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何が居住福祉資源となるか発見しよう 
〜何が安心・安全を支えるのか〜

早くから「居住福祉」という概念を唱え続けてきたのが早川和男さんです。今回は、居住福祉の意味、さらにそれを一歩進め「居住福祉資源」の具体例についてお話しをうかがいました。

早川 和男

神戸大学名誉教授、日本福祉大学客員教授、
国際居住福祉研究所長
早川 和男 はやかわ かずお

1931年生まれ。京都大学工学部建築学科卒。
主な著書に『居住福祉資源発見の旅』(東信堂、2006)、『居住福祉』(岩波書店、1997)、『居住福祉の論理』(東京大学出版会、1993)、『住宅貧乏物語』(岩波書店、1979)『空間価値論』(勁草書房、1973)他多数。

日本の福祉には「居住」が抜け落ちていた

 日本では「福祉」という言葉を聞くと、老人ホームやデイサービスといった高齢者向けの施設やサービスを思い浮かべます。もちろん、これらも必要なことは確かですが、住宅が劣悪だと在宅福祉は困難です。1989年に厚生労働省等が策定したゴールドプラン(高齢者保健福祉10か年戦略)では在宅介護ができる環境整備を強調していますが、実現していない。そんな時に、福祉関係の現場にいる人々が、住居は人間生活の基盤、安全や福祉の基礎という「居住福祉」という考え方に共感されて、日本居住福祉学会ができました。

 居住福祉という考えを簡単にいうと、第1に、住居は生命を守る基本ということです。 わたしたちは、どこの村、どこのまちにいても、いつの時代でも、安心して住めるのでなければ、生きていけません。雨風や暑さ寒さを凌ぎ、外敵を防がねばなりません。その基本は住居です。

 また、例えば、1995年の阪神淡路大震災では、5,502人が地震の直接の犠牲者ですが(孤独死などを入れると6,434人で、その後も増え続けている)、その88%は家の倒壊によるものです。10%は焼死ですが、それも梁に足をはさまれて逃げられないなどが多くの原因でした。犠牲者の98%は家の倒壊によるものと言ってもよい。「住む」ということは、安全・安心の基盤ということです。

 第2に、住居は福祉の基礎ということです。ハンディキャップがあっても住み慣れたまちと家で住むことが高齢者に望ましい居住形態で「ノーマライゼーション」と言われるわけですが、現実には在宅介護・在宅生活できる家は少ない。現に、家の中で転んだり、墜落したり、溺れるという家庭内事故で、年間1万2千名程度が亡くなっています。交通事故の犠牲者も同じぐらの数ですが、家庭内事故は圧倒的にお年よりが多く、ほぼ7割を占めます。骨折などの負傷は100万人以上で、脳卒中、老衰に次いで寝たきり老人の3位を占めます。

 また、部屋もトイレ・風呂も狭く、ヘルパーや看護婦が集まってきても在宅介護は困難で、老人ホームに入所することになる。厚生労働省の調査ですと三十数万人が老人ホームを待っている状態になっています。その老人ホームも、かなりの費用が必要になってきている。家計が乏しいと、老人ホームにも入れない。

 つまり、福祉政策の中に「住居」という要素が抜け落ちているんです。

 北欧などのヨーロッパ諸国では、「福祉は住居に始まり住居に終わる」と言われるぐらいに、「住居がきちんとしないと福祉が成り立たない」ということは、一般常識なんですね。

居住福祉とは

 私は1980年代にロンドン大学(LSE)に1年ほど客員で滞在していたことがあります。この時、ある教授は前期は社会政策、後期は住宅政策を教えていました。つまり、いくら自助努力といっても個人の力だけでは人間にふさわしい安全な家に住めない。だから住居は社会政策の一環として、社会的に保障しないといけないという考えが、ヨーロッパでの考え方の根本にあるんです。

 ところが、日本の場合は自助努力です。だから定年を迎えた後も、年金をもらうにしても、その中から家賃や住宅ローンを払わなければならない。リストラなどで払えなくなると、ホームレスになる危険があります。

 また、医療や寝たきりになったらヘルパーさんが面倒を見るという福祉サービスは個人的で事後対応的なサービスです。すべてが個人的で後追いの対応なんです。そうではなく、寝たきりになったり介護が必要な状態になることを予防しなくてはならない。そして、予防福祉の根本は住宅にあるんです。そして、漢字の「福」も「祉」も語源的には幸福という意味ですから、いわば「居住による幸福の追求」という考えも含まれています。

 福祉の基盤には住宅がある。その上に築いた福祉論を、私は「居住福祉」と名をつけたわけです。

住居は生活の基盤、健康・発達・福祉の基礎

早川和男・岡本祥浩『居住福祉の論理』東京大学出版会、1993、P11

「格差社会」論の盲点

 いま日本では社会の格差が広がっているのではないかと議論されています。その解消は現在の日本の中心課題の一つとわたっしも思いますが、雇用や収入の面からだけ見ている感があります。リストラに遭ってフローとしての賃金が減っても、社会保障制度が充実し、ストックとしての住居に心配が無く、支え合うコミュニティがしっかりしておれば、年金でも、何とか暮らしていけます。路頭に迷うことはありません。しかし、日本では社会保障制度が脆弱なことをみな知っているから、社会保障代替機能としての持ち家取得に向かっているのです。いわば「個人的(社会)保障」としての持ち家取得です。しかし、少しでも安い家を探そうとするものですから、欠陥住宅や耐震偽装マンションが氾濫することになっているのです。つまり、ストックとしての居住福祉の論議抜きの格差社か異論は大きな欠陥があるということです。

 第2次世界大戦以降、ヨーロッパでは住宅保障を手厚くする政策を実施しました。これで生きる基盤としての住むことが安心でき、安住できることからコミュニティが確保される。失業しても悠々と暮らしています。それが、近代福祉国家の基礎となりました。

 居住福祉環境ストックが充実していれば、貨幣単位での格差が多少できても、実質的な暮らしの格差は開かないんです。夫婦で最低月10万円もあれば暮らせます。ところが、日本の政治も社会もそういうことに関心を払いません。住宅というストックの問題は大きいにも拘わらず、置き去りにされているわけです。

 次ぎに、日本の住宅の寿命は短くて、消費財になっています。住宅の果たす社会的効果と費用が日本では計算されていません。住環境を整備することで、寝たきりにならない、医療費が軽減されるなどの。居住福祉資源のコスト面からのアプローチができないという現状があります。

 イギリスのサッチャー政権は、福祉としての住宅政策をひっくり返してしまいました。戦後からサッチャー政権登場の前年の1978年までにイギリスで建てられた住宅の58%は公共賃貸住宅で、家賃は収入の6分の1以下という制度でした。住宅さえきちんとしていれば社会保障は揺るがないと、誰もが考えていた。ところが、サッチャーが首相は公共住宅供給をゼロにした上に、既存の住宅を売りました。1979年に全住宅の33%あった公共住宅が、21世紀の現在は20%を切っているでしょう。そのためホームレスが爆発的に増え、医療費や社会保障費がそのしり拭いに費やされています。元も子もなくした、というのはこのことでしょう。

居住福祉資源の探求に向けて

 さて、現状は今申しあげたような状況ですが、住宅や生活環境が福祉を支えるといっても、ただ「家があればいい」というわけではありません。どういう住宅、どういう生活環境であれば福祉の基盤になりうるのか。それが次の課題となります。そういう発想は日本にはありません。

 例えば、ヨーロッパでは、1軒の家には寝室、リビングルーム、トイレ、台所、浴室、物置、がなければ住宅とは認めません。しかも各部屋の最低面積が決まっています。しかし日本では、共同のトイレ・共同の玄関、共同の台所があって、あとは6畳が10室並んでいるようなアパートでも、10戸の住宅として数えます。これでは健康や福祉の基盤とはなりません。

 どういう住居・生活環境があればいいのか。それを私は「居住福祉資源」という概念で考えています。

 住居に限らず、地域社会の中の一見、福祉とは無関係とみられる文化や施設などにも、高齢者の健康と生きがい、暮らしと福祉を支えているものが多数あるわけです。こういうものも「居住福祉資源」と位置づけ、それを発見・評価し、保全、再生、創造にとりくむというのが現在のわたしの課題で、『居住福祉資源発見の旅』はその序章です。

 例えば、コミュニティや風景は大事な居住福祉資源ですし、家やまちや村そのものが福祉資源となる。そういう考え方なんです。

寺社は高齢者の居住福祉資源

 お年寄りは、よくお寺やお地蔵さんに行きます。東京巣鴨のとげぬき地蔵などには一日数万人もやってくる。私はここを「デイサービス・ストリートだ」と言っていますが、一種の福祉空間になっているのです。「モンスラ」知ってますか?戦時中に女性のはいたモンペとスラックスを合わせた、「おばあちゃんの原宿」の有名商品です。他にもレトロなヤツメウナギやにんにくの専門店が何軒もあったり、綿菓子を売っている。埼玉から毎週、数回来ている人もいました。

 岡山県井原市の「嫁いらず観音院」は、三十三観音にお参りをしながら山を越えて2〜30分歩くようになっている。これが「嫁いらず」の健康につながるわけです。江戸時代に始まったそうで、昔の人にはアイデアマンがいるなと思いましたね。これも居住福祉資源です。

 名古屋には「八事山興正寺」という寺があります。ここの執事長に話をうかがいますと、年寄りが寺に来る目的は、(1)頼れるモノ、つまり仏様がある、(2)頼れる話ができる、宗教ホスピタル的な存在、(3)顔なじみの人にあえる、(4)げた履き・エプロンがけで出かけてショッピングができる。縁日は年寄りのデパート、などと言っておられました。これも福祉資源として機能しているわけですね。

 戦後、産業の成長と発展という視点から、町やむらや国土を使ってきました。そして気がつくとコミュニティが無くなっている。お年よりは転居先になじめず、「引っ越し鬱病」になる人も出てくる。コミュニティというのは、何でもしゃべれる隣人、お店、お医者さん、見慣れた風景など、目に見えない居住福祉資源なんですね。

水辺も居住福祉資源

 水辺も居住福祉空間です。潮干狩りしたり砂遊びしたり散歩したりできる空間ですし、海辺の祭りの場として機能する場でもある。高度成長期は、そういう海浜が工場となって消えていったわけですが、「入り浜権運動」が1975年頃から始まります。漁民は補償金をもらうけど、市民の福祉資源としての価値は補償されていません。水の浄化や稚魚の育成などの機能や失われています。海辺の有する、生活空間、生態的価値を奪っているのです。

 川もそうですね。韓国ソウルの清渓川は潰されて高速道路になっていましたが、道路を壊してもとの川に戻しました。ソウルの街を美しくするという市長のとりくみの起爆剤になりました。2005年10月1日に竣工式があり見てきましたが、翌2日には90万人の見物客がつめかけました。すごいものです。

 他にも、岡山県笠岡市にはデイサービス船があります。月2回まわるのですが、一回だけ子どもを乗せた。老人は子ども好きだけど、子どもはそうでもない。でも一緒に乗ったら、船の上で水を見ながら移動するのを子どもが楽しんで、子どもとおばあちゃんたちの話しをはずむ。福祉資源は広く見ていくと、日本の国土全体、まちや村が、居住福祉資源となるわけです。そういう目で見直していかないと、何がそのような機能を果たすかわからないですね。

 いままで見過ごしていたものを居住福祉資源として再構成しなくてはなりません。何が福祉資源かは自分のイマジネーションを膨らまさないとわかりません。たえず気をつけて、居住福祉資源を回復していく視点を提供してきたいと思っています。

 (2006年12月8日)



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