機関誌『水の文化』37号
祭りの磁力

祭りの磁力

編集部

節操のない信心

正月の初詣でに始まり、結婚式、地鎮祭、子供が生まれれば宮参り、七五三に合格祈願、と現代人と神様とのおつき合いは結構多い。

仏様とのおつき合いも同様だ。メインイベントは葬儀だが、その後も法要が長く続けられるし、寒さの中、除夜の鐘を打つのに並んで待つほど熱心だ。

キリスト教やイスラム教といった一神教に比べると、そんな節操のなさに後ろめたさを覚えることもある。それでも不信心よりもましという強迫観念で、どんな神仏にも手を合わせておくし、清い水が湧く神聖な所には、ついお賽銭(さいせん)を上げてしまうのが、今の私たち日本人のあやふやなスピリチュアリティではないか。

ご都合主義はご先祖譲り

ところが、古代の日本人は「目に見える物」しか信じなかった、と森田悌さんは言うし(参照:「田の神祭りに見る日本人の神意識」)、神崎宣武さんはアメーバ原理で日本人のご都合主義的な神意識を分析する(参照:「生活行事のすべてが祭り」)。

私たちが後ろめたく思う日本人のご都合主義的神仏意識は、なんとご先祖様譲りだったというわけだ。

もちろん、神仏への敬虔な気持ちが皆無なのではない。ただ、その気持ちは「目に見える物」と結びついたときにのみ生じる。水然(しか)り、風然り、雷然り。

自然現象は目に見えて体感できるから、そこに神が宿ると信じることができる。〈ほうき星〉の大接近や、雨あられのように夜空を走る流星雨を見たとき、ネオンサインも大気汚染もなかった時代には、神仏と人はもっと近い存在だったと確信することができた。

畏怖の心をなかなか抱けないようになった現代人の文明は、果たして進化なのか、退化なのか。

祭りを機能から見れば

今どきの祭りには、地域活性化や異世代交流、文化の継承といったさまざまな機能が期待されている。祭りがそのような機能を持つことに異論はないが、だからといって祭りがすべての問題を解決してくれるわけではない。

祭りでつながる連帯感が、どのようにして醸成されるかは、地域によって事情が異なるだろうし、祭りの構成員が地縁集団なのか職能集団なのかによっても違ってくるだろう。しかし、共通しているのは祭りが行なわれる空間が人を惹きつける「磁場」である、ということではないだろうか。

神崎さんは、祭りとは何も神社で行なわれる神事だけに止まらず、寺で行なわれる法要も家で行なうアエノコトのような予祝行事も、すべてが祭りなのだ、と言う。年に一度の氏神様の祭りでも、数年に一度のおじいさんの法事でも、かつては氏子や家族は引き寄せられるように集って来ていた。

地域が不活性化し異世代で交流がなく文化が継承されない、という現代社会の悩みは、引き寄せられる「磁場」がない、もしくは「場」が「磁力」を失っていることに原因がある。神崎さんが言うように、寺も家も祭りの「場」としてとらえれば、事は氏神様の失墜だけに止まらず、暮らしを司ってきた多くの「場」が「磁力」を失っている、ということになるのではないか。

無関心ではいられない

神仏習合や国家神道の成立についても、私たちはあまりにも無関心で済ませているように思う。それらは、風土が育む民族性の根幹を占めている重要事項だ。

河川でいえば、治水にとって大切な地点には必ず神仏が祀られているように、神仏や祭りには、土地利用や危機管理の知恵がいっぱい蓄積されている。歴史的背景を知ることは、そうした過去の蓄積を見直して、これからの道筋を開くことにもつながるのではないか。

そういう意味で、家で行なわれる祭りにも、地域で行なわれる祭りにも、それぞれに人の暮らしの都合を満たす理由(わけ)があり、長年続いてきたことにも理由がある。信心だけで続けられるほど、日本人が信心深くないのは前述の通りだ。今の私たちの目には見えない「何らかのメリット」が祭りの裏には隠されているのである。

民俗学的見地で、神事の謂(いわ)れを推測することは可能だろう。しかし、探るべきは、その儀式、礼法にどういう意味があるかではなく、そうした意味を持たせるに至った、その時代に生きた人の都合のほうにあるように思う。

伝統の創造

このような神仏意識を持った日本人が、まったく変わらないものを継承してきたはずはない。いや、変わる必要がないものは変えないが、変わる都合が生じたら、さっさと変えるという現実的な対応をしながら続いてきたものが、現代に受け継がれている祭りと考えたほうが理にかなう。

いつ、どの時点で、なぜ変わったのかを探れば、「場」に「磁力」を取り戻すヒントになるかもしれない。

逆にいえば、新たな「磁場」の構築には、前向きなエネルギーが不可欠だ。「変えること」で得られるメリットを、祭りの中に見出せるぐらい想像力が豊かになれば、「磁力」は取り戻せるはずである。



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