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水の文化 35号 アクアツーリズム

くまもと アクアツーリズム
戦略的な水資源

小嶋 一誠さん

小嶋 一誠(おしま いっせい)さん
熊本県総務部市町村総室長

1952年、熊本県出身。熊本県市町村合併推進室長、交通対策副総室長、行政経営課長、水環境課長を経て現職。
主な論文等に、「熊本地域における地下水管理行政の現状」(地下水学会 2010)、「市町村合併の現状と課題について」(熊本を創る情報誌STEP 2005)、「市町村合併への取り組みについて」(自治フォーラム 2002)ほか。

熊本地域では豊かな地下水資源を戦略的に保全・活用することを目的とした行動計画(熊本地域地下水総合保全管理計画)を作成しました。上水道としての活用はもとより、観光資源として、また農林水産物から工業製品に至るまで、水とのかかわりを「物語」にして、地域の魅力を対外的にアピールしようとしています。
優れた水資源を保全し活用するために設置された水の戦略会議の試みは、全国的に注目を集めています。

江津湖最深部の池から流れ出た小川。江津湖最深部の池から流れ出た小川。熊本は都市の真ん中に湧水源がある。

水の戦略会議発足

熊本県の水の戦略会議は、2009年(平成21)7月に発足しました。

この会議は、熊本県の豊かな水資源を戦略資源としてとらえ、健全な水循環と水環境の保全及び、活用方策を考えるフォーラムとして設置されました。

行政機関だけでなく、水問題の研究者や経済団体や環境団体などの代表など、さまざまな立場の人が参加して、意見を出し合っています。ミツカン水の文化センターのアドバイザーを務めておられる東京大学の沖大幹先生にも加わっていただいています。

世界的に水資源が枯渇傾向にある中で、水の宝庫である熊本県としては、水質や水量の保全対策だけに止まらず、活用にも新しいコンセプトを打ち出していく。

水の戦略会議の議論を通して、「熊本って、素晴らしい水の宝庫で、水資源をうまく活かしているよね」と言われるように、豊かな水資源の保全と活用についてのコンセプトを共通目標に、関係機関が同じ意識で仕事を進めていこうと。特に、今回の取り組みでは、「水の宝庫熊本」の水ブランドづくり、磨き上げを目指しています。

既に、アイデアの一つとして、豊かな湧水源地域に「水の駅」をつくろうという案も出されています。水資源を活かした地域活性化策として、水の駅を結んでシルクロードならぬアクアロード(水の道)、水街道に、といった提案もあります。水資源を戦略資源として活かそうとする、こうした特色ある熊本の取り組みは、蒲島(かばしま)郁夫知事自らの発想とリーダーシップを元に進められています。

私が3月まで勤務しておりました熊本県の水環境課は、水資源対策や水質保全対策もやっています。そのドメインは、県内の山間地の湧水源から海域まで含まれています。

熊本には、約千カ所を超える湧水源がありますが、特に熊本地域(11市町村)は、約100万人の生活用水の100%を地下水でまかなうほど、豊かな地下水資源に恵まれた地域です。

その他にも産山(うぶやま)村の池山(いけやま)水源、南阿蘇村の白川水源、菊池市の菊池水源、さらに宇土市の轟(とどろき)水源など、昭和の名水百選に4カ所、平成の名水百選にも水前寺江津湖湧水群など4カ所が選定され、全国一となっています。

県内の大河川は、北から菊池川、白川、緑川、球磨川。それ以外にも筑後川、大野川、五ヶ瀬川、大淀川などの源流も抱えています。

こうした水に恵まれた熊本で、近年、水のマネージメントがより重要な課題とされ始めたのは、熊本地域における地下水位の低下や硝酸性窒素濃度の上昇などの問題が顕在化したことによります。

地下水の宝庫熊本でも、将来にわたって、地下水を持続的に利用するためには、地下水を涵養し、地下水質汚染を防止する積極的な対策が必要となったからです。

県と熊本地域11市町村で構成する〈熊本地域地下水保全対策会議〉が2009年(平成21)2月に策定した、熊本地域地下水総合保全管理計画(行動計画)によると、地下水量は涵養域の減少などが続き漸減していることが指摘されています。年間6億m3の涵養量という現状を維持するだけでも、あと7300万m3程度を新規に涵養することが必要となっています。さらに地下水採取量については、2024年(平成36)までに今よりも10%程度抑制し、年間1億7000万m3とすることとしています。

水質保全についても、モニタリングをしているすべての観測井戸で、硝酸性窒素濃度を環境基準値以下(10mg/リットル)にすることを掲げるなど、厳しい目標を立てています。この管理計画は、タイムテーブルに達成目標を掲げた具体的な行動計画を伴っています。こうした行動計画は、おそらく全国でもあまり類を見ない取り組みではないかと思います。

行動計画の中には、〈熊本版水のISO制度〉といった面白い話も出ております。レストランやホテルの三つ星ではありませんが、工場や事業場における水循環や水環境保全に真剣に取り組む企業などを審査し評価する仕組みをつくって、水に優しい企業のステイタスとして世界基準に持っていこうという提案です。

行動計画では、地下水保全のために地下水採取を抑制するという観点から、新たに、許可制の導入といった条例化による規制強化についても検討されています。

そこでは、熊本の地下水は県民すべての共有財産、公の水であるという「公水概念」、そして地下水にかかわるすべての関係者は、良質の地下水を享受する権利とその涵養に自ら参画する責務を有しているという「育水概念」を理念として掲げて検討が進んでいます。

行動計画に基づく地下水の総合的な対策を進めるために、行政と民間が一体となった新たな推進組織をつくります。推進組織を動かすための財源については、水道事業者や大口の取水者などに採取量に応じた一定の負担をお願いする仕組みづくりについても検討しています。

次世代を育成

熊本県民の水に対する意識の高さを端的に示すものの一つに、国土交通省と県が主催する「中学生の水の作文コンクール」というのがありますが、熊本は8年連続で日本一の応募数を誇っています。勉強や部活などで忙しい中、昨年度は、約5200人の子供たちが作文を書いてくれました。全国の応募数が1万6000件ぐらいなので、3分の1強は、熊本県の子供たちなんです。熊本の中学生は約5万人。その中の5000人が水について考えて作文を書いてくれています。2番手の県で約1000件程度。誰も書いてくれなかったという県もありました。

昨年の国土交通省の会議で「何で熊本県は5000件も集まるのですか。審査も大変でしょうし、募集や審査の秘訣を教えてください」と説明を求められましたが、コツなんかありません。熊本では担当者が1人で5000件の作文を2週間程度で読み上げた上で、さらに独自の審査会などを開催して一生懸命審査します。

作文の中で、気がついたことの一つに他県から来られた多くのお子さんが、「親から学校の水道の水は飲んじゃいけないと言われて育った。学校に行くときには水筒を持たされて、家では買ったミネラルウォーターを飲んでいる。だから熊本に来て、友だちが水道の水を蛇口からがぶがぶ飲んでいるのを見てびっくりした。友達に聞いてみると『熊本の水は蛇口から出ているのは全部地下水よ、なんでミネラルウォーターを買っているの?』と言われた」という話がよく出てきます。

水道水などにそれだけ余計な気を使っている他県で、水の作文コンクールに応募する子供たちが少ないのはどうしてでしょう。逆に熊本では、水環境への問題意識が強い。たぶん、地下水への依存度が高いからだと思うんです。

子供たちの姿を見ると、水の宝庫熊本には、水に優しい、水を大切にする風土があることに気づかされます。そして「次世代に健全な姿で水資源を引き継ぐことが重要」という意識が醸成されている。水の国に根づいたそうした風土を、私は「水のエートス(倫理的習慣)」と表現しています。

熊本が持っている最大の資源、宝が水資源です。特に、地下水はかけがえのない県民の共有財産として、これを守り、育て、活かし、そして磨き上げて将来世代に引き継ぐ必要があります。

世界的に水資源が枯渇傾向にある中で、そうした理念や取り組みこそが戦略であると思います。そうした観点からも、水の作文コンクールに表われている熊本の子供たちの意識には、大変力強いものがあると思っています。

活用が地域保全につながる

環境保全はもちろん大切ですが、ただ守っていくという意識では守りきれない面があります。豊富な地下水を守るために、人々に保全を義務づけたり、規制を強化するという発想ではなく、地下水が持っている多面的な価値というものを、もっと最大限に引き出すことを考えていく。できればその価値を経済化するという視点も含めて考える、という発想も必要と思います。

例えば、熊本特産のスイカは全国的に有名ブランドですが、銀座に持っていって、「ただのスイカじゃありません。熊本の宝、地下水で育てたミネラルウォーターメロンです」という付加価値のつけ方ができないか。値段が多少高くてもミネラルウォーターで育ったスイカを買って食べてみたい、というニーズも出てくるのではないでしょうか。

水の戦略会議でも最初に活用の話が出た際には、「活用よりも保全が重要。活用というのは地下水を売るということですか」という反応もありました。しかし、よく考えてみると、人は自分に役に立つものでないとなかなか真剣に守っていくという行動にはつながらないものです。せっかくの名水でも、今は「これが名水なの?」という所も散見され始めました。その背景には、過疎化や高齢化の進行があります。耕作放棄地で農業水利が必要なくなった所では、結局、水源そのものも荒れてしまったという例もあります。

湧水源は、集落の基盤です。水源を守れなくなったら、集落そのものも成り立たないでしょう。こうした意味において活用という視点も重要だと思います。しかし、活用を考えるというのは水をペットボトルに詰めて売るということではありません。水の持つ多面的な価値を発見し、磨き上げ、自分たちにとって有用なもの、人々にとって興味のあるものとすることだと思います。

ツーリズム

熊本は、阿蘇山を始め全国有数の観光地を擁していますが、そうした従来の観光資源に加え、熊本に来て「水の宝庫」という新しい魅力を堪能していただきたいです。

熊本には水の名所がたくさんありますから、見て回って、泊まって、次の湧水源まで行ってみる。豊富な水資源を有する熊本として、多面的な付加価値の活用方法となる、そのようなツーリズムの提唱などを考えています。

名水や湧水を訪ね歩いて魅力ある時間を過ごしたり、山奥の湧水源で清冽な湧水を飲む。民宿に泊まって、湧水が育んだ農産品や、地元の水産物に舌鼓を打つ。地域でつくった味噌、醤油、豆腐、酒、焼酎、野菜すべてが湧水でできているわけですから、そこで水の結晶のすべてを召し上がっていただく。

しかし正直に言いますと、今までは湧水源がツーリズムの対象や地域づくりの資源になるなんて、あまり考えていませんでした。

ただ、水をテーマとしたツーリズムも湧水源をちらっと見て20分ぐらいで次に行ってしまうのでは、地元に何の経済効果もありません。せっかく湧水源を訪れてくれた方々をもてなすための宿泊拠点などを近くにつくる。拠点も一つだけでは求心力がないので、その拠点間をつないで水の回廊にするというコンセプトで新たなツーリズムを提唱しよう。そういうコースが県下の随所に増えてきたらいいな、というのがこの構想です。

ツーリズムの「イズム」をどういう風に考えたらいいのか、というのが肝になります。「イズム」で表現するのはそこにいる人たちの暮らしとか文化。そこの中での自然と共生した生き方が成熟しているのを、外の人が見て素晴らしいと思うようなことが、ツーリズムといったときに大切になるのです。

地域に暮らす人々が大事にする、大切にしていることを誇りに思う。ただ水源がある、というのではなく、そこで生活している水守人のライフスタイルが重要なのです。なぜなら、暮らし方というのは、他所では絶対に真似ができないことだからです。

でも、地域の中に住んでいる人は、まだ、それに気がついていない。あまりにも当たり前だから気がつかないのです。豊かな水資源を宝物だとも思っていないし、思っていないから湧水源が廃れてきたり、地域が寂れてきたりする。

熊本の湧水源には、それぞれに、その水源で暮らしてきた人々の歴史文化があり、故事来歴も残されています。人々が弥生の昔からそこに住んで水を大切にしながら命を紡いできたという「物語」の掘り起こしが必要です。

水というのは、地域文化の揺籃(ようらん)の源なんですね。すべての源泉。その命の泉の中で私たちが今も生きていること、そこでは当然に環境に優しいライフスタイルが求められますし、自然と共生した素晴らしい暮らしがある。それを体験できる。そうしたツーリズムを都会の人にも、もっとアピールし、地元の皆さんは誇りに思ってもらえばいいわけです。

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「旅行者動向2009」(JTBF)をもとに作図

暮らしとの歩み寄り

しかし、地元の人には日々の暮らしがあるので、大切にしている湧水源に他所の人があんまりたくさん来てもらっちゃ困る、という思いもある。だからこれまではあまりアピールや宣伝をしていません。おおかたの地域はそういう状況です。

しかし、そうした考えで将来的に地域や湧水源を守っていけるかといったら、そうではないと思います。過疎が進む中山間地域は、そうした考えでは大切な湧水源も守っていけません。大切なものを守るためには、保全と活用というソフトウェアが必要なんです。来訪者のマナーというのは、これから充分啓発できることだと思います。

アクアツーリズムによる地域活性というのは、あくまでも湧水源の保全、その前提となる地域の暮らしを前提とした構想です。経済的観点からの観光地づくりを目指しているわけではないという点が、他のツーリズムとは理念的に少し違うところです。

何か特別なことをして見せるのではなく、ありのままの姿で湧水を見て、飲んで、地元の人々に感謝しながらまた次の湧水源に行く。湧水源を見ると、そこに暮らす人々の暖かいハートに触れることができる。そのことで自分も心豊かになれる。そうした資源を持っていることが地域にとっては誇りになるはずです。

そうなれば訪れる人はマナーを充分わきまえてくれるんじゃないでしょうか。

地域にとって大切なものを守る。そのためには水に優しいライフスタイルとか水に優しい考え方というものが重要。そうした理念が湧水源地域のエートスになって、その地域に持続的に根づくことが素晴らしいんじゃないかなと。

要は、それが根づくかどうか、ということなんですよね。熊本県は地下水の宝庫であり、豊富な水の恩恵を今は享受しているけれど、いつまでも地下水の宝庫であり続けることができるかどうかはわからないわけで、そのためにも先人が育んできた水のエートスの復興が必要と思います。

かつて健康政策の分野で、健康をすべての政策の基礎とするヘルスプロモーションという動きがありました。健康な社会、健康な経済、健康な行政。健康という概念をヘッドポリシーにして社会のあり方を考えていこうという動きです。こうした考えと同様に、自分たちの生活、ライフスタイルというものを「水環境に優しいかどうか」という観点からもう少し見直し、そうした価値判断を意志決定の上位に置くようになれば、水環境問題は大きく改善されると思います。私は、多少こじつけではありますが、それを「ウォータープロモーション」と言っています。

私たちの社会や暮らしの基盤は水であることは明らかです。水資源が枯渇したり、汚染されれば代えるものがない。すべてが影響を受けます。

そうした意味において、水は戦略的な資源です。その恵まれた資源をいかに保全し活用できるかが、熊本県にとって、今、重要な課題となっています。

カワセミの飛来を待つカメラマンたち。 もとは湧水の豊富な湿地帯であった江津湖は、加藤清正が江津塘を築いたことにより現在の形になったといわれている。
美しい風景は芸術家に愛され、多くの絵画や短歌、俳句に表現された。一時期は汚染が進んだというが、下水道の普及によって水質は改善された。上江津湖と下江津湖があり、上江津湖は特に豊富な湧水に恵まれ、スイゼンジノリの発生地がある。囲いがあるのは、天然記念物に指定されているためだ。上は、カワセミの飛来を待つカメラマンたち。

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目次

水都大阪が引き出した シビックプライドと地域ブランド 橋爪 紳也
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