機関誌『水の文化』74号
体に水チャージ

体に水チャージ
【概論】

海から陸へ上がり発達した体液調節機能

人間(成人)の体の約6割は水でできている──とはよく言われることだが、水は体内でどのように機能しているのか。水がなぜ体に必要なのかという基礎知識、そして体液を調節する代表的なメカニズムについて、鷹股亮さんに聞いた。

海から陸へ上がり発達した体液調節機能
鷹股 亮さん

インタビュー
国立奈良女子大学 生活環境学部 教授
鷹股 亮(たかまた あきら)さん

1994年から2002年まで京都府立医科大学医学部助手、2002年から2007年奈良女子大学生活環境学部助教授、2007年に同教授(現職)。環境生理学、食生活学を研究。

状況により異なる体に必要な水分量

すべての生きものは自らが置かれた環境に適応するため、体の構造や機能を進化させてきました。例えば海に棲む魚は海水を飲みますが、エラでナトリウム(塩分)を選択的に排泄しています。私たち人間と同じ哺乳類のクジラはエサから水分を補給し、海水は飲みません。北米の砂漠に生息するカンガルーネズミは、水を飲まず乾燥したエサだけを食べても代謝水(後述)だけで生きていくことができます。これは、腎臓での尿の濃縮能が非常に高く、尿を濃縮することによりきわめて少量の尿で身体に不要な物質を排泄できるからです。

腎臓は、摂取しすぎた塩分や水分、老廃物(尿毒素)を排泄し、体液を一定に保つ機能をもっています。この「体液を一定に保つ」、つまり恒常性が人間の体内の水を考えるときに不可欠な要素です。

まずは人間が一日にどれくらいの水分を摂取し排出しているのかを表した図1を見てください。NASAのデータなので日本人に比べると水分量は若干多めですが、一日当たりの摂取量も排泄量も2.4Lで等しくなっていますね。代謝水とは炭水化物や脂質を体内で酸化(代謝)した際につくられる水で、不感蒸泄(ふかんじょうせつ)は皮膚の表面からと呼気(こき)から水蒸気として失われる水分のことです。

この図を見て「一日に水を1.5L飲めばいいの?」と思うかもしれませんが、そうではありません。要は摂取量と排泄量のバランスがとれていればよいのです。1日に1Lしか水を飲まない場合でも尿量が減少(注)し、ただちに脱水になることはありませんし、3L飲んでも尿量が増え余分な水分は排泄されます。一方、汗をかいた場合は、尿量は減りますが、水分補給が必要になってきます。

つまり、一日に必要な水分量とは状況によって異なり、飲む量を一律に定めても意味がないんですね。ここが世間では誤解されているところです。

(注)尿量が減少
老廃物などを排泄するために必要な最小限の尿量(不可避尿)がある。一日の不可避尿は600~700mlで、その排泄に必要な水もほぼ同量となる。

1日あたりの水分摂取量と水分排出量

提供:鷹股亮さん(NASAのデータを引用)

体内における水分の調節機能

人間の体重の約60%は水分と言われますが、年齢を重ねると水分率は変わります。おおよそですが、新生児は80%、子どもが75%、成人男性は60%、成人女性が55%、高齢者は50%です(図2)。成人男性と成人女性の5%の差は体組成によるものです。脂肪組織は水をほとんど含まないので、比較的体脂肪率の高い女性の方が水分率は若干低くなるわけです。

また、正確にいえば、体内の水分は「体液」です。水分率60%の場合の内訳を見ると、40%が細胞内液、20%が細胞外液(間質液15%、血漿5%)となります(図3)

では、人間の体内では水分、つまり体液をどう調節しているのでしょうか。体液の調節系には、①浸透圧調節系と②容量調節系の2つがあります。

①浸透圧調節系は、簡単にいうと体液の濃度の調節です。例えば水だけをたくさん飲むと薄くて大量の尿が余分な水として排泄されます。また、体液の浸透圧(濃度)が高くなると、喉(のど)が渇き水を飲むことで体液の浸透圧が戻ります。塩辛いものをたくさん食べたとき、体液量が減っていなくても喉が渇くのは浸透圧調節系が働いて体液の濃度を戻すための調節です。

②容量調節系は体内のナトリウム量を調節しています。前述のように塩辛いものを食べた後、浸透圧調節系により体液浸透圧は調節されてもそのときには体液量が多くなっています。体液量を元に戻すにはナトリウム(同時に水)の排泄を増やして体液量を調節します。脱水のときには、ナトリウムの排泄を少なくして体液量の減少を防ぎます。

陸生動物は、海にいたときとは異なり塩分不足になりがちな状況でも生きられるように進化しました。ところが、塩分が過剰に摂取されることが多い現代人では、この進化のために高血圧が問題になってしまいました。

  • 人間の年齢区分と体水分(体液)量

    提供:鷹股亮さん

  • 体水分(体液)の区分(成人男性60%の場合)

    提供:鷹股亮さん

水分補給を促しつつ飲みすぎも止める

熱中症に関して「水とスポーツ飲料、どちらがよいか?」とよく聞かれます。私は、スポーツの現場や労働で汗をかいたときは経口補水液やスポーツ飲料を飲む方がよいと思います。

図4を見てください。これは脱水時における細胞外液の変化イメージです。[1]が普通の状態、[2]は多くの水を失う一方、ナトリウムは若干減るだけなので体液が濃い状態です。[3]は水だけ摂取したことで体液が薄まったうえ、これ以上水を飲んでも体液が薄まらないように排出してしまいます。[4]は水とともにナトリウムも摂取した状態です。ナトリウムを含む飲料を補給すれば、細胞外液はこのように満たされるのです。

ところで、皆さんは喉が乾いているときに水を一口飲むと急速に喉の渇きが癒えると思います。これは「口腔咽頭(こうくういんとう)反射」と呼ばれるもので、水中毒(低ナトリウム血症)を防ぐための機能によるものです。

仮に口からではなく、胃の中に直接水を入れても喉の渇きは癒えません。それは水が口腔や咽頭を通過する際に「これぐらい水を飲むんだ」と体がモニターし、「これくらい飲んだら浸透圧は下がるだろう」と予測したうえで、飲んだ水分の体積で予測していると言われています。

喉の渇きという水を飲む行為を促すシグナルがあると同時に、飲みすぎを止めるシグナルもある。興味深いですね。摂食行動でも同じような調節が行なわれています。

私たちの祖先が海から陸に上がったことで酸素の供給は容易になりました。しかし、海から出た結果、生命を脅かす最大の脅威が「水が不足すること」になった。ですからそれに適応するために、体内にはいろいろな調節系があるのです。

脱水からの水分摂取と細胞外液の変化(イメージ)

提供:鷹股亮さん

(2023年3月30日取材)

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