機関誌『水の文化』57号
江戸が意気づくイースト・トーキョー

魅力づくりの教え9
ドチャベンが教えるこれからのイノベーション
秋田県南秋田郡五城目町

森林資料館のある高台から五城目町中心部を望む。中央やや奥は豪雨の影響で濁った馬場目川

森林資料館のある高台から五城目町中心部を望む。中央やや奥は豪雨の影響で濁った馬場目川

人口減少期の地域政策を研究し、自治体や観光協会などに提案している多摩大学教授の中庭光彦さんが「おもしろそうだ」と思う土地を巡る連載です。将来を見据えて、若手による「活きのいい活動」と「地域の魅力づくりの今」を切り取りながら、地域ブランディングの構造を解き明かしていきます。今回は、秋田杉の集積地として栄え、500年以上前から露天朝市が開かれている秋田県の五城目町です。

中庭 光彦さん

多摩大学経営情報学部事業構想学科教授
中庭 光彦(なかにわ みつひこ)

1962年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士課程退学。専門は地域政策・観光まちづくり。郊外や地方の開発政策史研究を続け、人口減少期における地域経営・サービス産業政策の提案を行なっている。並行して1998年よりミツカン水の文化センターの活動にかかわり、2014年よりアドバイザー。主な著書に『コミュニティ3.0――地域バージョンアップの論理』(水曜社 2017)、『オーラルヒストリー・多摩ニュータウン』(中央大学出版部 2010)、『NPOの底力』(水曜社 2004)ほか。

秋田杉を集め、加工する拠点として

2017年7月、秋田県五城目町を訪れた。人口は9000人余り。生産年齢人口比率約50%、老年人口比率41.8%と、日本の将来を先取りしている土地とも言える。

秋田駅から車で約40分。八郎潟に注ぐ馬場目川(ばばめがわ)中流で富津内川(ふつないがわ)が合流するあたりに中心地がある。

ここが有名なのは五城目朝市だ。五百年前から定期市が開催され、今でも賑わっている。江戸時代には北前船で商人が輪島から漆器を運んできてもいた。材は秋田杉。久保田藩(今の秋田県)を治めていた佐竹氏は秋田杉を保護し、価値を高めた。五城目は秋田杉の集積地でもあった。この町内には今でも木材加工所、板金製作所があり、多くの匠を輩出した。

五城目町は、馬場目川上流域で切り出され、流されてきた木材を下流で受け止め集積し加工する地として、市もできた賑わいの地であった。

  • 、秋田杉の集積地として栄え、500年以上前から露天朝市が開かれている秋田県の五城目町

    国土交通省国土数値情報「行政区域データ(平成29年)、河川データ(平成19年)、湖沼データデータ(平成17年)、海岸線データ(平成18年)」より編集部で作図

  • 五城目町はかつて秋田杉の集積地だった。

    五城目町はかつて秋田杉の集積地だった。馬場目川沿いには東北森林管理局の集積所があり、今も秋田杉が積み上げられている 同局米代西部森林管理署の許可を得て撮影・掲載

  • 、秋田杉の集積地として栄え、500年以上前から露天朝市が開かれている秋田県の五城目町
  • 五城目町はかつて秋田杉の集積地だった。

自ら生産し売買する直接取引の場「朝市」

その五城目朝市は、現在2、5、7、0のつく日に開かれる。通常は周辺農家が生鮮品を中心に約40店が出店する。さらに市の日が日曜日にあたるときは、新たなチャレンジを志す地域の人々が気軽に出店できる「朝市plus+」となり、客足も伸びる。この朝市を楽しみにしていたが、当日は豪雨。それでも行ってみると10軒ほどは店を広げようとしていた。

雨を除けようと入ったのが「姉妹都市ちよだ五城目交流館」。東京都千代田区と五城目町は姉妹都市となっているのだ。古民家を借用し、朝市通りにあるカフェという趣きだ。ここで、館長の小林敏夫さんと副館長の下田祐治さんからお話を伺うことができた。名刺を見ると茨城県と埼玉県の自宅住所が記されている。小林さんは五城目出身で現在は首都圏に住んでいるが、五城目に行事があるときには手伝いのため戻ってくるという。この五城目の人的ネットワークをお聞きし、さらに五城目が木工業のまちで、その運送で馬との縁が強いことも伺った。

結局私は市を見ることができなかったのだが、町役場で手に入れた『五城目朝市・五百年』を見ると、広域の生産者が月約12回は売りにくる。今では大型スーパーも近くにあるが、この市は独自の賑わいを見せている。自分で生産し自分で売買する。直接取引の場が維持されているのだ。

  • 賑わう五城目朝市

    賑わう五城目朝市

  • 若者たちが自分でつくった品々を並べられる「ごじょうめ朝市plus+」

    若者たちが自分でつくった品々を並べられる「ごじょうめ朝市plus+」 提供:五城目町

  • 「姉妹都市ちよだ五城目交流館」館長の小林敏夫さん

    「姉妹都市ちよだ五城目交流館」館長の小林敏夫さん

  • 副館長の下田祐治さん

    副館長の下田祐治さん

  • 賑わう五城目朝市
  • 若者たちが自分でつくった品々を並べられる「ごじょうめ朝市plus+」
  • 「姉妹都市ちよだ五城目交流館」館長の小林敏夫さん
  • 副館長の下田祐治さん

学びと起業支援

さて、まだ雨降らぬ前日にお会いしたのが、五城目町地域活性化支援センター「BABAME BASE」に入居しているハバタク株式会社代表取締役の丑田(うしだ)俊輔さんだ。「BABAME BASE」は、2013年(平成25)に閉校した馬場目小学校を起業支援施設として活用したものだ。

起業支援施設というと、五城目町と姉妹交流がある千代田区の「ちよだプラットフォームスクエア」が有名で、全国の他の自治体も同様の施設をつくった。起業支援とは、文字通り仕事を起こしたい人たちに顧客や資金、情報などの仲介をすること。具体的には、起業志望者が情報を共有できるコモンスペース、安い賃料のレンタルオフィススペース、Wi−Fi環境、そしてこれがもっとも大事なのだが、起業志望者とさまざまな人々を結びつけるコーディネーターから構成されている。丑田さんは学生時代に「ちよだプラットフォームスクエア」の立ち上げにかかわり、卒業後に企業で働き、ハバタクを設立。さらに、五城目町の木でできた校舎に入居。今は、丑田さんを含む入居者が中心となったコミュニティが、起業を志す人たちを自発的に誘っている。

起業支援は都市部の方が成果を出しやすい。しかし、丑田さんは五城目町を選んだ。なぜそうしたのか。「五城目の特徴は、ご縁がつながるなかで新しい仕事が生まれていく『イナカ創業』のよさがあること。人の縁が閉じていない。閉じた競争にならないところがよい」と言う。「五城目に移住者は何人もいるが、ボスはいない。多層でゆるくつながっている」とも言う。

丑田さんの部屋・教室には、5年前に描いた事業コンセプトの図が黒板に今も描かれている。ハバタクという企業は「学ぶプログラムをつくることにより、起業支援、コミュニティ支援を行なう会社」と言えるだろう。事業は多岐にわたるが、小学生がさまざまな外国人と交流するプログラムや地域中小企業の構造を変えていくプログラムなどを行なっている。

  • ハバタク株式会社 代表取締役の丑田俊輔さん。東京都中央区のオフィスと行き来しながら、五城目町で「ドチャベン」の支援をする。後ろは「BABAME BASE」開設時に描いた「やりたいこと」

    ハバタク株式会社 代表取締役の丑田俊輔さん。東京都中央区のオフィスと行き来しながら、五城目町で「ドチャベン」の支援をする。後ろは「BABAME BASE」開設時に描いた「やりたいこと」

  • 起業支援施設「BABAME BASE」の外観

    起業支援施設「BABAME BASE」の外観

  • 1階入り口は「BABAME BASE」入居者たちのパンフレットや作品が並ぶ

    1階入り口は「BABAME BASE」入居者たちのパンフレットや作品が並ぶ

  • ハバタク株式会社 代表取締役の丑田俊輔さん。東京都中央区のオフィスと行き来しながら、五城目町で「ドチャベン」の支援をする。後ろは「BABAME BASE」開設時に描いた「やりたいこと」
  • 起業支援施設「BABAME BASE」の外観
  • 1階入り口は「BABAME BASE」入居者たちのパンフレットや作品が並ぶ

「ネットワーク村民」との交流が生み出すもの

丑田さんが大事にしているのは「創発性」だ。関係のなかで自然に生まれてくる知恵である。それに大きな役割を果たしているのが「シェアビレッジ町村」だ。

「BABAME BASE」から車で5分ほど離れた場所に、古民家を改修した宿泊施設シェアビレッジがある。この施設を利用するには村民となることが必要だ。といっても本物の村民ではない。五城目町を離れた人、関係はないけれどファンになった人を含めて年会費(年貢と呼んでいる)3000円払うと村民になれる会員組織だ。家守(やもり)は半田理人さん。隣町の井川町出身だ。

丑田さんは言う。「しょっちゅうバーベキューはしていますね。シェアビレッジにはさまざまな方が泊まりにくる。そこでいろんな話をします。東京に住んでいても村民は『町内会』にアクセスできるようになっています。2000名の村民がいますが、7割以上は首都圏に住んでいる。『一揆』と呼んでいる夏祭りには100名ぐらい帰ってきます。コアメンバーは300名ぐらいでしょう」。

こうした内と外の区別をつけない人々のネットワーク拠点を戦略的に設け、多頻度でイベントを行なっている。このシェアビレッジは起業支援に欠かせない大事な施設なのだ。

「シェアビレッジは補助金をもらわないように意図的に運営しています。もらってしまうと身動きがとれなくなってしまうので、なるべく民間資本でやっています。私は、トランス・ローカル(注)の関係をつくりたいし、ローカル・プロシューマーのネットワークを全国につくりたい」(丑田さん)

プロシューマーとは未来学者のアルビン・トフラーが1982年(昭和57)に出版した『第三の波』で使い出した言葉だ。トフラーは、新たな技術・情報体系が生まれると交換のための生産を行ない、生産者と消費者が分かれた社会から、生産者(producer)と消費者(consumer)が一体化した自給的な「生産的消費者(prosumer)」の社会が広がると唱えた。自分でつくり、自分で消費するという意味だ。このプロシューマーがつながった社会が、新しい発見を生むと丑田さんは考えているのだ。

(注)トランス・ローカル
グローバリズムではなく、多様な土地の知を保ちつつ、互いにつながっていくことを指す。

  • 閉じないイナカにするための重要な拠点「シェアビレッジ町村」

    閉じないイナカにするための重要な拠点「シェアビレッジ町村」。〈村民〉は五城目町に所縁のない人が圧倒的に多いという。

  • 使い込まれた土間に立つ家守の半田理人さん

    使い込まれた土間に立つ家守の半田理人さん

  • 閉じないイナカにするための重要な拠点「シェアビレッジ町村」
  • 使い込まれた土間に立つ家守の半田理人さん

幸福度をアップする「見守る大人」と「学ぶ子ども」

「BABAME BASE」には多くの若者がやってくる。東京大学大学院を卒業してここにやってきた柳澤龍さんもその一人だ。2014年(平成26)5月に地域おこし協力隊の一人として五城目町に移住して来た。

町の広報紙(2014.6.1)には移住当初の柳澤さんが「朝市に行くと山菜が詳しい人がいるとか、職人さんっぽい人が多い!(中略)山登りだったり、釣りだったり、家の中の部品を直しちゃう、とかも含めて『つくる』人ってカッコイイですね。(中略)市場というのは、昔からモノを売り買いするだけではなく、お互いの状況を気遣いあったり、情報が飛び交ったり、いろんな機能がある豊かな場なのだと思います」と、私には大きな意味を感じる発言をしている。

協力隊の任期を終え、現在はフリーランスとして株式会社ラウンドテーブル(BABAME BASEに事務所がある)を含め、人材育成、一次産業のコンサルタントを行なう。

「今、目指しているのは、農業者が稼げるような食のレストランです。GDPは伸びていないけれど、幸福度は上がっていると感じられるような。そして、見守る大人と、学ぶ子どもが循環するような関係をつくりたい」と、地域発のさまざまな事業を支援する「複業」を行なっている。

地域発の多様な事業を支援する柳澤龍さん

地域発の多様な事業を支援する柳澤龍さん

なぜイナカは魅力的に映るのか

さて、この連載も9回目となる。常識にとらわれないおもしろいイノベーターを紹介してきたが、なぜか地方都市や古くからのルールが生き残ってきた場所を活躍の舞台としている。

丑田さんもそうだ。自らは「土着のベンチャー」略して「ドチャベン」を支援したいと言う。そしておもしろいイナカ、「チャライナカ」にしたいとも言う。

なぜ現代のイノベーターはイナカ的な場、土着性を尊ぶのか。

私たちはついイナカを、不便な場と見なしてしまうが、実は、その場所でしか生まれてこない課題に対する解法、即ち土着的な知(indigenous knowledge)が今でも残っており、それがこれからの人口減少社会の知として刺激的なのだと映っているのではないか。それは都会で多くの人が常識とする知でもないし、他の場合にも応用できる知ではないかもしれない。その地でだけ通用する知だが、だからこそ多様なことは確かだ。これが私の仮説である。

ここには、土着の知を抽象化して全国展開するという発想は希薄だ。だから、ローカルが広がればグローバルになるといった同質的な世界イメージを、彼らはもっていない。「トランス・ローカル」、つまり異なる土着の知が全国に散らばり、その背景には境界と範囲があって、それらを結んだところに多様性があり、その先にイノベーションがあると思っている。

このことに気づくと「自分で生産し、自分で売ってみる」という生産的消費者を象徴し、ヨソ者との出会いもある朝市の文化がより魅力的になる。あえていえば、水の文化というものも、本来はそんな風土の知恵だったのだろう。

こうしたドチャベンたちは昔もいただろうし、中堅規模に成長しながら現在も土着の知を失っていない企業も多いだろう。そうした事業者が、これからの社会変化をどのように乗り切ろうとしているのか、気になるところだ。

〈魅力づくりの教え〉

その土地だけで見えてくる土着の知を磨き上げ、外と結びつけると、多様性が生まれ、土地のイノベーションの呼び水になる。

参考文献
五城目町市編纂委員会『五城目町史』(五城目町 1975)
秋田県五城目町『五城目朝市・五百年』(五城目町 1995)

(2017年7月21〜22日取材)

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