水と風土が織りなす食文化の今を訪ねる「食の風土記」。今回は、豊かな湧水で知られる長崎県島原市で長年食べられている伝統的なおやつ「かんざらし」を紹介します。
島原のソウルフードとも称される「かんざらし」
さらっとした透明な蜜のなかに、小ぶりな白玉が沈んでいる。スプーンですくって口に入れると、ほんのり甘くて冷たい蜜と、もちもちした白玉の食感が絡み合う。
ここは雲仙岳の東に広がる長崎県島原市。至るところから水が湧き出ることで知られる島原で、ソウルフードとも呼ばれるおやつがこの「かんざらし」だ。
「もち米を冬の寒気にさらしてつくった白玉粉を『かんざらし粉』と呼んでいます。寒い時期につくるのは、腐りにくい、虫がわきにくいから。かんざらし粉に島原の湧水を加えて練って丸めてゆでて、さらに湧水で冷やしただんごを、蜜にからめて食べるのです」
そう話すのは、島原観光ボランティアガイドの会の会長を務める相良信一さん。相良さんは名水百選にも選ばれた海岸沿いの湧水地「浜の川湧水」のそばで生まれ育った。かんざらしをメニューに載せ最初に提供した飲食店「銀水」も浜の川湧水の脇にあり、日に1800トン湧く同じ水を使う。
「銀水は入江ギンさんがはじめたお店で、大正時代からかんざらしを提供していたようです。孫のハツヨシさんが店を継ぎ、1997年(平成9)の夏まで営業していました(注)」
相良さんが子どものころ、かんざらしは家にお客さんが来たときに食べる特別なものだったという。
「かんざらしは家庭でもつくりましたが、家族だけで食べるよりも『つくったよ!』と親戚に配ることが多かったです。だから自分の家にかんざらしが届くとうれしくてね」と相良さんは笑った。
(注)銀水
1998年以降は空き家だったが、島原市が土地と建物を取得し、2016年(平成28)8月にリニューアルオープン。
かんざらしの実際のつくり方は、島原の中心市街地にある万町(よろずまち)の古民家喫茶店「しまばら水屋敷」で見せていただいた。
しまばら水屋敷は明治期の和洋折衷の建物。店主の石川俊男さんの祖母がかつては住んでいた。庭には湧水を湛えた大きな池がある。石川さんは「提供するかんざらしや水出しコーヒーはすべて湧水でつくっています」と言う。
厨房では、奥様の正美さんが白玉の粉に水を加えて練って鍋に入れていた。手際よく一つずつ手で丸め、沸騰した湯に入れ、浮き上がってきたら水にさらす。
「出来立ての白玉は硬いのですが、水にさらすことで柔らかくなります。冷蔵庫に入れると芯ができてしまっておいしくないので、1時間くらい水にさらしたものをお客さまにお出ししています」と石川さん。一年中温度が変わらない湧き水が、ふんだんに使える島原ならではのおやつといえる。
ただし、蜜のつくり方は秘密だ。実は、銀水のハツヨシさんも蜜のつくり方だけは誰にも教えなかった。石川さんも島原育ち。「銀水にはよく遊びに行きました。ハツヨシばあちゃんのかんざらしを手本に、白玉は小粒、蜜は甘さ控えめにしています」
相良さんが生まれ育った浜の川湧水と石川さんが営むしまばら水屋敷。いずれの湧水も、雲仙岳の噴火がもたらしたものだ(『島原城下町を「水の聖地」から読み解く』参照)。家業の呉服屋を継ぐはずだった石川さんが商売替えしたのは、1991年(平成3)に活発化した噴火活動で死を意識したから。「私がやりたいのは故郷の島原を元気にすること。まずは交流人口を増やそうと水屋敷を公開しました」と石川さん。ガイドを務める相良さんも、雲仙岳の歴史と暮らしを包み隠さず話している。
かんざらしは市内約10店舗で楽しめる。島原の火山と水に思いを馳せつつ、食べ歩いてみたい。
取材協力:しまばら水屋敷
長崎県島原市万町513 中央街アーケード内
Tel.0957-62-8555(11:00ごろ~16:30ごろ/不定休)
(2019年3月21日取材)