水の風土記
水の文化 人ネットワーク

「森林の水源涵養力」
―― 外から見えないほんとうの姿 
〜森から出発し、青の革命(流域圏革命)へ〜

日本は森の国と言われます。森には水がしみ込み、豊かな水が涵養されている。そんなイメージを多くの人がもち、コンクリートのダムとの対比で「緑のダム」という言葉まで生まれました。 では、どの程度の水を涵養する力があるのかと、あらためて疑問を持ち始めると、森林はわからないことばかりです。 そこで、今回は東大愛知演習林で森林水文学の研究を続けている蔵治光一郎さんに、一般の方々にあまり知られていない「森林の水」の姿を語っていただきました。

蔵治 光一郎

東京大学大学院農学生命科学研究科講師
蔵治 光一郎 くらじ こういちろう

1965年生まれ。1996年東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。この間1991年より2年間マレーシア国サバ州森林研究所水文学研究室に青年海外協力隊員として派遣。2001年より現職。(独)科学技術振興機構CRESTプロジェクト研究分担者。
著書に『森林の緑のダム機能(水源涵養機能)とその強化に向けて』(社団法人日本治山治水教会、2003)等がある。

マレーシアで森林問題を実感した

 私の専門分野は「森林水文」(しんりんすいもん)という分野で、森林の中の水の動きを探ります。

 生まれは東京・原宿で都会育ち。少年時代は一人でよく山に通っていました。森の中に流れる渓流が大好きで、水遊びをしていると、日の暮れるのも忘れてしまうような子どもでした。これが、この分野に進んだ大きな理由ですね。

 私が森林水文の研究室を選んだのは1987年。バブル経済の時代で、地味なテーマと思われたのか、現在と違い、学生がたくさん集まるという雰囲気ではありませんでした。

 そのうち、環境問題がマスコミでも取り上げられるようになり、<熱帯雨林が破壊されている>と報道されるようになります。それに影響を受けまして、「森林環境問題が現実に起きている海外の熱帯雨林の現場で研究したい」と強く思うようになったのです。そこで、修士課程修了後、青年海外協力隊員になり、マレーシアのボルネオ島にあるサバ州の森林研究所に務めることになったわけです。

 ここに2年2ヶ月いました。今から思うと、この海外体験はその後の自分にとって大きな経験でしたね。

 もし日本でそのまま研究を続けていたら、現実社会と一定の距離を保つ<理科系の発想>しかもてなかったと思います。しかし、実際には、発展途上国の、しかも州立の研究所で公務員という立場で働きましたので、熱帯雨林がどんどん減少していく実際の現場で働いている地元の人たちと仕事をすることができた。つまり、現実の問題が存在して、それをなんとか解決したい人々が、そこにいたわけです。

 純粋に科学研究を積み重ねることも大事なのですが、社会が科学的な知識を要求する場合には、それに応えようとしなくてはならない。そのような意識を強くもって日本に帰ってきました。

森で暮らしている人は、食っていかねばならない

 先進国が途上国の人に対して、「熱帯雨林は減少しているから、保護すべきだ」と言うのは簡単です。しかし、一方で、そこで暮らしている人は食っていかねばならず、伐採はしかたがない部分もある。

 地元の人に、外の人間がとやかく言うことができるのか?

 その点については悩みましたね。

 さらに、彼らは、自分たちが住む地域の森林をどう守ればよいのか、まじめに考えていた。食っていくためにある程度森林は利用しないといけないが、環境が著しく破壊されることを望んではいない。できれば科学的証拠をもとに、「この程度の伐採であれば許される」という持続可能な方法を、彼らは知りたいと思っていました。

 私としては、それを知るためには何が必要なのかを、自ら示さないといけないかな、と思いましたね。

 「食って行かねばならないが、守らねばならない」というボルネオの問題は、いまの日本の林業の現場でも同じです。しかし、切実度が全然ちがいます。

 日本の森林は立派で、面積率も大きい。にもかかわらず、木を伐る人がいなくて困っている。世界中を見回しても、そんな国はないわけですよ。

 日本は、食うに困らない経済力があるから、国内で林業も農業を行わず、手に入らないもの外から輸入すれば問題ないという生活になっています。問題は同じであっても、<食っていけない>というレベルは、日本とボルネオでは大きく違いますよ。

 日本に帰国した頃から研究者の関心もだいぶ変わってきまして、熱帯雨林や地球温暖化の研究に労力がかけられるようになってきました。「現地に関わり続けたい」という思いは強かったので、その後、積極的にさまざまな海外プロジェクトに参加しました。タイ、インドネシア、マレーシアには今でも関わり続けています。森林水文の研究は、たとえ細々とでも、長期間にわたり続けることが大事ですから。

森林から流れ出る水量を計る

 私が所属する東京大学の愛知演習林は1922年(大正11)に設置されました。当時、このあたりでは陶器を焼くのに使う薪として森を大量に伐採した結果、はげ山になっており、それをいかに修復するかが大きなテーマでした。愛知演習林は、このテーマを探るために設置されました。

 演習林というと馴染みが無いかもしれませんが、そこでは、山にどのような資源があるかを測定したり、地図をつくる技術、伐採や運搬の技術、さらに伐った後にどの品種をどのように植えるか。さらに、手入れや、崩れの修復。森林に関わることは全部研究し、学生に教えます。それが演習林の役目です。東大では他の場所にも演習林をもっていますが、それらの記録は全部とってあります。

 森林水文とは、大雑把に言うと、降雨が川へ流出する時、途中にある森林が水量などに対してどのような影響を与えるのかを探るものと言ってよいでしょう。

 ですから、森から流れ出す水量を正確に観測し続けねばなりません。その標準的な方法が「対照流域法」と呼ばれるものです。

 どのような方法かと言いますと、まず、山の中で川が二本流れ、その両方に同じような森林が生えている所を探します。つまり川と森林の組を2セット設定し、そこを試験地と定めます。

 次に、両方の場所で、そこから流れてくる川の水量を測定します。川の出口に堰をつくり、そこで精密に計る。2〜3年は両方の森林で計り、両者の差を見極めます。

 その後、森林の片方だけを伐ってしまうわけです。すると、伐る前と伐った後で、流れ出てくる水量が明らかに変わってきますので、その差が森林の機能であったということがわかるわけです。こうすれば、流れ出る水の差が、年によって変わる降水量によるものなのか、森林の有無によるものなのか明らかになります。

 この方法は100年前に開発されてから、世界中で無数に行われていると思います。愛知演習林では1930年からこの測定を始め、74年のデータを蓄積しており、公開しています。

 測定する項目は、基本的には流出量と降水量の二つだけです。地下水の水温や水質を追加することもあります。もちろん森林の規模、つまり本数、樹種、直径なども調べますが、森林に関する項目は5年や10年に1回の割合でモニターします。

 苦労する所もありますよ。

 たとえば、森林を伐ってしまうと、すぐに水の変動は出ます。しかし、愛知演習林で行っているように、はげ山だった場所で徐々に森林が育つというケースですと、長期間にわたり、わずかな流出量の変動を観測していかなくてはなりません。毎年の変化は微妙な変化でしかありませんから、はっきりとしたことを言えるだけの結果が出るまでが大変なんです。

 この演習林でも、はげ山が森林に変わった結果、水の量が増えた、あるいは減ったということが言えるだけの明瞭な結果は、現在のところ出ていません。74年のデータがあっても、「はげ山から80年で森林を回復した結果、これだけ緑のダム機能が変わりました」とは言えないのです。

緑のダムの効能は、洪水を相手にする時と、渇水を相手にする時とでは異なる

 さて、いま「緑のダム」という言葉を使いました。

 この言葉は人によって様々な意味で使われていまして、きちんと定義をした人はいません。研究者の間では、「森林の水源涵養機能」と言っています。これは林野庁が使用する言葉でもあります。この水源涵養機能と緑のダムが同じかどうかも人によって違うというほど厄介な言葉ですが、ここでは、水源涵養機能という意味でお話ししたいと思います。

 水に影響を与える森林の機能は大きく分けて三つあると言われます。(1)洪水をやわらげる機能 (2)渇水をやわらげる機能 (3)水質をきれいにする機能、の三つです。砂防は土砂流出防止機能ということで、水とは違う機能と区分けしています。

 森林のもっている機能については、例えば日本学術会議では以下のようにまとめています。

森林の多面的な機能の種類と定量評価の可否・試算例(日本学術会議『地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について』2001より)

  1. 生物多様性保全機能:定量評価不可能
    • 遺伝子保全
    • 生物種保全
       ・植物種保全
       ・動物種保全(鳥獣保護)
       ・菌類保全
    • 生態系保全
       ・河川生態系保全
       ・沿岸生態系保全(魚つき)
  2. 地球環境保全機能:定量評価可能
    • 地球温暖化の緩和
       ・二酸化炭素吸収→97,533千トン/年(→代替法で1兆2,400億円/年)
       ・化石燃料代替エネルギー
    • 地球気候システムの安定化
  3. 土砂災害防止機能/土壌保全機能:定量評価可能
    • 表面侵食防止→51.61億m3/年(→代替法で28兆2,600億円/年)
    • 表層崩壊防止→96,393ha/年(→代替法で8兆4,400億円/年)
    • その他の土砂災害防止
       ・落石防止
       ・土石流発生防止・停止促進
       ・飛砂防止
    • 土砂流出防止
    • 土壌保全(森林の生産力維持)
    • その他の自然災害防止
       ・雪崩防止
       ・防風
       ・防雪
       ・防潮
       ・その他
  4. 水源涵養機能:定量評価可能
    • 洪水緩和→1,107,121m3/sec(→代替法で5兆5,700億円/年)
    • 水資源貯留→1,864.25億m3/年(→代替法で8兆7,400億円/年)
    • 水量調節
    • 水質浄化→1,864.25億m3/年(→代替法で12兆8,100億円/年)
  5. 快適環境形成機能:一部定量評価可能
    • 気候緩和
       ・夏の気温低下(と冬の気温上昇)
       ・木陰
    • 大気浄化
       ・塵埃吸着
       ・汚染物質吸収
    • 快適生活環境形成
       ・騒音防止
       ・アメニティー
  6. 保健・レクリエーション機能:一部定量評価可能
    • 療養
       ・リハビリテーション
    • 保養
       ・休養(安らぎ、リフレッシュ)
       ・散策
       ・森林浴
    • レクリエーション(遊び)
       ・行楽
       ・スポーツ
       ・つり
  7. 文化機能:定量評価不可能
    • 景観(ランドスケープ)・風致
    • 学習・教育
       ・生産・労働体験の場、自然認識・自然とのふれあいの場
    • 芸術
    • 宗教・祭礼
    • 伝統文化
    • 地域の多様性維持(風土形成)
  8. 物質生産機能:定量評価可能(市場価格形成)
    • 木材→1,998万m3/年(1999)→3,838億円/年(1999)
       ・燃料材
       ・建築材
       ・木製品原料
       ・パルプ原料
    • 食料(きのこ等)→41.6万トン/年(1999)→2,888億円/年(1999)
    • 肥料
    • 飼料
    • 薬品その他の工業原料
    • 抽出成分
    • 緑化材料
    • 観賞用植物
    • 工芸材料

※定量評価の可否については原則を示す。
※試算はいずれも林野庁(2000)による。
※生物多様性保全機能、文化機能についても、ごく一部で定量評価は行われている。

「森林を細分化して、一つ一つの機能だけを取り出して見ると、たいしたことはないのかもしれないが、全体として多面的な機能をもっているからこそ森林は価値が高い」というのがこの答申の主張です。それには私自身リアリティを感じますし、全面的に賛成できます。

 この表の中の水源涵養機能だけをとって、緑のダム機能と称しているわけです。人によっては、さらにこの中の洪水緩和機能だけを取り出して、緑のダム機能と呼ぶ人もいます。

 緑のダム機能を考える時に、森林には二つの大きな機能があります。「水を蒸発させる機能」と、「水の流れを遅らせる機能」です。

 植物が生育するのに水を蒸散するわけですが、森林と牧草地や草地を比べると森林の方が明らかに蒸散量が大きい。先ほど説明した対照流域法で、森林を伐ると流出する水の量は増えます。これは、森林があった時に水を余計に蒸発させているので、森を取り除いたからその分、川に流れてくる水が増えているわけです。これが水を蒸発させる機能。

 水の流れを遅らせるとは、森林がはげ山や農地と比べて、一時的に水を貯留する容量が大きく、かつ、貯留した水を山の上から下に流す時に、ゆっくり流すような土壌の構造をもっているということです。

 「水を蒸発させる」「ゆっくり流す」という二つの機能が、「洪水」と「渇水」にどのような影響を与えるのか。これが問題となります。

 ゆっくり流す機能は明らかに洪水を軽減するように働きます。また、ゆっくり流す機能は、雨があまり降らなくても、ゆっくり流れてきた雨がじわじわと流れ出す結果をもたらしますので、渇水に対してもプラスに働くということですね。

 一方で、水を蒸発させる機能は、森の土地を乾かし、その分、雨を受け止める量が多くなる。洪水防御にはプラスに働きます。

 しかし、渇水の時は逆で、森が水を消費するので、渇水がひどくなる。

 つまり、緑のダムは、洪水に対しては明らかに効果がありますが、渇水に対しては「ゆっくり流す機能」と「水を消費する機能」が逆方向を向いているので、どちらが強いかによって効果のプラス/マイナスが変わってくる。

 最近、海外の研究からもわかってきたことは、渇水に関して森林がプラスに働くことはほとんどないということです。事例研究を重ねてみると、①渇水に影響を及ぼさないケース、②森林があることで渇水がひどくなるというケース、この二つがほとんどということが、わかってきたわけです。この点は、緑のダムという言葉で一般の方が抱くイメージとは違うでしょうね。

 また、森林と地下水の関係ですが、地下水もいろいろな深さを流れています。森林は根を通じて水を吸い上げますから、影響を及ぼすことのできるのは地表からせいぜい3メートルから5メートル程度の地下水です。深い地下水では、その上に森林があろうと無かろうと関係ない。

 結局森林というのは、水を大量に使うタイプの植物なのです。世界地図を広げると、森林地帯と雨が多く降る地帯は重なります。つまり、森林は雨が多く降る良い条件の場所で、水をいっぱい使う植物。

 森林が落ち葉を供給したり、土をつくったりするわけですが、それは、自らが大量の水を消費したいがために水を貯められるようにするわけです。もし森林が話すことができるならば「自分はいっぱい水を使うから水を貯めているんだよ」と言うと思いますね。下流に水をたくさん流したいから貯めるのではない。私はそのように解釈しています。

水源涵養量を決めるもの

―― 森林が水を貯める時のキャパシティは、何が決定するのですか。

 一番大きいのは、森の下にある岩石の種類です。基本的には土の構造ですが、土は主に岩石からできていますので。岩石の種類が違うとキャパシティは大きく違います。森そのものの構造などは二の次です。

 日本の多くの土地では、一番下に岩盤があり、その上に土壌があり、森はその表層に植えられています。岩盤が風化で砕かれて無機的な土壌をつくり、上からは有機的な土壌が積もる。両方の強さのバランスで、土壌の構造や貯水量が決まってきます。日本のような国ですと、火山も多いし山も急勾配で崩れるので、岩盤の力は大きいですね。ヨーロッパやアメリカの平地ですと、どのような森林があるかで土壌の構造が決まってしまうところがありますが。

 岩も、その地質学的年代と、種類(安山岩なのか花崗岩なのか玄武岩なのか)の組み合わせで、岩そのものの水の通しやすさが決まってきますね。

―― すると、岩盤までの深さが、水を蓄えられるキャパシティと考えてよいのですか。

 はい。ただし、最近の研究では、実は岩盤の亀裂にかなりの水がしみこんでいて重要だということを言う人もいます。でも、現実にこういう亀裂の水の量を計測することは不可能ですので、確かに重要かもしれないけれど、研究するのは難しくなってきていますね。

 愛知演習林の場合は、岩盤まで3メートルから5メートルの深さです。花崗岩で、深くまで風化しています。

―― このキャパシティの中で、こんどは森林そのもののもつ水の涵養力を、どのように考えればよいでしょうか?

 それでは、森林がもつ「水をゆっくり流す機能」だけにしぼって話をします。

 まず雨が降ってくると地面の表層に当たりますね。ここが雨の運命の分かれ道で、雨が全部しみこむのか、しみこまずに表層を流れ去る水があるのかどうか。これが問題でして、「緑のダム」をめぐる論争の一つになっています。

 われわれは水が地中にしみ込む能力を「浸透能」という言葉で表しますが、普通の森林ですとかなり大きい。つまり、雨が降ると全部しみこむと基本的には考えてよいと、今までは言われてきたのです。しかし、最近、どうも事情が異なるのではないかという現象が見られるのです。それは日本の森林の40%を占めると言われるスギ、ヒノキの人工林です。

 そこは間伐などの手入れがなされておらず、もやしのような木が生えていて、森の中は真っ暗という森林です。他の草は生えておらず土がむき出しになっている。このような所で雨が降ると、水滴が落ちた場所で土がくぼみます。そこで土の目詰まりが起きる。それにより浸透能が著しく低下してしまい、雨が全部しみこまずに、表面を流れてしまっているのではないかということが、ここ5年ほどで言われ始めているのです。

 いま私はこの現象を明らかにしようとしています。なぜなら、土壌の表面をどれぐらいの水が流れ落ちるかで、下流の洪水の規模に与える影響が異なるからです。しかも、この影響は、森林をどのように手入れしているかに左右されますので、今後森林をこのまま放置するとどのような悪い結果を招くか予想され、非常に大事なテーマなのです。手入れをしないで放置することで、緑のダム機能はどんどん悪化しているのではないかということですね。

そこで現在、筑波大学の恩田裕一先生がプロジェクトリーダーとなり、(独)科学技術振興機構による戦略的創造研究事業(略称CREST)(http://www.jst.go.jp/kisoken/crest/ を参照)として採択された、「森林荒廃が洪水・河川環境に及ぼす影響の解明とモデル化」プロジェクトに共同研究者として参加し、研究を開始しています。このプロジェクトでは、人工林の荒廃という人為的土地改変が将来の水循環、洪水発生、下流域の河川環境に与える影響等の予測のための観測、シミュレーションを行うことを目的として、2003年から2008年までの計画で研究します。

 CRESTプロジェクトでは、人工林の荒廃による洪水発生メカニズムの解明およびそのモデリングと予測技術の開発のため、日本の各地に人工林の荒廃が著しい5つの試験流域の大流域を設定し、その中からヒノキ人工林、スギ人工林、カラマツ人工林地を対象として施業履歴の異なる荒廃した林分を選定しています。対象とする大流域は、高知県のヒノキおよびスギ林からなる流域、三重県のヒノキ林流域、長野県のカラマツおよびヒノキ林流域、愛知県(東京大学愛知演習林)のヒノキ人工林地、東京都多摩地域のスギ、ヒノキ林流域です。

 また、雨が表面を流れずに、しみ通ると、岩盤に当たります。すると、岩盤に沿ってゆっくりと流れ、地下水面が形成されます。雨が降ると、この地下水面がだんだん上がります。そしてこの地下水が、地表に出てくる。この地下の水の動きについては、20年ほど前から研究が進められていると思います。岩盤の下の地下水の世界はわかりませんが。

―― 森林の地下には水が飽和状態となって貯まっているというイメージがあるのですが。

 それはちがいますね。水が貯まっているのは森林の根よりもずっと地下奥深くであって、根があるような深さでは、むしろそこは乾いていく。

―― 水源涵養林として森林を植えるケースがありますが、それにどれほどの意味があるのでしょうか。

 先ほどの森林の多面的機能を表した表は、上から重要度の順で並べられており、一番上位は「生物多様性保全機能」、次に「地球環境保全機能」と続いています。上であるほど本質的な機能で、それが前提になって一つ下の階層機能がはたらくという構造になっています。これを見ますと、「水源涵養機能」は、「土砂流出機能」よりも低く位置づけられています。

 水源林のもっとも重要な機能は、土砂が流れ出さないようにしていることと私は思います。いまや水源林とダムはセットになっていまして、ダム保全のためにも土砂流出を止めなくてはなりません。

 森林が水を消費するという点から見ると、水源林のもつイメージとは逆の機能を森林はもっています。しかし、だからといって、そこをはげ山にしておけばよいのかというと、そうではない。全体的なバランスで見ると森林にしておいた方がよいだろうという結果が、水源林なのでしょう。

 たとえ話ですが、純粋に「水源としての山」だけを考えるならば、山全体をアスファルト舗装するのが一番良い。雨を100%ダムにためることができ、水資源利用上、効率がもっとも良いことはまちがいない。でも人間はそのような愚かなことを選択しないわけで、やはり、他の機能を森林に期待しているからなんですね。

緑のダム論に求められる、研究者の社会的役割

 2001年の長野県の脱ダム宣言などで、緑のダム論が脚光を浴びてきました。私が見る所、国土交通省の言い分には無理があるところも多いのですが、さりとて市民の主張が百%正しいというわけでもない。そして、両者が平行線を辿っています。

 たとえば、浸透能についても、市民団体は、表面を流れて洪水が激化しているといいますが、国土交通省は、全部しみこんでいるはずと認めません。「森の手入れが悪いだけで、それにより洪水の規模が変わるとは思いません」と言います。

 もっとも肝心な点は、基本高水が妥当かどうかという話です。

 基本高水を、緑のダム機能により下げることが可能かどうか。この点について、現在の森林水文学のレベルでは、ある程度下げることはできそうだということは言えても、このダムの場合では何%下げる、と数字で表現できるレベルまでは到達していません。われわれ研究者も、一般論は言えます。しかし、森林の水源涵養能力は地域性の強い現象ですから、個別の話になると、一つ一つのダムについての森林の影響を計らないとなりません。しかし、それには時間も労力もかかる。

 いま緑のダムが社会的に問題となっている場所では、科学的知識は不十分なことを認識した上で、意思決定せざるをえない。

 そこでのわれわれの義務は、「今の段階でわかる知見はここまでです。わかっている限りで、あきらかにおかしいことはしないようにしましょう。わからない部分は、民意を問うて、妥当な方法で決定してください」という枠組みの中で、自分たちの知見を提供することでしょう。

 研究者の社会的な役割については、いろいろな果たし方があると思います。ダムでいえば、洪水が及ぶ地域から遠く離れた者が賛成だ、反対だと言うべきではないと思っていますが、市民の立場、国の立場、中立の立場、どの立場をとるにしても、情報が必要だという要求に対しては、科学者は知識や方法論を用意しておく必要があると思いますね。

 私ができることは本当に限られていますが、例えば、愛知演習林には70年余りのデータが蓄積されていますので、「そのデータから、こういうことは言えます」ということは「見本」として示すことができます。地域によって異なる森林の問題ですが、見本を示すことには意味があるんですよ。それさえ、これまで研究者はしてきませんでしたので。社会との関わり方について、これから本当に自覚していかねばなりませんね。

基本高水(きほんたかみず)
「基本高水」とは、治水計画を立案するうえで防御対象となる洪水を時間変化で表現したもので、ハイドログラフともいう。治水計画の基本はこのハイドログラフを、ダム群や河道でどのように受けもつか配分することにある。(中略)「基本高水」の計算過程はまず、河川の重要度に応じて計画規模を定め、たとえば150年とか100年に一度発生する計画降雨量を定め、これを前提に洪水流出モデルを用いてハイドログラフ(群)が求められる。(大熊孝『技術にも自治がある〜治水技術の伝統と近代〜』農山漁村文化協会、2004、P113より)


青の革命と水のガバナンス

 いま、私は水をもっと社会的に捉えていこうということで、「青の革命と水のガバナンス」というプロジェクトを進めています。

 「青の革命(Blue Revolution)」は1996年にトニー・ミルバーン(Tony Milburn)が「緑の革命」になぞらえて主唱した言葉です。川と流域と人々の生活は相互不可分につながっているわけで、それを踏まえ、流域圏の水質を管理するという意味で当初は使われました。土地の使い方と川を結びつけようというのが基本的コンセプトで、それがその後、洪水や水資源等にも拡張されてきた。「青の革命」は言い換えると、「流域圏革命」と言えるでしょうね。

 日本の川は、河川管理者が100年以上に渡り管理してきました。ただ100年以上前を振り返ると、「川を治める者は山も治める」という治山治水思想があり、治水のためには、山の森林をしっかりさせることが大事だということは、みんなが知っていたと思います。ところが、明治政府の近代的官僚制導入の結果、川の管理者と山の管理者が分けられてしまい、そのまま現在まで続いてしまった。その結果、いまの河川管理者は、山についての意識が薄い。

 ところが、現在になって、川は流域全体の有り様の結果としての川で、川を管理するのは流域全体を管理しなくてはならないという思想が、海外から発信され広まりつつあります。これまでの治水意識を変えるには革命的変化が必要だろうということで、青の革命と呼ぶわけです。

 流域管理については途上国の方が先行していますね。日本でも江戸時代を振り返ると、水紛争の調停メカニズム等があったわけで、歴史に学ぶことができるかもしれません。

 私自身は、河川の上流と下流の関係を調べていきたいと思っています。

 緑のダムから始まり、どんどんテーマが膨らみ、いつのまにか森林水文の枠を飛び出してしまいました。いくら時間があっても足りませんね。

 (2004年8月5日)



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