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水の文化 11号 洗うを洗う

シャボンの香り

松本 葉(まつもと よう)さん

神奈川県鎌倉市生まれ。1984年自動車雑誌『NAVI』の創刊スタッフとして(株)二玄社入社。編集記者のかたわら「カーグラフィックTV」のキャスターをへて、1990年渡伊。トリノにて、自動車を中心とした取材活動や『AUTO&DESIGN』の翻訳を行う。2000年より南仏在住。フリーライターとして、NHKイタリア語講座などに連載中。著書に『愛しのティーナ』『伊太利のコイビト』(新潮文庫)ほか。

イタリアの姑は家族の健康に気遣い、みんなで囲む食事作りに熱心で、近所のヒトの噂話にも熱心で、買い物が好きで、サッカーも好きで、それより好きなのが美容院通いという、典型的なイタリアの主婦である。身の丈に合った暮らしを好み、慎ましやかだが、ときにドンと大きな買い物をして家族を驚かせることもある、そんなヒトだ。

暮らしを回すそのやり方はクラシックで、ときにもどかしいほど手動を好むのだが、それこそ彼女の手にかかると家の中はきちんと片付き、洗濯物はきれいに仕上がり、時間はかかるが肉の煮込みはホックリできる。

秘訣を聞けば「ゆっくりやること、気楽にやること、イヤな日はやらないこと」とサラリと言う。といっても彼女にイヤな日はないようで、いつ行っても姑は太めのウエストにエプロンをまき、手でも落ちた水でも埃でもチョコチョコッと拭く布巾を肩にかけ、歌をうたいながら働いている。廊下の鏡を見ながら髪に手をやり、近づいては皺を嘆き、嘆いてもしょうがないわねと独り言をつぶやいては再び手を動かす。

「料理は苦手よ。いつも母にお前は下手だねって言われたもの」

いつだったか、家事のなかで何が一番好きなのか尋ねると、彼女はまっさきにこんな風に言ったものだった。意外な答えに「へえ」と私が驚けば、笑った彼女がこう言った。

「一番好きなのは洗うこと」

そういえば---、姑がもっとも楽しそうにする家事は、洗濯やら食事の後片付けや床掃除といった「洗う」作業で、思い出してこう言えば彼女が照れながら「気持ちいいんだもの」とささやいた。

もちろん洗濯機はあるのだけれど、姑はどちらかというと手洗いを好む。洗濯機はシーツやタオルといった彼女の言うところの大物用で、使う日は「今日は洗濯機を回すけど」と家族に声をかける。色物と白い物をきっちり分ける上に、洗濯機は満杯にならないと回さないから出番は少なく、数年前に息子たちからプレゼントされた新型のそれも所在なさげだ。

「いまどき、分けるなんて。なんでもつっこめばいいじゃないか。せっかくあるのにもったいない」

家族にこう非難されては「もったいないから大事にしてるんじゃない」と言い返すのはいつものことだが、これは彼女独特の心遣いで、手洗いが好きなのよ、とある時、教えてくれた。

「機械にまかせるのは心もとなくてね。きれいになっていくのを見るのがいいの。ストレス発散かしら」

姑とストレスはどうみても結び付かなかったから私が思わず笑うと、「アタシにだって」と不満そうに言った彼女が真面目な顔でこう続けた。

「水がカタイからクスリを入れなきゃならないでしょ。あれも煩わしいのよ。煩わしいけど機械が石灰だらけになって壊れてもね。いろいろ思うとつい、手になっちゃうの」

イタリアの水は硬水で、石灰がとても強い。触れるぶんには気がつかないが、水を使う場所は水分を拭き取っておかないと、あっと言う間に石灰がこびりつく。蛇口でも食器でも放っておくと白い濁りがすぐにつくのだ。これがたまると厄介で、特に機械ものは故障の原因になるという。だから洗濯機でも食器洗い機でも通常の洗剤のほかに石灰を溶かす、彼女が言うところのクスリを入れなければならない。

私自身、住みはじめた頃はこの石灰の強さに仰天した。これが噂に聞いた硬水とばかりに白い濁りを眺めたものだった。お湯をわかすポットの内側をこすると白い粉がポロポロと落ちて、これが体のなかに入っているのかとゾッとした。そういえばこの話を姑にすると彼女は「ニホンの水にはないの?」とびっくりした声を出しながら「これで洗うといいのよ」とプラスチックのボトルを差し出した。

「口に入れるものはね、クスリを使うのもナンだから、アタシはいつもお酢とお塩で洗うの。しばらく浸けておくとピカピカになるわよ」

試しに使うと彼女の言うとおりだった。そういえば彼女は汚れた食器もお酢を入れた水で洗う。漂白の効果があるのだという。彼女の台所には手の届くところにお酢が置いてあって、プラスチック製のフタにはキリで穴があけてある。ボトルを逆さまにしてお腹を押すと中身がピューッと勢いよく飛び出す。

「汚れでも匂いでも自分の目と鼻を使って手で確かめながら洗っていく。こういう洗い方が好きなのよ。古いわね」

古いわね、と自らを笑いながらも、着るものでもお皿でもなんでも、洗う作業をするときの姑はとても楽しそうだ。圧巻はおじいさんの代から使われているという木製のテーブルを洗うときで、この日ばかりは舅も駆り出される。

月に一度、天気のいい日を選んで、ふたりはヨイコラショとばかりに大きなテーブルを庭に運び出す。太陽がもっとも当たる場所にそれを置いて、バケツに作った薄い石鹸水をブラシにつけてゴシゴシ洗う。

はじめてこの作業を見たとき、その豪快なやり方に仰天した。木は水分を嫌うと思っていたから驚いたのだが、そう告げると、姑は洗い方と同じくらい豪快に笑い、そして言ったものだった。

「ずっとこうしてきたのよ。おばあさんもアタシの姑も。こうやると長持ちするって。アタシも最初は驚いたわねえ。今じゃ、コレなしにひとつきは終わらないけど」

作業が終わると、テーブルの横に椅子を持ち出して、舅がドカンと腰を下ろす。体が痛くてたまらんとブツブツ呟くのはいつもことだが、聞こえているのかいないのか、「来月もよろしく」と姑が言うのもいつものことだ。

「結局、アタシは自分のココロを洗っているのよ。ココロの濁りを取ってるの。だから洗うのが好きなのね。人生っていろいろ、あるから」

姑の心の淵をのぞいたようで、私は彼女の台詞にハッとした。彼女が過ごしてきた私の知らない長い時間を想って返す言葉を失った。横では姑がきれいになったテーブルを嬉しそうに眺めながら、ひとり静かに笑っていた。

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目次

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風土、宗教、文明から見る水の浄化力と清めの文化 涙はなぜ美しいのか 山折 哲雄
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洗濯機の商品開発と消費者のライフスタイル
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寺田 實
技術者が語る潜在の戦後文化史白もの信仰と清潔な香り 藤井 徹也
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