機関誌『水の文化』55号
その先の藍へ

藍
現場4

淡い色から濃い色まで
自在に染められる「日本の藍」

「日下田藍染工房」の染め場で微笑むリンダ・ブラシントンさん。作品づくりを通して得た、イギリスの合成藍と日本の天然染料による藍染めの違いを語った

「日下田藍染工房」の染め場で微笑むリンダ・ブラシントンさん。
作品づくりを通して得た、イギリスの合成藍と日本の天然染料による藍染めの違いを語った

2016年11月、栃木県の益子(ましこ)町にイギリスの染色家、リンダ・ブラシントンさんが4週間ほど滞在した。これは益子町のアーティスト・イン・レジデンス事業(注1)によるもので、ブラシントンさんは寛政年間(1789-1801)創業の紺屋(こうや)「日下田(ひげた)藍染工房」で作品づくりを行なった。日本の藍は海外からどう見られているのか。また、イギリスにおける藍染めの現状、そして徳島産の蒅(すくも)からつくった天然染料で染めてわかったことなどをお聞きした。

染色家 研究者
リンダ・ブラシントンさん

イギリス在住。学生時代、藍に興味をもち、それ以来アーティストとして活動する。その一方、研究者としてUCA芸術大学・ファーナムに勤め、藍染めの防染や捺染を実践。日本滞在中は栃木県芳賀郡益子町の紺屋「日下田藍染工房」で作品を制作し、参加型ワークショップや講演会、作業公開などの交流イベントを行なった。

(注1)アーティスト・イン・レジデンス事業
国内外からアーティストを一定期間招聘して、滞在中の活動を支援する事業。文化施策の新しいスタイルとして日本各地で試みられている。

二人の恩師に教わった藍染めの奥深さ

私は染色家で研究者でもありますが、藍にさまざまな鉱物とスクリーン捺染(なっせん)(注2)、蝋(ろう)抜き(注3)、絞りなどの手法を組み合わせて、深く暗い色調の藍色を探求しています。

益子町は、粘土とベンガラに恵まれています。4週間の滞在期間中に藍に地元の鉱物を混ぜ合わせ、布や紙を染める実験をしたいと思っています。

藍に興味をもったきっかけは、学生時代に遡ります。美術学校の学生だった私に多大な影響を与えたのが、デリン・オーコネルとスーザン・ボーセンスという、20世紀のイギリスクラフト界を代表する二人の工芸家でした。私に藍染めの奥深さと染色の技術を教えてくれたのです。特にスーザン・ボーセンスは、私の師でもありました。

美術学校では、伝統的な手法のなかにも自分らしさを表現することが大切だと教わりました。私も講師として25年間大学で藍染めについて教えていますが、同じように学生たちの個性を大切にするよう心がけています。

(注2)スクリーン捺染
木や金属の枠に紗を張り、模様をつくった版型を用いる染色方法。
(注3)蝋抜き
部分的に溶かした蝋を塗ることで抜き模様を施す技法。

合成藍では難しい色を出せる日本の藍染め

現在、イギリスでは藍染めに合成染料(注4)を用いますが、イギリスの藍染めの歴史にも、天然の染料を用いた時代がありました。日本で用いられる蓼藍(たであい)ではなくウォード(大青)という植物を使うことが主流でした。その後インドからインド藍やキャリコ(注5)などが輸入され、1750年ごろから1850年ごろのイギリスでは、藍染めも含めて天然の染料を使った染め物が流行したのです。

ところが1856年、イギリスの化学者、ウィリアム・パーキンが合成染料である「モーブ」を発見したことで、繊維産業は大きく変わりました。一定量が時間をかけず安価に生産できるようになったことで、天然染料は衰退します。18世紀後半から19世紀前半、イギリスでは産業革命が起きて、技術革新によって手工業生産から工場制生産となり、経済・社会構造も大きく変わりました。いわば産業革命の波が天然染料による染めの文化を飲み込んでしまったのです。

合成藍も天然藍と同じように、酸化により色が変化します。そのため染め方は同じですが、天然藍の方が色にばらつきがなく、奥行きのある色が出せると感じています。

実は、合成藍では黒に近い濃い藍色や、きわめて淡い藍色を出すことが難しいのです。

合成藍で濃い藍色をつくる場合には、硫化鉄などの鉱物にタンニンを加えます。媒染剤(注6)としてよく使うのが、タンニンの多い柿の汁やインドのお茶です。

一方、淡い藍色は、合成藍ではムラが出てしまいます。色のムラをなくすために何度も染める必要があるので、結果的に良質な淡い藍色ができないのです。合成藍では染色の範囲が限られてしまうのです。

ところが、合成藍に対して、日本の天然藍は水色のような淡い色からとても濃い色まで染められます。色の幅がとても広いのです。すばらしいことだと思います。

これは私が益子町で藍染めをして気づいた大きな違いです。もちろん原料の違いだけではなく、日本では藍染めの技術を知り尽くした熟練職人が染めているという点も重要な要素だと思います。

(注4)合成染料
石炭の残渣(ざんさ)であるコールタールを原料とした染料。合成藍ともいう。
(注5)キャリコ
刺繍や染め色が特徴的なインドの綿織り布の総称。
(注6)媒染剤
繊維に染料を固着させる役割をする物質で、主に金属塩やタンニン酸などが用いられる。ただし植物を用いた藍染め(天然藍)には、媒染剤は不要。

天然藍の色見本 日下田藍染工房の日下田正さんが制作した藍染めの色見本。矢印の範囲が「合成藍だとうまく染められない」とリンダさんが言った色

天然藍の色見本
日下田藍染工房の日下田正さんが制作した藍染めの色見本。矢印の範囲が「合成藍だとうまく染められない」とリンダさんが言った色

人を惹きつける魔法的な藍の魅力

イギリスでは、合成藍が天然藍にとって代わりましたが、天然藍にこだわる人も少なからずいます。

藍染めの製品を求めて世界の国々へ足を運ぶコレクターなどは、藍染めのアイテムを身にまとい、インテリアにも取り入れます。季節ごとに流行が変わるファッションのような感覚ではなく、藍を愛する人は時代が変わっても藍を求めます。

思い返せば、デリン・オーコネルとスーザン・ボーセンスも藍を生活の一部にするほど好きでした。彼女たちの家に行くと、藍染めの存在が必ずどこかにあったのです。

私はこれまでにいろいろな国の藍染めに触れてきましたが、日本の藍染めは使われる道具、型紙、絞りの模様などどれをとってもとても上品です。特に、日本の型紙と絞りは最高級だと思います。

ただし、現在のイギリスでは「藍色=ジャパン・ブルー」ではなく「藍色=インジゴ」の方が広く認知されています。ジーンズのイメージが強いですが、インジゴは東南アジアやアフリカをはじめ、何世紀にもわたり世界中で用いられてきた伝統的な染料です。

とかく時代を経ても藍が多くの人を惹きつける理由の一つに、藍染めのプロセスがあると思います。酸化によって色が変わり、何度も染料に浸すことでその色合いが深くなる。人々はそこに魔法的な魅力を感じるのではないでしょうか。

伝統を保つには新たな視点も必要

私が作業している日下田藍染工房の皆さんの知識や技術、染めのプロセスはほんとうにすばらしいものです。日本の藍染めの伝統は「絶対に守るべきもの」だと改めて感じています。しかし、伝統を保つことが難しいのはイギリスも同じで、天然の藍染めを知らない世代が増えていることも事実だと思います。

ヨーロッパでは絶えてしまった「天然染料による藍染め」という文化を保つにはどうすればいいのでしょうか。例えば、日本ではデパートで展覧会を開きますね。これはイギリスにはない習慣です。そこで藍染めを広く知ってもらうのはとてもいいアイディアだと思います。日本人はすでに藍については認識していますので、テレビや雑誌、インターネットなどさまざまな手段を駆使して、天然の染料による藍染めのよさを情報として流し、興味をひくべきです。「もっと知りたい」と思わせることで、藍染めが人々の生活に再び浸透するのではないでしょうか。

そのためには伝統ももちろんですが、現代の新しい視点を取り入れることも大切だと思います。なぜなら伝統は、時として視野を狭めてしまうこともあるからです。

例えば、デザインや現代美術の視点を取り入れてみることも、藍染めの世界に新しい風を巻き起こす一つの策かもしれませんね。

  • 日下田藍染工房の染め場で作業するリンダ・ブラシントンさん。息を押し殺すかのように、そっと布を藍甕(あいがめ)に浸けていた

  • ご自身の作品を手にする日下田正さん。からつくった染液で染める古来のやり方を守る

  • リンダさんが制作していた作品群



(2016年11月17日取材)

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