機関誌『水の文化』34号
森林の流域

森の保全と物質循環 求められる長いスパンと広い視野

和歌山の事務所の一番奥、黒い壁の建物がj.Pod 。右:京都大学構内のj.Pod でつくられた連携研究推進棟。

和歌山の事務所の一番奥、黒い壁の建物がj.Pod 。右:京都大学構内のj.Pod でつくられた連携研究推進棟。

樹木や動物や微生物といった生物だけではなく、土壌や水や大気といった非生物も含めた森林生態系という複雑なフィールドで、要因を特定できるデータを取り続ける徳地直子さん。 モニタリングとは成果を出すものではない、という地道な作業から教えられた自然の懐の深さをうかがいました。

徳地 直子さん

京都大学フィールド科学教育研究センター
森林生物圏部門森林生態保全学分野准教授
徳地 直子 (とくち なおこ)さん

京都大学農学部卒業、同林学科森林生態学研究室助手、同附属演習林助教授を経て、改組により京都大学フィールド科学教育研究センター准教授。森林生態系における大気-植物-土壌間での物質(特に窒素)の循環に関する研究。日本及びタイ・シベリア・アラスカなどの森林調査。近年は、森林の施業方法が森林環境に与える影響や、里山でのタケの侵入の影響などについても調査している。
主な著書、論文に、『森里海連環学 森から海までの統合的管理を目指して』(共著/京都大学学術出版会2007)、Tokuchi,N., Hirobe,M., Kondo,K., Arai,H., Hobara,S., Fukushima,K. and Matsuura,Y. (2010) Soil Nitrogen Dynamicsin Larch Ecosystem. In Permafrost Ecosystems: Siberian Larch Forests. (eds.) Osawa,A. and Kajimoto,T. Ecological Studies. Springer-Verlag(inpress).

森・里・海の連環学

私たちは、京都大学農学部附属演習林で森にかかわる研究をしてきました。演習林ですから、もともとは林学実習を支援していたんですね。

海のほうでは水産実験所、植物のほうでは亜熱帯植物実験所というように、それぞれの分野で研究を続けていました。

しかし、海とか森とか、分けて考えるのって変ですよね。川は森とも海ともつながっていますが、つながりの境界領域の研究というのはどうしても弱くなります。研究者も現われません。しかし、融合して一緒にやることによって、すべての領域がカバーできるじゃないかと考えました。

そこで、川1本を流域すべてでとらえ、周りに住んでいる生物、人、存在する物・者をひっくるめて管理していくことが必要という「流域管理」というとらえ方が提唱されたのです。2003年(平成15)4月には、旧理学研究科附属瀬戸臨海実験所、農学研究科附属演習林、亜熱帯植物実験所、水産実験所の4施設を統合して〈フィールドセンター〉にするという組織改編が行なわれました。

そのときに、何をミッションにしたかというと、境界領域の薄さをなくして、森・里・海の連環をすべてひっくるめて1カ所で考えましょう、ということなんです。

ですから、連環学という発想は、できたばかりのまだまだ新しい働きです。

しかし正直なところ、一緒になってはみたものの、私は森の研究者ですし、舞鶴では海の研究をしている人がいます。別に個々に閉じていても不都合はないのです。

京都大学は福井県・滋賀県に接する京都府北東部に芦生研究林というものを持っているんですが、ここは由良川(注1)の源流域になっています。

由良川は舞鶴水産実験所のある丹後海に注いでいるので、由良川で森と海が結ばれている形になっています。そこで、流域全体で木材を使った木の文化を考え直すという新たなプロジェクトを、我々の研究センターがある由良川で構想しました。

生態系だけの話とか魚だけの話ではなく、そこに生きておられる方々まで含めて、どういう風に流域を管理するのが望ましいか、というところを考えていく「森里海連環学による地域循環木文化社会創出事業(木文化事業)」と呼ぶプロジェクトを立ち上げたんです。

(注1)由良川
延長146km、日本で19番目の長さ、流域面積は1882km2で京都府の41%を占め、その83%が森林という。

人工林をどうするか

私としては、日本の森林とか人工林が、まともに考えられていないような気がしますね。「人工林なんて、環境に良くないのと違うの?」という見方しかないのではないですか。

これだけある人工林を、どう活かしていくかは大きな問題。実際にこれだけ多くの人工林をつくってしまったわけですから、ある程度処分していかないと、次の展開ができません。

人工林が里山と比べて低く評価されるというのは、多分、最近できたばかりで、使われてきた歴史を持たないから。周囲で生活する人にとっても、未だ馴染みがないということです。このことを見直して、いっぺん整理しなくてはいけない。そのためには人工林に手を入れて、人工林でなくする、というステップが必要です。

単に間伐して捨て置くんではなくて、ちゃんと使ってやらないと、人工林としての価値が生まれない。木も気の毒ですしね。

ですから「使う」という出口のところを、ここで考えていくことが必要なんじゃないかなと。

事務所の隣に建っているのは、木材利用の出口をつくるために開発された〈Jポッド〉(注2)です。

木で家を建てるというのは、木材利用の大きな需要ですが、問題になるのは耐震性が弱いことです。耐震性を克服しようとして開発された工法が〈Jポッド〉なんです。

隣地に建っているのは、和歌山研究林で収穫された木材を使ったユニットです。

〈Jポッド〉のシステムがわかるように、壁を張っていない小さなタイプの建物が、京都大学農学部の敷地内に建っています。市販もされているんですが、まだあまり知られていません。

従来ですと柱と梁で支える構法ですから、材にある程度の太さがないとダメだったのですが、これだと間伐材が利用できるんですよ。

(注2)j.Pod
ロの字型の木枠を等間隔に並べて、木枠の四隅を繋いで箱の形をした木造構造体リブフレームを主要構造材として、高剛性・高耐力・高靭性を実現するシステム。京都大学のフィールド科学教育研究センターとj.Pod開発グループが中心となって、産官学が連携して開発された。j.Podユニットの開発だけでなく、既存の木造住宅の耐震補強に適用する提案も行なっている。京都大学知的財産室では、国産地域材の性能を最大限に生かしたシステムを開発することで、林業、地域産業、住環境という異分野をつなげ、同時に再生を図ることを目指している。
http://www.saci.kyoto-u.ac.jp/jPodHP/

和歌山の事務所の一番奥、黒い壁の建物がj.Pod 。右:京都大学構内のj.Pod でつくられた連携研究推進棟。

和歌山の事務所の一番奥、黒い壁の建物がj.Pod 。右:京都大学構内のj.Pod でつくられた連携研究推進棟。

稀有なフィールドに出合う

私はSエリアと呼んでいる民有林をフィールドにして、人工林の伐採などの施業が流出水の水質や水量に与える影響を調べています。流出水に含まれる溶存物質の濃度や量は、森林生態系の内部の状態を反映していますから、森林の健康状態の指標ということができます。

Sエリアは、ゴマダンサン(護摩壇山 標高1372m)試験地と呼ばれる地域にあり、細かい峰がある特徴的な地形で、谷筋には魚骨状に川が流れています。前任者の大畠誠一教授が、一目見て研究フィールドとしての可能性に着目して、所有者に協力を取り付けました。データを取るためには、林齢がわかっていて比較が可能、という不可欠な条件を備えたフィールドに出合えたのです。メインの流れは東西方向に流れ、山の平均斜度は40度、地質は中古生層砂岩頁岩(けつがん)互層です。

紀州はブナの生育の南限にあたりますが、Sエリアの植生はもともとモミ・ツガ林もしくはブナ林だったそうです。

1912年(大正元)から1916年(大正5)にかけて皆伐(かいばつ)したという記録が「森林簿」という森林の戸籍にあたる記録簿に残っています。その後、植林と伐採が繰り返されました。

皆伐後に植林されて以降は、結果としてドイツ式の森林経営である「法正林施業(注3)」に準じた経営が行なわれました。すなわち、集水域ごとに林齢が異なり、Sエリアには、地形と林齢という二つの研究条件が整っていました。

また異なる林齢がそろっていることで、その時の林齢比較だけではなく、年を追うごとに成長して同じ林齢に達した森林群の個性を、時系列で検証することもできます。

ここは40カ所の区域に分かれ、34カ所には名前がついています。植林は戦争で一時中断していますが、中には皆伐から3代目にあたる区域もあり、90年生から植栽直後までの針葉樹が生えています。

植えられているのは主に杉。檜(ひのき)は肥沃な土地だと成長が早くなりすぎて、品質の良い木が育たないといわれているので、かえって地味の痩せている所に植える傾向があり、尾根などに植えられています。

(注3)法正林施業
19世紀、ドイツのフンデスハーゲンが提唱した林業の理論体系。実際の森林経営は木材の需要量や価格、災害などに左右されやすいものだが、毎年の生長量に見合う分量の立木を伐採、植林して、持続的に森林経営ができるようにしようと考え出された。

  • Sエリアの全景。

    Sエリアの全景。

  • 冒頭の写真は地図の中央にプロットした赤丸の地点から東に向かって撮影した。

    冒頭の写真は地図の中央にプロットした赤丸の地点から東に向かって撮影した。
    国土地理院基盤地図情報(縮尺レベル25000)「和歌山、奈良、大阪、三重」および国土交通省国土数値情報「流路データ(昭和52年)、鉄道データ(平成20年)、道路データ(平成7年)」より編集部で作図。

  • 国土地理院基盤地図情報(縮尺レベル25000)「和歌山、奈良、大阪、三重」および国土交通省国土数値情報「流路データ(昭和52年)、鉄道データ(平成20年)、道路データ(平成7年)」より編集部で作図。

  • Sエリアの全景。
  • 冒頭の写真は地図の中央にプロットした赤丸の地点から東に向かって撮影した。

物質循環を調べる

森林のことをお話しするわけですが、ここで対象とするのは樹木や動物や微生物といった生物だけではなく、土壌や水や大気といった非生物も含めた、いわば複雑系の話になりますから、森林生態系と呼ぶほうがふさわしいかもしれません。

森林生態系は火災・台風・虫害といった自然な攪乱(かくらん)からだけではなく、伐採などの人工的、人為的な攪乱からも影響を受けます。

最近では、化石燃料の使用によるCO2濃度の上昇が主な原因と考えられる、酸性降下物の増加や温暖化も、森林生態系に多大な影響を与えるようになりました。

こうしたさまざまな攪乱の影響が、流出水に含まれる溶存物質の濃度や量によって、ある程度調べられるのです。

現在は、「集水域の水質形成を定量化すること」を目的にして、川筋ごとの水位を機械的に5分ごとに計測、記録しています。降水量と降水水質も計測して、水収支を明らかにしています。

森林生態系では、私たちが呼吸をしたり食事を摂ったりするのと同様に、生物と非生物間でやり取りが行なわれていて、このやりとりを「物質循環」といいます。

植物が大気中のCO2を光合成によって固定し、植物体を形成することは、みなさんもよくご存知ですよね。植物体に合成された炭素の大部分は、落葉・落枝や枯死によって微生物に分解され、土壌呼吸を経てCO2として再び大気中に還元されます。

一方、窒素は大気の79%を占め、ガス態での動きを持つ点では炭素と同様です。しかし、大気中の窒素を利用可能な形に変換するためには、大量のエネルギーが必要となるので、移動に際して炭素のような経路をとりません。

窒素は、枯死・脱落した有機態窒素が長い時間をかけて分解されて、生態系内に無機態の形で蓄積されていきます。しかし、無機態として存在するのは、大気中に存在する有機態の窒素に比べて、ほんのわずかしかありません。

無機態窒素は、主にアンモニア態窒素と硝酸態窒素として存在します。窒素はいったん無機化されると、土壌溶液に溶け込んだりしてから、植物に吸収されます。

左:Sエリアの西側に並ぶ魚骨状の流れ。いわば肋骨の一つ。 右上:小さな堰を設けると、水量の変化が敏感に測定できる。 右下:水量は機械的に5分ごとに計測。

左:Sエリアの西側に並ぶ魚骨状の流れ。いわば肋骨の一つ。 右上:小さな堰を設けると、水量の変化が敏感に測定できる。 右下:水量は機械的に5分ごとに計測。

窒素の量

Sエリアでは流出水の中に含まれる窒素の量を量ることで、攪乱による影響や樹木の生長に伴う窒素の利用量の変化などを追っています。

なぜなら、窒素は植物の生長を制限する要因だからです。

伐採攪乱が物質循環に与える影響については、アメリカ・ニューハンプシャー州のHubbard Brook森林試験流域での研究が知られています。

ここでは水収支の測定が可能な集水域に近接する2カ所の小集水域において、1カ所は樹木を伐採し、もう一方は伐採しないという「対照流域法」によって、植生の除去(伐採)による森林生態系の物質循環を追跡しています。

私たちがSエリアで行なっているのもこの「対照流域法」で、2カ所どころか40カ所もの比較対照ができる試験地を使うことは、非常に稀な恵まれた環境なのです。

ここで得られたデータと既存の研究から、伐採に伴う渓流水の水質の変化のメカニズムを、以下の4点にまとめました。

  1. 森林の伐採により、それまで吸収されていた養分物質(特にアンモニア態窒素)が土壌中に余剰となる
  2. 余剰となったアンモニア態窒素が土壌微生物に使われる
  3. 土壌微生物にも使いきれない余剰が硝化される
  4. 生成された硝酸が土壌中を移動して、渓流水中に流出する

硝酸態窒素は、林齢以外の個性(地形など)にほとんど左右されません。一方、カリウムやカルシウムやマグネシウムは、個性によって左右されることが水質に表われています。なぜなら、これらのミネラル分は土壌の母材となる鉱物を起源として、多量に存在するからです。

現在は無機成分の大小関係しか検証できていませんが、有機成分の定量化まで視野に入れて研究を進めたいと思っています。

植生の流出水量調節

Sエリアではまた、攪乱が流出水量にどのような影響を与えるかについても調べています。

これはアメリカ・ノースカロライナ州のCoweeta 水文(すいもん)試験地でも1960年代(昭和35〜)から研究が続けられていますが、伐採によって植生がなくなった場合、植生のある集水域に比べて、降水が河川に流出する割合が高いことが明らかになっています。

長いスパンで考える

実は2009年(平成21)12月から北海道・標茶(しべちゃ)の根釧原野にある研究林に異動になりました。とはいっても、すぐにここでの研究をやめるというわけにはいきませんので、間隔は開いてしまいますが、続けていきたいと思っています。

私が先程お見せしたSエリアでの研究は福島慶太郎君という博士研究員と最初から一緒にやっています。2002年(平成14)に彼が卒業研究として始め、現在で9年目ですが、森林の成立や樹の寿命などを考えると始まったばかりといえるでしょう。

日本には長期のファンドがありません。だから、長期の研究を日本で行なうのは難しいのです。日本で長期といわれているのは、文部科学省の5年の科学研究費が最長。モニタリング系の話になると、5年は長期とはいえないですよね。もっと長期的なファンドが欲しいなあ、と。

それに対して、アメリカなんかは200年とか300年のファンドをつくろうとしているんですよ。10年オーダーというのは当たり前にありますが、10年では安定して研究ができないからといって、200年のファンドをつくろうとしているんです。

そういう気運が出てきているときに、日本は5年ですからねえ。その辺のスケールの違いということに、もっと気づいてほしいなと。

森林の水質分析の研究は、アメリカやヨーロッパが圧倒的に進んでいます。基礎研究の重視などが要因だと思います。研究成果が認められるためには、ある程度データ量が多いことが必須になります。だから逆にモンスーン地域のデータが少なく研究成果が上がってきません。

モニタリングとは成果を出すものではないんですが、成果を早急に出すことだけが、求められ過ぎているように思います。日本の森林の状況は、50年前ですらデータがない。写真すら、きちんとそろっていないんです。ですからSエリアは、たまたま非常に条件がそろっていたという稀有な例。

私は一般書を書くほどの文章力もないし、研究を実際の暮らしの役に立つ事柄に、つないでいくことができません。情報に触れた人は「へえ」と思ってくれるんですが、その間を埋める橋渡し役のような人材が、日本にはいないんですね。

学芸員などのような、一般の方に新しい知見を伝えてくれる、そういう方をもっと育てていってほしいなと。

価値観をバラかす

大切なのは、森林に対する啓蒙活動。発想の転換と価値観の転換が求められています。

生活が近代化する過程で、薪でもたもたご飯を炊くのは遅れていること、と考えられてしまいました。

しかし、その価値観を見直して、時間と手間をかけておいしいご飯を炊くことの価値、そこから生じる灰を庭に撒いて再び樹木の栄養として循環させることの価値を、認めるような発想の転換が必要と思います。

古いことは全部悪い、新しいことが全部良い、というのではない新たな価値観を獲得できれば、物事が今とは少し違った方向に動き出すんじゃないでしょうか。

「時間がかかっても私はこういう生き方をする」と考える人が出てきたら、何か希望が持てるかなあ、と思っています。

無茶苦茶遊ぶレクリエーションの林があってもいい。環境教育のためにあらゆる所に看板を立てまくる環境林があってもいいし、CO2がどれだけ吸収できるかマックスを追求する実験林があってもいい。もっと、いろいろやってみたらいい。価値観をもっとバラかしてもよいと思います

私が行なっている物質循環の話に戻りますが、先程お話ししたフィールドでの実験は林齢と水質、水量の関係を調べています。それ以外にも、林齢は関係なくして、土壌の深さや標高差に応じて、流出される物質が変化するかどうかという研究もしています。

こういう研究は以前も行なわれていました。ただ私たちの研究によって、硝酸態に形を変えた窒素の濃度を決定する最大の要因が林齢であるということがデータから確認できたことと、それが集水域の個々の特質に起因するのではなく、この地域では林齢に起因するんだということが確認できたことが、新しい発見といえるのかもしれません。

ただ、だからといって「一定期間に間伐を行ないながら、森林更新を促したほうが安定して良い水質が得られる」と言っていいものかどうかは疑問です。

人間にとっては安定した良い水質かもしれませんが、すべての生物にとって、そうとは言い切れないからです。例えば、藻類にとっては栄養のないカスカスの水がきてもらっては困るのです。ある程度栄養分のある水のほうがうれしかったりするでしょう。

いったい、誰にとって良い水質なのかが問題ですね。しかも、悪いといっても、私たちが飲んで何か問題が起きるような水質ではありませんから。

そう考えてみれば、いろいろな水質の水が川に供給されても、川はそれらを受け入れて、それなりの生態系が成り立つのです。安定した良い水を排出する森林もあれば、伐られたばかりで濁った水を出す森林もある。それがまた育ってきて、窒素をたくさん蓄積できる森林になる。こういう多様性があったほうが、生態系にとってはいいのではないでしょうか。

節度を持った許容

いろいろなものが混ざって、多様であるということがいいのだと思います。そして、それは生態系にとって許容範囲であるということです。いろいろなタイプの森があったほうが、多様性ができます。多様性を目指すというのは変な言い方かもしれませんが、それでいいのではないでしょうか。

許容範囲といったのは、自然界で起きることは、生態系を壊滅されることはない範囲内に収まっているという意味です。農薬などの人工物は、自然界ではあり得なかった物質であり、しかもあり得もしない濃度で入ってくるから問題になるのです。いくら多様だといっても、それは許容範囲ではありませんし、多様性とは呼べません。

この地域に流れる有田川を調べたのですが、意外な程、水質が良く、人が住んでいる影響は認められませんでした。その理由は、多分、地域の人が水を汚さないように配慮しているからではなく、川が持つ浄化能力と住んでいる人の数のバランスだと思います。おそらく住んでいる人の数が、川の許容範囲を超えていないんですね。

だから汚されても戻れるんですよ。人間の行為による攪乱作用が、一体どこまで許されるのかが、これからは問題になりますね。今までは自然の攪乱作用、例えば台風や土砂崩れに比べて人間が与える攪乱作用がどれぐらいの影響を与えるのかが、明確になっていませんでした。それがわかれば、森林をどの程度伐採してもいいかがわかるようになるでしょう。

従来、森林生態系における窒素は不足していて、いかに効率よく用いるかが課題とされてきました。しかし、近年の化石燃料の使用によるCO2濃度の上昇によって、大気からの窒素降下物が増加。生態系での窒素要求量を上回り、窒素が余剰に存在するようになると、渓流から流出した窒素が下流を汚染する可能性も出てきました。

森林生態系も、伐採による攪乱の影響だけではなく、もっと多くの要因を視野に入れて研究することが求められるようになりました。

ですから、まずは自然攪乱が森林に与える影響を定量化して、許容範囲の中で人間の行為をどこに位置づけるのかということを確認していかなくてはなりません。

人工的にシャットアウトした渓流とを比較して、魚や魚が食べる水生昆虫、さらには河川の水質などの変化を調べている

奈良女子大学共生科学研究センターの佐藤拓哉さんとの共同研究では、ハリガネムシが宿主であるカマドウマを操って水に飛び込ませる習性に注目して、森と川のつながりの大切さを調べている。ハリガネムシはカマドウマに寄生しているが、水がある場所でないと卵が産めないため、産卵期になるとカマドウマの脳を操作して水に飛び込ませるそうだ。そこで、カマドウマが飛び込める普通の渓流と、人工的にシャットアウトした渓流(写真の装置)とを比較して、魚や魚が食べる水生昆虫、さらには河川の水質などの変化を調べている。



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