機関誌『水の文化』75号
琵琶湖と生きる

[湖甦]

琵琶湖と生きる
【道標】

MLGsに込めた「母なる湖」への思い

2021年(令和3)7月1日、滋賀県では琵琶湖を切り口とした「マザーレイクゴールズ(略称 MLGs)」が策定された。2030年の持続可能社会を目指すための目標で、「清らかさを感じる水に」「豊かな魚介類を取り戻そう」など13のゴールを設定した「琵琶湖版SDGs」ともいえる。その策定にかかわった滋賀県理事の三和伸彦さんに、MLGsに秘めた思いを聞いた。

「琵琶湖を切り口としたマザーレイクゴールズ(MLGs)」13のゴール

図1 「琵琶湖を切り口としたマザーレイクゴールズ(MLGs)」13のゴール
シンボルロゴは中央に琵琶湖を配し、13のゴールカラーを円形にあしらっている 提供:滋賀県

三和 伸彦さん

インタビュー
滋賀県理事
琵琶湖政策・MLGs(マザーレイクゴールズ)推進担当
三和 伸彦(みわ のぶひこ)さん

1963年滋賀県長浜市出身。県の環境行政の技術部門の統括のほか、琵琶湖の水質、水草や外来生物、レジャー利用の適正化など琵琶湖の抱えるさまざまな課題に取り組んでいる。

琵琶湖の周辺に住むことのメリット

――県外の人が抱く琵琶湖のイメージと、実際に住んでいる皆さんの実感には差がありますか。

「そもそも琵琶湖ってどこにあるんですか」「琵琶湖って泳げるんですか」など、県外、特に関東の人などには知られていないことが多いと感じます。琵琶湖周辺に住むメリットはたくさんあるのですが、それも知られていないと思います。

例えば滋賀県の気候が安定している理由の一つに、真ん中に琵琶湖があることがあります。夏場に気温が上がっても琵琶湖の水がある程度緩和してくれます。冬場は逆に冷え込みを緩和してくれる。災害も比較的少なく、安定しておいしいお米がとれるのも魅力です。

京都にも近く、かつて琵琶湖は日本海側と都をつなぐ水路として舟運が栄えました。琵琶湖周辺は人が暮らすのに適しており、昔からとても豊かな土地なんです。

ふだんは意識していないけれど、大人になると改めてそのありがたみに気づきます。琵琶湖は私たちにとっていわば「お母ちゃん」みたいな存在です。

  • 琵琶湖の周辺に住むことのメリット

  • 滋賀県長浜市にかつてあった大島水泳場で遊ぶ幼少期の三和伸彦さん(右)と双子の弟(左) 提供:三和伸彦さん

    滋賀県長浜市にかつてあった大島水泳場で遊ぶ幼少期の三和伸彦さん(右)と双子の弟(左) 提供:三和伸彦さん

「水」「土地」「労働力」工場立地に適した滋賀

――琵琶湖周辺には工場がたくさんあると聞きました。

特に高度経済成長期以降、滋賀県は大企業の主力工場が進出するなど内陸工業県として第二次産業が盛んです。なぜなら、企業にとって必要な「水」「土地」「労働力」などが比較的リーズナブルに手に入るからです。京阪神や中京といった大都市圏にも近く、早くから名神高速道路が通り、インターチェンジのそばに工業団地ができたことも大きいと思います。

かつて日本各地で公害が問題になった時期に、滋賀県は琵琶湖を守るために全国的にも厳しい排水基準を設けました。企業が排水処理に多額の投資をしても工場を存続させているのは、滋賀県に工場があることが環境問題に力を入れている証になるという面もあると思います。

ちなみに滋賀県には、第二種兼業農家が多いんです。滋賀は古くから稲作が盛んでしたが、近所に工場があると平日は工場で働いて、週末は農業という生活が成り立つわけです。

  • 図2 産業別就業者数で見る滋賀県の産業構造

    出典:滋賀県「琵琶湖ハンドブック三訂版」

  • 図3 主業農家・副業的農家数の推移

    出典:滋賀県『シン・びわ湖なう2022』

県民の暮らしを変えた琵琶湖総合開発事業

――琵琶湖総合開発事業のおかげで暮らしは豊かになった?

1972年(昭和47)に始まった琵琶湖総合開発事業は、琵琶湖の水質を守る「保全」、上下流の洪水被害を解消する「治水」、琵琶湖の水を有効に利用する「利水」を目的とする一大プロジェクトでした。これによって、県内でも湖岸堤(湖周道路)や下水道をはじめとするさまざまなインフラが整備されるなど、県民の暮らしが便利で豊かに変わったことは事実です。ただし、その一方で、琵琶湖の生態系や環境にも変化が現れていることを忘れてはいけません。

――琵琶湖の環境問題といえば、淡水赤潮(以下、赤潮)でしょうか。

1977年(昭和52)に大規模な赤潮が発生したのは衝撃的でした。赤潮の原因の一つは生活排水、特に合成洗剤に含まれているリン。そこで、洗濯にはリンが含まれていない粉石けんを使おう、という「石けん運動」が家庭の主婦を中心に瞬く間に広がっていきました。「誰かがやってくれる」ではなく、「自分たちがやる」というところがすばらしいと思います。

このように、琵琶湖のためにできることを考えて自ら行動できたのは、「自分たちのせいでお母ちゃん(琵琶湖)の具合が悪くなった」という実感があったからだと思います。それなら自分たちがなんとかして、お母ちゃんを元気にしよう、と。そういう感覚と行動は、7月1日の「びわ湖の日」をはじめ、年に3回行なわれている一斉清掃活動など、今も県民に受け継がれていますね。

県民主体で巻き起こった「石けん運動」。写真は、石けんによる上手な洗濯の仕方を教えているところ

県民主体で巻き起こった「石けん運動」。写真は、石けんによる上手な洗濯の仕方を教えているところ 提供:滋賀県環境政策課

「石けん運動」から未来への道標「MLGs」へ

――「マザーレイクゴールズ(以下、MLGs)」がつくられた経緯を。

先に述べた石けん運動も、富栄養化防止条例ができて、無リンの合成洗剤が登場すると、徐々に下火になっていきました。そして、生物多様性など琵琶湖の環境問題も複雑で多様化していきました。琵琶湖を大事にしたい、という思いは一つなのに、なかなかつながれない。もっと幅広く共有できる目標が必要だと以前から考えていました。

そうした背景もあって生まれたのが、琵琶湖を切り口とした2030年の持続可能社会へ向けた13の目標「MLGs」です。これは琵琶湖版のSDGsとも呼んでいます。私なりには以前からの思いが一つかなったのかなと思います。

私はこれまで「マザーレイク21計画」や「琵琶湖保全再生計画」など、さまざまな県の計画にかかわってきました。しかし行政だけでは解決できないことがたくさんあり、そこを補うには、多くの皆さんの自発的・主体的な取り組みを促すことが重要と考えていました。MLGsは2012年(平成24)から10年にわたって毎年開催してきた「マザーレイクフォーラム・びわコミ会議」の参加者の皆さんからいただいた「びわ湖との約束」をもとにしています。

国連で定められたSDGsはゴールを「自分ごと」にすることが課題になっていますが、MLGsはそもそも「私は、今年1年、琵琶湖のためにこんなことをします」という約束、一人ひとりの自分ごとをみんなのゴールとして共有したものなのです。MLGsに賛同して取り組むことが、結果としてSDGsの達成につながっていくと考えています。

おいしい琵琶湖
ウロリの卵巻き

おいしい琵琶湖 ウロリの卵巻き
撮影協力:あやめ荘(野洲市)

(2023年8月23日取材)

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