機関誌『水の文化』35号
アクアツーリズム

水文化と結びついた旅

価値観や旅行への要望の多様化に伴い、着地側から発信される旅行商品が増えています。 従来のマスツーリズムに比して、ニューツーリズムは多品種小ロット。 ニーズは増えてきているものの、マーケティングなどに課題を残し、苦戦中です。 ニューツーリズムの現状と、ブランディングに貢献する水を、観光資源として検証しました。

大隅 一志さん

(財)日本交通公社 観光調査部主任研究員
大隅 一志 (おおすみ かずし)さん

1982年、(財)日本交通公社入社後、各地の観光地計画、リゾート計画などにかかわる。1990〜91年、アメリカ・コロラド州立大学にて研修(米国のアウトドア・レクリエーションの実態などを調査)。1997年より主任研究員。日本観光研究学会会員 主な著書に『観光読本』((財)日本交通公社編/東洋経済新報社 1994)ほか。

発地側から着地側へ

(財)日本交通公社(注1)は、観光文化振興のために調査研究、研修を行なう公益法人として現在に至っています。

スキー場開発、リゾート開発から始まり、バブル経済崩壊後はオートキャンプ場など自然志向の観光開発をしてきました。現在の傾向としては、どこから観光で、どこからまちづくりなのか、領域がボーダーレス化し、「観光まちづくり」が大きな流れになりつつあります。

新しい旅行志向としてニューツーリズムの概念が生まれてきました。

ニューツーリズムを定義するのは難しいのですが、旅行テーマだけでなく、マスに対応できない内容を持っているということ。流通の仕組み自体もニューなのだと思います。

従来型の観光モデルでは、旅行商品は発地側の旅行会社が、大量に宿や交通手段を仕入れて不特定多数の人に売るという、マスツーリズム型の効率のいい旅行をつくってきました。

こうした売り方は、発地側からお客を送り込むことから「送客ビジネス」ということができます。

こうしたマスツーリズムが地域に与える影響は大きく、今は批判されることがあります。しかし個人で手配するよりも安く安心して利用できるメリットがあります。つまり、旅行が大衆化する段階では、非常に有効なビジネスモデルだったわけです。

一方、マイカーが普及し、インターネットで情報が安く手に入る時代になり、個人が自ら旅行を計画して手配するようになってきました。団体旅行、マスツアーの形態から、個人旅行にシフトしてきたんです。

ちなみに現在の個人旅行と団体旅行の割合は、費用負担で8割、形態の9割が既に個人です。修学旅行以外は、ほとんど個人旅行といっていい状況です。

送客ビジネスに対して、集客ビジネスとしての「着地型旅行」という言葉も定着しつつあります。地域側が、自ら旅行商品をつくって売る形態です。これは多様化するニーズやニッチな要望に対応できる素材や魅力を、地域で発掘して旅行商品として売っていこうとするものです。

こうした商品を少しでも開発していかないと、これからの旅行業は継続できませんが、発地側の旅行会社には、その情報が集まりませんから商品開発する力がない。それで着地型旅行が注目されてきたのです。

しかし着地型旅行商品の一番大きな課題は、流通の仕組みがないことです。お客さんや旅行業者が、目的に合った旅行内容や目的地を探して予約・手配、あるいは取引ができるプラットフォームをつくることは、解決策の一つ。必要性は理解されていて、観光庁などがそこに注力しているところです。

2007年(平成19)に観光庁は着地側旅行を普及させるために、第三種旅行業の取り扱い範囲を国内の募集型企画旅行まで拡大しました(ただし隣接市町村の範囲のみ)。これにより着地側で旅行業を取得する動きが活発になっています。

さらに観光圏認定地域では、旅館やホテルが旅行業者代理業として、着地型商品を旅館やホテルで売ることができるようになっています。

(注1)(財)日本交通公社
1912年(大正元)ジャパンツーリストビューローとして誕生。旅行部門は1963年(昭和38)に、(株)日本交通公社(現・(株)ジェイティービー)として分離された。

旅行商品のタイプ

着地型旅行商品の販売の方法は大きく分けて二つあります。一つは直販。もう一つは、発地側旅行会社を通した卸販売です。

旅行会社の扱う主要な旅行商品は企画旅行。これには、パッケージツアーと呼ばれる募集型企画旅行と、教育旅行に代表される受注型企画旅行の二種類があります。グリーンツーリズムとか体験型旅行で成功しているのは、受注型企画旅行で、ある程度の収益を上げているところです。

消費者の嗜好変化とニューツーリズム

体験へのニーズは、とても高まっていて、旅行雑誌『るるぶ』(JTBパブリッシング)も、かつては「見・食べ・遊」の「るるぶ」だったのですが、「食べ・体験す・学」の「るるぶ」に替わってきています。

観光サービスも、今は二極化しています。至れり尽くせりのサービスに普段味わえない非日常性、贅沢気分を感じる人もいれば、放っておいてくれ、という人もいる。

旅行商品の難しさというのは、購入時には目に見えないことです。電化製品なら目に見えるし、性能もわかり、価格の妥当性も判断しやすい。しかし旅行商品というのは、経験しないとわからないし、人によって満足度が違います。しかも返品がきかない。

私たちは、全国の観光資源を評価した台帳を持っていて、富士山クラスの国際的な誘致力を持った特A級からA級、B級、C級というレベルで、自然資源と人文資源を分類しています。

今までの観光では、資源評価がそのまま地域の観光魅力を反映できたのですが、今はお客さんが求めているのはそれだけではなくなり、見極めがとても難しくなっています。

マーケティングの不足

求める市場はあるのに売れないのは、多くの場合、地域の側にマーケティングの視点が不足しているからでしょう。

今までの地域発型の旅行は、部材をバラで売っているんですね。例えば湧水だけを見せる、というようにです。おいしい水で淹(い)れたコーヒーを飲ませるとか、水と触れ合う空間を用意するとか、多様な側面から地域の体験に付加価値をつける工夫はほとんど行なわれていません。

エコツーリズムやグリーンツーリズムのもう一つの課題は、地域側の契約窓口が弱いことです。

観光協会が担うようにはなっていますが、まだ弱い。受け入れ地域側が一元的な窓口をつくって、そこに問い合わせればコーディネートして、契約もしてくれ、今よりもう少し広域に対応できる窓口をつくる必要があるでしょう。

新潟では越後田舎体験協議会というところが、複数の市町村をまとめてそういうことをやっていますし、長野県地域では飯田広域で南信州観光公社という第三セクターをつくっています。ここは旅行業の第二種まで持っています。

こういう窓口を地域でつくってくれると、旅行会社は非常に使いやすいので、ビジネスとして成立する可能性が高くなるでしょう。

  • 特定の旅行スタイルの経験と参加意向  行ってみたい旅行タイプ

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  • 行ってみたい旅行タイプ

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  • 特定の旅行スタイルの経験と参加意向  行ってみたい旅行タイプ
  • 行ってみたい旅行タイプ

地域の暮らしとつながる水

私は今、観光地が環境への取り組みを誘導する仕組みづくりに取り組んでいるんですが、その中で発見したことがあります。

普段から環境に意識が高い人たちに、「観光地で環境に取り組んでいる所があったら、敢えてそこを選択しますか」という質問をしたんです。答えは二つに分かれたのですが、高額でも環境への取り組みに積極的な地域を選ぶ、と答えた人の中に「子供がアトピーだから」という回答が多くあった。

抽出したのは40人ぐらいですから統計的なことはいえませんが、このようなマーケットがあることに気づきました。水は健康と非常にかかわりが強いので、そういう需要には武器になると思います。

新たな概念であるアクアツーリズムを定義するのに、水の景勝地やアクティビティなど多様なシーンが挙げられますが、私は「水とかかわる暮らしや文化とつながる旅」ということが、一番大切だと思います。

地域の生活や文化、産業とかかわる水というのは、地域の観光と切り離せない重要なものです。これは地域の個性を引き立たせるのに、とても有効です。水を媒介にしてつながる人間力は、地域のブランドを高めるのに役立ちます。岐阜の郡上八幡などは、水があるからこの町の魅力があるんだなあ、と実感しますね。水は地域のトータリティを増すための要素なんです。

旅行者の価値観や嗜好の中で、水は欠かせない存在であることは間違いありません。ただ、水は集客においてメインテーマになりにくいのです。メインテーマではなくて、地域の魅力を高めるために間接的に水が役立っている。ブランドイメージの基調になっていく、ということです。

地域のブランドイメージにつながるから、その地域の生産物の価値も上がる、といったように波及効果が高まる。水には、このような貢献の仕方があるのだと思います。



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    機関誌 『水の文化』 35号,大隅 一志,水と社会,産業,旅行,ツーリズム,観光,地域

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