機関誌『水の文化』70号
みんなでつなぐ水 火の国 水の国 熊本

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地域の魅力発見

高校生たちの動画チャレンジ
──身近な水を深く知るために

今、九州の高校生世代が自分たちの身近な水文化を調べ、その結果を動画として世界へ発信しようとしている。これはNPO法人日本水フォーラムが事務局となって進めている「ユース水フォーラム・九州」の活動の一環だ。当面の目標は、今春、熊本市で開催予定の「第4回アジア・太平洋水サミット」。その後は日本、そして世界各国とつながる持続可能な大きなうねりとなることを目指している。

「ユース水フォーラムくまもと」(YWFK)が参加した各高校で実施する「熊本の水文化ゼミ」振り返りワークショップ。この日は尚絅高校を訪ねた

「ユース水フォーラムくまもと」(YWFK)が参加した各高校で実施する「熊本の水文化ゼミ」振り返りワークショップ。
この日は尚絅高校を訪ねた

水への思索深める動画作品づくり

高校生世代が自分の住む地域を起点に、水や水にかかわる問題を自分で調べ、仲間とともに考えて動画作品にする──。そのような試みが熊本県をはじめとする九州地方で2021年(令和3)にスタートした。そのプラットフォームとなるのは「ユース水フォーラム・九州」。若い世代の人材育成の一環として、NPO法人日本水フォーラムが同年3月22日の「世界水の日」に立ち上げたものだ。

7月1日には公式サイトをオープンし、九州・沖縄地方8県の高校生世代(15~18歳)を対象に「水をテーマとした動画作品」の募集を開始した。

動画作品は3分以内。実写、アニメ、CG、スライドなど表現方法は問わないが、英語で作成する。日本語の場合は必ず英語字幕をつけることが条件となる。動画作品はインターネット上で公開するほか、ユース水フォーラム・九州により日本と海外の高校生世代が交流できる機会を設ける。まずは今春予定されている第4回アジア・太平洋水サミット(以下、水サミット)での上映・発信を目指している。

ただし、動画作品はあくまでも一つの手段だ。目的は、高校生世代が動画を作成する過程で身近な水や環境に目を向け、自ら学び、じっくり考え、他者の意見を自分なりに吸収し、望ましい未来社会に向けて新たな施策やアイディアを生む人材を育てることにある。

  • YWFK「熊本の水文化ゼミ」を通じて高校生たちが制作した動画。投稿サイトで見ることができる

    YWFK「熊本の水文化ゼミ」を通じて高校生たちが制作した動画。投稿サイトで見ることができる
    https://www.youtube.com/channel/UCU0g_IbLpqg_rq3CdnPR5ag

  • 動画づくりに挑戦するYWFK「熊本の水文化ゼミ」の初回。熊本県内の8校から30名の高校生が参加し、「伝えたい水の物語を編む」をテーマにワークショップを行なった

    動画づくりに挑戦するYWFK「熊本の水文化ゼミ」の初回。熊本県内の8校から30名の高校生が参加し、「伝えたい水の物語を編む」をテーマにワークショップを行なった
    提供:田中尚人さん

風土を継承するのは地元の子どもたち

水サミット、さらにその先の持続的な展開に向けて熊本県内の高校生たちをサポートしているのが「ユース水フォーラムくまもと」(略称 YWFK)だ。企画統括は熊本大学熊本創生推進機構准教授の田中尚人さんが務めている。

田中さんの専門は土木史と景観だ。京都大学時代は琵琶湖疏水を、岐阜大学時代は長良川と郡上八幡の人びとの生活を見つめるなかで、水にまつわる作法や水をきれいに保つ知恵がその土地の風景をつくっていることに興味を抱いた。

「小学校4年生の地域学習などで、担任の先生とともに引率役として『なんでこういう風景になっているかわかる?』と気づきを促すことに長く取り組んできました。地域学習がきっかけとなって子どもたちがふるさとを好きになるのはとてもよいことですし、そのためには『水の学習』が非常に効果的だとも思っていました」と田中さんは言う。

自分のまちを好きになることはシビックプライド(都市に対する市民の誇り)の醸成につながっていく。

「その土地土地の風土を継承していくのは、やはり地元の子どもたちが好ましい。教育と文化継承は相性がいいと思うので、同時にやっていくのがいいと感じていました」

田中さんは熊本の各地で子どもたちとかかわり、天草の高校生たちとプロモーションビデオをつくり、熊本地震のあとは益城町(ましきまち)の木山中学校で「益城町の今」を伝える30秒ワンカットの動画を中学生たちが自らつくる手伝いもした。それらがYWFKを始める縁となった。

  • 白川中流域水土里ネット協議会とYWFKの共催による「白川中流域田んぼハイスクール2021」。写真は10月の稲刈り・脱穀体験

    白川中流域水土里ネット協議会とYWFKの共催による「白川中流域田んぼハイスクール2021」。写真は10月の稲刈り・脱穀体験
    提供:田中尚人さん

  • YWFKの企画統括を務める熊本大学熊本創生推進機構准教授の田中尚人さん。「『水』というテーマは予想以上の効果を生みます。水サミットが終わってもライフワークとしてかかわりつづけます」と語る

    YWFKの企画統括を務める熊本大学熊本創生推進機構准教授の田中尚人さん。「『水』というテーマは予想以上の効果を生みます。水サミットが終わってもライフワークとしてかかわりつづけます」と語る

素朴な眼差しが生む水にまつわるメッセージ

編集部は2021年9月にリモートで行なわれたYWFKの「オンライン発表会」に参加した。

水の精が高校生になって現れる……そんなちょっとユーモラスなオープニングから、恵みと脅威をもたらす水の二面性を伝える実写版ムービー。そして、プラスチックごみを飲み込んだ魚や鳥は飢餓感のないまま飢え死にする現実をオリジナルキャラクターが伝えるアニメーション──。熊本県の高校生たちがつくった3分間のショートムービーが、次々と画面に映し出される。

この日は、YWFKに参加する熊本県内の5つの高校(菊池高校、熊本北高校、熊本商業高校、尚絅高校、玉名高校)、計8グループの作品が投影された。高校生らしい眼差しながら、見ている側が驚くような表現方法も用いており、すばらしい作品ばかりだ。

YWFKは、オンライン発表会に至るまで計4回の「熊本の水文化ゼミ」を重ねてきた。伝えたい水の物語を編む「対面演習」、物語を膨らませる「オンライン演習1」、各グループでつくった物語の絵コンテを検討し、撮影ノウハウも伝える「オンライン演習2」、各グループの制作途中の動画を上映する「試写会」を経ている。

コロナ禍でオンライン主体にせざるを得なかったが、7月末の演習だけは対面で実施できた。それが完成度の高さにつながったと田中さんは言う。

「本来は3回の対面演習で完成させるつもりでしたが、リモートにせざるを得ませんでした。ただし唯一のリアル開催となった7月末の演習には高校生30人が集まり、グループごとに熊本の水に関するキーワードを考え、そこから物語を紡ぐ充実したワークショップができたのです。それが効いていると思いますが、これほどの作品ができるとは……期待以上です」

いったん完成したものの、公開に向けてさらにブラッシュアップしていくという姿勢も心強い。

  • YWFK「熊本の水文化ゼミ」の初回。動画制作の技術面をサポートした崇城大学芸術学部助教の馬頭亮太さんほか多くの人たちがかかわる。各高校の先生たちの協力も大きかったという

    YWFK「熊本の水文化ゼミ」の初回。動画制作の技術面をサポートした崇城大学芸術学部助教の馬頭亮太さんほか多くの人たちがかかわる。各高校の先生たちの協力も大きかったという
    提供:田中尚人さん

  • 2021年9月20日に行なわれた「オンライン発表会」の参加者。動画をみんなで鑑賞し、相互評価を行なった

    2021年9月20日に行なわれた「オンライン発表会」の参加者。動画をみんなで鑑賞し、相互評価を行なった 提供:田中尚人さん

  • 「熊本の水文化ゼミ」の修了書を手にする生徒たち
提供:田中尚人さん

    「熊本の水文化ゼミ」の修了書を手にする生徒たち 提供:田中尚人さん

  • 「熊本の水文化ゼミ」の修了書を手にする生徒たち
提供:田中尚人さん

    「熊本の水文化ゼミ」の修了書を手にする生徒たち 提供:田中尚人さん

  • 高校生たちがグループごとに作成した絵コンテ。これをもとに動画撮影をスタートした 提供:田中尚人さん

    高校生たちがグループごとに作成した絵コンテ。これをもとに動画撮影をスタートした
    提供:田中尚人さん

魚の目線から気づいた「水はみんなのもの」

2021年10月、今度は参加校の一つである尚絅(しょうけい)高校を訪ねた。田中さんが行なうYWFK「熊本の水文化ゼミ」の振り返りワークショップに同行させていただいた形だ。

熊本市で中高一貫教育を行なっている尚絅高校は環境教育に熱心で、阿蘇市門前町の水基巡りや下草刈り体験、閘門(こうもん)・水源見学などに中学生から取り組んでおり、英語教育にも定評が高い。YWFKには2グループが参加し、いずれも質の高い動画作品を制作している。この日は2年生7名が出席した。

田中さんが一人ひとりに動画制作を通じて得た学びを聞いていく。「誰に何をどう伝えたいのかを考えるなかで表現力が高まった」「ワークショップで『どう思う?』と問うなど他人の話を引き出す力がついた」「イチから何かをつくり上げることの難しさを知った」「『新しいことに挑戦しよう』という気持ちが前よりも強くなった」──こうした肯定的なコメントが続く。なかには「水は私たち人間が生きるためにあると思っていたけれど、魚の目線で絵コンテにしたとき、『水って人間だけのものじゃないんだ』と気づいた」と言う生徒も。

同校教諭の金本晋太郎さんは「生徒たちは私が想像していた以上に楽しんでやっているなと思いました。私は彼女たちが困っていそうなときに少し話をするくらいで、基本的には口出ししませんでした。傍で見ていて段々と成長していく様子がよくわかりました」と目を細めた。

挑戦する心が新たな価値を生む

尚絅高校の生徒たちの言葉からもわかるように、YWFKの取り組みは一人ひとりの成長を促す。それ以外にどんな意義があるのか。

「地元の小・中・高校生がかかわると、応援する地元の人の熱意も上がるんです」と田中さんは言う。

「天草のまちづくりに十数年携わるなか、大学生を連れていってももちろん喜ばれますが、地元の子が加わると大人たちのエネルギーがさらにグッと高まるんですね」

水文化を介して地域のなかで老若男女問わず人がつながるとすれば、こんなにすばらしいことはない。

さらに田中さんは、YWFKに参加した高校生たちから新しいことに挑戦する意欲が湧いたと聞いてうれしかったと振り返る。

「日本は人口減少が進んでいて、放っておいたら右肩下がり。従来のやり方では新しい価値やわくわくは生まれません。挑戦しないと何も始まらないですからね」

英語を用いた動画作品をきっかけに、高校生世代が世界各地の同世代とつながることは未来に向けた大きな財産となる。水を基盤に持続可能な社会をつくっていこうと立ち上げたユース水フォーラム・九州。動画作品の一部はすでにWebサイトで公開されている。

  • 2グループ、計7名で動画を2本制作した尚絅高校の生徒たちと生徒たちによる動画作品

    2グループ、計7名で動画を2本制作した尚絅高校の生徒たちと生徒たちによる動画作品

  • 「熊本の水文化ゼミ」振り返りワークショップ(尚絅高校編)。他校の完成作品を見ることで「自分のなかにその発想はなかった」「水をより深く学ぶことができた」という声も。同年代から大きな刺激を受けたようだ

    「熊本の水文化ゼミ」振り返りワークショップ(尚絅高校編)。他校の完成作品を見ることで「自分のなかにその発想はなかった」「水をより深く学ぶことができた」という声も。同年代から大きな刺激を受けたようだ

(2021年10月11、12日取材)

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