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水の文化 51号 水による心の回復力

食の風土記3

食の風土記 3
米と杉と鉱山が生んだ「きりたんぽ」

水と風土が織りなす食文化の今を訪ねる「食の風土記」。今回は秋田県の「きりたんぽ」です。清らかで豊かな伏流水が育む米、そして鉱山で働く人から伝わったしょうゆを用いた「きりたんぽ鍋」は、秋田の郷土料理として広く知られています。〈発祥の地〉といわれる秋田県北東部の鹿角市を訪れ、その由来や食べ方について見聞きしました。

山で働く木こりや炭焼きの人々が、手折ったたんぽを鍋に放り込んだのがきりたんぽ鍋のはじまりといわれている山で働く木こりや炭焼きの人々が、手折ったたんぽを鍋に放り込んだのがきりたんぽ鍋のはじまりといわれている

山に籠る人々の間食

ぐつぐつと煮立った鍋の蓋を開けると、しょうゆの匂いが立ちのぼり、きりたんぽが姿を現した――。

きりたんぽは、炊き立てのご飯を粘りが出るくらいに潰し、おにぎり状にして杉の串に握りつけ、火であぶって串を抜いたもの。鍋に入れる際に手折るからきり(切り)たんぽといわれるが、手折る前は「たんぽ」と呼ぶ。

そう教えてくれたのは、発祥の地 鹿角きりたんぽ協議会の岩船勝広会長。たんぽの語源は、@がまの穂(短穂)に似ている、A串に握りつけるときの形が稽古用の槍(たんぽ槍)にそっくりという二つの説がある。

たんぽの基本的な食べ方は二通り。一つが鶏肉から出汁をとったしょうゆベースの「きりたんぽ鍋」。主な具材は鶏肉、きのこ、せり、ねぎ、ごぼう、こんにゃく。もう一つがみそを塗って火で炙る「みそづけたんぽ」だ。

文献が残っていないため年代こそはっきりしないものの、そもそもたんぽは山に入って杉などを伐り出す山子(やまご)と呼ばれる木こりや炭焼きの人々の間食だったという。「おにぎりを持参してもすぐに硬くなってしまうので、杉の枝に刺して焚火で炙って食べていたようです」と岩船さん。これがみそづけたんぽにつながる。また、山でキジやウサギを捕まえてつくる鍋に、手折ったたんぽを放り込んだのが、きりたんぽ鍋の原型とされる。

伏流水が育む米

ここで疑問を抱く人もいるだろう。古くから冷害に悩まされてきた東北地方で米は貴重ではないのかと……。

「いえいえ、秋田は昔から稲作が盛んでした。夏は気温が上がりますし、水も豊富です」と岩船さんは言う。

たしかに秋田地方は豪雪・寒冷であるものの、夏季は暖流の影響もあって高温になるうえ、雪は豊かで清らかな伏流水をもたらす。天候さえ順調ならば米づくりに適しているのだ。事実、米と杉と金銀鉱は戦国時代からこの地の三大資源とみなされていた。

金などを採掘する鉱山もまた、大きな影響を与えた。鹿角市には708年(和銅元)の発見と伝わる尾去沢(おさりざわ)鉱山がある。しょうゆをこの地に持ちこんだのは、全国からここに集まった鉱員だといわれている。

「鉱山のおかげでしょうゆという新しい食文化が入り、今のきりたんぽ鍋になりました。それ以前はみそ鍋だったはずです」(岩船さん)

史跡 尾去沢鉱山の米田将好(まいたまさよし)係長は「実は尾去沢鉱山こそがきりたんぽ発祥の地という説もあるのです」と明かす。坑道に梁を架けるため、木を伐りに出た鉱員が、山子と同じように外で調理していた可能性がある。その証拠は、きりたんぽ鍋にこんにゃくが必ず入ること。

「当時、こんにゃくは鉱山で働く人の肺によいとされ、食べることが推奨されていたのです」(米田さん)

鹿角市が〈発祥の地〉と名乗るのは、隣接する大館市の料亭が「これは鹿角市のスタイル」と明言してしょうゆベースのきりたんぽ鍋を供したこと。それが秋田市の料亭に伝わり、さらに県内へ広がっていったという経緯がある。

岩船さんは「旬のときに食べてほしい」と願う。旬は秋だ。新米が出回り、きのこもせりも豊富にある。市内には、オリジナルのきりたんぽ料理を提供する店が並ぶ「きりたんぽ通り」もある。〈発祥の地〉の味を、ぜひ一度は味わっておきたい。

潰したご飯を握りつける杉の串。始まりは杉の枝とされている

潰したご飯を握りつける杉の串。始まりは杉の枝とされている

鹿角市内の水田。清らかで豊かな伏流水が米を育む鹿角市内の水田。清らかで豊かな伏流水が米を育む

史跡 尾去沢鉱山の内部。史跡 尾去沢鉱山の内部。巨大な採掘跡や当時の作業風景などが見られる

発祥の地 鹿角きりたんぽ協議会の岩船勝広会長

発祥の地 鹿角きりたんぽ協議会の岩船勝広会長

きりたんぽの製造工程。炊き立てのご飯炊き立てのご飯を粘りが出るくらいに機械で潰す。きりたんぽの製造工程。炊き立てのご飯を粘りが出るくらいに機械で潰す。

おにぎり状にして杉の串に握りつける火であぶるおにぎり状にして杉の串に握りつけて、火であぶる
撮影協力:蜩cきりたんぽ店

撮影に協力してくれた「郷土料理 美ふじ」の加藤照子さん(左)と安保(あんぼ)由貴さん。加藤さんが手にするのはがまの穂

上:撮影に協力してくれた「郷土料理 美ふじ」の加藤照子さん(左)と安保(あんぼ)由貴さん。加藤さんが手にするのはがまの穂
鹿角市「きりたんぽ通り」にて

右:きりたんぽ鍋の基本的な食材。上からせり、ねぎ、舞茸、比内地鶏、ごぼう、こんにゃく(糸こんにゃく)、きりたんぽ

きりたんぽ鍋の基本的な食材。上からせり、ねぎ、舞茸、比内地鶏、ごぼう、こんにゃく(糸こんにゃく)、きりたんぽきりたんぽ鍋の基本的な食材。上からせり、ねぎ、舞茸、比内地鶏、ごぼう、こんにゃく(糸こんにゃく)、きりたんぽ

(2015年8月27〜28日取材)

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目次

ひとしずく(巻頭エッセイ)
川の話
梨木香歩
概説
生きづらい社会における水辺の価値
上田紀行
Interview
日ごろ使わない神経を「水辺」が刺激する
古賀良彦
Scene1
水中を浮遊するクラゲに癒される
新江ノ島水族館
Scene2
日本庭園における水への眼差し
重森千
Scene3
感性を刺激する「滝時間」
坂ア絢子
Scene4
「御舟かもめ」クルーズに見る 〈都市の川面〉の魅力
御舟かもめ
Scene5
「水」を活かしたリゾート戦略
しこつ湖鶴雅リゾートスパ
水の謌
Scene6
人と人をつなぐ健康ランド
平針東海健康センター
文化をつくる
「水空間」に浸ると身も心も軽くなる
編集部
水の文化書誌42
河川の復元を図る
古賀邦雄
食の風土記 3
米と杉と鉱山が生んだ「きりたんぽ」
編集部
魅力づくりの教え 3
出る杭がつくる「選ばれるまちづくり」
中庭光彦
Go!Go! 109水系 8
恐ろしくも美しい魔性の川 黒部川
坂本貴啓

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