機関誌『水の文化』78号
街なかの喫茶店

街なかの喫茶店
【地方都市と喫茶店】

「日本の道」を歩いて見つけた個人経営の喫茶店
──地方で体験する一期一会

『The New York Times』紙の「2023年に訪れるべき52カ所」にゲストライターとして岩手県盛岡市を推薦したのは、作家・写真家のクレイグ・モドさん。盛岡市はロンドンに次ぐ2番目に選ばれ、2024年には山口市を推薦し同リストの3番目に紹介されました。2000年(平成12)から日本で暮らすモドさんが各地を歩くなかで「喫茶店」に着目するようになった理由やその存在価値についてお聞きしました。

「日本の道」を歩いて見つけた個人経営の喫茶店 クレイグ・モドさん
クレイグ・モドさん

インタビュー
作家/写真家
クレイグ・モドさん

1980年、アメリカ・コネチカット州生まれ。2000年より日本在住。デジタル時代の出版とストーリーテリングを綴った『僕らの時代の本』(2015)、写真集『Koya Bound 熊野古道の8日間』(2016)などに続き、中山道を歩くなかで出会った喫茶店とトーストの記録を束ねた『Kissa by Kissa』を2020年に上梓。同書の日本語版『KISSA BY KISSA 路上と喫茶―僕が日本を歩いて旅する理由』(今井栄一 訳)は2024年11月に発刊。

長歩きの疲れを癒すピザトースト

日本に住んで24年のクレイグ・モドさんは、日本の旧街道をひたすら歩いて写真を撮り、記事を書く。「歩いて旅をする」作家だ。

2024年(令和6)5月には京都から東京まで東海道を歩いた。

「江戸時代のペースで歩こうと思って。1日10里だから毎日40km。江戸の人は16日で行けたけれど、僕は17日かかりました」と笑う。

長歩きの疲れを癒すのが喫茶店だ。2019年(令和元)に中山道を歩いたときから、地方の個人経営の喫茶店に惹かれた。

「街から離れると、あるのは喫茶店か床屋(理髪店)くらい。喫茶店にはお年寄りばかり集まっていて、コミュニティセンターみたい。地域のことを知りたければ喫茶店に行けばいいと気づきました」

モドさんがこよなく愛する日本の喫茶店の軽食はピザトースト。アメリカのダイナーでは絶対にお目にかかれない。「ホッとする食べものです。スパゲティナポリタンと並んで戦後の日本が生んだ喫茶店王道メニューだと思う」と言う。

モドさんは、初めて入る田舎の喫茶店の扉を開けると、とびきりの笑顔で「こんにちは!」と大声で挨拶する。店内の客の視線が集まる。すぐさま「軽食はまだやっていますか?」と訊ねる。あるいは「この近くに一里塚があったんですよね?」などと話しかける。すると「見知らぬガイジンだけれど日本語が話せる」と安心される。ピザトーストとコーヒーを注文し、疲れをほぐす。店や地域のことをマスターや客に聞くのは、帰りがけだ。たいてい1時間くらい話してくれるという。

日本の地方で出会う個人経営の喫茶店のよさとは何か。

「まず、木のぬくもり。温かい雰囲気があります。テーブルもイスもソファも、ただ古いのではなく年月を経た味が付いている。あとは音の響き方。木材やカーペットなど柔らかいもので室内が覆われていると、うるさい反響がないから落ち着くんですね。音楽もクラシックとジャズが多くて和みます」

  • 中山道を歩きながらモドさんが出会った喫茶店と人びとを、自身の言葉と写真で記した『Kissa by Kissa』

    中山道を歩きながらモドさんが出会った喫茶店と人びとを、自身の言葉と写真で記した『Kissa by Kissa』

  • 『Kissa by Kissa』の日本語版は盛岡市民との交流から生まれ、2024年11月下旬に出版された

    『Kissa by Kissa』の日本語版は盛岡市民との交流から生まれ、2024年11月下旬に出版された

長いつきあいができる〈深さ〉が魅力に

愛知県一宮市の「カナデアンコーヒーハウス」は「マスターの魂で全部できている店」だという。

「おいしい水、天然の素材、おしぼりはいい匂いがしないとダメとか、マスターの哲学がすごくいい。カナダ産レッドシダー材で建てたお店の天井が高くて、木の香りがすばらしく、空気の流れをよく考えています。1冊10枚綴りのコーヒーチケットを3冊買うとマイカップを選べるしくみもおもしろい」

こうしたカフェには「昭和レトロでインスタ映(ば)えする」と若者に人気が高い店も。しかしモドさんは「実はもっと深いところで感じているのではないか」とみる。

例えば、音楽はネット配信で聴くのが主流の時代にアナログレコードが復活し、誰もがスマートフォンやデジタルカメラで写真を撮る時代にフィルムカメラが見直されているのと同じ流れだという。モドさん自身も20年ぶりにフィルムカメラを持ち歩いている。

「フィルムカメラの何がいいかって、長くつきあえるから。自分と相性がいいモノとしてのフィルムカメラは機械なので、修理しつづければずっと一緒に作品を創れます。センサーがダメになったりする電子機器のデジタルカメラではめったにできない、長いつきあいができる。喫茶店も同じことです。半世紀近くもずっと続いてきた〈深さ〉を若い人たちも意識はしていないけれど感じているんだと思います」

再び使いはじめたというモドさんのフィルムカメラ

再び使いはじめたというモドさんのフィルムカメラ

喫茶店文化の生き証人になれた

モドさんは著書『KISSA BY KISSA 路上と喫茶――僕が日本を歩いて旅する理由』で次のように書いている。

「大学の留学生として日本へやって来た僕は、東京の大学を卒業後、自分でもよくわからない理由でそのまま日本に残った(たぶん、この「なぜ日本に?」の問いへの答えは、一生「謎」のままに終わるのだろう)。」

2013年(平成25)、友人に誘われて熊野古道を歩いたのがきっかけで、日本の道を歩くことの虜になった。屋久島、中山道、四国遍路道、芭蕉の「奥の細道」、熊野古道伊勢路……。一人で歩きつづけることによって、地域の歴史、自然から人びとの生活、文化に至るまでまったく知らなかったことを、その土地から直(じか)に教えられた。モドさんにとって、日本の道を歩くことは、日本を知ることなのだ。

そして、貴重な知識の情報源の一つとなったのが、昔からの地元の事情をよく知る世代の人たちが集まる「コミュニティセンター」としての喫茶店にほかならない。

日本の旧街道のなかで最近モドさんが薦めるのは熊野古道伊勢路。伊勢神宮と熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)の二大聖地を結ぶ祈りの道だ。

「村と村の間の山道を歩くので、漁業や林業の様子を見ることができて、温泉もあるし、宿と料理もすばらしい。喫茶店も少し残っているから、地元の人におもしろい話が聞けるかもしれません」

モドさんが先の著書で訪れた喫茶店には閉店した店も多い。マスターが高齢で後継者がいないのだ。

「喫茶店文化の名残を、今こうして目にしていることがうれしかった。先の長くない文化だし、僕にはそれを救うことができない。それでも、少なくともこうして喫茶店の生き証人になれた。それだけでも意味があるような気がしていた」と著書で述べるモドさんは、喫茶店でのマスターやママ、来店客との一期一会の触れ合いを、生き生きと微笑ましく描いている。

「なぜ日本に?」の問いへの答えは、一生かかってもわからず、これからも歩きながら考えつづけるのだろう。しかし、少なくとも、いくつかの答えの一つは、喫茶店文化の名残を伝える旅先での出会いの中にあったにちがいない。

(2024年11月5日取材)

PDF版ダウンロード



この記事のキーワード

    機関誌 『水の文化』 78号,クレイグ・モド,アメリカ,水と生活,日常生活,水と生活,食,喫茶店,コーヒー,コミュニケーション,旅

関連する記事はこちら

ページトップへ