• 機関紙 57号目次

水の文化 57号 江戸が意気づくイースト・トーキョー

ひとしずく

ひとしずく(巻頭エッセイ)
親水の大事

山本一力(やまもと いちりき)
作家

大川(隅田川)の東側、深川。
「水の都」と称されることが多い深川の興りは、江戸時代初期にまでさかのぼる。
 明暦三(1657)年一月十八日に出火した明暦の大火は、二十日になってやっと鎮火した。
 消火できたわけではない。燃え尽きたのだ。大半が焼け野が原になったがため、公儀は江戸の町造りを根本からやり直す決断をした。
 各地に火除け地を設けて道幅も広げ、延焼対策を講じた。江戸城天守閣まで焼け落ちたのも、延焼を防げなかったからだ。
 町造りの一環として、埋め立ても断行した。慶長八(1603)年の江戸開府以来、江戸の人口は膨張を続けていた。新たな居住地造成には埋め立て地での対処を決めた。
 大川東側の埋め立てに際して、公儀は明確な都市計画図を作成した。江戸に廻漕される諸国からの物資集散地として、埋め立て地活用を考えたのだ。
 水運に便利な水路を縦横に張り巡らせた。
 江戸復興には建材となる丸太が欠かせない。いかだに組んだ材木水運の便を考慮し、大川と結んだ堀に面して木場も設けた。
 材木商、川並(いかだ乗り)、大工・左官・鳶・鍛冶屋など、建築関連の商人と職人が、大挙して埋め立て地に移住した。
 深川の地名は、町と町とを結ぶ掘割の多さと、水運に適した運河の深さから生まれた、ともいわれている。

埋め立て地はその当初から、飲料水の確保が深刻な問題となっていた。
 元来が海だった場所を埋め立てたのだ。井戸を掘っても塩辛い水しか出なかった。
 承応三(1654)年頃には、大川の西側と、埋め立て地以外の東側である本所や亀戸には、上水道が行き渡っていた。
 水道の名はついていたが、神田川や玉川などの清流を樋で張り巡らせただけだ。高低差を使った水道の果ては、江戸城の道三堀に落とされていた。
 落ちる余水を船の水槽に汲み入れて、深川各所に給水した。水源(水道や井戸)に恵まれた他所では見られない、深川ならではの「水売り」稼業が存在していた。
 暴れ水(洪水・水害)との闘いは、現代も日本中で続いている。
 深川はしかし、埋め立て地誕生時から水とは闘うのではなく、親しんできた。
 いまも青海・海辺・枝川・扇橋・塩浜・潮見・白河・豊洲・深川・若洲などなど、水にちなんだ地名が多数残っている。
 親水公園では名称通りに、だれもが水に親しんで遊ぶこともできる。
 川や運河には橋が架かっている。深川エリアの古い橋には「御船橋」「亀久橋」「黒船橋」「鶴歩橋」「万年橋」などのように、架橋当時を思わせる味な名称が付けられている。
 水は生きる根源であり、治水はなににもまして重要であろう。
 願わくば水との闘いではなく、親水を掲げて治水検討をいただけますように。

隅田川の東側を流れる平久川(へいきゅうがわ)と大横川の合流点。隅田川の東側を流れる平久川(へいきゅうがわ)と大横川の合流点。こうした堀が、江戸・東京の復興と発展に大きな役目を果たした

ひとしずく
山本一力 (やまもと いちりき)

1948年高知県生まれ。14歳で上京し、高校卒業後、旅行代理店やコピーライター、航空会社関連の商社など十数回の転職を経て、1997年に『蒼龍』で第77回オール讀物新人賞を受賞する。2002年には『あかね空』で第126回直木賞を受賞。ほかに『損料屋喜八郎始末控え』『大川わたり』『深川黄表紙掛取り帖』『だいこん』『ほかげ橋夕景』など多くの時代小説を執筆。また、自伝的小説として『ワシントンハイツの旋風』がある。

PDFダウンロード

読者アンケート
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

目次

ひとしずく(巻頭エッセイ) 親水の大事 山本一力
特集 江戸が意気づくイースト・トーキョー  
概論 江戸と東京は今もつながっている山本博文
芸能 老若男女が集う江戸随一の遊興地沓沢博行
行事 変わることを恐れない浅草人のプライド隅田川 とうろう流し
新潮流 ランナーたちを魅了する隅田川リバーサイド
研究 知られざる遊女たちの実像横山百合子
ものづくり ゆるやかにつながる「職人のまち」蔵前ものづくり事情
掘割と文化 化政文化を生んだ武士と町人の交流五味和之
材木とカフェ 江戸の掘割と現代のカフェ久染健夫
川床 水辺を楽しむ大きなテラスLYURO 東京清澄
文化をつくる よそ者を拒まない「意気」なまち編集部
連載
水の文化書誌48 時を超えて世界最長のナイル川古賀邦雄
魅力づくりの教え9 ドチャベンが教えるこれからのイノベーション
秋田県南秋田郡五城目町
中庭光彦
食の風土記9 できたての熱々を味わう島豆腐沖縄県那覇市
Go! Go! 109 水系13 山里の暮らしを縫い、平野の暮らしを紡いだ庄川坂本貴啓

ページの先頭に戻る