機関誌『水の文化』64号
氷河が教えてくれること

魅力づくりの教え15
溜池と水路と若者
──小規模高齢化集落の現在
(岡山県津山市、久米南町、美作市)

人口減少期の地域政策を研究する中庭光彦さんが「地域の魅力」を支える資源やしくみを解き明かす連載です。

棚田が蘇った美作市・上山地区(提供:認定NPO法人英田上山棚田団)

棚田が蘇った美作市・上山地区(提供:認定NPO法人英田上山棚田団)

溜池の水をぶどうの栽培に活かす久米南町・山手集落

溜池の水をぶどうの栽培に活かす久米南町・山手集落

中庭 光彦

多摩大学経営情報学部
事業構想学科教授
中庭 光彦(なかにわ みつひこ)

1962年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士課程退学。専門は地域政策・観光まちづくり。郊外・地方の開発政策史研究を続ける一方、1998年からミツカン水の文化センターの活動に携わり、2014年からアドバイザー。『コミュニティ3.0 地域バージョンアップの論理』(水曜社 2017)など著書多数。

溜池と水路

中国地方の集落は過疎化のスピードが早く、老年人口比率が50%を超えるところもある。「人口減少は大問題」という枠組みで見れば、「大変!」となるが、この連載は水文化と地域づくりを考える企画である。現代人の水文化から過疎と言われる集落を眺めたら異なる風景が見えるのではないか?

そう考えて訪れたのは岡山県津山市知和(ちわ)集落、久米南町(くめなんちょう)山手集落、美作市上山(みまさかしうえやま)地区の3カ所だ。吉備(きび)高原の東側で、溜池が多い。実際、岡山駅から車で北上するとなだらかな山々の間に多数の谷筋と用水に沿った耕地が広がっており、ともに上流に位置する。

この景観で思い出したのが、かつて農業経済学の観点から水文化論を展開した玉城哲(たまきあきら)(1928-1983)である。溜池用水と水路用水の違いについて興味深いことを記しているのだ。

「ある池の場合、田頭会(たどかい)(耕作者の全員集会)は溜池の堤の上でひらかれ、池の水をみながら協議するという慣行をもっている…この平等主義的な自治の根幹は、個々の耕作農民が、同じ立場で溜池の水に直接のかかわりをもつというところにある」。対して水路用水について「水路の上流と下流とでは水をとる条件に差異があり…原則として上流側が有利な立場にあるという点にある」とし、水路の取水施設は地域共通の水源であることから用水組合といった村々の組織ができると記している。早い話、溜池は個人の自治、水路用水は組織自治と40年以上前に書いている。

今回の訪問地を紹介してくれたのは、NPO法人みんなの集落研究所の阿部典子さんだ。阿部さんは小規模高齢化集落(注)の現場に、自治のしくみを根づかせようとしている地域プランナーだ。

阿部さんは、自らの役割について「私たちはまず誇りと自信を引き出す場の設計をしています。地域住民の方が『地域に関することは、他の誰でもないここに住むわれわれこそが知っている』という誇りと自信を再確認したうえで、一つひとつみんなで考えることができれば地域は動きます」と言う。その言葉に促され、私たちは向かった。

(注)小規模高齢化集落
例えば農林水産省は「農家戸数19戸以下で農家人口の高齢化率が50%以上の集落」としているが、厳密な定義はない。今回訪ねた三つの地区・集落はいずれもこの条件に合致しないものの、「世帯や人口が減って高齢化率が徐々に高まっている集落」という意味で用いた。

  • 岡山県

     

  • NPO法人みんなの集落研究所 首席研究員の阿部典子さん

    NPO法人みんなの集落研究所 首席研究員の阿部典子さん

個人の困り事は地域で解決

最初は津山市から車で30分ほど加茂川沿いに北上した場所にある知和集落だ。川沿い・水路沿いにある落ち着いた佇まいの集落だ。お会いしたのはNPO法人スマイル・ちわ理事長の國米(こくまい)彰さん。

知和集落の人口は180名、世帯数は65戸、高齢化率は49.4%と限界集落直前だ。國米さんによると、知和は他の集落同様、町内会は機能しており老人会や防災・防犯会、環境整備や草刈り、農地維持管理などの機能を果たしていた。しかし、高齢化・過疎化が進むなか、除雪ができない、草刈りが大変といった、個人の困り事が噴出するようになる。そこで「地域の困り事は自分たちで解決しよう」と、町内会とは別に会員数47名のNPO法人スマイル・ちわを2012年(平成24)に設立した。

目的には「私たちの住む地域『知和』を大家族と位置付け、むらづくり活動・環境保全の推進等に関する事業を行い、地域に暮らすひとりひとりがつながり、お互いが支え合い助け合いながら安心して住める、住みよい・明るいむらづくりに寄与する」とある。

従来の村の助け合いではなく、もっと住民個人に向かい合ったNPOなのだ。行なっている事業も、草刈り、墓掃除などの「便利屋」、余剰野菜や手づくり惣菜を売る「ふれあいマーケット」、田植えや炭焼きなどの「ワークショップ」、倉庫を改造して昼はワンコインカフェ、夜は500円居酒屋の「集える場づくり」など。「まずやってみよう」という國米さんの声で個人対応の集落に踏み出している。

これに先立ち2009年(平成21)、他の四集落を合わせた津山市上加茂地区(物見、河井、山下、知和、青柳の五集落)が連携して上加茂地区住民自治協議会がつくられている。加茂川の流域でまとまろうとの試みだがなかなかうまくいかない。再度、國米さんの呼びかけとみんなの集落研究所の協力で2016年(平成28)ごろから話し合いを重ね、移動部会、空き家部会、福祉部会、地域資源部会が発足した。

地域資源部会では法政大学の学生と協働で、「地域のお宝マップ」をつくり、住民はあたりまえと思っている地域資源に価値を与え共有した。「よそものとしての若者」が広域自治に踏み出す住民に力を貸した一例といえるだろう。

  • 津山市の知和集落を流れる加茂川

    津山市の知和集落を流れる加茂川

  • NPO法人スマイル・ちわの活動拠点は土壁の米貯蔵庫を改修したもの。訪ねた日は忘年会で、その準備も進めていた

    NPO法人スマイル・ちわの活動拠点は土壁の米貯蔵庫を改修したもの。訪ねた日は忘年会で、その準備も進めていた

  • NPO法人スマイル・ちわの活動拠点は土壁の米貯蔵庫を改修したもの。訪ねた日は忘年会で、その準備も進めていた

    NPO法人スマイル・ちわの活動拠点は土壁の米貯蔵庫を改修したもの。訪ねた日は忘年会で、その準備も進めていた

  • 法政大学の学生たちによる知和集落での活動報告。中山間地域の豊かさに驚く記述も

    法政大学の学生たちによる知和集落での活動報告。中山間地域の豊かさに驚く記述も

  • NPO法人スマイル・ちわ理事長の國米彰さん

    NPO法人スマイル・ちわ理事長の國米彰さん

ぶどうで若者が帰ってきた

次に訪れたのは、津山市から南に40分ほど移動した久米南町の山手集落だ。坂を登っていくと、山手ダムと溜池が現れる。山手集落はこの水をポンプアップして使っている溜池用水の土地である。

「山手集落のある久米南町は明治37年(1904)に甲州ぶどうを導入以来、ぶどう産地として有名です」と説明してくれたのがJAつやまブドウ部会連絡協議会会長の青山仁さんだ。山手集落では、2006年(平成18)にシャインマスカットを導入し、それと並行して新規就農する若者も増えている。

シャインマスカットの特徴は「粒が大きく、甘くて、種がない」。付加価値が高いのだ。一戸当たりの栽培面積は89aで岡山県随一。選果が厳しいおかげで市場評価が高く、2018年(平成30)には出荷量184トン、販売金額2億2900万円に至る。市場を通じて台湾への販路も生まれた。農業で暮らしていけるわけだ。2008年(平成20)に63.4歳だった生産者平均年齢が、2018年(平成30)には53.2歳と若返り、耕作放棄地もぶどう畑に再生されている。

ここは溜池を資源に、自律的な経営法人にも見えるような集落に、若い新規就農者が生計を立てるために移住してきた例といえる。

  • 山手集落のぶどうは作業効率のよい「H型短梢剪定」で栽培。樹上に雨除けのシートを張って病気も抑える

    山手集落のぶどうは作業効率のよい「H型短梢剪定」で栽培。樹上に雨除けのシートを張って病気も抑える

  • 10年前より生産者の平均年齢が10歳以上若返った山手集落

    10年前より生産者の平均年齢が10歳以上若返った山手集落

  • 久米南町が力を入れているぶどうの主力品種「シャインマスカット」のタグ

    久米南町が力を入れているぶどうの主力品種「シャインマスカット」のタグ

  • JAつやまブドウ部会連絡協議会会長の青山仁さん。水利組合副理事長も務める

    JAつやまブドウ部会連絡協議会会長の青山仁さん。水利組合副理事長も務める

世代をつなぐ広場のような場所

最後に訪れたのが、美作市上山地区である。人口は約180名。大芦池という溜池から流れる四本の井出(用水路)で棚田に水が流れ下っている。また大芦池への集水路(掛井出)(かけいで)も二本ある。

水路を下ると棚田が見晴らしよく広がってくる。中腹に立つと、まるでどこにいても地区が見える広場のようだ。上山の棚田・歴史・水利についてはこの地で生まれた久保昭男氏の書に詳しい。

お会いしたのは認定NPO法人英田(あいだ)上山棚田団の梅谷真慈(まさし)さんと水柿(みずかき)大地さんだ。英田上山棚田団は2007年(平成19)から大阪のメンバーを中心に活動する。昔、上山には8300枚の棚田があったが、耕作放棄地となったのを2015年(平成27)に5haを再生。ただし、米をつくることだけを考えているわけではない。「棚田でスポーツしたり、棚田でアートしたり、もしかしたら棚田で哲学をしたり、棚田で○○することを考えています」と、棚田を「これからの可能性が埋まっている場」と認識している点は斬新だ。

これまでの取り組みは古民家再生、「日本ユネスコ未来遺産」登録、台湾の棚田との交流、夏祭りや獅子舞踊りの復活、環境教育、田植え・稲刈り体験、みんなのモビリティプロジェクトといったおもしろそうなプロジェクトばかりで、外から若い人々が集まっている。

水柿さんは神社の総代などを任されている。まさに若手が多様な動機で通ってくる今様の棚田コミュニティを象徴している。

1989年(平成元)生まれの水柿さんは法政大学の学生だった2010年(平成22)に休学し地域おこし協力隊の一員として上山にやってきた。「豊かさって何だと思いますか?とよく訊かれるんですが、選択肢があることが豊かさと答えています。上山の人は都会が嫌いで来ているのではなく、上山がおもしろいので来ている」。

1986年(昭和61)生まれで奈良出身の梅谷さんは岡山大学で農業土木を学び上山にやってきた。人とのつながりのなかで循環を意識した暮らしをしたいと考えたという。「田舎のコミュニティや棚田を、いろいろな分野の人とかかわるための『余白』として活かすことで、過去とは違う多様な関係を築くことができると思っています。例えば棚田の活動で、農業に興味がある人だけでなく、ドローン撮影が好きな人に携わってもらえば『春夏秋冬を撮りたい』と通いはじめるかもしれません。この『余白』の多いコミュニティに可能性を感じています」。

多様な使い方をする場としての棚田、それを支える溜池。ここに多様なおもしろさを感じて若い人が集まってくる。

  • 上山地区の棚田を潤す溜池「大芦池」

    上山地区の棚田を潤す溜池「大芦池」

  • 山々からしみ出る水を大芦池へ運ぶ集水路。周辺の森の手入れも欠かせない

    山々からしみ出る水を大芦池へ運ぶ集水路。周辺の森の手入れも欠かせない

  • 大芦池から水を配る用水路。このように険しい場所では若者の力も必要

    大芦池から水を配る用水路。このように険しい場所では若者の力も必要

  • 上山地区の「棚田米」。移住者が増えたため販売できる米の量が足りなくなるといううれしい悩みも

    J上山地区の「棚田米」。移住者が増えたため販売できる米の量が足りなくなるといううれしい悩みも

  • 英田上山棚田団の水柿大地さん

    英田上山棚田団の水柿大地さん

  • 英田上山棚田団の梅谷真慈さん

    英田上山棚田団の梅谷真慈さん

  • 交通困難という課題と向き合い、暮らしつづける方法を模索する「上山集楽みんなのモビリティプロジェクト」で導入された小型電気自動車。今は15台が集落内を走る

    交通困難という課題と向き合い、暮らしつづける方法を模索する「上山集楽みんなのモビリティプロジェクト」で導入された小型電気自動車。今は15台が集落内を走る

集落×水路・溜池×若者=場?

今回は課題最先端地域と呼べる小規模高齢化集落を取材したが、皆さん精力的だった。そこには三者三様の暮らしの立て方があり、若い人々のかかわり方もそれぞれ違っていた。溜池と水路の文化の違いも感じられたが、若い人々のかかわり方がそうした文化に変化を与えるようにも思えた。

過疎や限界集落という「現象」だけにとらわれると、小規模高齢化集落の可能性は見えない。水文化という人々の安全を支えるしくみこそが大事なのだと社会共通の価値になってさえいれば、世代が変わっても人とつながる余白は見えつづけるのかもしれない。

小規模高齢化集落は、将来に向けた多様な水循環と若者の関係を考えさせてくれる。

〈魅力づくりの教え〉

人口が減るなかで支え合おうとすれば、ムラ・マチ組織ではなく個人の場をつくらねばならない。そこにどんな若い人がかかわる場をつくるかが、小規模高齢化集落変化の鍵になる。

参考文献
玉城哲『水の思想』(論創社 1979)
久保昭男『物語る「棚田のむら」』(農山漁村文化協会 2015)
水柿大地『21歳男子、過疎の山村に住むことにしました』(岩波ジュニア新書 2014)

(2019年12月20~22日取材)

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