない国の一つである中国は、いくつかの国際河川の上流国で、その権限を侵されたくない。同じくトルコはシリアやイラクと過去数十年に渡って、水資源について緊張関係にあり、これに譲歩的な態度はとれません。同様の理由で、いくつかの大国が棄権しています。日本も同様です。「日本には国際河川がありませんから」というのが公式見解ですが、他の大国を刺激したくないから、という解釈はしても許されるのではないでしょうか。

日本の国会議員などに話をしますと、日本こそ率先してこの条約を批准すべきだと言う人も多いですね。国際利益を持たない日本がそのような態度を表明することによって、国際社会がそちらにいくべきだというメッセージが送られるという点もあります。

この条約は発効していませんので強制力は持ちませんが、無駄かというとそうでもありません。

確かに、条約は27年間も検討されているので、その中身に曖昧なところもあります。例えば、「加入国は顕著な損失を与えてはならない」という条文があるのですが、何が顕著かはわからない。また、「顕著な損失が生じなければいい」という考え方には、個人的に懸念を持っています。流域で顕著な損失が生じるということは、水資源が相対的に不足してきていて、はじめて下流国は上流国の水使用を顕著と思うわけです。すると、顕著な損失と感じる前の水資源利用については、完全に早い者勝ちになってしまいます。経済開発を早く行なったものが勝ちとなり、これが国際社会として認められるルールなのか。遅れた者が損をするルールは正しいのか、ということが問題です。

このような懸念はあるのですが、一方で、この条約は国際的な慣習法として定着しています。27年間の検討の蓄積があるわけです。インドとバングラデシュ、インドとネパールの間の係争も、この条約の草案をもとに解決しているわけです。すると、この条約は発効していないけれど、充分機能していると言えるわけで、無駄ではないのですね。

国際機関が果たしうる役割ですが、私のイメージでは、流域国に係争が生じた場合に有益なメカニズムというよりも、流域国の協調のための枠組みをつくる上で重要なのでしょう。

アフガニスタンの復興がアラル海流域の係争を招く

アラル海はウズベキスタン、カザフスタン、キルギスタン、トルクメニスタン、タジキスタンの5カ国が流域国となっています。上流で水を使いすぎたために干上がってしまいました。

アラル海に流れ込む川は南北2つありますが、南の川はアムダリア川で、タジキスタンの雪解け水とアフガニスタンの雪解け水が源流です。途中の平地はアフガニスタンになるわけですが、そこで食糧生産のために灌漑農業を展開すると、アラル海に流入する水をほぼ使ってしまいます。1970年代後半は、アフガニスタンの農業は自給していたそうですが、2001年段階では、自給率はその半分くらいです。アフガニスタンの人口予測も難しいのですが、戦争後の人口増加があるでしょうから、食糧を増産せざるをえない。そこで、灌漑農業の拡大が推進されました。これを下流国の立場から見ると、今まで水を使っていなかった上流国が水を使う、ということを意味します。したがって、アラル海そのものへの影響というよりも、下流国の農業生産への影響が大きく、かなり深刻な問題が生じる可能性があります。

ところが、援助機関はアフガニスタンの国内だけを見て、灌漑農業の拡大を進めています。アフガニスタンへの援助と、下流国への食糧援助や灌漑効率の改善を、統括的に進める必要があるのではないでしょうか。

アラル海はウズベキスタン、カザフスタン、キルギスタン、トルクメニスタン、タジキスタンの5カ国が流域国となっている

アラル海はウズベキスタン、カザフスタン、キルギスタン、トルクメニスタン、タジキスタンの5カ国が流域国となっている

排水をめぐる国際流域の紛争

アラル海の状況は、排水でも同様です。アラル海の北側にシルダリアという川があり、上流がキルギスタン、下流がカザフスタンになります。この2つの国の間で、排水の問題で争いが起きていますし、同様の問題がアムダリア川の上流国のタジキスタンと下流国のウズベキスタンの間でも起きています。

どういう問題かといいますと、上流国のキルギスタンにダムがあり、冬に水力発電し、その排水を下流に流します。ところが下流の国は、冬に水が来てもうれしくない。農業生産をしているから、水は夏にきてほしいので、まったく利害が合わないわけです。電力セクターと灌漑セクターでは、水を使う時期が違うから、ますます利害の調整が難しい。そこでどう解決するかですが、下流の国々がキルギスタンに対して、「冬場の電力を供給するから、冬に水を使わないで、夏に放水してほしい」と頼むしかありません。送電網をつくって、下流国が電力をキルギスタンに融通できるようにするのです。合意に達する手段としては、送電網をつくるための海外援助をすることが有効かもしれません。

また上流の農薬排水が、下流の住民の健康問題となることも有り得ます。1国の中でも上流と下流で水の利用の仕方が違うことも想定でき、複雑な様相を示しています。

バーチャル・ウォーターの意味

ロンドン大学教授のトニー・アランはバーチャルウォーター(仮想水)という考え方を1998年(平成10)に示しました。出発点は「なぜ中東で水をめぐる戦争が起きないのか」という疑問です。自分の食糧生産に費やす水は非常に少ない。しかし、それでも賄えているのは、他国から食糧を輸入しているから、つまり食糧を育てるのに投入された他国の水をいわばバーチャルな形で輸入していると考えたわけです。

水というものを量だけで見ていると、明らかに紛争の合意点はないが、他のセクターと関連させて考えると、解決が見えてくることも多い。トニー・アランはそれを食糧という点から見て、仮想水という考え方を示したわけです。

この観点から見ると、いまアフガニスタンは食糧援助漬けを脱却し、自給へ移行するための援助が行われています。しかし、本当にそれは正しいのかという根本的な疑問も見えてくるわけです。

ただし、バーチャル・ウォーターの考え方についてトニー・アランは、「貧しい国の問題が解決しないで、富める国の結果がよくなるだけではないか」という、質問を受けていました。それに対して彼は「バーチャルウォーターという形で解釈しないときに、どのような解決があるのか考えてほしい。それでは、戦争にいきかねない。バーチャル・ウォーターを考えることで、水をめぐる利用の関係を分離して見ることができるのではないか」と述べていました。

彼の言うことは、もしかしたらカタストロフィーを先延ばしにしているだけかもしれません。でも、人々の頭の中に、どういうセクターと水との関係があるかを想起させることができますし、「水がない、大変だ」といって戦争を起こすような短絡的な思考を防ぐことができ、より合理的な判断の幅を広げる効果はあるでしょう。

利用との関連で水を見直すことは、非常に大切なことです。時期、使うセクター等により、水利用も水の付加価値も違います。そのためには、相当な量の情報を共有し、その情報に透明性がないと、議論は始まりません。さまざまな場面での利用を想像する情報と知識の共有が必要なのですが、多くの国際流域では残念ながら、まだそこまでには至っていません。



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