機関誌『水の文化』70号
みんなでつなぐ水 火の国 水の国 熊本

みんなでつなぐ水 火の国 水の国 熊本
水と人を育てる

みんながかかわる熊本地域の水システム
──次世代も連動する施策が進行中

京都大学教授を経て3年前に熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター特任教授に着任して以来、熊本地域の水に対する取り組みを見つめている渡邉紹裕(つぎひろ)さん。国際かんがい排水委員会の副会長に就任したばかりの渡邉さんに、熊本地域の水システムと次世代育成の重要性などについてお聞きした。

橋本 淳司

インタビュー
熊本大学くまもと水循環・減災 研究教育センター特任教授
渡邉 紹裕(わたなべ つぎひろ)さん

京都大学名誉教授。国際かんがい排水委員会(ICID)副会長。1953年栃木県生まれ。京都大学大学院農学研究科博士後期課程(農業工学専攻)単位取得退学。博士(農学)。専門分野は農業土木学(灌漑排水管理)。総合地球環境学研究所教授、京都大学教授などを経て2019年4月から現職。共著に『地域環境水利学』『農村地域計画学』など。

100万近い人たちを地下水で支える

──熊本大学に着任なさってまもなく丸3年。熊本地域の水への取り組みをどのように感じますか。

熊本市が国連の賞を受賞したり、知人が熊本市の地下水条例を早期に取り上げていたことなどから、熊本地域が地下水保全に熱心であることは以前から知っていました。

実際に熊本市に住んで感じることは2つあります。1つは「みんなで取り組んでいること」。いろいろな立場の人たちがさまざまな取り組みを苦労しながら進めています。

もう1つは、生活するうえで必要な「水道の水がおいしいこと」。私は、水道蛇口には浄水器をつけることがあたりまえになっていましたが、熊本に住むと浄水器がなかなか見つからないんですね。「あ、これはいらないんだ」と思ってつけていません。

熊本地域に対しては、おいしい水の源である地下水を守るために、しっかり連携して取り組んでいるという印象をもっています。ただし、それは福井県大野市や神奈川県秦野市など他の地下水が豊かな地域でもそれぞれ工夫して水のシステムをつくっていますので、熊本地域に限った話ではありません。100万人近い人口を抱えるなか、行政の枠を超えて地下水にフォーカスし、企業も含めてみんながかかわってつくったシステムがかなり機能しているという点に、熊本地域の特性があると思います。

一方、飲む水だけでなく灌漑(かんがい)用水も戦国時代からしっかり築いてきました。熊本といえば加藤清正が有名ですが、彼は尾張の人間なので、「黒鍬(くろくわ)(注1)など腕のいい職人を連れてきたはずです。

ちなみに私は加藤清正と誕生日が一緒です。ある人に「熊本で大勢の人に話をするときは必ずそれを言いなさい」と忠告されましたが、それほど加藤清正は今も親しまれています。そういう象徴を介して郷土の歴史やなりたちに興味をもつのは、継承という意味でとてもよいことですね。

(注1)黒鍬
かつて各地の普請(土木)に携わった者たちを指す。詳細は『水の文化』66号「農業土木技術者『黒鍬』とは何者か?」を参照。
https://www.mizu.gr.jp/kikanshi/no66/06.html

  • 白川が蛇行しながら流れる熊本市の中心市街地

    白川が蛇行しながら流れる熊本市の中心市街地

  • JR熊本駅の新幹線口(西口)にある冷水機。熊本市の地下水がいつでも味わえる

    JR熊本駅の新幹線口(西口)にある冷水機。熊本市の地下水がいつでも味わえる

地下水の大切さを再認識する場に

──熊本市が「第4回アジア・太平洋水サミット」(以下、水サミット)の開催地として手を挙げたことをどうお考えですか?

水サミットは国際会議ですので、各国の首脳級が集まって水に関する一定の合意をして声明を出し、それぞれの国の行政機関が本格的に水に対する施策を考えるというプロセスに大きな意義があります。そういう会議の開催地として熊本市が挙手したのは大変すばらしいことだと思います。

地下水保全に注力している熊本市で開かれる水サミットによって、より多くの人たちに水の大切さを再認識してもらうと同時に、熊本地震からの復興が着実に進んでいることを見ていただきたいですね。

水サミットについては、現時点(2021年12月)ではフルスペックの開催を目指して準備を進めています。ただし、今後の新型コロナウイルス感染症の状況によっては、熊本城ホールでの会合とWeb配信を併用したハイブリッド形式となる可能性も否定できません。

開催形式がどうなるにせよ、熊本市で水サミットが行なわれることを通じて、熊本地域で進められている地下水保全の取り組みや今後の課題が市民にもしっかり伝わるような仕掛けが必要ですので、その準備を進めているところです。

インクルーシブな社会を目指すために

──今の「市民に伝えること」にもつながると思うのですが、水サミットで「ユースセッション」も準備なさっているそうですね。

私は以前から「水の問題は若い人たちが直接かかわらないといけない」と主張してきました。それは国際的にもそうです。国内では、水サミットの運営にかかわるNPO日本水フォーラムがユース世代を支援する施策を講じてきました。

今回の熊本市での水サミットをきっかけに「高校生世代を支援して、水サミットでなんらかの発信ができないか」と考えて立ち上げたのが、九州の高校生世代による情報発信プラットフォーム「ユース水フォーラム・九州」です。

まずは高校生たちに3分間の動画をつくってもらい、投稿してもらいます。制作過程で高校生たちは水について勉強しますし、動画の吹き替えか字幕は英語にすることで世界中の人たちと交流できます。もちろん、日本の高校生同士のつながりもできるでしょう。それは将来きっと役立つはずです。

九州と銘打っていますが、目指すのはオールジャパンなので九州以外の高校生たちの投稿も大歓迎です。今回の水サミットに限ったことではなく、今後も続けていくからです。私が事務局長で、九州大学大学院准教授の清野(せいの)聡子さんと熊本大学准教授の田中尚人さんが企画統括を務めます。田中さんは主に熊本地域の担当です(注2)

熊本だけでなく、沖縄も含めた九州地域を中心に多くの高校生たちが動画を投稿してくれました。ぜひ水サミットで公開して、各国首脳、日本の水関連の行政や研究者に見てもらいたい。30作品ほどですが、Webサイトで公開されています(注3)

ご覧いただくとわかると思いますが、高校生たちはとても素朴に自分の身の回りの水を見つめています。英語で発信することに惹かれて英語部の高校生が動画をつくり、アニメーションをやりたい子が加わったグループもあります。また、指導にあたった高校の先生が「くまもと『水』検定」を受けたと聞いています。家族や周りの人たちも気になるでしょう。

入り口はなんでもいいんです。それによって、水に関心をもつ層のすそ野が広がりますから。対象を高校生世代としているのは、高校に通っていなくても興味深い活動をしている子どもたちがいるからです。

今回の水サミットでは、サステナビリティやインクルーシブ、次世代などがキーワードです。大人も若者も、水にかかわっている人もこれからかかわる人も、包摂的にどう連係して進むか、私たち大人がダメにしてしまった水や水環境をどう仕立て直すか──それにはみんなで取り組むことが、どうしても必要なのです。

(注2)
詳細は「高校生たちの動画チャレンジ」参照。

(注3)Webサイト
最下部に動画作品の詳細とリンクがある。 https://www.waterforum.jp/ywf/

(2021年12月21日/リモートインタビュー)

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