機関誌『水の文化』64号
氷河が教えてくれること

Go ! Go ! 109水系
坂本クンと行く川巡り 第19回 Go ! Go ! 109水系
限られた水を使い尽くす文化の川 土器川

水量が豊富とはいえないものの讃岐平野を潤す貴重な河川「土器川」。後ろにそびえるのは讃岐富士という別名をもつ飯野山(標高422m)

水量が豊富とはいえないものの讃岐平野を潤す貴重な河川「土器川」。後ろにそびえるのは讃岐富士という別名をもつ飯野山(標高422m)

川系男子 坂本貴啓さんの案内で、編集部の面々が全国の一級河川「109水系」を巡り、川と人とのかかわりを探りながら、川の個性を再発見していく連載です。

坂本 貴啓さん

国立研究開発法人 土木研究所
水環境研究グループ
自然共生研究センター 専門研究員
坂本 貴啓(さかもと たかあき)

1987年福岡県生まれの川系男子。北九州で育ち、高校生になってから下校途中の遠賀川へ寄り道をするようになり、川に興味をもちはじめ、川に青春を捧げる。全国の河川市民団体に関する研究や川を活かしたまちづくりの調査研究活動を行なっている。筑波大学大学院システム情報工学研究科修了。白川直樹研究室『川と人』ゼミ出身。博士(工学)。2017年4月から現職。

【土器川流域の地図】

【土器川流域の地図】
国土交通省国土数値情報「河川データ(平成20年)、流域界データ(昭和52年)、海岸線データ(平成18年)、鉄道データ(平成30年)、高速道路データ(平成30年)」より編集部で作図

109水系
1964年(昭和39)に制定された新河川法では、分水界や大河川の本流と支流で行政管轄を分けるのではなく、中小河川までまとめて治水と利水を統合した水系として一貫管理する方針が打ち出された。その内、「国土保全上又は国民経済上特に重要な水系で政令で指定したもの」(河川法第4条第1項)を一級水系と定め、全国で109の水系が指定されている。

川名の由来【土器川】

上流は琴南町の山地に発し、下流は津野郷の一部で古くから土器をつくるものが住んでいたことから。

土器川
水系番号84
都道府県香川県
源流竜王山(1059 m)
河口瀬戸内海
本川流路延長33 km105位/109
支川数11河川108位/109
流域面積127 km2109位/109
流域耕地面積率12.6 %37位/109
流域年平均降水量1032.5 mm104位/109
基本高水流量1700 m3/ s99位/109
河口の基本高水流量2224 m3/ s100位/109
流域内人口3万8597人90位/109
流域人口密度304人/ km228位/109

(基本高水流量観測地点:祓川橋〈河口から13.2km地点〉)
河口換算の基本高水流量=流域面積×比流量(基本高水流量÷基準点の集水面積)
データ出典:『河川便覧 2002』(国際建設技術協会発行の日本河川図の裏面)
流域内人口は、 国土交通省「一級水系における流域等の面積、総人口、一般資産額等について(流域)」を参照

日本一小さな流域が意味すること

109水系のなかで最小の流域面積の川はどこにあるかご存じですか?香川県丸亀平野を流れている土器川(どきがわ)です。流域面積を改めて確認すると、「集水域」という雨を集めてくるエリアであることがわかります。集水域が小さいということは当然川に流れ込む水量も少なくなり、川そのものも普段はほとんど水がないことが想像されます。ただでさえ流域面積が小さく水の少なくなりがちな川ですが、さらに大変なことに、温暖で雨の少ないこの川は瀬戸内気候であり、この地域は年平均降水量1000mmと雨水も限られています。

そんな小さな流域、気候などの水事情を受け止めながら、人々はさまざまな工夫を凝らしながら豊かに生活しています。今回は水を得るための人々の工夫と努力に着目しながら、日本一小さな一級河川を巡ってみました。

ジャンプして渡れるほど水量の少ない川

流域面積が小さい土器川がどういう特徴の川か、香川河川国道事務所の中岡昭浩さん、岡村政彦さん、造田(ぞうだ)康盛さんに聞きました。

「土器川は流域が小さいため、台風などで大雨が降ると一気に増水します。その半面、普段はとにかく水が少なく、水不足による被害にも悩まされてきました。生活や農業などの水を確保するため、土器川の水以外に上流から平野部まであらゆるところにある溜池の水も使っています」

実際、土器川周辺の丸亀平野の航空写真を見せてもらうと、川の左右のあちこちに溜池があります。川の水に頼れない分、いかに降った雨を海に流さず、溜め込もうとしているかがよくわかります。

「土器川渡るのにボートはいらん。長靴があればいいと言われていて、雨の降らない期間が続くと水の流れが途絶える瀬切れが起きています」

実際に土器川に行くと、たしかにジャンプすると渡れるところが多くあります。流量の少なさを体感でき、流域の小ささを直感的にも感じることができました。

  • 讃岐平野を上空から見る。限られた水を余すところなく使うため溜池がひしめいているのがよくわかる 出典:国土地理院撮影の空中写真「善通寺市」(2009年撮影)

    讃岐平野を上空から見る。限られた水を余すところなく使うため溜池がひしめいているのがよくわかる 出典:国土地理院撮影の空中写真「善通寺市」(2009年撮影)

  • 丸亀市の溜池「宮池」と飯野山(讃岐富士)。讃岐平野の溜池の多くは、農閑期になると水質を維持するために水を抜いて泥を乾かす

    丸亀市の溜池「宮池」と飯野山(讃岐富士)。讃岐平野の溜池の多くは、農閑期になると水質を維持するために水を抜いて泥を乾かす

  • 土器川について説明する国土交通省 香川河川国道事務所の岡村政彦さん(右)、中岡昭浩さん(中)、造田康盛さん(左)

    土器川について説明する国土交通省 香川河川国道事務所の岡村政彦さん(右)、中岡昭浩さん(中)、造田康盛さん(左)

県内では稀有な川遊び渓流

香川県の川は短い川ばかりで、源流から約30km以内で海まで注ぎます。そのため、上流域に渓谷のような風景があまり見られません。そんななか、香川県で貴重な渓谷の風景が見られる上流域をもっているのが土器川です。この渓流を活かして香川県の子どもたちに河川体験を提供できないかとプログラムの開発に取り組んでいる一般社団法人かがわガイド協会の谷光承(みつよし)さんにお話を聞きました。

実は谷さん、私が高校生のころからの「川仲間」で、谷さんが熊本の大学に通っていたころから熊本市内を流れる白川で河川体験活動に取り組んでいました。社会人になってからもNPO法人白川流域リバーネットワークの事務局として、河川教育や流域連携に携わってきた人です。

「川は、豊かな感性を育ててくれるだけでなく、自分の身は自分で守るという意識や技術も培うことができます」

谷さんは、「熊本はいろいろな河川体験をするのにふさわしい場所がたくさんあり、カヌー、ラフティング、沢登り、川の安全講習などのメニューが行なえたそうです。しかし、地元香川県に戻ってきたら川の流れを使って遊べる場所が乏しいことに気づいた」そうです。そんな谷さんが、河川体験プログラムを開発できそうな場所として目をつけたのが、土器川上流域(支流の明神川)の美霞洞(みかど)渓谷でした。

「水質がよく、小さな滝や淵が連続している場所があるため、水に浸かりながら川遊び体験ができるスポットだと思い、調査をはじめました」

実際に美霞洞渓谷に行くと、小さいながらも谷深い立派な渓谷があります。また景勝地としてみると、雄淵、雌淵と呼ばれる淵があり、神社が岩陰に鎮座している風景は神々しさすら感じます。

香川県では稀有な渓谷で香川の子どもたちにもぜひ川を身近に体感してもらいたいです。

  • 谷さんが河川体験プログラムを開発している土器川上流域。香川県では珍しい渓流での遊びに子どもの顔もほころぶ 撮影:谷光承さん

    谷さんが河川体験プログラムを開発している土器川上流域。香川県では珍しい渓流での遊びに子どもの顔もほころぶ(撮影:谷光承さん)

  • 一般社団法人 かがわガイド協会の事務局を務める谷 光承さん。坂本さんがまだ高校生だったころから交流がある

    一般社団法人 かがわガイド協会の事務局を務める谷 光承さん。坂本さんがまだ高校生だったころから交流がある

水を溜める苦労、水を流す喜び

土器川は渓流域を少し下ると、水を分かつところがあります。分流された土器川の水は人工的につくられた水路を通って、流域外の金倉川(かなくらがわ)を水源とする大きな溜池に導水されます。この溜池こそが日本最大級の灌漑用溜池の満濃池(まんのういけ)です。金倉川の水だけでは貯水量が心許ないけれども、土器川も合わせたいくつかの川の水を一緒に溜めておくことで、大きなストックをつくっておける。これも小さな流域ならではの事情といえそうです。

この満濃池、今から約1300年前につくられ、古くから重要な水がめとして、この地で使われてきました。しかし、長い歴史のなかで何度も決壊してきました。時には400年間修復がなされないこともありました。それでも何度も修復されこの地を潤してきた満濃池の歴史を、まんのう池コイネットの亀井幸彦さんに伺いました。

「修復には人手が必要ですから、気運の高まりをいかにつくり出すかが重要でした。821年(弘仁12)の決壊の際には、地元出身の空海さんに帰ってきてほしいと朝廷にお願いし、帰ってきてもらうようにしました。空海さんは地元にとって英雄なので人がみるみる集まり、わずか2カ月で改築工事を完了させたともいわれています」

壊れてはまた積み上げ、水を溜めることを繰り返し行なってきたこの堤の上に立つと、1300年の歴史の重みすら感じます。

また、伝統的に続いてきた満濃池の季節行事について、まんのう町教育委員会生涯学習課の加納裕之さんに教えていただきました。

「満濃池に満々と溜まった水は田植えの際に大活躍します。溜め込んだ満濃池の水を讃岐平野一帯に配りはじめる日の行事が『満濃池のゆる抜き』です。このゆる抜きの日は香川県内の夕方のニュースのトップで伝えられるほど、香川の人にとっては大切なものです」

「ゆる」とは、溜池の栓のことで、これを抜くと堤のなかを水が抜け、樋管から水が轟轟(ごうごう)と流れ出します。このゆる抜きの音は「日本の音風景100選」(注)にも選ばれているそうで、地域の風物詩として大事にされています。この音が聞こえる風景こそが、讃岐平野が潤されていく証であり、人々の生活を今年も豊かにしてくれる大切なものなのだと感じました。

実際、昔のゆる抜きの写真を見せてもらうと堤の上や堤の下流にはぎっしり人がいて、ゆる抜きにより流れ出てくる水を見に来ている人がたくさん写っています。最近のゆる抜きの写真も同じように賑やかで、今も昔も変わらないゆる抜きに対する喜びが満濃池にあります。満濃池に水を溜め、流域外の満濃池から水を流すことによって、間接的に土器川流域の水を満たしているすごい地域です。

(注)日本の音風景100選
各地に残る音風景を守るため、1996年(平成8)に環境省(当時は環境庁)が選定したもの。

  • 日本最大級の溜池「満濃池」。洪水や地震で何度も崩れたが、そのたびに先人たちが修復してきた

    日本最大級の溜池「満濃池」。洪水や地震で何度も崩れたが、そのたびに先人たちが修復してきた

  • 満濃池の文化と歴史を教えてくれたまんのう池コイネット副会長の亀井幸彦さん(右)とまんのう町教育委員会生涯学習課の加納裕之さん(左)

    満濃池の文化と歴史を教えてくれたまんのう池コイネット副会長の亀井幸彦さん(右)とまんのう町教育委員会生涯学習課の加納裕之さん(左)

  • 満濃池の「ゆる抜き」を見るために押し寄せた人たち(右/かりん会館蔵)と現在の満濃池樋門(左)

    満濃池の「ゆる抜き」を見るために押し寄せた人たち(右/かりん会館蔵)と現在の満濃池樋門(左)

山を隔てた吉野川の水を分けてもらう

大きな満濃池や数多くの溜池によってなんとか水資源を自活しようとしてきた香川県ですが、土器川のような小さな流域では、今日の水資源需要の高まりに応えるのには限界があります。この需要に応えるべく地域がとった選択は「吉野川の水を分けてもらう」ことでした。高知県と徳島県を流れる吉野川から導水される香川用水です。香川用水について水資源機構香川用水管理所の中島洋介さん、四宮弘智さんにお話を伺いました。

「香川から阿讃(あさん)(讃岐)山脈を越えると吉野川が貫流する徳島県ですが、この二つの地域は雨の降り方が大きくアンバランスです。吉野川の方は年間3000mm近く降るのに、山を隔てて香川県の方は1000mm程度しか降りません。そのため、吉野川から山を貫通して導水トンネルをつくり、香川を横断するかたちで水を配る香川用水がつくられました」

これができたことによって香川の水事情は大きく改善しました。川の水量がもともと少ない土器川が水を平野の隅々まで配り届けることは難しいですが、香川用水という新たな用水を活用して、流域の水需要は満たされています。

  • 吉野川の水がトンネルを通って香川県側に初めて現れる香川用水の「東西分水工」。雨の少ない香川県を支える重要な水はここから配水される

    吉野川の水がトンネルを通って香川県側に初めて現れる香川用水の「東西分水工」。雨の少ない香川県を支える重要な水はここから配水される

  • 香川用水の重要性について語る水資源機構香川用水管理所の中島洋介さん(右)と四宮弘智さん(左)

    香川用水の重要性について語る水資源機構香川用水管理所の中島洋介さん(右)と四宮弘智さん(左)

渇水を切り抜ける最後の手段は「雨乞い」

私が今回ちょっとおもしろいと感じたのが、行政の方が渇水対策について語るときの一幕でした。河川事務所の方は流域で渇水が起きたときの渇水対策協議会の話をしてくれましたし、水資源機構の方は渇水時の香川用水の運用についても話してくれました。

行政的なプロセスを踏んで渇水被害をできるだけ低減させようと知恵を絞っていらっしゃるのですが、共通するのが「もうどうしようもなくなったら、最後の手段は雨乞いかな……」と言われることです。半分ユーモアだけど、半分は本気。実際この地域には雨乞いの神事(下記参照)が今も残っています。渇水対策協議会と同じテーブルで雨乞いが話題に上がる地域なんて、きっとここを除いてほかにはないと思います。

流域面積が小さい川と人々の水意識

ジャンプして川を渡ってみて、この流域がいかに小さいかを感じることができたと同時に、水を流域内で賄えないという、小さな川の宿命のようなものを感じました。しかし、その宿命を受け止め、限られた水をいかに溜めるか、いかに使うか、いかに融通してくるかという発想につながっていったことを目の当たりにしました。

滔々(とうとう)と流れる川とは違う個性をもつ土器川、日本一小さな一級水系の流域ゆえの水の集め方は何重もの水配分の工夫と人々の努力と思いにより成り立っています。

(2019年12月20~22日取材)

Go ! Go ! 109水系
編集部の目
田に水を配る古来の知恵

干ばつになると節水はどうしても避けられません。まんのう池コイネット副会長の亀井幸彦さんは、讃岐平野の田における伝統的な節水方法を二つ教えてくれました。

一つめは「線香水(せんこうみず)」。それぞれの田に公平に水を配るために線香を用いることからこう呼ばれています。拍子木の音を合図に線香に火を点け、同時に一番目の田に水を送る。そして線香が燃え尽きると番人が太鼓で合図して次の線香に火を点け、二番目の田に水を配る。それを繰り返すのです。

二つめは「土瓶水(どびんみず)」。田に入れる水さえないような干ばつ時は、やかんの水を稲の根元に少しずつかけていきます。こうすることで稲は大きくはなりませんが、枯れることは免れます。そして雨が降るのを待っていたわけです。しかし1939年(昭和14)の干ばつ時には、県の指導もあって土瓶水を繰り返したものの、収穫は皆無だったそうです。

Go ! Go ! 109水系
編集部の目
今も残る「雨乞い」神事

香川県、特に土器川が流れる讃岐平野は少雨です。人々がいかに雨を欲していたかを表すのが、今も伝わる雨乞いの踊りです。

888年(仁和4)、讃岐の国司だった菅原道真は日照りで苦しむ民を救うため雨乞いをしました。すると雨が降りつづき、喜んだ人々が踊ったことが「滝宮(たきのみや)の念仏踊」の起源とされています。今も毎年8月25日に念仏踊を奉納していますが、干ばつのときには特別に雨乞いの念仏踊を奉納します。

綾川町教育委員会生涯学習課の三好勇太さんによると、雨乞いの念仏踊のときは、笠に垂れ下がった房(シデ)が金色ではなく水色になり、団扇にも「雨」や「水」などの文字が記されるそうです。

平成時代に限っても平成6年(1994)、平成17年(2005)、平成20年(2008)は香川用水の水がめ・早明浦(さめうら)ダムの貯水量が0%となり、生活に支障をきたしました。

幸い平成17年は大雨によって一晩で満水に、平成20年も雨が降りましたが、平成6年はどうにもならず8月8日に雨乞いの念仏踊が奉納されました。これは約20年ぶりで、香川用水完成後は初めてのことでした。

1000年以上も前から、讃岐平野では雨乞いの神事が脈々と受け継がれているのです。

  • 雨乞いのための念仏踊(1994年撮影)

    雨乞いのための念仏踊(1994年撮影)(綾川町教育委員会蔵)

  • 毎年奉納される滝宮念仏踊(常例踊)

    毎年奉納される滝宮念仏踊(常例踊)(綾川町教育委員会蔵)

  • 三好勇太さん

    三好勇太さん

「こんぴらさん」と土器川

土器川の河口付近には丸亀藩の本城だった丸亀城。その北方に湊がありました。その痕跡は江戸講中燈籠などが建つ船溜まり「新堀湛甫(しんぼりたんぽ)」に見ることができます。

この湊、実は「こんぴらさん」と呼ばれ親しまれている金刀比羅宮(金毘羅大権現)の参詣客が上陸する地で、門前湊として大いに栄えました。金刀比羅宮は海の神様であり、五穀豊穰、大漁祈願、商売繁盛など幅広い神様として津々浦々から信仰を集めていたのです。

金刀比羅宮には湊から向かうほかに、高松方面から土器川を渡るルートもありました。参拝前に身を清めるため土器川の水で禊をしたことから、土器川は「祓川(はらいがわ)」とも呼ばれていました。祓川橋という名の橋がその記憶を今に留めています。

  • 新堀湛甫

    新堀湛甫

  • 祓川橋

    祓川橋

命の水が湧く「出水」

土器川をはじめとする讃岐平野の川沿いには「出水(ですい)」と呼ばれる取水施設が各所にあります。これは湧き水を主に農業用水として用いるもので、以前は飲料水にも使われました。土器川のそばにある「竜王出水」を訪ねると、清らかな水のなかで魚が泳いでいます。水面のところどころに波紋が広がるのは今も水が湧き出ている証拠です。

竜王出水を眺めていると、自転車で通りがかった年輩の方が話しかけてきました。「私が子どものころ、みんなで泳いだりして遊んだもんだよ」と言って懐かしそうに笑っていました。今はひっそりとしていますが、耳を澄ませるとかつての子どもたちの歓声が聞こえるような気がします。

竜王出水

竜王出水

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