水の風土記
水の文化 人ネットワーク

木造文化の都市を守る 
〜環境防災水利で安心を生む〜

木造建築というと、その良さは知りながらも、何となく災害に弱く、古くなれば保存が大変と思いがちです。ところが、「そうではない」と、木の建築の可能性を追求しているのが大窪さんです。木を使った建築と身近な環境防災水利が一体になると、実は人間の感覚に合う合理的な都市環境モデルになるという大窪さんに、お話をうかがいました。

大窪 健之

京都大学大学院地球環境学堂助教授
大窪 健之 おおくぼ たけゆき

1993年、京都大学大学院修士課程修了。2002年より現職。また、2003年より立命館大学COE推進機構客員教授を兼任。内閣府災害から文化遺産と地域を守る検討委員会事務局アドバイザーや京都市環境防災水利整備計画研究会座長等を務める。
主な著書に『地球環境学のすすめ』(共著、丸善、2004)等。

なぜ環境防災水利なのか

 日本を代表する文化都市というと、まず京都が思い浮かびます。京の寺社や町屋は木でつくられている。その木がもっている環境特性を調べますと、植物としての二酸化炭素を固定する能力があり、日本の国土の約66%は森林で占められているわけです。実はその森林全体が酸素を固定する能力の内、約18%を都市部の既存木造建築が組み込んでいるという調査結果があります。また、燃えてしまうと当然ながら二酸化炭素を放出してしまうわけですから、次の世代に燃やさずに木造建築を残すということは、地球温暖化に対して一定の効果があると言ってよいでしょう。

 さらに、世界を見ますと、日本のような温帯モンスーン気候に育てられた精緻な木造建築文化を、時代を超えて長く維持してきたという例はあまり他にありませんね。ヨーロッパでは、昔は木がゆたかにあり、木造建築も多かったのですが、急速な都市化と共に木材が不足し、石造化が進行したことが知られています。文化の多様性を維持していくという意味でも、次の世代に木造建築を残していくことは重要視していかねばならないと思っています。

 その木の文化は、水の文化から生まれているわけですね。温帯モンスーン気候のために豊かな恵みの雨が降り、この水で育まれた木で、木造の文化は成り立っています。ですから、木と水、その両方を守ることに大いに意義があるだろうと考え始めたわけです。

 ところが、ここで防火の問題が出てきます。

 近代は、水道による消火栓や、不燃材料による耐火建築物の帯など、火災を押さえ込むインフラストラクチャーを都市に造ってきました。しかし、近代以前に、そのような高度なインフラはない。しかも、京都のような木造密集地で、火から命を守らねばならなかったわけです。このため、もし出火したら、自分の手が届く範囲の水で何とかしなくてはならなかった。そして、何度も大火に遭いながらも、現在まで生き残ってきているのが、文化遺産や伝統的建造物群保存地区に残っている建物です。

 ところがこれらを守ってきたせっかくの都市内水利も、蓋がしてあったり埋め立てられたりしていれば役に立ちませんし、しまったと思った時にはもう遅い。やはり、いざという時の水として使うというのが目的の一つですから、普段からその水を使っていないと、どこに水があり、どのように使えば安全かわかりません。日頃から水と関わっていれば、何かあっても慌てずに初期消火ができる。このように普段から様々な目的で使い、いざという時には身近な消火・防災用に使える水。これが環境防災水利です。

地域で防災を考えないとはじまらない

 都市を火災などの災害から安全にするために、いまは鉄骨やコンクリートでまちをつくり、都市を不燃化する方針がとられています。現在の都市計画法や建築基準法で規定されているとおりです。しかし、もし法を純粋に守り続けると、これまで続いてきた木の文化はいずれ置き去りにされてしまうでしょう。木の文化が失われるという損失は、これからの世代にとってははかりしれません。

 ならば、発想の出発点を変えなくてなりません。

 木造都市を「燃えなくする」というのは非常に困難です。それならば、「燃えてもすぐに消せるように環境を整える」ことが唯一の道ではないでしょうか。都市火災被害を軽減するためには、初期消火は極めて重要です。そのためには、出火元に一番近い地元の人々が、消火活動に参加可能な環境を創り出すことが不可欠です。

 阪神淡路大震災の例では、地域が寸断され孤立してしまうと、消防も自衛隊にも頼めず、生き残った人達が自分たちの身の回りのもので何とかしなくてはなりませんでした。安全を根本的に考えるならば、地域をきちんと見直さなくてはならないし、水の再生、地域コミュニティの再生も必要です。地味に聞こえますが、安全を生み出すには地域を見直すことがいちばん効果的なのです。

木という材がもっている特性

 木は、素材の限界がはっきりしています。この点はむしろメリットといえます。

 昔の工人は木の素材のもっている良さをできるだけ生かそうと考え、建物を造りました。町屋も寺社建築もその成果で、木の良さを引き出した例が様式となる。ところが、いまわれわれが使っているコンクリートや鉄骨ですと、材料がもっている限界がよくわからない所があります。大きなものはつくれますし、変わった形の建物もつくれ、コストさえ考えなければ技術的にはどんなものでもできてしまうところがある。確かにそれはメリットでもあるのですが、それがはたして素材に適した使い方かどうかがわからなくなってきているんですね。本当の意味での合理性や環境性能を基準とした時、コンクリートや鉄骨の使い方が最適かどうか、疑問が生まれます。

 これに対して、木は弱い材料ですから、大きな建築などを建てようとすれば、自ずからもっている限界がある。その限界を睨みながら、昔の人は、幾多のトライ・アンド・エラーを積み重ね、材の良さを生かしてきたわけです。

 日本の伝統家屋は、毎年来襲する台風などの日常的な災害に備えていますので、屋根が重くつくってあります。このため地震には弱い。そこで、従来の木造家屋でありながら、屋根の部分に軽量の材料を使ってやると、木材のしなりや変形を活かした、思ったよりも耐震性能が高い建築ができるわけです。

 また、木造建築は限界を超えた地震で壊れたりもするわけですが、再生もしやすい。何百年も前から現代に残っている木造建築も、すべて最初から残っているわけではありません。よく見ると、修繕してメンテナンスしてあることがよくわかります。そのように「部分的な交換可能性」があり、再生しやすい性質を備えている。これも、木の特質ですね。

外から見ると木造に見えない、木質建築の提案

 現在の不燃化された建物も木造に置き換えた方がよいのかどうかと訊かれることもありますが、私としては、「木質建築」に置き換えられるのならば、置き換えた方がよいと思っています。

 そこで、まず第一には、いまの建築基準法などの枠内で、どれだけ木を使っていくことができるかを追求しなくてはなりません。

 例えば、私が設計を担当させていただいた事例なのですが、京都の出町に、間口4間ほどの典型的な鰻の寝床の敷地がありまして、そこの施主が「町屋の持つ特性を活かしたい」とおっしゃる。そこで私の出した解答は、鉄骨構造の町屋です。どういうことかというと、外側の構造自体は木ではなく鉄骨で造り、外壁を軽量コンクリートパネルで囲う。そして、内部空間の梁や床、柱や壁は全部木材を使いました。将来的に家族構成が変わって床を外したいという要望にも対応できるようにしています。

 外側から見ると木造に見えませんし、建築基準法上の構造も木ではなく鉄骨ですので、「木造建築」というよりも「木質建築」といった方がいいかもしれません。建物を造る側からもこのような提案をしています。今の法律の中で、今の技術をうまく活用し、木をふんだんに使った建築をつくることは充分可能です。

「誰もが使える水」再生の取り組み

 建築提案の一方で、地域づくり、まちづくりの方向から水を再生するという提案も必要です。京都を例にとると、まず水が豊かです。歴史のある酒造メーカーも多いし、井戸が多く、表層の地下水位も浅い。京都市内の水収支を調べてみますと、3日分の雨水を全て溜めることができれば、京都全域が火災で焼ける状況になってもそれを消すだけのポテンシャルがある。この豊かな水を活かすためには、防災水利のハード的整備と、ソフトが重要となります。

 例えば、現在われわれが取り組んでいるのが、南は世界文化遺産でもある清水寺から北は円山公園に至る「清水地域」を守る環境防災水利の提案です。

 まず水源の確保についてですが、雨水と沢水を中心に考えています。現地調査の結果、東山の中腹に600トン程度の貯水量を持つ治山ダムが存在することがわかりまして、ここに溜まる自然水を水源とする、約80mの高低差を活かした重力式システムを採用する計画としました。動力を用いない加圧システムは、人工エネルギーに頼る動力システムが障害を起こし得る地震災害時には、特に有効となります。さらに地震により道路がふさがり、地域が孤立する最悪の事態に備えて、この水を一般市民が初期消火に使える消火栓と、1棟以上に類焼することを少しでも遅らせるための街路散水栓に活用する計画としました。

 普通、消火栓というものはプロの技術を持つ人しか使えませんし、ホースをつないでも二、三人がかりでかからないとホースが暴れてしまう危険があります。そこで、市民個人でも使えるように、庭の散水栓を強力にしたような装置で、バルブをひねればすぐに水が出るようなものも開発されてきています。石塀小路周辺ではすでにこのタイプの消火栓が、京都市によって数カ所整備されていますが、現状では上水や電気を必要とする井戸水を水源とするタイプですので、災害時を考慮して、重力送水のネットワークに切り替えるなどの対策が必要です。さらに自然水利を水源とすることで、普段も打ち水や散水などに使ってもらえるようにすることを考えています。

 また、このあたりは、道幅が1.5メーターほどしか無い上に、裸木造の建築が向き合う極めて延焼しやすい場所もあります。木は受ける輻射熱が220度ぐらいになると燃え出すといわれています。しかし、水で火を消さなくても、湿らせ続ければ燃え移ることは防げるという効果を出すことはできます。市民の手に負えなくなっても、最小限の範囲で延焼を食い止めるために効果的に水を使います。そういう基本的コンセプトで清水の周辺を整備しようと、私も所属するNPO法人・災害から文化財を守る会と地域が主体となって一緒に取り組んでいる所です。

 さらに、この地域には、旧河川でいまは蓋をされた地下河川になっている菊谷川、轟川というのがあるんですね。江戸時代末期の地図には川が載っていまして、現地を歩くとそれがわかります。そして、マンホールを開ければ実際に水が流れているわけですね。そのような場所を特定して、地下河川を循環型の貯水槽としても使えるようにするなど提案しようとしています。

 やはり、誰もが使えないと意味が無いわけでして、普段から使ってみようと思わせる「しつらえ」が大事なんですね。京都でモデルケースを計画しながら、ノウハウをためています。整備を希望している自治体は全国にたくさんありますので。

 例えば、滋賀県の近江八幡ですが、京都と違い高低差があまりない平坦な土地柄です。しかし、伝統的な井戸と水路がありますので、それを使って何かできないか考えています。地域の特性に応じた水の使い方を工夫すれば、日本全国で応用可能な環境防災水利のメニューがまとまっていくのではないでしょうか。

京都市環境防災水利整備計画


平成15年度・京都市環境防災水利整備計画研究会より

全国の水利活用事例には土地の知恵が表れている

 このような事例は、土地柄に応じていろいろと試みられています。例えば、世界文化遺産の合掌集落である岐阜県白川郷の放水銃は有名ですね。この水は水道ではなく、農業用水でして、それが600t入る貯水槽を前山という山に設けています。前山と集落との高低差が80メートルあり、それを使ってポンプ無しで水を放出することができます。現状では配管などの耐震化は考慮されていませんが、電力や動力に頼らないという点では、災害にも有効でしょうね。

 防火水槽も特徴的です。一般的な防火水槽というのは中の水は水道水でして、地下に埋設され、使わない限り中の水は追加しません。水は使われない限り溜まったままで、いわば死に水になっています。一般市民にはマンホールを開ける器具もないし、使っていいという許可もない。訓練を受けていない一般市民が勝手に開けることは禁止されていますね。それに比べて、水路のように流れている水があれば、少量でも循環させながら、脇に溜めておく場所があればいい。仮に水路が壊れても、そこに溜まっている分は使えますし、市民も積極的に使うことができます。そういう防火水槽の整備も重要ですね。

 それと、いざというときに備えてメンテナンスが重要となりますが、白川郷の場合はすべての放水銃に○○さん、と住民の方の名前がついている。普段の雪かきなどを含め、訓練の時には、その人が中心となって操作します。そういう意味でも極めて先進的な事例です。水路を使った防火水槽もそうですが、一般市民の方が使えるということは、普段の水への意識を高めることにもつながります。

 また、石川県の金沢には、鞍月用水をはじめとする伝統的な水路があり、最近景観整備の目的で改修されたのですが、阪神淡路大震災を契機に、防災用水としても使えるように計画が変更されています。階段を使って川に降りられるポケットパークをつくったり、水量が少なくバケツで汲めないほど浅くなっている場所では取水ピット(釜場)を設け、深く掘りこんである。このようなアイデアは京都の高瀬川でも見られますが、一般の市民が普段から使えるようにしておくことは、水への意識を高めるし、いざというとき安全に水に近づけることにもつながります。

 金沢市ではさらに、道路の融雪用の井戸水を、非常時には外部電源を入れてくみ上げられるように改造し、消防用水として利用することも試みられています。こういうアイデアも探せばいろいろ出てくるのですが、自治体のいろいろな部局が関係することになりますので、事業の進め方にも工夫が必要となります。金沢市では縦割りを解消するために、横断的な部署を新設してこれに取り組んでいますね。

 河川の例ですと、神戸市・都賀川流域の「防災ふれあい河川」ですね。震災の時は、川が切り立っていて水を汲むのに大変苦労したわけです。その反省から、スロープを設けて緊急車両が水面の近くまで降りていけるようにしたり、渡り石に切れ込みをつけて、堰板を入れれば貯水池になるような工夫がなされています。これは同時に身障者の方々の利用の便を図ったり、プールとして日常的に川を利用していただくための「しつらえ」にもなっています。

 大阪府松原市天美地区の例では、地元の消防団の方が中心となって、自分たちで防災目的の井戸を掘ってしまったり、農業用の井戸を、いざというとき防災用につかえるように協定を結ぶなど、市民自らの力で地下水の防災活用を進めています。

 千葉県船橋市には海水消火栓という例もあります。船橋では下水処理水を海に流しているのですが、高低差があまり無いため、普段は海水が逆流してきている。マンホールを開ければそのまま海水が汲めるのではないかと気がついたわけですね。消防の方が、阪神淡路大震災の応援活動に行ったときに、水が無くて本当に困った。そして、帰ってきた後、自分たちの地域で同じことが起きたら大変だということで、この海水の活用を見つけ出したわけです。船橋市はたまたま下水処理水の放流幹線が市内全域をカバーしていました。ローコストのいいアイデアです。ただ、残念なことにこれは消防専用の施設となっており、現時点では一般市民の防災活動は考えられていません。

 雨水利用の例では、墨田区の路地尊が有名ですね。これも最初は区の事業として整備した。ただ、普段なかなか使わないので、誰が維持管理するのだということになってしまっています。でも、一部は地域菜園やハーブ園への散水などに使っている方々もいて、これならコミュニティにも役立つし、使っていれば壊れていてもすぐわかる。やはり、普段の利用を考えていかねばならないということですね。

身近な水で、木造文化のまちを守る

 いま述べたようなハードだけではなく、ソフト面の整備も非常に重要です。そこで、NPO法人・災害から文化財を守る会では、先の清水地域を始め、地域のみなさんとワークショップを開き、自分たちの地域がどれくらい危ないのか検討してきました。地図を開き、実際の災害を想定して、どういう被害が出るかを検討する。その上で、どのように火を消そうか、地元のみなさんで考えるわけです。

 大災害時を想定しますので、外部からすぐには助けが来ないことを前提としてワークショップを行います。「道がふさがって消防団のポンプも取りに行けない」などと仮想的に体験していただければ、いろいろな問題が見えてきます。それを住民の側で整理して、計画に反映させていこうというわけです。結構楽しくかつ真剣に参加してもらっています。住民のみなさんは地元をよく知っていますから、いろいろな問題が出てきますね。

 結局、環境防災水利のポイントは、(1)市民が参加できる身近な防災水利、(2)断水のない安全な防災水利、(3)環境保全に貢献する防災水利、(4)既存防災設備のバックアップ、(5)既存の水利による費用の合理化、という点に集約されます。環境防災水利を整備するということは、豊かな水環境を回復し、伝統的な木造文化の保全を通して、美しく安心・安全な地域をつくることそのものなのです。

 身近な水環境を再生し、自分たちで守れる木の文化が香るまちをつくる。これが環境防災水利から考える、新しくて実は伝統に裏付けられた居住環境なのです。

環境防災水利のイメージ:郡上八幡の水路

環境防災水利のイメージ:郡上八幡の水路



 (2005年6月9日)



この記事のキーワード

    水の文化 人ネットワーク,大窪 健之,大阪府,水と社会,都市,水と生活,災害,日常生活,木造,環境,防災,水利用,木,建築

関連する記事はこちら

ページトップへ