冬、大野市の人々がこたつに入って食べる「でっち羊かん」。分厚くて食べごたえがある
水と風土が織りなす食文化の今を訪ねる「食の風土記」。今回は、福井県大野市の「でっち(丁稚)羊かん」を取り上げます。水が豊かな大野市ならではの伝統的な和菓子ですが、その不思議なネーミングと冬にだけ食べる理由を知るために訪ねました。
まちを歩くと、いたるところに「清水(しょうず)」と呼ばれる湧き水が目につく福井県大野市。四方を取り囲む白山(はくさん)山系に降った雨や雪解け水が伏流水となって湧き出し、今も各家庭では地下水をくみ上げて生活に利用している。
福井県では冬になるとこたつに入って水羊かんを食べる習慣がある。大野市ではこの水羊かんのことを「でっち(丁稚)羊かん」と呼ぶ。箱に敷き詰められた分厚く瑞々しい水羊かんを付属のヘラで切り分けて食べるのだ。練り羊かんの約2.5倍の水分を含むでっち羊かんは、大野の名水を活かした伝統の和菓子だ。
御菓子処 伊藤順和堂の伊藤武治さんが、でっち羊かんの名の由来について教えてくれた。
特徴は黒糖が使われていること。砂糖は、純度の高いものから順に、白双糖(しろざらとう)、上白糖、三温糖、黒糖に分かれる。一方、江戸時代の商家では、上から旦那、番頭、手代、丁稚の順。つまり黒糖も丁稚も4番目にあたる。
「黒糖はいろいろな成分が含まれる分アクも強いですが、栄養があります。丁稚さんも階級こそ低いけれどマメでいちばんの働き者。しかもこれから出世していくので縁起がいい。昔の人は黒糖と丁稚をかけて名づけたようです」
伊藤さんによると、でっち羊かんは江戸時代末期からあった。丁稚は年に一度、正月明けに奉公先から里帰りする。奉公先に戻るとき、でっち羊かんを土産として持ち帰ったことで知られるようになったという。
羊かんは糖度を高めることで一年中販売するところが多いが、大野市のでっち羊かんは冬季限定だ。そもそも「夏じゃなくて冬に水羊かん?」と不思議に思うかもしれない。それは水分の多さに関係がある。
大量の水分を含むでっち羊かんは練り羊かんに比べて傷みやすい。冷蔵庫が普及する前、大野市の冬(気温0〜10度)は天然の冷蔵庫だった。だからでっち羊かんは冬に食べるもの。その名残から、今も外気温が15度以下にならないとつくらない。
「家族そろって、温かいこたつで冷たいでっち羊かんを食べるのがなんともいえないおいしさなのです」と伊藤さんは笑う。
でっち羊かんは、年末年始に家族そろっての団欒時、あるいは来客時など特別なときに食べることが多い。「クリスマスの後はでっち羊かんがもっとも売れる時期です」と話すのは、でっち羊かんの製造元の一つである毎川金花堂3代目の毎川利和さんだ。もともとは和菓子屋で利和さんが洋菓子中心に切り替えたが、2011年(平成23)の冬、伝統の味であるでっち羊かんを復活させた。
毎川金花堂がでっち羊かんを製造するのは主に11月〜2月。「黒糖と餡(あん)を寒天で固める製法はどこも同じですが、黒糖と餡の種類、甘さは店によってさまざま」と利和さん。すべての工程が手作業のため、片時も目が離せない。
「寒天を戻す、餡を練る、冷ますなどの工程には良質で大量の水が欠かせません。大野市の地下水は軟水で甘みもあり、口当たりもまろやか。この水がでっち羊かんをおいしくする最大の要素です」(利和さん)
水分たっぷりなので、その大きさ・重さの割に安価なのもうれしい。口のなかでさらりととろけるでっち羊かん、ぜひ一度ご賞味あれ。
(2016年12月19日取材)