機関誌『水の文化』47号
つなぐ橋

モンゴルと日本をつないだ太陽橋

モンゴル・ウランバートル市内の北側と南側をつないだ太陽橋。

モンゴル・ウランバートル市内の北側と南側をつないだ太陽橋。線路をまたぐ長さ262mの橋梁部分と盛り土構造のアプローチ道路部分で構成されたモンゴル最大の鋼鉄製橋梁である。
写真提供:JFEエンジニアリング株式会社

日本が政府開発援助(ODA)でモンゴルに架けた橋は、太陽橋と名づけられました。日出づる国への感謝の想いが、その名前に込められているように思います。モンゴル最大の鋼鉄製橋梁であり、鉄道で分断されていた南北の市民の生活をつなぐ橋。技術移転の意味からも、モンゴルと日本をつないでいます。

小林 厚さん

JFEエンジニアリング株式会社 経営企画部 企画室長
技術士(建設部門)
小林 厚(こばやし あつし)さん

1993年入社。鋼構造本部橋梁事業部、海外事業本部鋼構造グループを経て、現職。

鉄道で分断された南北をつなぐ橋

モンゴル国(通称モンゴル)の首都ウランバートルの市内ではモータリゼーションが進み、毎年1〜2割ずつ自動車の保有数が増えています。

北側の商業地区と南側の工業地区は鉄道によって分断されており、交通渋滞が非常に激しく、経済発展を阻害していました。2カ所の踏切と二つの高架橋(ゴルバルジン橋、平和橋)がありますが、両橋とも老朽化が著しく、安全で円滑な交通を確保できないことが課題となっていました。

そこで2009年(平成21)、橋を架けることで渋滞を緩和しようというプロジェクトが決定しました。モンゴルに対して行なわれた過去最大の政府開発援助(ODA:Official Development Assistance)によって建設された橋は、日出づる国日本からのプレゼント、ということで太陽橋と命名されました。

太陽橋は、線路をまたぐ長さ262mの橋梁部分と盛り土構造のアプローチ道路部分で構成され、モンゴル最大の鋼鉄製橋梁となりました。

開通後は、これまで迂回を余儀なくされていた1日あたり約3万台の自動車が利用し、市内の交通渋滞は劇的に緩和されました。また歩行者も線路内に立ち入ることなく、橋を通って安全に通行することができるようになりました。

モンゴルは親日国

2012年(平成24)10月17日の開通式には、アルタンホヤグ首相、バトウール市長、バトトルガ市議会議長を代表とする関係者が出席し、在モンゴル日本国特命全権大使の清水武則さんが、「この橋が両国の架け橋になることを希望する」と祝辞を述べました。

モンゴルが旧ソビエト連邦の社会主義から脱し、自力で経済発展しようと努力してきたこの20年間に、さまざまなプログラムやプロジェクトによって日本がサポートしてきたことに、モンゴルの人は大きな感謝の気持ちを抱いてくれているようです。そのためモンゴルは大変な親日国です。

市民全員が待望する橋ができるということで、交通警察や鉄道会社は非常に好意的で、工事の際には施工を進めやすい環境を整えてもらいました。

モンゴルの特色

モンゴルでは、286万8000人(2012年現在)の人口の内4〜5割の人が首都ウランバートルに集中して住み、その内の6割が今でもゲルに住んでいます。

冬は非常に寒く、特に1月はマイナス40度にまで下がりますので、この間は工事ができません。その分、緯度が高いため夜の9時ごろまで明るい夏で挽回しました。

一番苦労したのは「何もない」ということでしょうか。日本には施工協力してくれる企業がたくさんありますし、工事のための資機材も豊富にそろっています。

しかしモンゴルでは道具も重機も人材も限られており、工夫や段取りが求められました。

鋼鉄製橋梁を選択

日本国内では、橋の長さや建設場所などの条件を鑑みて建設コストを出し、コンクリート橋か鋼製の橋かが選択されます。基本的には海外も同様です。

コンクリートはどの国にも存在し、ビル建築などでも多く使用されていることから、材料や作業員の確保は比較的容易です。重量物を輸送する必要もありません。

一方、鋼製の橋は管理された工場で製作すれば、仕様どおりの製品の供給が可能で、単に完成した部品をボルトでつなぐだけなので、建設現場での作業期間は格段に短くなります。

コンクリート橋を選んだ場合、品質が不確かなモンゴルで、仕様を満たす生コンを調達し、確実な施工や検査を実施することは難しいことがわかりました。それは既存の橋の老朽化の速さを見ても明白でした。しかも、その国の技術力や機材、建設会社の有無により、机上の見積もりだけでは金額を計れないという事情もありました。

そこで今回は鋼製の橋が採用されました。しかし、仕様どおりの鋼材を手配し、適切な品質の製品を供給できる工場をモンゴルで探すのは困難ですので、橋の部材は日本で製作して運びました。

輸送用の道路がないことはわかっていたので、最初から鉄道輸送を選択しました。一つが10tとか20tの重さの橋桁を運ばなくてはならず、場合によっては3カ月もかかり大変苦労しましたが、日本製の部品でなければ品質は担保できなかったでしょう。

品質・工程における確実性

日本製の橋梁が高い耐久性を誇るのは、鋼材や溶接の品質が高いからです。

さらに緻密な作業計画や高度な施工技術によって、決められた工期内での施工を可能とします。また、周辺の交通や住居への影響も最小限に抑え、施工時の安全も担保します。今回のモンゴルでの工事でも、各工程の計画ずれは1週間以内、最終的には1カ月工期を前倒しすることができました。鉄道や幹線道路への影響も最小限とし、工事中の災害もゼロでした。

生産管理の基準が厳しい日本では当たり前のことですが、逆に言えばその厳しさによって、高い技術力が磨かれたのです。よって、価格も含めて最適な技術や管理方法を選択して顧客要求に確実に応える日本式のやり方こそが、他国に勝る点だと言えます。インフラ建設の場合は、単なる技術だけでなく、これが重要だと思います。

ただ、その分高価であることは否めませんから、その価値を当該国が正当に評価してくれるかどうかはわかりません。しかもモンゴルの公共工事投資額は、中国が断然突出しています。

日本がそこに割り込んでいくことは難しいのですが、近年、経済発展の著しい国では環境や安全を重視する声も聞かれるため、今後の日本製品の躍進、発展途上国での鋼製の橋の採用に期待するところです。

国をつくる土木技術

橋というのは、一般の人が誰でも使える施設ですから、多くの人に感謝されます。横綱白鵬関の夢は、モンゴルに橋を架けることだと聞いたことがあります。2012年(平成24)のモンゴルの流行語には、〈太陽橋〉が選ばれたそうです。

今の段階では、設計基準もないモンゴルが個々の条件に合わせて最適な橋梁設計ができるようになるには、まだまだ長い時間がかかることでしょう。しかし土木技師の需要は高く、モンゴルの大学で一番人気があるのは土木工学のエンジニアだそうです。何回かプログラムを組んで、大学生や技術者を対象に技術移転の講習会も実施しました。

太陽橋の現場で一緒に汗を流した仲間が、将来、国のインフラ整備を牽引してくれたらうれしいですね。

(取材:2014年3月12日)

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