機関誌『水の文化』22号
温泉の高揚

女将が守る温泉宿

野沢 美季さん

野沢 美季

東京都生まれ。伊豆・河津温泉郷、大滝温泉の「天城荘」女将。「祖母と父が東京でビジネス旅館を営んでいた」という家に育つ。10数年前に縁あって実家が「天城荘」を譲り受け、東京から伊豆へ移転。経営者の家族として予約営業担当者という旅館の仕事を始める。2000年から女将に。15万坪という広大な敷地に点在する14の内湯、15の外湯、44室の客室からなる温泉旅館を切り盛りしている。

この冬は本当に寒さが厳しいですね。暖かいはずの伊豆で温泉旅館の女将を勤める私も、実は今、寒さで湯温が下がってしまうという難題に頭を痛めています。

私どもの「天城荘」には、14の内湯と15ヵ所の野天風呂があります。ただ、元々の源泉が46度しかないので、掛け流しにしている野天風呂の温度は40度を切ってしまいます。現場のスタッフと知恵を出し合い、今は当館のお勧めである、滝を眺めながら入ることができる河原の湯に、集中してお湯を流すことでなんとか乗り切っています。

ここは目の前に滝という絶好のロケーション。山の中ですから森林浴も兼ねて野天風呂を楽しむことができます。滝も、湯も、山も森も大地の恵み。その恩恵を心ゆくまでお楽しみいただきたいのです。

お食事もそうですね。天地の恵みである食材を生かした料理を目指しています。当館では基本的にレストランで食事を召し上がっていただいています。目の前で調理した温かいものをすぐお出しできますし、私の目が届きます。「いかがですか? お口に合いますか?」と声をかけながら、お客様の様子に目を配り、直接ご要望に耳を傾けることができます。

昔はお客様の部屋でスタッフが側についてお給仕させていただく「部屋食」でしたが、レストランのようには目が届きません。ただ、部屋食のほうが格上というイメージがあり、レストランに変えようとしたときには、スタッフからは反対の声も上がりました。でもどちらにするかはお客様に選んでもらえばいい。実際に選んでいただくと、今では、むしろレストランを好まれる方も多いのです。

この地区には、水という大地の恵みもあります。「名水河津七滝」として販売もしている水が、水道の蛇口をひねればいくらでも出てくるのです。お部屋へ常備している冷水ポットのお水がおいしいと、お客様から大変に喜ばれています。また、お茶やご飯がおいしいとよく言っていただくのですが、特別な茶葉や米を使用しているのではなく、水がおいしいからなのだと思います。本当に水には助けられています。

最近ではお一人様で泊まられる方も増えてきました。温泉旅館は二名様からしか受けつけない宿が多いので、これも有難いと思っていただいているようです。

ほかにも、いろいろなことをしてきました。薬草風呂があることにヒントを得て、薬膳鍋をお出ししたり、お客様の要望でお風呂に手摺りをつけたり。おいしいお水を大浴場の脱衣所に常備していますし、また、ロビーでジャズのコンサートやフラダンスなども行なっています。露天風呂付の部屋が5つあるのですが、それもお客様の声に後押しされて完成しました。

このように、お客様の好みは常に変化し続けています。いらしてくださる皆様が何を思っているのか常に察知し、選んでいただけるように幾つものメニューを用意しておくことが大切なような気がします。

そして、温泉旅館は試行錯誤の毎日です。常に前を向いてああでもない、こうでもないと奮闘する姿勢は「温泉旅館を守る女将」というイメージとはちょっと違うかもしれませんし、私自身も「女将さんらしくないですね」と言われることもあります。でも、試行錯誤を続けること、「天城荘って行くたびにどこか違うよね」とお客様に思っていただけるよう変化を続けることが、実は温泉宿の伝統を守る秘訣なのかもしれません。

着物を着て、お客様にご挨拶をしているだけが女将の仕事ではありません。温泉旅館の女将として、お客様のことを第一に考え、喜んでいただけて、利益もきちんと出て、私たち働くスタッフも幸せな気持ちになれるような経営が目標です。

お客様にはあまり堅苦しくなく、自然体な、さりげないおもてなしで、ほわっとした気持ちになって楽しんでいただきたい。そして「天城荘」での思い出を持ってお帰りいただきたい。いつもそう願っています。

女将が守る温泉宿

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