水と持続可能な開発 スペイン南部アルメリア地方の海水淡水化施設とその灌漑利用
沖大幹さんと編集部では、スペイン・サラゴサの万博に引き続き、南部アルメリア地方の海水淡水化施設とその灌漑利用の現状、及び下水処理施設を視察しました。 適地適作を徹底させるEUの農業政策も含め、変わりつつある水利用のあり方をご紹介します。
編集部
さて、サラゴサ博のためにスペインまで来たので、せっかくだから、と南部アルメリアにまで足を伸ばすことにした。ここは、プラスティックのまち、と呼ばれるとおり、見渡す限りビニールハウスが広がっている。知らずに遠目に見ると、まるで雪を被った山里であるかのような錯覚を起こすほどである。日本のビニールハウスは保温のためだが、乾燥した地中海沿岸のスペイン南部では、湿度を保つためにビニールハウスを用いるのだそうだ。
40kmほど海岸から内陸に入ったニハール(Nijar)という町のニハール地方水資源利用者組合(Comunidad de Usuarios de aguas de lacomarca de Nijar:CUCN)が政府に働きかけて海沿いのCarbonerasに海水淡水化施設をつくり、直径1.4mのパイプラインでニハールへ送水しているということだった。
各戸への配水もハイテクになっており、あたかも水道のようにパイプで送水されているだけではなく、どの家がどれだけ使ったかをきちんと計量し、無線でデータを集計していた。課金も従量制であった。ビニールハウスでのトマトの有機栽培現場を見学させてもらったが、点滴灌漑で、大事に水を使っている様子が窺がわれた。
組合長のアントニオ・ロペス氏がいろいろと説明してくれたところによると、CUCNのこの海水淡水化灌漑事業には1826戸の農家、8200haの農地が属していて、600kmの水路、7つの配水池などを含め、全体では5〜6000万ユーロの事業費がかかる見込みであり、スペイン中央政府以外にEUが4分の1を援助しているのだそうだ。残りはCUCNが50年かけて支払うとのことであり、農地面積あたりになおすと総コストは6800ユーロ/haだそうだが、経費全体に占める水のコストの割合は現在2.4%、淡水化した水を使った場合で5%になるだけなので、十分にペイするのだそうだ。
農家がCUCNに支払う水の価格は0.44ユーロ/m3、CUCNが海水淡水化プラントに支払う価格は0.40ユーロ/m3で、差額で給水施設の維持などをしているらしい。状況を考えると、この価格は運転費用のみに対応しているのではないか、と推察される。
地下水を汲み上げて灌漑に使うコストが0.20ユーロ/m3程度なので、その地下水が塩水化し始めたことを考えると、0.44ユーロ/m3であれば淡水化した水を利用しても構わないことになる。実際には、この辺でとれる最高級トマトの栽培には多少塩分があったほうがよいことから、淡水化した水に地下水を混ぜて使っているということであった。
この地域の90%の農家は2ha以下の規模で、スペインにしては小規模なのだというが、それでも売り上げは年約6〜7万ユーロ/haあるということもあり、ほとんどが専業農家だそうだ。栽培しているのはトマト、ピーマン、メロン、キュウリなどで、主に冬につくるが、冬でも暖房はほとんどしなくてもよいのだそうだ。淡水化施設のおかげで旱魃の恐れもなくなり、スイカなどもつくれるようになった、という。
ロペス氏の話によると、近年、地下水の減少が顕著になった上、塩分が混じるようになり、このままいくと農家は立ち行かなくなる状態が続いたそうだ。それで近隣の農家が結束してピケを張り、抗議行動を起こしたことで、海水淡水化施設の実現に漕ぎ着けたと言う。
小規模農家が多い地域であるが、目先の補助金を補償手当に費やすことなく、本業を続けるためにコストパフォーマンスの高い使い方をしている点には、大変感心させられた。
ロペス氏の場合も娘婿が農業を継いでおり、事業として続けることができる採算性を持った農業経営が行なわれているという実感を得た。
ニハールへ送る水を淡水化しているCarbonerasの施設と、CABO DE GATAという海岸近くの国立公園内につくられたRambla de Moralesの淡水化施設を日を変えて見学したが、いずれも日本で見る海水淡水化施設と基本的には変わらない。こちらでは、重油を使って自家発電した電気を利用。貴重な水をつくるとはいえ、膨大なエネルギーが費やされている。
日本のように、主に渇水時用に運転している施設とは異なり、定常的に造水しているにもかかわらず、現在は施設容量の6分の1とか4分の1しか送水していない点にびっくりした。将来の拡張用にスペースが空けてあるのではなく、すでに設備が整えられているのである。これは、極めて近い将来に、この地域がより乾燥し、水の需要が増大すると見込んでのことかと思われた。
地中海沿岸、特にスペインなどでは地球温暖化の進行に伴い、より乾燥化が進むとIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の1990年の第一次報告書から既に指摘されているのである。
また、Carbonerasの施設はメキシコに、Rambla de Moralesの方はオーストラリアにプラントのノウハウを輸出する予定だ、とのことで、こうした施設がある意味で商品見本のようになっているのも興味深かった。
さらに、興味深かったのは、エヒド市(El Ejido)の下水処理施設である。日量1万4000m3の処理水を活性汚泥法でEU基準のBOD5まで落とした後、8000m3を0.2μmのマイクロフィルターでろ過して再生水とし、0.18ユーロ/m3でゴルフ場、公園の植栽用に配水しているというのである。
さらに、下水処理水の残りのうち4000m3は逆浸透膜を通して灌漑などの水道水源として利用されているのだという。現在水需給が特に逼迫しているというわけでもないそうだが、市の予算ではなく、中央政府やEUの資金で建設したということであった。EUから資金が出るうちにこうした設備をつくっておこう、という思惑もあるのだろうが、やはり気候変動を含めて将来への備えとしてつくっているように感じられた。
万博が開催されたサラゴサはエブロ川が流れ、スペインの中でも水利用が可能な地域である。エブロ川河口付近から取水してアルメリアを含む南部へ送る構想(国家治水灌漑計画)は、2004年の社会党への政権交代によって立ち消えとなった。エブロ川から導水するよりも、海水淡水化のほうがコストも安く、地域市民の感情も害さない、ということであったようだ。
実際に訪れてみると、淡水化施設の建設費用のそれなりは中央政府やEUが支出しており、ヨーロッパの食料供給を支えるスペイン、特にスペイン南部の重要性あればこそなのだろうということが感じられた。また、将来を見越して余裕のある施設容量を整えている点には驚いた。
とはいえ、価格が高騰し、必ずしも持続的ではないエネルギーを大量に使用して得られる水に頼った食料生産を目のあたりにすると、これからの「自然との共生」とは何か、ということをいろいろと考えさせられた。
左上:El Ejido下水処理施設の技術責任者ペドロさん(後ろ)とエヒド市職員のエステバンさん。この施設は環境庁の管轄で、直接の運営はエヒド市が民間に委託して行なっている。12人が働いているが、3人で稼働できるということだ。
右上:前出のニハールより、はるかにビニールハウス率の高いエヒド。下水を逆浸透膜を使い海水淡水化施設並みに行なおうとするのは、広大なビニールハウス栽培の灌漑用水をまかなうために違いない。EUに東欧諸国が参入し、スペインの農業がその優位性を失うことがあったら、こうしたサステナブルとは呼び難い仕組みは崩壊してしまうのではないだろうか。