水の風土記
水の文化 人ネットワーク

つくり、調理し、蓄えて、食べる 
〜米づくり 仲間づくり〜

家庭菜園が流行っているとはいえ、米づくりとなるとハードルが高くなります。それでも「お米があると心強い」と佐藤洋子さん。その安心感は、「麦では得られないもの」だとも。日本人にとって、そんな大事な作物との〈心理的〉、〈物理的〉な距離が遠くなっていることが気にかかります。それは単に農政の問題ではなく、つくる喜び、食べる喜びまで含んだ、大きな日本の文化にかかわること。 つくり、調理し、蓄えて、食べる。楽しみながらつくり、感謝しつつ作物の全体をいただく佐藤さんは、食の自立というバトンを引き継ごうと活躍中です。

佐藤 洋子

食育スーパーアドバイザー、ホームヘルパー
佐藤 洋子 さとう ひろこ

1943年、山梨県勝沼町に生まれる。ブドウ畑に囲まれた静かな田舎町から下って、同県春日居町に嫁ぐ。建築士、インテリアコーディネーターの資格を取得し、建築業の夫と株式会社サトコー設立。二男一女の母として食育に関心を持ち、畑を耕して今に至る。生協の仲間たちと、楽しく食育の勉強をしている。

長女のアレルギーから食に目覚める

 実家では少しは畑をやっていましたが、農家ではありません。生まれ育ったのは山梨・勝沼で、養蚕のための桑を果樹に転換したあとの時代です。田んぼがない土地柄で、米づくりの経験もありませんでした。嫁ぎ先は建築業ですから、農業にはまったく縁がなかった。

 ところが長女がすごいアレルギーになってしまったんです。母乳が出なくて、混合栄養で育てたのが合わなかったのかもしれません。それで、本当に苦しんで苦しんで。子どもは3人いるんですが、長女の手を引いて、一人は抱いて、もう一人をおぶって医者通い、という状態が2年ぐらい続きました。長女は1970年(昭和45)生まれで、ちょうどそういったアレルギーの最初の世代だったのかもしれません。花火の煙がダメなんで、夏休みに花火もできないんですよ。朝露が当たってもダメだから、朝早く起きて散歩にも行かれなかった。とにかく、神経を使って育てました。

 アレルギーを治すために強い薬を使ったために、今度はぜんそく体質になってしまった。どんなに気をつけていても2カ月に一度は発作を起こし、子育てにはだいぶ苦労しましてね。いろいろな健康法も試しましたが、うまくいかない。それで、お医者さんに治してもらうんじゃなくて、食べもので治していくよりほかはない、と思ったんですね。結局、食べものに行き着いたんですよ。

 主人の父親が畑にするような土地を持っていたんで、自分でつくるようになりました。そこで最初は、おやつづくりに最適なサツマイモから始めたんです。次につくったのが落花生。地下に生えるものは、あんまり気候の影響を受けないで上手につくれるんですよ。蒔いて二度ほど草を取ってやればいい。落花生は豆科だから肥料もいらないで放ったらかし。カボチャ、ジャガイモ、タマネギとかも気軽につくれます。 

 つくり始めてわかったことは、いくらつくってみても、子どもがおいしく食べてくれるような、上手な料理の方法を知らなくてはダメだということです。

 木曽に姫野恵子さんという自然食の先生がいらして、一物をすべていただく全体食という考え方に則った料理法を紹介しておられた。それで姫野先生に、皮から根から葉っぱから、すべてを使いこなすという料理を教わったんです。

 山梨県の高根に、有機農業を習いに行ったこともあります。もう25年以上前から有機農業をやっている佐藤幸男さんが書かれた『麦草農場』という本を読んで、お訪ねしたんです。いろいろ教わって興味を持ちましたが、ここから清里まで通うというのはちょっと大変なので、諦めました。

 長女は給食も食べられなかったんですが、小学校4年生から水泳を始めて、高校生のときには国体の選手にまでなりました。弱い部分を持っていたから、逆に芯は強くなるんですね。やっぱり、その弱さを乗り越えなくては、自分も強くなれないということが身にしみてわかるんでしょう。すごく、頑張る子どもになったんです。今は海を渡って、オランダで現地の教員の免許を取って、国際結婚をしていますけれども、そういう経験が役に立ったんでしょうね。

米づくりのハードルは高いけれど

 主人は建築業をやっていたので「オレは木に食わせてもらっているんだ」と言って、ちょうどそのころ〈森林ボランティア〉を始めました。30人ぐらいの仲間と一緒に、個人の荒廃した森林の手入れをする活動をしました。

 長女のアレルギーがきっかけで食べものに目覚めて、結局、お米にたどり着いたんですが、やはり畑をやるのと田んぼをやるのとでは、ハードルが全然違います。

 〈森林ボランティア〉の仲間の一人は、親の代から農業をやっておられて田んぼも持っていた。それで甲府・小曲町(おまがりちょう)の田んぼを少しお借りして、米づくりを始めたんです。しかし、そのうち主人が亡くなったので、自宅の周辺で田んぼを貸してくれるところがないか探しました。

 すると、もう6年も耕作していないという田んぼを貸してくれる人に出会うことができました。「米をつくった経験はあんまりないんだけれど、子どもたちと一緒につくってみたい」とお願いすると、その方は気持ちよく貸してくださった。200坪ぐらいの田んぼ、私一人の手には余るような面積を貸してくださったんです。ちょっと大変かな、と思ったんですが、〈森林ボランティア〉の仲間が手伝ってくださることになって始めることができました。今年で10年目になります。

 この辺りは果樹が中心で、田んぼをやっている人はありませんから、水利権も昔のようにうるさく言いません。土地改良区なんかもないですね。それでも日照りのときは果樹園でも灌水しますから、うちのように小さい田んぼまで水が回ってきません。それで上の取り入れ口のところに行ってお願いすると「ああ、あそこに小さい田んぼがあったね。うちは夜、灌水するから昼間は使っていいよ」と言ってくださったり。

 もっと困ったのは、長い間使っていなかった田んぼなので、モグラが開けた穴なんかがあったらしく、隣りの果樹園の真ん中に池ができる程に水漏れがしても、田んぼに水が溜まらなかった。ブドウは水が多過ぎると実が割れてしまうらしく、気が揉めました。このことではずいぶん苦労しましたね。2年目は、畦を畦シートで覆い尽くて解決しました。田んぼも面積が広くなると蒸発する分も増えますから、少しずつでも入れっ放しにしていないと、すぐに水がなくなってしまう。そういうのを「掛け流し」と言うそうです。そのころは、毎朝、毎晩田んぼを見に行っていた。

 周りは全部果樹で、うちだけ田んぼ。周囲の方は「消毒薬がかかって悪いね」と言ってくださるけれど、うちは趣味ですけれどみなさんは生業ですからね。割り切っていないと。その代わり、水をきれいにしようと思って、水の取り入れ口にEM菌でつくった泥団子を並べて置きます。

 去年は高温で、米が割れてしまった。いつもだったら種籾も自分のところのものを使うんですが、そういうわけで知り合いから分けてもらったヒノヒカリという新しい品種のうるち米をメインに植えました。これは高温に強い品種だそうです。

 今は一世代しか発芽しないF1の種がありますが、そういうものは絶対に使いません。全部、自家産の種です。

  • ボランティアと一緒に田植えをする佐藤さん


    小学生が来る前に、ボランティアさんと一緒に田植え。出で立ちも、すっかり堂にいっている佐藤さん。今年の田植えは、6月22日。この近辺では5月半ばの田植えが一般的だから、かなり遅い時期である。

子どもたちと米づくり体験

 私は餅が好きなもんですから、餅米を必ずつくります。満月餅といって天皇陛下がお田植えに使う餅米と、うるち米を何種類か。年に300kgぐらい、収穫しています。

 田植えと稲刈りに、近所の小学生が加勢に来る。経験させるという教育的な意味もあります。子どもたちのことだから、田んぼごとに種類を分けていても、どうしても混じっちゃう。厳密に分けていないから、種籾も混ざってしまって。「田んぼでミックスしちゃうから、植わっている時点で既に五穀米になっちゃうね」と友だちから言われています。

 〈子どもエコクラブ〉という制度ができたころ、県の環境課の人から「佐藤さん、やってみない?」と誘われました。小学校ぐらいの子どもを対象に、ゴミ問題だとか食べもののこととかを勉強する活動を開始し、米づくり体験もしました。

 以前は小学校の真ん前に住んでいたんで、PTAの役員をやったりして、学校とはご縁が深かったんですね。それで、たまたま畑で作業しているときに小学校の先生が「ずいぶん、いろいろつくってますねえ」と声をかけてこられて。私は自分が食べたいと思うものは、とにかく何でも種を蒔いてみるんですよ。すごくたくさんの種類の作物を少しずつつくっていたんです。それで〈子どもエコクラブ〉でやっている田んぼで、小学校の子どもたちもやりましょう、という話になりました。

 その先生は5年生の担任だったのですが、5年生の総合学習にたまたま「米づくり」があった。それで体験学習ができるということで、翌年から田植えと稲刈りをして、秋には収穫祭として餅つきをしました。

 去年はボランティアさんが二十数人いらして、総勢100人の大所帯。賑やかで大変な騒ぎでした。子どもにやってもらうと、あとで直すのが大変で。いろいろなやり方があるんですが、私は縄を張って、25cmずつ印をつけてそこに苗を植えていきます。縄は両端を大人が持っていて、植え終わったら後ろに下がっていくんです。下がっていくから、植えるのは縄の向こう側。そこに3〜4本しっかり植えていくように言っても、全然聞いていない子もいますからねえ。まあ、それが子どもらしいところでもあるんですが。

 プロの人が見たら「こんな田植えじゃあ」と言うんでしょうが、まあこれでも立派に収穫できるんですよ。幼稚園の子どもたち用の田んぼもあります。別の地主さんなんですが、小学生と分けたほうがいいと思って、お願いしたら快く貸してくださった。でも、幼稚園生のほうが真面目です。言われたことはちゃんとやるから。小学生は、まったく聞いていないからねえ。

 代掻きもやってもらっているんです。昔は牛や専用の道具があったんですが、今はみんな機械。それを人間にやってもらおうと、先を切った靴下をはいて、ずり足で田んぼの中を歩いてもらいます。先が切っていないと、泥が靴下の中に溜まって、脱げちゃうんです。男の子なんて、すぐに飽きちゃって泥の中でスライディングですよ。

 田んぼに来ると子どもが生き生きとする。だから先生に「黒板1枚あったら算数でも国語でもできるから、1カ月に1回ぐらい、ここで授業をしたらどうですか」って言ったんですよ。今でも道で会うと「佐藤さ〜ん、この間田んぼに行った者です」なんて言われてね。子どもって、可愛いなあ、と思って。

 最初のころは、地主さんも見に来て指導してくださいました。昨年の暮れにご挨拶にうかがった際に、98歳というお年を聞いてビックリ。その地主さんが「オレの生きているうちは、佐藤さん、米をつくり続けてくださいよ」って。そうは言われても、こちらもそろそろ体力が。私がダメになるのが先か、地主さんが先に逝くのかって。笑い話です。

 毎年採れたお米を持ってご挨拶にうかがうと、すごく喜んでくださいます。今年は出来が良かったとか、味が今一つだったとか、ちゃんと感想を言ってくれるんですよ。

  • 田植えに加勢に来る近所の小学生たち


    真面目に植える子、すぐに飽きる子、リーダーシップを取る子、などなど、田んぼに入ると性格がわかって面白い。

  • 小学生の指導をするボランティアさん


    小学生の指導をボランティアさんが手伝ってくれる。腰を屈めて1列ずつ植えながら、後ろに下がっていく。

  • 田植えに加勢に来る近所の小学生たち
  • 小学生の指導をするボランティアさん

あれもこれも、と広がるのを面白がる

 米をつくって、そのうちに麦、蕎麦、黍(きび)などを順につくり始めました。でも、蕎麦は2年やって懲りましたね。夏蕎麦というのが、ちょうど6月の梅雨時が収穫になるんです。植えてから1カ月半で収穫なんですが、梅雨時だからなかなか刈るチャンスがなくて、「いつ刈ろうか、いつ刈ろうか」と思っているうちに、実がみんなこぼれてしまって。秋蕎麦は収穫時期が米と一緒になるから、忙しくてとてもやっていられません。

 田んぼの地主さんは、「自分ができなくなったから」と畑も貸してくれました。借りた畑にたまたま柿の木があって、思いがけずにころ柿づくりを体験したり。ものすごく大きな実がなるんですよ。なんでそんなに大きな実になるかというと、消毒も何にもしないからおおかたの実は落ちてしまうからです。摘果しなくても自然に落ちて、残った実がすごく大きくなるんですよ。自然って、うまくできていますよね。

 胡麻も好きだから、友人から自家産の種を、湯のみ茶碗1杯ぐらい分けてもらいました。でも、今は日本で胡麻をつくる人がいないから、種を手に入れるのに2年待ったんです。収穫に手間がかかるんで、国産自給率は0.5%と聞いています。

 胡麻は初夏になると、可愛い紫色の花が咲きます。下から二つ目ぐらいまでの実が弾けたら刈り取って、束ねて乾燥させておく。ある程度乾燥させたら、逆さにしてポンポンと叩いて実を出すんですが、私はケチだから最初の年は全部叩いて実を出したんです。ところがそうするとゴミまで一緒に入ってしまうので、もうあとが大変で。胡麻というのはポンポンと軽く叩いて落ちたのが一番胡麻で、それにはゴミが入っていないから洗ってから日陰で乾燥させただけで使えるのです。最後の一粒まで出そうと思って叩いたら、ゴミが入ってどうしようもない。それで翌年はゴミを含んだまま種にしました。最初は黒と白で分けていたんですが、ずぼらな性格なんで、これも混じってしまいました。

 田んぼを1枚畑に変えて、大豆と麦もつくっています。11月に麦を蒔いて、6月に収穫して脱穀。そのあとに大豆を蒔きます。こうして輪作できるんですよね。パンを焼きたいものですから強力粉をつくったり、普通の小麦をつくって製麺屋さんに30kgほど持ち込んで乾麺にしてもらったり。

 収穫してすぐに乾麺にすると青臭みが出るから、麦は半年ぐらい寝かしてから加工します。平たい麺と普通のうどんの2種類。黒うどんといって、皮ごと挽いているから市販のものより黒いんです。20〜30kgまとまると、乾麺にしてくれる業者さんがあるんですが、この辺りにはなくって、わざわざ栃木県まで送っています。

 去年は、お芋も10種類植えました。白とか紫とか黄色とか、中だけ赤いとか。でもね、結局、分けきれないで一緒になっちゃう。だから、今年は5種類で我慢しました。お芋掘りのときには、幼稚園児が来ます。その内、苗を分けてやって、幼稚園の庭でつくってみたり。私は「少しでも庭があったら、キュウリ1本でもいいから植えてごらん」と言って、種を分けています。

 ナスなんか面白いんですよ。放っておくとものすごく大きくなって、それでそのままにしておくと、最後は実がガリガリになる。それを地面に埋めておくと、春になって苗が出るんですが、ナスの実の形どおりに苗が出るんです。すごく面白い。自分で種から植えた苗は、実がなるのが遅い。だから3本ぐらいは市販の苗を買う。それを収穫しているうちに、自分ところの苗が育ってきてちょうどいいタイミングになります。

 山に入ると、蔓を採ってきて籠を編みます。やはり手仕事が好きなんでしょうね。「あっ、これやりたいな」と思うと、なんとか自分のものにしてしまう。教わりに行く、というのはなかなか時間が取れないんで、分解してみたりして我流でつくってしまいます。去年から木綿もつくり始めました。何年か溜めて、ちゃんちゃんこぐらいできないかな、と思っています。

 パンをつくると、それに付随するものも欲しくなって、プルーン、梅、杏を植えてジャムをつくる。

 お茶は、森林ボランティアで山に入ったとき、畑の際に植わっているのを見つけたんです。土が流れるのを防ぐために植えられていたみたいだけれど、そこから芽を摘んできて、インターネットでつくり方を調べてもらってお茶にしてみました。糊を煮て和紙を2枚貼付けたものをフライパンに乗せて、その上で茶葉を煎るんです。熱いうちに手で縒って、ぱらっと落ちるのは充分乾燥しているからいいんだけれど、そうでないものはもう一度煎る。小さい缶に一杯つくるのに1日がかり。「お茶をつくるのって大変なんだなあ」と思ったけれど、一方では「とうとうお茶までつくちゃった」と思って。

 以前は、蜜蜂も飼っていたんですよ。でも結局はスズメバチにやられてしまってダメになった。鶏も飼っていたけれど、娘のいるオランダに行くと長く留守をすることになって、預かってもらえないからやめてしまった。犬は喜んで預かってくれる人がいますけど。だから、牛も山羊も飼えないですね。

 今は離農している人がたくさんいるから、貸してくれる土地がいっぱいある。でも手が回らないから、程々にして、これ以上増やさないようにしています。

  • 佐藤さんの大切な相棒、甲斐犬の雑種 コロちゃん


    甲斐犬の雑種 コロちゃん。佐藤さんの大切な相棒だ。

保存して蓄える知恵

 せっかく収穫したんだから、うまく保存できるものをつくりたいんですよ。だから、米、麦、黍、胡麻、落花生。サツマイモも切り干し芋に加工すれば、8カ月ぐらい保ちますよ。でもね、人気があってすぐになくなっちゃう。時期になると庭で天日干しするんですが、家に入ってくる前にもうつまんでいる人がいて。だから毎週のようにイモを蒸かして切り干し芋をつくっていても、あっと言う間になくなっちゃう。

 何でも干しておけば、保存できる。干瓢、ズイキ、コンニャク、大根、人参、椎茸、豆腐。ナスだって乾燥させて保存できるんですよ。最初の年は、ナスを輪切りにして干したところ、皮が強(こわ)くてダメだった。それでも全部剥いちゃったら、アントシアニンがなくなっちゃうでしょ。それで縦に縞模様に剥いて、輪切りにして。見た目もきれいだしね。トマトなんか夏の食べものだからお腹を冷やすんだけれど、干しトマトにしておけば冬でも使えます。お料理のレパートリーも広がりますしね。

バトンを渡す自覚

 私自身は割合早くに親を亡くしたので、親にものづくりを習った記憶はあまりないんですが、ここにお嫁に来て、昨年91歳で亡くなった近所のおばあさんからはいろいろなことを教わりました。座布団づくりとか、マフラーづくりとか、あんころ餅はこうやると柔らかくおいしくできるんだよ、とか。おばあさんが亡くなって残念なんだけれど、その人から教わったことを、今度は私がつなげていけばいいと思って。

 それで子どもたちと、2年続けて蕎麦殻の枕づくりをしたんです。実は採れなかったけれど、殻はたくさん採れたから。だから、何でもつくれば無駄がないな、と思いましたよ。

 一物をすべていただく全体食という考え方から、私は皮とかも捨てないで利用するんです。タマネギの皮、ネギの根、カボチャの種、梅の種、野草なんかをブレンドしてつくる手づくりの野草茶を、新聞社が取材に来たときにお出ししたんですよ。種というのはエネルギーの塊ですから。取材に来たのは若いお嬢さんだったのですが、「こんなものを食べるんですか」と言うので「こういうものを取っておいて乾燥させて、煎ってお茶にするんですよ」と答えたんです。あとで記事を読んだら、「タマネギの皮やネギの尻尾を食べている」と書いてあって。やっぱり、若い人に理解してもらうのって、難しいなあ、と思いました。「あなた、お料理するの?」と聞いたけれど、あんまりしていないようで。無理もないですよね、爪を長く伸ばしてきれいなマニキュアを塗っていましたから。幼稚園のお母さんたちだって、子どもについて来るけれど自分では土をいじりません。それでも、一人でも多くの人に食への想いを受け継いでいってほしいですね。

  • 野菜の種やヘタなどを取っておいて乾燥させて、炒ってお茶にする

    一物すべてをいただくという理念から、佐藤さんは野菜の種やヘタなどをブレンドした野草茶をつくっている。滋味深く、香ばしい味わいのお茶だ。

食べることは、人を笑顔にする

 基本的に食いしん坊。毎月2回食事会をして、今月はお豆腐と中華ちまきをつくる予定です。中華ちまきのときには、藍染めも一緒にやります。3年前に藍の種を蒔きました。藍は強い植物で、ものすごくたくさん収穫できました。

 食べることをすると、みんな、集まってくるんです。食べることをするとみんな笑顔になるじゃないですか。

 こういう暮らしは「誰しもができることじゃない」と言う人もいるけれど、そんなことはない、と思います。私みたいに「田んぼや畑を借りてまで」というのは無理だとしても、援農に行ったっていい。堅苦しく「農業」といわないで、自分が食べたいものをつくろうよ、というところから始めたらいいんだと思います。そうやってかかわれば、何かが変わっていく。私は食の自立というのは、そういうことだと思うんですよ。

 自分で身体を動かして食べものをつくって、それを食べているお蔭か、歯医者さん以外は医者にかからないで済んでいます。薬も飲みませんしね。

 実は一度、田んぼで虫にやられてすごい水ぶくれになったことがあるんです。でもここまで医者知らずできたのに悔しいじゃないですか。それで蜂蜜を塗って治したんです。蜂蜜は殺菌力がありますから。

 快療法というのがあって、急性の病気以外は手術や薬に頼らずに自然のものを煎じて飲んだりして排毒したりする勉強会なんですが、ここで月に1回、7〜8年程続けています。蜂蜜を塗っただけで水ぶくれがすっかり良くなって、快療法の先生にも驚かれたぐらいです。自然なもので生きていれば、自然なものが効くんだなあ、と思いました。こういう生活をしてみて、だんだんそういうことがわかってきましたね。

 300kgの収穫の内、3分の1は10人のボランティアさん、3分の1は学校に差し上げます。残りの3分の1の内、3分の1は幼稚園にいきます。手元に残るのは60kgほどですが、いつも人が寄る家なので、いつもご飯を炊いていて、ぺろっと平らげてしまいます。誰かが不意に来ても、ご飯と保存食がありますから、食べるのに困ることはありません。

 米は地下室に籾で保存しています。籾で貯蔵すれば5年経っても大丈夫、と言う人もいますよ。うちではとても5年は保たないけれど、せめて3年分は備蓄したいなあ、と思っているんです。「そんなにつくって、全部使っちゃうの?」と驚かれるんですがねえ。

 今年は米を減らそうと思って、麦を蒔いちゃったの。そのあとは米はやらないつもりだったんだけれど、今年は福島から被災した方々が引っ越してこられて、急遽、息子に機械で耕してもらいました。もうなくなるころかなあと思うと、米を持っていっています。あの方たちだって、田んぼをやりたいと思っているはずですよ。この間、米を差し上げた方も「お米があると心強い」って言ってましたよ。それは、麦じゃ代わりにならないのよねえ。

 一人暮らしなのに、野沢菜だって一樽漬ける。漬物は人気があって、みんながもらいに来るから、たくさん漬けてもちっとも余らないですよ。沢庵なんか、100本も漬けるんです。4樽漬けるから、漬かる時期をずらせるように塩加減を違えておいて。一番あとから食べる用は、重たい重しをしないと水が上がらないぐらいしっかり干して。漬かったら、それを燻製にします。燻(い)ぶりガッコですね。

 食べることはプラスの連鎖。おいしいって喜んでもらったら、次は何を食べさせてあげようか、と工夫するのが楽しい。 畑や田んぼに行くときは、ワクワクします。楽しいです。始まりは娘のアレルギー克服からでしたけど、今は安全かどうかよりも楽しいことが優先です。200坪の田んぼは、経験のない私が一人でできるものではありません。私以上に、私の田んぼを愛してくださっている人がいるから続けられるんです。作業が2時間で、終わってからの畑パーティが3時間、ということも多いんです。ここまでたどり着いたのは、良い友人に恵まれたお蔭です。主人が、良い友人をつくっていってくれたこともありますね。

  • 使い古して柔らかくなった浴衣をほどいて縫った布オムツ


    使い古して柔らかくなった浴衣をほどいて布オムツを縫い、大震災の被災地支援をした。笛吹市で受け入れた被災者のおばあさんたちにも、縫うのを手伝ってもらったという。アイディアと行動力が佐藤さんの持ち味。柄がオシャレだといって、タペストリーにした人もいたそうである。

  • 漬物は人気があってみんながもらいに来るから、たくさん漬けても余らない


    とにかく、おいしい。佐藤さんの料理は、どれも塩梅が絶妙で、健康に良いだけではなく本当においしい。

  • 作業が終わってからの畑パーティ


    小学生の田植えを終えて、野良ランチ。手づくりの野菜や米を使って、心のこもった食事を、青空の下で仲間といただく。これ以上の贅沢があるだろうか。

  • 使い古して柔らかくなった浴衣をほどいて縫った布オムツ
  • 漬物は人気があってみんながもらいに来るから、たくさん漬けても余らない
  • 作業が終わってからの畑パーティ


 (2011年7月19日)



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