地域の資源を磨くことで「もてなし力」がつく 〜ほんものの地域活性化を考えよう〜

堀 繁

堀 繁 ほり しげる
東京大学アジア生物資源環境研究センター教授

1952年生まれ。環境庁自然保護局主査、東京大学農学部助手、東京工業大学社会工学科助教授などを経て、1996年より現職。国土審議会、歴史的風土審議会の各専門委員の他、多数の委員等を歴任。地域の発展を前提とした景観、アメニティ、観光リゾート、自然環境保全の計画設計を中心課題としている。

「空間の日本らしさとは何か」を研究テーマにしている堀繁さん。水の郷百選の委員でもありますが、いまは地域づくり支援のために全国を飛び回っているといいます。その堀さんに「もてなしによる地域振興」についてお話しをうかがいました。

水の郷にこめられた思い

 いま、「水の郷」運動に関わっています。「名水百選」は「いい水」を選んでいますが、「水の郷」は、「水と人とがよく関わっている土地」を選んでいます。日本では、様々な水のありように対して人が様々な関わりをうまく持ってきた。そこが一番大事なところなんです。地域ごとに関わり方が違いますから、非常にうまく使っているのを100集めようというのが、水の郷百選です。

 これには、水に限らず「地域にもともとある資源をうまく有効に活用しよう」という考えが込められています。もともと地域にある資源をうまく磨き、有効に活用し、地域が持続的に活性化する。つまり、それがあることによって、来訪者が来て、お金をそこに落としてくれるということになる。そういう仕組を地域につくることが大事ですので、その場合の資源は水に限らなくてもいいわけで、もともとある森や温泉、何でもいい。

 ところが、地域の方は、生まれたときから身近にあったモノの価値が見えないし、それを磨くという発想も普通は持っていません。よそ者のわれわれから見ると「うちには何もない」とおっしゃる市町村に行くと、いくらでも資源がある。水はその筆頭です。そういう資源をうまく使うためのノウハウがないんです。

 もちろん、ノウハウが得られても地元の方々の情熱、熱意がなければ、それは運動としては続きません。

 例えばちょうどいま「水の郷」で関わっている佐原ですと、小野川沿いが重要伝統的建築物指定地区になっていまして、ここを訪れるお客さんが増えています。ところが、それが活性化、つまりそこにお金が落ちるというようになかなかなっていない。お金が回らないと、地域は立ち行かない。国が税金を投入して何でもつくってくれるという時代は、もう終わりました。自前で稼ぐ必要がある。しかし、自然人口は減少しているので、交流人口で稼がないとならない。小野川沿いは人の滞留時間が短くて、15分程度です。滞留時間と、そこで消費する金額の間には密接な相関がありまして、15分と1時間では、そこに落ちるお金が大きく違います。

 従って、滞留時間を長くするためのノウハウがありますので、それを地域の資源有効活用に使う。そのことの重要性、具体的なポイント、形状の問題点などについて説明しております。他にも、実際に、地元の人たちと船に乗って、「観光客の満足」という点から議論をして、問題点と今後の方策について整理するということもします。しかし、ノウハウを提供しても、地元にやる気がなければもちろん良くはなりません。

 一番の問題は、結局、水に限りませんが、地域にもともとあるモノを使うことが、日本全体で下手になってしまった。そうなった一つの理由は、地域が黙っていても国や県が地域を整備してくれたからです。自分たちで考えるという訓練を怠ったからでしょう。これまでは行政が何とかしてくれましたが、これからはそうはいかない。全国を集落単位ぐらいで、皆自分たちがもっている資源を発見して磨いていかなければいけないんです。これは大変な作業です。

イベントは役に立たない

 今の日本で、交流人口を多くしようと思った時に、まず発想されるのがイベントです。 僕は、イベントは一切やらないし、基本的には考えません。理由は簡単で、イベントは、行うこと自体が目的になりやすいからです。「何のためのイベントなのか」が、しばしば欠落するんです。

 地域を活性化するためのイベントを考えるのならば、収支のバランスがとれて、儲からなくてはいけない。ところが、収支をきちんと測るイベントなどまずあり得ないし、仮にあっても、ものすごい人数が長期間携わる人件費などは大抵計算に入ってない。ということは、それは、活性化するためのイベントではなく、自分たちの楽しみなんです。

 私はそれが悪いとは思いません。イベントは、人の訓練の場としては、悪くない。つまり、何月何日に何をやるとゴールが決まっていて、そのために役割分担して、それぞれ分担を受け持った人が、きちんと自分のノルマを果たすという、地域でいろんなことをやっていく訓練の場としてはいいんです。ただ、訓練のためのイベントでは、地域の活性化にならない。地域の活性化であれば、交流人口が増えて、お金が落ちるようにしなくてはいけません。

 たとえ1回であっても、きちんと収支を計って、赤字だと思えばイベントをやめるのが地域活性化本来の姿なんです。また、イベントをやっていると何か自分たちがやった気になる。だから、その分、もっと大事なことがおろそかになる。これもイベントの悪影響でしょう。イベントが仮に魅力的でも、イベントを365日やり続けるわけにはいかない。イベントを開くのは年間数日ですが、その他の日は地域に魅力がないということになる。「もっと大事なこと」とは「その他の日の魅力をつけること」です。

ホスピタリティ・デベロップメント

 一番大事なことは、もてなしという観点からの地域整備です。僕は「ホスピタリティー・ディベロップメント」と呼んでいまして、その具体的な形をホスピタリティー表現と呼んでいます。

 「私たちがそこへ行ってみたい」と思うのはどういう場合でしょうか?

 一つは「行ったことがないから見てみたい」という動機が考えられます。「白川郷を見たことがないから、行ってみたい」。これは大きな動機ですが、一回行くと、「見たことがない」という状態は解消されますから、二回目の誘引動機にはほとんどなりません。

 もう一つは、「行くと楽しい」という動機です。例えば「表参道に行くと、何か楽しい」というケース。楽しいという体験は、一度で満足することはありません。「今度は家族連れて行こう」、「今度は友達と行こう」、「今度は秋行ってみたい」、「また行きたい」というように、楽しい体験は、持続してリピートになる。

 こうした楽しい体験を生むのは、「歩いてみたい道」「のぞいてみたいお店」「ゆったりくつろげる休憩スペース」等です。つまりは、「私のことを、とても大事にもてなしてくれるという雰囲気」、それがホスピタリティー表現ということなんです。

 あるものを光り輝かせるためには、それを核として、来訪者をゆっくりとそぞろ歩きさせる道の整備や、見ているだけでも楽しい店舗や旅館をつくるとか、美味しいコーヒーを飲ませる滞留拠点をつくる等々が必要で、それらを実現するためのことがすべてノウハウなんです。

ホスピタリティ表現

 では、具体的にホスピタリティ表現を少し解説してみましょう。2枚のスライドを較べて下さい。一つは日本のどこにもある通り(以下A)。もう一つは、バルセロナの通り(以下B)です。さて、どちらの町に行ってみたいですか。

日本のどこにもある通りとバルセロナの通り

 それはもう一目瞭然ですよね。バルセロナの方ですね。

 問題はその理由です。Aは、車道よりも狭い歩道幅員、中央では広く端の歩道などから、車を大事にしていて、人間を大事にしてないことが伝わるんです。一方Bは、車道よりも歩道のほうが広くて真ん中にある。つまり、人間を大事にしているように映る。これが人をもてなすホスピタリティ表現で、こうやって地域を整備していくことが、ホスピタリティ・ディベロップメントなんです。ベンチがありますが、これもホスピタリティ表現です。これに対してAにベンチがありますか?資源をうまく使うためには、こういうインフラストラクチャー整備が極めて重要なんです。

 Bのバルセロナは、自分たちの地域資源の聖母教会を磨いて、印象深い風景に仕立てている。さらに、人をもてなす整備をしている。だから、お客さんが行くんです。こういうことが、なかなか気付かれない。

 地域に強力な資源があるかないかということは、実はそれほど重要なことではなくて、むしろ地域に存する資源を丁寧に磨いて、来訪者が行ってみたいと思うような誘引動機に仕立て上げることが重要なんです。地域の資源があるだけでは駄目なんです。「あるものを活かす」ことです。

滞留拠点をつくる

 次は、山形県の銀山温泉です。「共同浴場が老朽化したので建て替えたい」と相談が来たんです。皆さんならどうします?

 これもホスピタリティー表現の一つなんですが、私たちは、見たい物が、きちんと見えている状態を喜ぶんです。ところが、下の写真を見ますと、共同浴場の建物が邪魔して、町並みが見えていない。それに、「私のことを大事にしてくれる」というホスピタリティー表現がない。見たいものをちゃんと見せて、もてなしているという表現を入れること、これが非常に重要なわけです。それによって、この地域の資源である川が、どれだけ変わってしまうか。

 右の写真が、手を加えた後の写真です。

もてなしているという表現を入れること

 共同浴場の建物の跡は、足湯もある休憩スペースです。足湯そのものが重要なのではなくて、お客さまをもてなす表現が大事でして、そのもてなしの一部として足湯がある。ここでは足湯をつくることが目的ではないのですが、たいていの足湯は足湯を目的として作っている。色の違いがわかるでしょうか。

 こうすることによって、川を見るチャンスが増えて、いい川があるなと思う。川や水があるだけでは駄目なんです。その水が、「なるほどいい水があるな」と、「見えるようにする」。しかも、ゆっくりくつろいで見られればなおいい。何十分とこの足湯に浸かりながら見れば、いい川があるなという実感が全然違います。下の二つの写真を比べても印象が全然違いますでしょう。

「なるほどいい水があるな」と、「見えるようにする」

 地域の資源を使うというのは、こういうことなんです。お金をかけて、何か新しい物をつくるのではなくて、もともとある何気ない物であっても、それにうまく人が少し手を加えることによって、素晴らしく光り輝かせることができるんです。ここは交流人口が増えて、旅館の予約がなかなか取れない状態が続いています。

持続的に儲かって地域が立ちゆくようにする

 今まで説明したのが、サステナブル・ディベロップメントの基本の考え方です。ともかく、地域が立ち行くようにしなければいけないんです。

 サスティナブル・ツーリズムは、そのように地域が自活できるようにツーリズムをシステム化することですが、よく混同されるのは、エコ・ツーリズムです。サスティナブル・ツーリズムは、観光客に何回も来てもらって、地域が持続的に儲かるようにするということです。日本だけではなく、アジアの各地でもそれが地域をよくするツールとなりうると思います。

 住宅地でも地域整備の考え方は基本的には変わりません。要は、地域の問題を地域に住んでいる人たちが自発的に考えて、自分たちの暮らしがより良くなるように、問題点を明らかにして、解決策を考えていくということが、その意味では同じなんです。

 考える中身と目標設定が違うだけです。「お客さんがたくさん来て、お金を落とすようにする」を目標にするのか、「自分たちの人生の充実、一日の充実」を目標にするのか、そこの違いであって、プロセスと目標を明確にしながら、問題点を明らかにして、それを解決するための解決策を考えていくという道筋は何ら変わりません。

 ところで、私は研究者ですが、一番の仕事は、「空間における日本らしさとは何か」を追求することなんです。しかし、地域を活性化するために、町づくりや地域づくりをお手伝いするという仕事も喫緊の課題だと考えています。国が面倒見る時代から自活の時代へと地域は変革期にありますので、地域が混乱しています。21世紀の日本にたまたま生きている人間として、何とか21世紀の日本を良くして、この世を去りたいと思っていますので、そういう社会貢献はこれからも続けていきたいと思っています。

 (2006年12月11日)

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