古賀河川図書館長
水・河川・湖沼関係文献研究会
古賀 邦雄(こが くにお)
1967年西南学院大学卒業。水資源開発公団(現・独立行政法人水資源機構)に入社。30年間にわたり水・河川・湖沼関係文献を収集。2001年退職し現在、日本河川協会、ふくおかの川と水の会に所属。2008年5月に収集した書籍を所蔵する「古賀河川図書館」を開設。
平成26年公益社団法人日本河川協会の河川功労者表彰を受賞。
いつの時代でも日本列島は豪雨、台風、高潮などの水害に襲われる。水害に遭遇した人々はその人生を変えてしまう。シネマ『みをつくし料理帖』は、享和2年(1802)、8歳の澪と野江は姉妹のような仲よしの二人で、大坂を襲った大洪水によって両親を亡くした。澪は江戸の神田の蕎麦処「つる家」で料理人に、野江は吉原の遊郭に買い取られ花魁となる物語である。水害は非情であり、二人の運命を変えてしまった。
今年(2020)7月、熊本県球磨川大水害が起こった。死者65名、9000棟を超える家屋被害が発生した。球磨川の水害防除のため、中止していた川辺川ダムの建設が流水型ダムとして再度持ちあがってきた。
池田駿介・小松利光・角 哲也編『流水型ダム―防災と環境の調和に向けて―』(技報堂出版・2017)には、流水型ダムとして、イラン、フランス、アメリカ、スイスにおける事例を掲げ、日本では、益田川ダム、辰巳ダム、西之谷ダム、農地防災ダム事例を挙げている。
流水型ダム(穴あきダム)は、ダム底部近くに洪水吐きの穴が開けられ、増水時には自然調節されて貯水位が上がるが、減水時には貯水位が低下して通常の河川の状態に戻る。このため、貯水型ダムと異なり、ほぼ通常の河川状態が維持されて水質の劣化が生じず、流水・土砂や魚の移動についての連続性が保たれるなど、自然に優しいダムと力説する。
流水型ダムとして本格的に施工された益田川ダムについて、島根県編・発行『益田川ダム工事誌』(2008)がある。
日本の15m以上の高さのダム数は3000基ほどで、型式は重力式コンクリート、アーチ式、ロックフィル、アース、バットレスダムなどがあり、目的は治水、利水としての農業用水、水道用水、工業用水、発電用水、環境用水に利用されている。2つ以上の目的をもったダムを多目的ダムという。
豊田高司編・岡野眞久ほか著『にっぽんダム物語』(山海堂・2006)は、ダムの役割と影響を歴史的に検証し、環境にも配慮した今後のダムのあり方を提示する。ダムが果たしてきた役割として、水田稲作における農業用水、近代都市の発達と水道用水、近代産業の発展と発電ダム、戦後復興と多目的ダムを挙げる。そして、ダムがもたらす影響とその対策、水源地域への社会的影響とその対策、水利権への影響と対策、生物生息環境への影響とその対策を論じる。
高崎哲郎著『湖水を拓く―日本のダム建設史』(鹿島出版会・2006)では、ダムには5つの顔があるという。
①有史以来日本の経済・文化・人口を支えた農業ダムの果たした役割である。②明治期の開国間もない時期以降、港湾都市を中心とする都市の衛生面を支えた上水道の水源としての役割である。③明治・大正・昭和前期における日本の生活・産業をエネルギーの面で過半を担った水力発電に果たした発電ダムの役割である。④洪水調節を含む多目的ダム建設が第二次世界大戦復興に果たした役割である。安全性ばかりでなく食糧やエネルギーが不足する中で、食糧増産と電源開発促進を治水と併せて解決手段として、多目的ダムの建設を中核とする国土総合開発が進められた。⑤高度経済成長期における大都市への人口・産業の集中に対して要請された都市用水水源として、同時に大都市の治水の安全度向上に対する洪水調節としてのダムの役割がある。資料として、日本・近現代史のダム建設史として、日本最初のコンクリートダム布引五本松ダム、日本初のアーチダム上椎葉ダム、日本初の本格的ロックフィルダム石淵ダムなどが掲載されていて、先人たちのダムづくりの苦労をたどることができる。全国ダム位置図も掲載されている。
ダム開発史として、ダム技術センター編・発行『ダム技術(NO.40)―河川総合開発40年のあゆみ』(1990)、水力技術百年史編纂委員会編『水力技術百年史』(電力土木技術協会・1992)、建設省東北地方建設局河川部編・発行『東北のダム五十年史』(1993)、建設省利根川ダム統合管理事務所編・発行『利根川上流ダム40年史』(1996)、水資源開発公団編・発行『水とともに―水資源開発公団40年の足跡と新世紀への飛翔』(2006)、内閣府沖縄総合事務局北部ダム事務所編・発行『水とともにこれからも 北部ダム事務所30年のあゆみ』(2002)が刊行されている。
ダムは日本の経済の発展のために右記に掲げた5つの役割をもって建設されてきた。しかしその反面、高度経済成長を支えたダムが流域の河川環境の悪化をもたらし、河川行政の転換がなされた。おりしも、元アメリカ開墾局総裁のダニエル・ビアー氏が1995年2月15日の日本での講演で、河川行政の変革を次のように語った。①開墾局は大規模な水資源開発事業にかかる莫大な建設および運転コストは、その事業の受益者の支払いでは償却しきれなくなった。②開発事業の副産物として土壌の塩害、漁業の衰退あるいは消滅、野生生物の消滅、先住民族文化の破壊、堆砂問題などが生じており、河川行政の変革がなされた。
このことには日本弁護士連合会公害対策・環境保全委員会編『川と開発を考える』(実教出版・1995)、公共事業チェック機構を実現する議員の会編『アメリカはなぜダム開発をやめたのか』(築地書館・1996)、ウィリアム・L・グラフほか著『ダム撤去』(岩波書店・2004)がある。日本においても脱ダム論が起こった。今までの河川法の目的は、人間のための治水と利水に規定されていたが、1999年(平成11)に自然に優しい環境を重視することが加わり、3つの目的に改正された。
生活や産業の活動で、水と食糧とエネルギーの3つは、絶対欠かせない。水から食糧とエネルギーは生み出される。再生エネルギーの可能な水力発電ダムについて考えてみる。
竹村公太郎著『水力発電が日本を救う』(東洋経済新報社・2016)では、今あるダムで年間2兆円超の電力を増やせると指摘する。それは水害予防としてあらかじめ水位を落としているが、それをダムに溜めて水力発電に利用し、水害が起こるようなときには落とせばいいという考え方である。そうすれば、有効的なダム利用で2兆円超が生み出される。これにはダム管理規程を変更しなければならない。
日本における一次エネルギー消費量に占める割合は石油41%、石炭26%、天然ガス22%、原子力1%、再生可能エネルギー5%となっており、水力発電は4%に過ぎない。
国土文化研究所編『今こそ問う 水力発電の価値―その恵みを未来に生かすために』(技報堂出版・2019)では、次のように水力発電を発信する。
①気象条件に左右されない安定的な電源である。②水力発電のCO2排出量は、設備建設時の間接的排出量を含めてもわずかであり、さらにエネルギー密度が高いことなどから、水力発電は環境負荷が小さい。③水力発電は、地域社会に根ざした水力開発を行なうことで、地方に経済的および社会的な恩恵をもたらす可能性も有している。④地域の環境に調和した水力発電施設を設置・運営するためには、水力発電施設を計画、設計、建設、維持管理するための技術力をもった人材が必要である。⑤水力発電を行なうことによって減水区間が生じ、河川環境に影響を及ぼす。河川維持流量の確保と河川環境の保全を両立させる取り組みが必要である。⑥既設ダムの活用、ダム運用の高度化を図る必要がある。⑦ダムの再開発による嵩上げによって、貯水水位を増加して、水力発電に利活用する必要がある。⑧ダムのアキレス腱は堆砂問題である。宇奈月ダムの排砂ゲートを用いた連携排砂、小渋ダムの排砂バイパストンネル、土砂を輸送する低コストのベルトコンベアシステムなどが必要である。
水力発電については木曽川の水力発電開発の茂吉雅典著『水燃えて輝く』(岐阜新聞社・2009)、黒川静夫著『三重の水力発電』(三重県良書出版会・1997)がある。
ダムに関する書について、ランダムに挙げてみる。
竹林征三著『ダムと堤防』(鹿島出版会・2011)は、水害が起こりやすい日本列島にダムなどでどのように対処するか。西松建設「ダム」プロジェクトチーム著『巨大ダムの“なぜ”を科学する』(アーク出版・2014)は、ダム施工に関する材料から施工法まで最新最強のダム技術が基礎からわかる書である。宮島咲著『ダムの教本』(秀和システム・2018)は、ダムの基礎構造、提体・堤高・基礎地盤・減勢工・重力式コンクリートダム・アースダムなどを解説する。虫明功臣ほか著『ダムと緑のダム』(日経BP・2019)は、水災害に挑む流域マネジメント、ダムと森林が手を結ぶ。川崎秀明著『日本のダム美』(ミネルヴァ書房・2018)は、日本の近代化を支えた石積み堰堤を探求する。
終わりに、児童書として溝渕利明監修『見学しよう工事現場〈3〉ダム』(ほるぷ出版・2011)、福手 勤監修『ダムのたんけん』(星の環会・2019)、前川康男著『黒部ダム物語』(あかね書房・1963年)を挙げる。
〈黒四の慰霊碑にぬぐ登山帽〉 (田口晶子)