機関誌『水の文化』76号
そばと水

そばと水
【水を抜く】

「越前おろしそば」を支える「水を抜く」工夫

皿に盛りつけられた冷たいそばに、大根おろしとつゆをかけ、かつおぶしや刻みネギを散らした「越前おろしそば」。近年、全国的に知られるようになってきたが、実は定まった型はない。色が濃くて太い、歯応えを楽しむそばもあれば、白みが勝り細くしなやかでのどごしのよさを楽しむそばもある。あらかじめつゆをかける店もある。ソバの在来種が多く、「越前おろしそば」でも知られる福井県を訪ねた。

大根おろしとネギ、かつおぶしを用いる福井県の「越前おろしそば」 
撮影協力:株式会社たからや

大根おろしとネギ、かつおぶしを用いる福井県の「越前おろしそば」  撮影協力:株式会社たからや

生産者と増やしたソバの作付面積

「越山若水(えつざんじゃくすい)」という言葉をご存じだろうか。これは越前の緑豊かな山々、若狭の清らかな水を指し、福井の美しい自然を表している。

その福井にある「越前おろしそば」は、主に福井市など南越前町以北の嶺北(れいほく)地方で食べられている。その歴史は古く、400年ほど前に越前府中(現・越前市)の藩主・本多富正が収穫期間が短いソバを合戦の合間に栽培させて兵糧(ひょうろう)にしたことが始まりとされ、健康のことも意識して大根おろしと一緒に食べるそばを考案したという説が有力だ。

その後、宿場町や港町を中心に、越前の国全体へと広がっていった。そして、ソバしか育たないようなやせ地で、主に地域の人たちが自分で育てて、打って食べるために栽培されつづけてきた。

「福井県内のソバの作付面積は約3500haです。しかし、平成初期までは500ha前後で推移していました」と言うのは、福井県農林水産部福井米戦略課の山川義則さん。山川さんは福井県のソバの生産振興や販売促進を行なっている。

福井県でソバの作付面積がここまで増えたのは、「2年3作体系」という輪作を推進しているからだ。「2年3作体系」は、春に田植えを行ない、9月に米を収穫したら、10月には大麦の種を播(ま)き、翌年の6月に収穫。そして8月にはソバを播き、11月に収穫したら、翌年は稲作に戻るという、2年かけて3つの作物を同じ耕地(田んぼ)で育てるもの。限られた面積の耕地をしっかり利用する政策であり、農家にも受け入れられながら、食糧自給率の向上にもつながる。国も注視しているようだ。

  • 福井県のソバ栽培地域

    ※嶺北地域を中心に県内全域で栽培
    出典:福井県農林水産部福井米戦略課 『「ふくいそば」の話をしよう。』(令和4年3月)

  • 田んぼから水を抜く工夫について語る福井県農林水産部福井米戦略課の山川義則さん

    田んぼから水を抜く工夫について語る福井県農林水産部福井米戦略課の山川義則さん

  • ソバ産地(上位10道県)田畑別面積割合

    上位10道県のうち、福井県は水田作付割合が最も高い。北陸地方は重粘土壌の水田が中心でもともと畑地が少ないこと、ソバが米の転作作物として水田で推進されたことなどが考えられる
    出典:福井県農林水産部福井米戦略課『「ふくいそば」の話をしよう。』(令和4年3月発行)

水を嫌うソバのために田んぼの水を抜く

福井県は田んぼを活用してソバの栽培を推進しているものの、ソバは水に弱く、排水性の悪い田んぼでの栽培は収量が安定しない。大雨や台風の影響も受けやすく、年によっては播いたソバの種と同程度しか収穫できないこともある。

水を好む稲と、水を嫌うソバや大麦。水の好みに関しては正反対の植物を同じ田んぼで育てるためには「水を抜く」ことがポイントとなる。

コンバインなど重たい農機具が田んぼに入ると地中に固い地盤ができる。それを水が垂直に染み込みやすくなるように地盤を壊す「垂直排水」、そして畑の表面に溜まった水を外に流していく「表面排水」という2つの排水をきっちり行なうことが重要となる。そこで福井県はJA福井県、JA越前たけふ(以下、JA)と一緒に、農家に「水を抜く」ための指導を行なっている。さらに、播種(はしゅ)直後の強い雨は大敵なので、通常より高い位置に種を播き、湿害を回避・軽減する「小畦(こうね)立て播種」という技術も福井県農業試験場が開発した。

せっかく排水した田んぼも、ソバを収穫した翌年には、また水田に戻される。少しもったいない気もするが、間に水稲を挟むと土は水で洗われ、連作すると収量性が悪くなる畑作物の生産性が復活するというメリットもあるそうだ。

  • 慣行農法と小畦立て播種技術の略図(横から見たところ)

    出典:福井県農林水産部福井米戦略課『「ふくいそば」の話をしよう。』(令和4年3月)

  • 小畦立て播種技術を用いたソバ畑

    小畦立て播種技術を用いたソバ畑。慣行農法によるソバ畑(次の写真)に比べると、生育のよさがわかる 提供:福井県農林水産部福井米戦略課

  • 慣行農法によるソバ畑

    慣行農法によるソバ畑 提供:福井県農林水産部福井米戦略課

  • 従来の播種機に装着して使う「小畦立て播種装置」

    従来の播種機に装着して使う「小畦立て播種装置」 提供:福井県農林水産部福井米戦略課

「そばの聖地」目指し 県をあげて取り組む

1996年(平成8)、県や市町、JA、麺類業生活衛生同業組合、そば製粉連絡協議会が参加して「福井そばルネッサンス推進実行委員会」を立ち上げ、協働してそばの魅力を発信していく活動を始めた。そこで前面に打ち出したのが、全国的にも珍しい、大根おろしをたっぷり用いる「越前おろしそば」。しかし、越前おろしそばは店によってスタイルがさまざまなため、福井のそば全体として魅力が伝わりにくいことが課題だった。

福井県では、改めて福井のそばの魅力を見直し、栽培されているソバが「在来種」であることに着目。夏ソバを除き、県内で栽培しているソバは品種改良していない在来種だけであること、そして在来種のそばは香りがいいことから、「香福(こうふく)の極み 越前蕎麦」というキャッチコピーをつくった。2024年(令和6)3月の北陸新幹線開業を目がけ、福井県産そばを使用する新たな認証店の募集を開始した。

福井県食品加工研究所に保管されている在来種は22系統。現在栽培されている主なものは「大野在来」「丸岡在来」などだ。

「在来種を守るためのサポートは特にしていません。福井のそばがおいしいのは在来種だからだということを皆さんが知っていて、プライドをもって栽培しているからです。田んぼでソバを育てるのは生産性があまりよくないので、値段の高い種子を買うのではなく自家採種した方が経済的という考えもあります」

これまで「越前おろしそば」を通じて福井県を発信しようと行なってきた「福井そばまつり」を、2023年(令和5)からは全国のそばを食べ比べられる「福井そば博」にリニューアル。同時に開催する「全日本素人そば打ち名人大会」は28回を数え、全国のアマチュアそば打ち愛好家のなかで最も権威ある大会として定着している。

  • 福井県は県産そばを使用しているそば店などを「香福の極み 越前蕎麦」認証店としていく

    福井県は県産そばを使用しているそば店などを「香福の極み 越前蕎麦」認証店としていく

  • そばに大根おろしとネギ、かつおぶしを載せ、その上からそばつゆをかける

    ■「越前おろしそば」3つのバリエーション 
    そばに大根おろしとネギ、かつおぶしを載せ、その上からそばつゆをかける
    提供:福井県農林水産部福井米戦略課

  • あらかじめ大根おろしをそばつゆに混ぜ、ネギをかつおぶしを載せたそばにかける

    ■「越前おろしそば」3つのバリエーション
    あらかじめ大根おろしをそばつゆに混ぜ、ネギをかつおぶしを載せたそばにかける
    提供:福井県農林水産部福井米戦略課

  • 大根おろしの搾り汁をあらかじめそばつゆと混ぜ、ネギとかつおぶしを載せたそばにかける

    ■「越前おろしそば」3つのバリエーション
    大根おろしの搾り汁をあらかじめそばつゆと混ぜ、ネギとかつおぶしを載せたそばにかける
    提供:福井県農林水産部福井米戦略課

  • 越前おろしそばに使われることが多い「辛味大根」。ただし青首大根を使ってもよく、種類は問わない

    越前おろしそばに使われることが多い「辛味大根」。ただし青首大根を使ってもよく、種類は問わない

若者たちがあこがれるそば業界にするため

県内のそば店が加盟する福井県麺類業生活衛生同業組合の理事長を務める宝山(ほうやま)栄一さんを訪ねた。福井そばルネッサンス推進実行委員会会長でもあり、福井市内でそば店を営む宝山さんに、福井のそばの特徴を聞いた。

「在来種という原材料とおろしそばが福井の特徴です。おろしそばはいろいろな食べ方があって、うちの場合はお出汁と一緒に大根おろしを混ぜていますが、店によっては大根おろしを薬味のように上に載せているところや、大根おろしのしぼり汁で出汁を割っている店もあります。おろしそばはソースカツ丼とともに、福井のソウルフードなんです」

宝山さんは、そば店を若者たちが憧れる業界にしたいと考え、市内の啓新(けいしん)高等学校で9年前からそば打ち指導を始めた。そして2023年8月、「全国高校生そば打ち選手権大会」の優勝を勝ち取った。すでに教え子の6人がそばの業界で働いているそうで、「若い子たちがこの業界に憧れて入ってきてくれる。こんなにうれしいことはないですよ」とほほえむ。

福井駅前に、在来種を用いた福井のそば店が並ぶ「そば店街」をつくりたいという夢もある。「福井って若い店主のそば屋が多くて元気があるねって、思ってもらえるようなところにしたいです」と宝山さんは語る。

古くから米づくりが盛んな福井では今、田んぼの水を調整しながらソバを育て、清らかな水でそばを打つ。「そばを打つ時、半分は水です。出汁をつくるのも、そばをゆでるのも水。水がいいことはとても大事な要素なのです」と言う宝山さんの言葉が心に残った。

  • 毎年福井県で開催される「全日本素人そば打ち名人大会」。各地の予選を勝ち抜いた人が集まって腕を競う。優勝すると「そば打ち名人」に認定される

    毎年福井県で開催される「全日本素人そば打ち名人大会」。各地の予選を勝ち抜いた人が集まって腕を競う。優勝すると「そば打ち名人」に認定される 提供:福井県農林水産部福井米戦略課

  • 毎年8月に東京で開かれる「全国高校生そば打ち選手権大会」。2023年は福井市の啓新高等学校が優勝した

    毎年8月に東京で開かれる「全国高校生そば打ち選手権大会」。2023年は福井市の啓新高等学校が優勝した 提供:福井県農林水産部福井米戦略課

  • 福井県麺類業生活衛生同業組合の理事長、宝山栄一さん。そば店「たからや」を営む

    福井県麺類業生活衛生同業組合の理事長、宝山栄一さん。そば店「たからや」を営む

(2023年12月22日取材)

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