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水の文化 51号 水による心の回復力

Scene3
感性を刺激する「滝時間」――心と体をリセットして、生きる力を取り戻す。

坂ア 絢子さん

坂ア 絢子(さかざき あやこ)さん
滝ガール

東京都生まれ。大学生のころから10年以上、日本全国の滝巡りを続ける。卒業後は出版社でライター・編集者として働く傍ら、週末は「滝ガール」として活動。ウェブサイトや雑誌で情報発信するほか、都会で暮らす女子向けに、滝ツアーや滝yogaイベントなども開催。2015年8月末で出版社を退社。新たなフィールドを求めて活動をスタートした。

滝マニアとしてこれまでに400カ所以上の滝を巡り、滝の魅力を伝えるサイトの運営や、滝ツアーも主催する坂ア絢子さん。滝マニアならぬ「滝ガール」の坂アさんは「滝は安らぎだけでなく、明日へのパワーも与えてくれる存在」と言う。編集部も滝のエネルギーを体感すべく、坂アさんの指導のもと滝巡りに出かけた。

岩肌をまるで滑るように水が流れ落ちる、落差38mの天狗滝。岩肌をまるで滑るように水が流れ落ちる、落差38mの天狗滝。お弁当を広げ、のんびりくつろいでいるグループもいる

滝壺に落ちたことで目覚めた滝の魅力

 連日30℃超えの夏まっただなか、「滝ガール」こと坂ア絢子さんの案内で、「神戸岩(かのといわ)」「天狗滝」「払沢(ほっさわ)の滝」という、東京・檜原村の三つの滝を巡った。滝のそばは別世界の涼しさで、靴を脱いで水に入ると全身がクールダウンし、暑さも吹き飛んだ。

 この日案内してくれた坂アさんは、10年以上前から滝がもつ「安らぎ」のポテンシャルに注目し、今では滝の魅力を広める活動をする数少ない滝マニアだ。東京で生まれ育った坂アさんは、それまで自然とふれあう機会が少なかった。学生時代、青森県の奥入瀬で滝の神秘に魅了されたことが、滝を意識した最初のきっかけ。その後、旅先の長崎県で立ち寄った滝で、うっかり足を滑らせ滝壺に転落するハプニングが坂アさんの「滝愛」を完成させた。

「想像以上にいい滝で、興奮して足を滑らせて腰まで水に浸かってしまったんです。でも、怖いというより気持ちよくて、笑いが止まらなくなりました。水の温度を肌で感じたことで滝をより深く知ることができた気がして、それ以来、滝にハマってしまいました」

 以来、全国の滝を巡っているが、滝マニアのなかでも坂アさんがユニークなのは滝での過ごし方だ。滝のそばでコーヒーを淹れて飲んだり、誰もいなければ昼寝をしたり、大声で歌ったり、と主にリラックスのための「滝時間」を過ごすという。

 しばらくは個人的に訪れるだけだったが、一人で楽しむだけでなく、滝の魅力を多くの人に知ってほしいと考え、2013年(平成25)に滝の情報サイト「Takigirl -Waterfall& Peace-」を立ち上げた。

東京都の天然記念物にも指定されている「神戸岩」

「天狗滝」に向かう山道。多少険しい箇所もあるが、30分ほど歩くと天然クーラーの別世界に

上:東京都の天然記念物にも指定されている「神戸岩」。長さ60mの峡谷で、小規模な滝が連続している。鎖場などもあり冒険気分を味わえる

左:「天狗滝」に向かう山道。多少険しい箇所もあるが、30分ほど歩くと天然クーラーの別世界に

滝を深く知ってほしい。初心者のための滝ツアー

 現在、坂アさんは「滝ガール会」なるツアーを主催している。東京や近郊エリアでタイプの異なるおすすめの滝をいくつか案内しながら、滝を深く味わうための鑑賞方法もアドバイスする(下)。参加者は20〜40代のインドア派の女性が中心で、リピーターも多い。

「アクティブな女性はトレッキングやキャンプを求めますが、滝巡りならば重装備は不要です。自然のなかでリフレッシュしたいと思ったときに〈これなら私でも行けるかも〉と思える手軽さが、比較的インドアな女性の興味を引くのでしょう」

 実際に駐車場から少し森のなかを歩けば、迫力ある滝に出合えた。

 さらに、このツアーには女性のアンテナを刺激するポイントがもう一つある。地元のレストランでのランチや滝前でのヨガ、温泉に立ち寄るなど、滝を見るだけでは終わらない「滝+○○」の要素が必ず用意されている。この日、坂アさんが昼食場所として選んだのは、檜原村の地野菜を使ったイタリア家庭料理が味わえる「ヴィッラ・デルピーノ」。山々のパノラマを見渡しながら味わう本格的なイタリアンが、滝巡りをいっそう楽しいものにしてくれた。

 こうした二本立ての楽しみもまた、リピーターが多い理由なのだろう。

昼食をとった「ヴィッラ・デルピーノ」

檜原村の地野菜を使ったイタリア家庭料理は美味

昼食をとった「ヴィッラ・デルピーノ」。檜原村の地野菜を使ったイタリア家庭料理は美味

滝は感性を刺激し五感を開いてくれる

 ツアーで実際に滝を見て「心が休まった」などの感想をもつ女性は多いそうだが、その効果を十分に受け取るにはどうすればいいのか。「安らぎ」に適した滝の条件を聞いた。

「まず日当たりがよく、滝の前にゆったりくつろげるスペースがあることです。私は観光地化されすぎていない滝の方が好みですね。さらに落差が20m以上あると感動が大きいですし、水量の多い滝ならしぶきを浴びることもできます」

 また、滝を鑑賞する際に重視するのが、「滞在時間」と「自分なりの感動ポイントを見つけること」。滝には、最低でも30分は滞在してほしいと坂アさんは言う。

「写真を撮って終わりではなく、せっかくなら滝のもつ個性を感じてほしいです。苔や岩の感じや滝の音、流れのなかで好きな部分を探すなど、自分なりの感動ポイントを探してください。思いを巡らせるうちにアンテナが立ちはじめ、滝の細かな変化がわかったり、自分の感覚が研ぎ澄まされることに気づくはずです」

 これを「五感が開かれる感覚」と坂アさんは表現する。さっそく両耳に手をあてて滝の音に耳を澄ませるという、坂アさんおすすめの楽しみ方を実践してみる。すると、それまで聞こえていた鳥のさえずりやセミの声が一瞬にして遠のき、滝の音だけがくっきりと聞こえた。

「滝の発するマイナスイオンが浄化作用を促すなどとよくいわれますが、少しざっくりしていますよね。目で見て感動ポイントを探す、滝の音に耳を傾ける、足で冷たさを感じてみるなど、能動的に自分の感性に働きかけることで、安らぎを実感してほしいと私は思っています」

 しばらく耳に手をあてて滝の音を聞いていると、心と体が自然のリズムに溶け込んでいくような、心地よくも不思議な感覚になった。

坂ア絢子さんによる「滝を鑑賞するときのヒント」

〈見る〉
  • 落ちる水の一粒を上から追いかけてみよう
  • いろいろな角度から見てみよう
  • 流れのなかで気に入った部分を写真で切り取ってみよう
〈聴く〉
  • 耳に手を当てて音をよく聞いてみる
  • 滝の音を擬音化してみよう
  • 滝の音のほかに聞こえる音は?
〈想像する〉
  • その滝を「人」にたとえるなら、どんな人?
  • 昔の人は、どんなふうに滝を見ていたのか?
  • この滝の水はどこから来て、どこへ行く?
  • 時間が変わったら、季節が変わったら、この滝はどうなる?

両耳に手を添えて、滝と反対側を向く。坂アさんおすすめの音の楽しみ方

両耳に手を添えて、滝と反対側を向く。坂アさんおすすめの音の楽しみ方

清冽な滝壺の水をすくう。滝の楽しみ方はさまざまだ

清冽な滝壺の水をすくう。滝の楽しみ方はさまざまだ

なぜ、滝を見ると元気になれるのか

 坂アさんは、滝ガール会の参加者から印象的な感想を聞いたことがある。普段の旅行では「明日から会社か…」と憂鬱になるのに、滝を見た後はやる気に満ちていて、「早く仕事がしたい!」と言っていたそうだ。

「滝の前では、ゆったりと心安らぐ感覚はもちろんありますが、エネルギーをもらい活力がみなぎる感覚もたしかにあります。例えば、ドドドドと勢いよく流れる滝の前では、喝を入れてもらっているような」

 滝の何がそのような感覚を呼び起こすのだろう。
 水には、雨が降って川になり、途中に滝や湖があり、海に流れて雲になるという一連の物語(サイクル)がある。そのなかでも、水が落下する滝は、水自身がもっともエネルギーを発する瞬間だ。歌でいう「サビ」の部分だと坂アさんは考えている。

「滝に近づくほどに元気になる感覚はあります。人間の体の7割が水と考えると、もっともエネルギッシュな状態の水に触れるので、そのパワーをもらえるのかもしれませんね」

 動きや音があり、水の個性が際立つ滝は芸術的ともいえる。「滝の前では不思議と一人で過ごす方が多く、皆さんそれぞれに目のつけどころが違って本当に興味深いです。滝を深く知ることで、自然や歴史のことを考えるきっかけになったり、自分自身がすっきりすることで悩みが和らいだり、滝をツールに、何か新しい発見につなげてもらえるとうれしいです」と坂アさんは話してくれた。

 最後に訪れた「払沢の滝」では、ゴーゴーと水音をあげる滝の前に30分ほど滞在したが、何時間でもいられる気がした。心と体をリセットしたい、最近自然に触れていないと思う人は、ぜひ滝のパワーを感じに出かけてみてほしい。「滝時間」が思わぬ発見をもたらすかもしれない。

日本の滝百選にも選ばれている「払沢の滝」日本の滝百選にも選ばれている「払沢の滝」。深い滝壺には大蛇が棲んでいたとの伝説がある。坂アさんは滝をきれいに撮りたくてデジタル一眼レフカメラを購入した

(2015年8月4日取材)

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目次

ひとしずく(巻頭エッセイ) 川の話 梨木香歩
概説 生きづらい社会における水辺の価値 上田紀行
Interview 日ごろ使わない神経を「水辺」が刺激する 古賀良彦
Scene1 水中を浮遊するクラゲに癒される 新江ノ島水族館
Scene2 日本庭園における水への眼差し 重森千
Scene3 感性を刺激する「滝時間」 坂ア絢子
Scene4
「御舟かもめ」クルーズに見る 〈都市の川面〉の魅力
御舟かもめ
Scene5
「水」を活かしたリゾート戦略
しこつ湖鶴雅リゾートスパ
水の謌
Scene6 人と人をつなぐ健康ランド 平針東海健康センター
文化をつくる 「水空間」に浸ると身も心も軽くなる 編集部
水の文化書誌42 河川の復元を図る 古賀邦雄
食の風土記 3 米と杉と鉱山が生んだ「きりたんぽ」 編集部
魅力づくりの教え 3 出る杭がつくる「選ばれるまちづくり」 中庭光彦
Go!Go! 109水系 8 恐ろしくも美しい魔性の川 黒部川 坂本貴啓

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