機関誌『水の文化』70号
みんなでつなぐ水 火の国 水の国 熊本

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次世代育成

ふるさとを誇りに思う子どもたち
──人びと巻き込む八代の市民団体

熊本県には、次世代育成において九州のなかでも有名な市民団体がある。八代市(やつしろし)を拠点に活動する「次世代のためにがんばろ会」だ。ほぼ毎月のようにイベントを行なっている。いったいどのように人びとを巻き込んでいるのか。その理由を探った。

球磨川河口に広がる金剛干潟を訪れた「エコユースやつしろ」のメンバーたち

球磨川河口に広がる金剛干潟を訪れた「エコユースやつしろ」のメンバーたち

球磨川河口の美しい干潟で

午後2時。熊本県八代市のやつしろハーモニーホール駐車場に高校生6人が集まった。この日は「ユース水フォーラム・九州」(注)参加用の動画を撮影する最終日。保護者の車などに分乗して、市内を一望できる妙見宮(みょうけんぐう)に向かった。

6人の高校生は八代高校、八代工業高校、八代東高校に通う。久しぶりの対面のせいか少しよそよそしい感じだったが、妙見宮に着くころには打ち解けていた。カメラやスマートフォンを手に、高台からの風景を撮影する。球磨川(くまがわ)の河口に広がる美しい干潟「金剛干潟」へ移動。水際に下りた高校生たちは「こうかな?」「いや、こんな感じじゃない?」と言葉を交わしながら、立ったり座ったりしながら自分なりのアングルを見出そうとしている。

高校生たちは、八代市を拠点とする市民団体「次世代のためにがんばろ会」(以下、がんばろ会)が2021年(令和3)に立ち上げた「エコユースやつしろ」のメンバーだ。エコユースやつしろは、2022年(令和4)4月に熊本市で開催予定の「第4回アジア・太平洋水サミット」をきっかけとして、水や干潟などの水環境を実際に体験しながら学習することを目指している。ユース水フォーラム・九州への動画投稿もその一環だ。

(注)
詳細は「高校生たちの動画チャレンジ──身近な水を深く知るために」参照

  • 八代市内の高校に通う「エコユースやつしろ」のメンバーたち

    八代市内の高校に通う「エコユースやつしろ」のメンバーたち

  • 「ユース水フォーラム・九州」への動画投稿を目指して奮闘

    「ユース水フォーラム・九州」への動画投稿を目指して奮闘

  • 市内を一望できる妙見宮で思い思いに撮影

    市内を一望できる妙見宮で思い思いに撮影

  • 市内を一望できる妙見宮で思い思いに撮影

    市内を一望できる妙見宮で思い思いに撮影

カキ殻を用いたイベントが評判に

がんばろ会が発足したのは2001年(平成13)。きっかけは、その前年に八代市役所が募集した市民環境研究委員に、がんばろ会の代表を務める松浦ゆかりさんと副代表の濱田律子さんが応募したこと。委員には市役所の職員2人(官)、八代工業高等専門学校の教諭1人(学)、そして松浦さんと濱田さん(民)がおり、この5名のコアメンバーが官学民によるがんばろ会を立ち上げた。

ただし、最初は何をやろうか定まらなかったと松浦さん、濱田さんは振り返る。

「八代工業高等専門学校から北九州市立大学に移ったあとも毎月の定例会に通ってくれた森田洋教授から『カキの殻を用いた水質浄化活動があるけどやってみますか?』と提案がありました。まずはやってみることにしたんです」と松浦さんは言う。

ところが、カキの殻がどこで手に入るのかもわからない。天草に行けば転がっているとも聞いたが定かではない。市役所の職員が「地元・八代の二見漁港にある」という情報をつかんできた。

「天然の小さなカキがあったので、それを拾いに行くことにしました」と松浦さん。どうやって拾おうか、拾ったカキの殻は玉ねぎのネットに入れたらいいのかね、など手探りで活動を始めた。

水質浄化の場所は濱田さんが見つけてきた小学校の前の排水路。子どもたちを30人集めて、市役所の協力も得ながら排水路にカキの殻を投入。この活動を地元の新聞社が大きな記事にしたことで、がんばろ会の名が広がった。

次世代のためにがんばろ会の代表を務める松浦ゆかりさん(左)と副代表の濱田律子さん(右)

次世代のためにがんばろ会の代表を務める松浦ゆかりさん(左)と副代表の濱田律子さん(右)

手に負えないところは地元の高校生に

初回は成功したが、カキの殻を取りに行って運び、排水路に投入するのは重労働。「高校生たちに手伝ってもらおう」と考えた。

ある日、濱田さんが手がけていた藺草(いぐさ)石けんの製造作業を、八代工業高校ラグビー部の顧問が見学に来た。ヘルプを頼むと、バスを2台仕立てて参加してくれることに。「高校生が来てくれるのなら」と当日は焼き鳥や焼きそば、そうめん流しを用意。堅苦しくない「カキ殻祭り」に仕立て上げた。

「それもまた話題になって、次の年は八代高校が『うちも参加します』と。高校同士が競い合うように人数が増えていき、最終的には八代清流高校が全校生徒、八代高校は1年生8クラス全員、そのほか市内すべての高校(7校)が来てくれるようになりました」と松浦さんと濱田さんは微笑む。

規模が大きくなりすぎたのでいったん休んだものの、「生徒たちが参加できる活動はもうしないのですか?」と高校側から言われ、「八代海河川・浜辺の大そうじ大会」(以下、大そうじ大会)を案内する。人数は年々増え、2021年は八代市内の7つの高校から有志の高校生、大学生、大学教授、企業、団体、行政など約700人が参加した。

とはいえ、単に人数を集めたいわけではない。がんばろ会の活動で共通するのは「やりっぱなしにしない」こと。大そうじ大会でごみ拾いや流木集めが終わったら、ごみの分別学習会を行なう。八代海で獲れたアナシャコやイカを食べて故郷の味を体感し、不法投棄の現実を知らせるパネルも展示する。地元愛好会による野鳥観察会を通じて、多様な渡り鳥が飛来する八代の自然の豊かさも伝える。

小学生を対象とする「子どもごみパトロール」では、小学校で出前授業を行ない、水問題とごみ問題を意識させる。実際にごみを拾うとき、「大人のごみ」と「子どものごみ」を分けて数えさせる。

「タバコとか缶コーヒー、弁当容器などは大人のごみ。アイスキャンディーの袋などは子どものごみ。わからないものは真ん中へ。そうすると大人のごみばかりになるんですね。感想文を書かせると『なんで大人はこんなにごみを捨てるんだ!』と怒っています」と松浦さん。

そんな子の周りの大人がうっかりごみを捨てたら「だめじゃないか!」と叱られるに違いない。体験を通じて八代の子どもたちが水や自然を学び、故郷に愛着をもつことをがんばろ会は重視している。

次世代のためにがんばろ会が主催する「八代海河川・浜辺の大そうじ大会」(写真は2019年6月)。2021年は八代市内の7つの高校から有志の高校生、大学生、大学教授、企業、団体、行政など約700人が参加した。

  • ごみ拾い開始

    ごみ拾い開始

  • 拾ったごみの分別学習

    拾ったごみの分別学習

  • 磨川河口での集合写真

    磨川河口での集合写真

  • 流木を集める高校生たち

    流木を集める高校生たち

  • 流木を集める高校生たち

    流木を集める高校生たち

  • 八代地域の河川や浜辺のごみ、不法投棄の実態をパネル展示

    八代地域の河川や浜辺のごみ、不法投棄の実態をパネル展示

高校生たちは八代海で獲れたアナシャコやイカを食べて故郷の味を体感する。また、不法投棄の現実を知らせるパネルも展示。地元愛好会による野鳥観察会では、高校生たちに八代の自然の豊かさを伝える。

  • 地元漁師が八代海で獲ったアナシャコやイカを試食

    地元漁師が八代海で獲ったアナシャコやイカを試食

  • 八代野鳥愛好会による野鳥観察会

    八代野鳥愛好会による野鳥観察会

提供:次世代のためにがんばろ会

そうそうたる面々が協力する理由

がんばろ会の活動で驚くのは外部協力者も多士済々であることだ。一例をあげると、毎年行なっている「青少年水サミット」。2021年は10月に「八代の水」をテーマに「生物」「環境」「防災」について専門家を招き、講座を開いた。コロナ禍のためオンライン開催だったが、講師陣はそれぞれの分野の研究者や有識者がずらりと並ぶ。

なぜそれほどの人を集められるのか。松浦さんは「会員がすごいんですよ」と言う。

「会員はそれぞれの地域でがんばろ会以外の活動にも取り組んでいます。私もPTAの役員を30年ほど務めていました。担任の先生に『授業させてください』とお願いする。異動したら、着任先にも企画書とタイムスケジュールを持参して『先生、また授業させて』と」

ただし、ただお願いするだけでなく、がんばろ会が逆に無理することもある。小学生が移動する際、通常ならバス1台でよいがコロナ禍ではバス2台が必要だったら予算がなくても用意する。松浦さんは「こちらから頼むばかりではだめですからね」と話す。

令和2年7月豪雨により球磨川流域は大きな被害を受けたが、泥出しなどに取り組んだ八代市の秀岳館高校を後方支援した際、がんばろ会は「自分たちの手柄」にしなかった。集まった物資や義援金を秀岳館高校に届けるとき、どの品がどんな人から送られてきたのかを書き出し、義援金をいただいた百数十名の人たちには領収証と高校に届けた際の写真を添付して郵送した。そうした姿勢が多くの人びとを巻き込む源泉なのだろう。

子どもたちのためにつながる人と人

20年間紡ぎつづけてきたネットワークは、「『この人!』と思ったら口説きます。私、厚かましいんです」と笑う松浦さんのお人柄、そして時には少し無茶な松浦さんのアイディアをすぐ形にする濱田さんの支える力が中心にある。そして、高校生で初めて参加、今は市役所に勤めつつイベントで司会を務めるメンバーや、大学生のときに出会って就職後もドローン映像を担当するメンバーもいる。蒔いた種は芽吹いている。

一度聞いたら忘れられないこの名称は「自分たちがやりたいことをそのまま名前にしました。がんばろうではなく『がんばろかい』。八代弁です」と濱田さんは言う。

かつて松浦さんが市民環境研究委員に応募したのは、子どもたちが健全に、健康に育つには食の安全が大切だと考えたからだ。食の安全は、水をはじめとする自然環境がよくなければ果たせない。子どもたちが八代を好きになるために、それぞれのメンバーが自分の強みやできることを活かして知恵を出し合う。活動で知り合った「この人!」と思う人には臆せず相談する。人は頼られたら悪い気はしないもの。しかも子どもたちのため、地域のためになることばかり。がんばろ会の賛同者は増えていく。

先日あるSNSで「カキ殻祭り」が話題になっているのに松浦さんと濱田さんは気づいた。「オレ昔行ってた」「スイカ割りしたよね」「そうめん食べたな」──そんな会話を見たとうれしそうに話してくれた。幸せな思い出は生まれ故郷を離れても残る。いったん外に出たとしても、八代に戻ってくる若者はきっといるはずだ。

(2021年10月10日取材)

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