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水の文化 41号 和紙の表情

水の文化書誌 32
《東日本名水の旅へ》

古賀 邦雄さん

古賀 邦雄(こが くにお)さん
古賀河川図書館長
水・河川・湖沼関係文献研究会

1967年西南学院大学卒業
水資源開発公団(現・独立行政法人水資源機構)に入社
30年間にわたり水・河川・湖沼関係文献を収集
2001年退職し現在、日本河川協会、ふくおかの川と水の会に所属
2008年5月に収集した書籍を所蔵する「古賀河川図書館」を開設
URL:http://mymy.jp/koga/

昨今、水に係る百選シリーズが人気を呼んでいる。昭和60年環境庁による「日本名水百選」を端緒に、平成21年環境省による新たな「平成の名水百選」、平成8年国土庁による「全国水の郷百選」、平成17年農林水産省による「疏水百選」及び平成22年「ため池百選」である。

環境庁は、清澄な水の再発見を第一の目的として、水質の保全の意欲を呼びおこし、水資源、水環境の積極的な保護への参加を期待して、百の名水を選定したとある。選定基準は水質、水量、周辺環境。親水性の観点から、地域住民による保全活動が重要視された。このような水の百選が選ばれる背景には、高度経済成長により、私たちが水の歴史と文化を疎かにしてきたことを反省し、自然の再生を願った心情の表われがあろう。以下、東日本の名水を追ってみたい。

1 北海道の名水

(社)日本の水をきれいにする会編『名水百選』(ぎょうせい 1985)、カルチャーブックス編集部編『日本列島百名水』(講談社 1991)には、100の名水が選定されている。

北海道では、羊蹄山が80年の歳月をかけて濾過した「羊蹄のふきだし湧水」、稚内の西方52kmに浮かぶ利尻島の裾野の名水「甘露泉水」、湖底に染みこんだ支笏湖の水が森林に湧きだし内別川となる「ナイベツ川湧水」の3カ所が選ばれた。(社)日本の水をきれいにする会編『平成の名水百選』(ぎょうせい2009)では、ミネラルを含む毎分4600Lの水量を誇る上川郡東川町の「大雪旭岳源水」、「仁宇布(にうぶ)の冷水と十六滝」が選ばれている。仁宇布の地名はアイヌ語で森林を意味するという。それぞれの名水は、地域住民の手で畏敬をもって大切に守られており、おいしい水と評価が高い。

『名水百選』 『日本列島百名水』

2 東北の名水

青森県では、津軽藩の御用紙を漉いた弘前市紙漉町の「富田の清水」が選ばれた。岩手県に入って松尾村・八幡平の日量11万m3の「金沢清水」、岩泉村の「龍泉洞地底湖の水」があり、岩手日報社編・高橋正也著『いわて源流紀行』(2004)には、薬師岳を源とする猿ヶ石川、早池峰山の閉伊川、焼石連峰の胆沢川等が掲載されている。宮城県では杜の都仙台市の「広瀬川」、お茶用の水として親しまれている高清水町の「桂葉清水」があり、この清水では古式ゆかしい水琴窟の音色を聞くことができる。

秋田県では、湯沢城址古館山の麓に湧く「力水」、杉の根元から湧く湯沢市の「しず台の清水」、大小60余りの湧水に恵まれた六郷町の「六郷湧水群」があり、昔は飲料水に使われていたが、現在もコンクリートと石垣で整備され野菜洗いや洗濯用に使われている。山形県では、乱川扇状地の東根市の「小見川」、西川町には万年雪からつくられたミネラルウォーター「月山山麓湧水群」がある。福島県では、「御滝神社湧水(国見町)」、「弘法の清水(桑折町)」、「小野川湧水(北塩原村)」、「磐梯西山麓湧水群(磐梯町)」がある。なお、歴史春秋社編・発行『ふくしまの名水』(2000)には「伊達輝宗公御膳清水」、「美坂高原の清水」などを収録。ふくしま自治研修センターシンクタンクふくしま執筆『ふくしま湧水物語』(福島民報社 2003)には、「夢見乃清水」、「餅井戸清水」などを掲載。

『ふくしまの名水』

3 関東の名水

茨城県では、化石昆虫ムカシトンボが生息する大子町の「八溝川湧水群」、勝田と水戸の市街地に挟まれた水田地帯の「加波山瀧」、水戸藩主の茶会に使われた偕楽園の湧水「吐玉泉」が選定されている。栃木県では日光二荒山神社の湧水「二荒霊泉」、石灰岩の山からの湧水「出流原(いずるはら)弁天池湧水」が著名である。群馬県に入って、蛍が乱舞する鳴沢川の東村の「箱島湧水」、甘楽町の「雄川堰」、北橘村の「湧玉」が選ばれている。月刊上州路編集部編『群馬の名水をたずねて』(あさを社)の書がある。

埼玉県では、日本武尊が東征の戦勝を祈願して剣を突き刺すと湧き出たという寄居町の「風布川(ふつぶがわ)・日本水(やまとみず)」、東京都では国分寺市の「お鷹の水・真姿の池湧水群」、多摩川上流の「御岳渓谷」が選ばれている。なお、早川光著『名水巡礼東京八十八カ所』(農文協 1992)は、樋口一葉の井戸、野川水源地などを捉え、さらに『新・東京の自然水』(農文協 1992)の書がある。千葉県では、長南町の「熊野(ゆや)の清水」があり、福島茂太文『常磐線沿線の湧水』(崙書房 2000)は、松戸市の「幸田(こうで)湧水、柏市の「名戸ヶ谷湧水」等を追っている。神奈川県では、「秦野盆地湧水群」がみられる。

『群馬の名水をたずねて』 『名水巡礼東京八十八カ所』

4 中部の名水

新潟県の名水を挙げる。津南町の「竜ヶ窪の水」の周囲はブナ、ミズナラ、ホオノキ等67種類の広葉樹が繁る県指定の環境保全地区、八大竜王権現が祀られている。柏崎市の「弘法の塩水井戸」は塩分を含む水が湧く井戸、戦時中は塩を求めて人々が押し寄せた。柏崎市の「弁慶の手掘りの産水井戸」は、源義経の妻北の方がこの地で出産した折に、弁慶が杖を突いたら水が湧き出たという。安産の神、胞姫神社が近くにある。

富山県も水に特に恵まれている。立山町の「立山玉殿の湧水」は標高2992m、立山連峰の主峰雄山直下に湧く水、登山者や観光客に大人気である。昭和43年室堂と大観峰を結ぶトンネル工事により、湧水が噴出した。剣岳に抱かれた山間に湧く上市町の「穴の谷の霊水」、夏には瓜が割れるほど冷たい庄川町の「瓜裂(うりわり)の清水(しょうず)」、「魚津駅前のうまい水」、黒部市、入善町の「黒部川扇状地湧水群」の水は冬温かく、遊離炭酸が多いため、喉越しが爽やかである。地酒「幻の瀧」に使用され、豆腐作り、また蒸気機関車の給水にも利用された。森清松著『とやまの名水めぐり』(北国新聞社 1989)は、「十二貫野用水」、「石倉町の延命地蔵の水」など55カ所を訪れ民俗、伝統行事を著す。石川県では、全国でも珍しい甌穴湧水鳥越村の「弘法池の水」がある。この湧水で仕込む高級酒「弘法の酒」は地元で大人気である。聖武天皇東宮の病気治療に使われた田鶴浜町の「みたらしいけ」、仏前の献茶用に使用された門前町の「古和秀水(こわしゅうど)」の名水は曹洞宗の大本山総持寺から2.6kmの所にある。

福井県も名水が多い。小浜市では、お水送りとお水取りの神事を司る「鵜の瀬」は、この水が地下水脈を通り東大寺「若狭井」に至ると信じられている。昭和24年雲城高等小学校の同窓生が母校を偲び30m掘り抜き井戸を造成した「雲城水」は、道路脇の井戸から24時間清らかな水が溢れ出る。「滝の清水」は後瀬山の西麓の湧水で近隣数百軒の命の水である。小浜市内を流れる南川の上流、和多地区山間部は、若狭紙と呼ばれる手漉き和紙の産地である。着物を包む畳紙(たとうし)や染め紙の原紙、傘紙などとして1200年以上の歴史があると言われている。大野市の「御清水(おしょうず)」、上中町の「瓜割ノ滝」も選ばれている。

長野県もまた名水が多い。豊科町の「安曇野わさび田湧水群」は、日量70万m3の豊かな水でわさびが栽培されている。松川流域に湧く飯田市の「猿庫(さるくら)の泉」は江戸期の茶人・不蔵竜渓が探しあてたという。大桑村の「阿寺川」の水で顔を洗うと美人になるという。白馬村の「姫川源流湧水」は、湧水の辺に福寿草や片栗やバイカモが咲く桃源郷の地である。「水神信仰と八方池への雨乞い」などを綴るのは、関川姫川水百選選定委員会編『川は生きている—関川姫川水百選』(北陸建設弘済会 1996)である。山梨県では、富士山の万年雪が伏流水となって湧く忍野村の「忍野八海」。日量23万m3の清浄な水である。白州町の「白州・尾白川(おじらがわ)」は、釜無川に合流する14kmの河川。尾白渓谷、千ヶ淵、旭滝、百合ヶ淵と名所が続く。長坂町、小淵沢町の「八ヶ岳南麓高原湧水群」は3カ所の湧水をつくり出す。その一つの「三分一湧水」は三角石柱で流れを分け、三つの村に等しく配水している。この地を治めた武田信玄による分水方法といわれる。

岐阜県は海がなく山水に恵まれている。美濃市の長良川中流域では、鵜飼が行なわれる。養老町に行幸した元正天皇は、万病に効き若返りの水「養老の滝・菊水泉」に因み年号を養老に改めた。泉はミネラルを含む良質の水のため、江戸期に薬湯、明治期に炭酸水に使用された。至るところから水音が聞こえる郡上八幡の「宗祇水」は、各家で水舟と呼ばれる水槽に引き込み生活用水に利用している。岐阜県の名水推進会議編『岐阜県の名水』(大衆書房 1988)は、「垂井の泉」や雨乞いの「夜叉が池」など50カ所の名水を収録する。愛知県では、可児川と木曽川との合流点である中流域(犬山市〜)は、日本ラインと呼び慣らわされる景勝地。愛知用水事業などで農業用水、水道用水、工業用水に利用されている。静岡県では、富士山の伏流水日量100万m3の湧水の清水町の「柿田川湧水群」は、三島町、沼津市32万人の命の水となっている。静岡新聞社編・発行『静岡県の湧き水100』(2002)は、愛鷹水神社、羽衣の湧水池などを載せる。

『とやまの名水めぐり』 『岐阜県の名水』 『静岡県の湧き水100』

おわりに

以上、東日本の名水について述べてきたが、これらの名水から日本の文化と歴史が見えてくる。

弘前市の「富田の清水」は、津軽藩の御用紙を漉いたこともあったが、廃藩とともに斜陽化して今では一軒も残っていない。茨城県大子町の「八溝川湧水群」は五水と呼ばれる湧水で、徳川光圀によって「金性水」、「龍毛水」、「白毛水」、「銀性水」、「鉄水」と命名されており、歴史を感じる。石川県の「古和秀水」は仏前の献茶用に用いられ、宗教と茶道に伴う文化が横たわる。名水は、それぞれの地域住民たちの清らかなコミュニケーションによって大切に護られ、それは未来へとつながる。次号では、西日本の名水を旅する。

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水の文化書誌 32 東日本 名水の旅へ 古賀邦雄

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