機関誌『水の文化』73号
芸術と水

芸術と水
【描く】

水は巡り、生も巡る 海で感じた「命の循環」

描くことを通じて、動物、植物、森、海、細胞、鉱物など異なるものたちをつなぎ、生と死の在り様を探り、その作品は思考や視野をずらすものというスタンスで制作に取り組む現代美術家の大小島真木さん。千葉市美術館で行なわれた大小島さんの公開制作を伴うプロジェクト「コレスポンダンス」を訪ね、輪廻転生や水との関係性などを聞いた。

『アトムと光』(「鯨の目」シリーズより) Photo by Serge Koutchinsky

『アトムと光』(「鯨の目」シリーズより) Photo by Serge Koutchinsky

大小島 真木さん 2022年10月13日から12月25日、千葉市美術館で開催された「つくりかけラボ09 コレスポンダンス」にて 撮影協力:千葉市美術館

インタビュー
現代美術家
大小島 真木(おおこじま まき)さん

1987年東京都生まれ。2011年女子美術大学大学院美術専攻修士課程修了。インド、ポーランド、中国、メキシコ、フランスなどで滞在制作。2014年にVOCA奨励賞を受賞。2017年にはアニエスベーが支援するTara Ocean財団率いる科学探査船タラ号太平洋プロジェクトに参加。異なるものたちの環世界、その「あいだ」に立ち、絡まり合う生と死の諸相を描くことを追究している。

水は大地とつながっている

秋田県美郷町(みさとちょう)の中学校に、『水の歌』と題した壁画が飾られている。現代美術家・大小島真木(おおこじま まき)さんの作品だ。2016年(平成28)、美郷町での壁画制作の依頼を受けた大小島さんが、同町が擁する六郷(ろくごう)湧水群の清水のおいしさ、そして湧水を大切に生活に取り入れている人々の暮らしに心を動かされ、「水」を作品の題材に選んだ。『水の歌』には、植物や鳥、動物たち、あらゆる生命や死を包み込む豊かな水が描かれている。

実は大小島さんにとって、湧水はとてもなじみ深い存在だった。

「私が生まれ育った東久留米市は東京の外れですが、武蔵野台地からの湧き水があちこちにあります。家族でよく神社へ湧水を汲みに行ったことは、今も大切な思い出であり、私の水の原体験です」と大小島さんは言う。水は自然と切り離されたものではなく、大地からにじみ出て、川から海へと流れ、やがて森へ戻るもの。そんな大きな循環を昔から肌で感じていた。

「水って何だろう。流れる水は何を運んでいるのだろう。そこにはどんな生きものがいるんだろう。私たちも皮膚一枚で包まれた水なのかもしれない……。頭のなかに浮かぶ、そんなぼんやりとした問いを何度も描き、また形にすることで、少しずつ答えに近づき、そこからまた新しい問いへとつながっていく。私にとってアートとは、考えつづけるまなざしをもつことなんです」

大小島さんは美大生の時、屋久島に一人旅をして、森で迷子になったことがあった。もし今ここで死んだら、自分の身体は鳥や虫たちに食われ、やがて土に帰っていくのだろうか、森から出た水が雨となって森に帰るように、森のものを食べてきた生命は、最後には森に食べられるのか──。そんな感覚に襲われて以来、森と生命の循環は大小島さんにとって大きなテーマとなっていた。

  • 水の歌 2016, Mural 美郷町立美郷中学校常設展示《水の歌》より部分 Photo by Yu Kusanagi

    水の歌 2016, Mural
    美郷町立美郷中学校常設展示《水の歌》より部分 Photo by Yu Kusanagi

  • 土のアゴラ 2020, Series Photo by Kenji Chiga

    土のアゴラ 2020, Series Photo by Kenji Chiga

  • 鳥よ、僕の骨で大地の歌を鳴らして 2015, Exhibition『森に食べられる』

    鳥よ、僕の骨で大地の歌を鳴らして 2015, Exhibition
    『森に食べられる』

海に漂う鯨が教えてくれたこと

2017年(平成29)、大小島さんはフランスの海洋科学探査船タラ号の太平洋プロジェクトに、世界公募で選ばれたアーティストとして参加した。

「それは船長をはじめ、乗組員やシェフ、科学者、ジャーナリストなどさまざまなスペシャリストたちと同じ船に乗り、寝食をともにしながら語り合い、海の上でアートを制作するという、2カ月にわたる貴重な体験でした」

日中は船上で作品をつくるほか、科学調査や船の作業を手伝い、夜は沖合に停泊し、月に照らされた海面を眺め思考する。クルーや科学者たちともたくさん会話をした。そのなかで、地球上の酸素は森だけがつくるのではなく、半分以上は海のプランクトンが生成していることも初めて知った。

ある日、運命的な出来事があった。大小島さんの目の前に、大きな鯨が姿を現したのだ。ただし、それは生きていない、亡骸の鯨だった。

「皮が溶け落ちて、白い脂肪の塊となった巨大な鯨の身体が、たゆんたゆんと波に合わせて揺れていました。そこにたくさんの鳥や魚が集まって肉をついばみ、鯨の輪郭はぼやけて、今にも海に溶け込んでいくように思えました」

生きている間は大量の生命を食べていたであろう鯨が、自らの生命を終えたとき、今度はたくさんの生き物に食べられ、最後は海の栄養となって次の生命につながっていく。この地球の長い歴史のなかで誰の目に触れることもなく、どれだけの生命が海の中に溶け、また生まれてきたのだろうか。

海は生命のスープのようだ──そう大小島さんは思った。そしてこの光景を目撃した者の責任として、鯨からのメッセージをたくさんの人に伝えなければいけないと強く感じた。その衝動が、代表作の一つである「鯨の目」シリーズへとつながっていく。

「鯨の目」シリーズは、巨大な鯨をキャンバスにして、鯨の目線で海や世界を表現した作品群だ。その一つ、『アトムと光』では、鯨の胴体に世界中で行なわれた水爆実験のきのこ雲が描かれている。それはタラ号で誰かが言った、「この大地は祖先から譲り受けたものではなく、孫たちから借りている場所」という言葉から着想を得たものだった。この場所でしか生きていけない人間という弱い存在が、自分たちよりはるかに大きい力を手にして、未来から借りてきた大地に何をしようというのか──そう鯨が私たちに問いかけているようだ。

  • 大小島真木さんが目撃した鯨の亡骸

    大小島真木さんが目撃した鯨の亡骸

  • 『うたう命、うねる心』スパイラルガーデン Photo by Norihito Iki

    鯨の目 2017-2019, Series
    『うたう命、うねる心』 スパイラルガーデン Photo by Norihito Iki

  • 鯨の目 2017-2019, Series 『46億年の記憶』太田市美術館・図書館 Photo by Serge Koutchinsky

    鯨の目 2017-2019, Series
    『46億年の記憶』太田市美術館・図書館 Photo by Serge Koutchinsky

母親の胎内は太古の海と同じ

取材で訪れた千葉市美術館会場の入口モニターには、前述した海に浮かぶ鯨の亡骸が映し出されていた。長年自身が描いてきた森の世界と鯨のいる海の世界、この二つが交差することで、地球の大きな循環を一層感じられるようになったという。そして今、興味をもっているのが胎児や羊水だ。

「胎児は、胎内にいるわずか十月十日(とつきとおか)の間に2億年分の進化をたどります。小さな胚が魚になり、両生類になり、哺乳類になる。それってすごいことですよね。発生学の先生の本に、母親の胎内を満たす羊水は、太古の脊椎動物が生まれた海と塩分濃度がよく似ていると書いてありました。お母さんのおなかの中は、生命のスープである海そのものなんです」

展示を見渡すと、たしかに胎児を思わせる作品が点在している。『領域』という陶器の作品は、サケがクマを食らい、その背で赤ん坊が卵を産んでいるという不思議な光景だ。

「これはメタファー(隠喩)ではなく、見たままの意味です。クマはサケを食べますが、クマが死ぬと土になり、その土壌が川を肥沃にして、そこへサケが帰ってくることができる。そうした生命の輪のなかに赤ん坊もいて、それがサケの卵を産み落として、ぐるぐると巡っていくのです。そして、サケとクマと赤ん坊の体をつないでいるのは、ここに描かれていなくてもやっぱり水なんです」

  • 「つくりかけラボ09 大小島真木|コレスポンダンス」で制作に取り組む大小島さん

    「つくりかけラボ09 大小島真木|コレスポンダンス」で制作に取り組む大小島さん
    撮影協力:千葉市美術館

  • 来場者が人間以外の何者かになり代わって書き残す「Dear Human」で始まる手紙。大小島さんはすべてに目を通し、呼応するように作品を変化させていく

    来場者が人間以外の何者かになり代わって書き残す「Dear Human」で始まる手紙。大小島さんはすべてに目を通し、呼応するように作品を変化させていく
    撮影協力:千葉市美術館

  • 会場の様子。個々の作品だけでなく、それを含めた場所全体を芸術的空間として提示するインスタレーションとなっている

    会場の様子。個々の作品だけでなく、それを含めた場所全体を芸術的空間として提示するインスタレーションとなっている
    撮影協力:千葉市美術館

  • クマがサケに食べられ、サケの背中に乗った赤ん坊が卵を産む作品『領域』

    クマがサケに食べられ、サケの背中に乗った赤ん坊が卵を産む作品『領域』
    撮影協力:千葉市美術館

  • 胎児を思わせる大小島さんの陶器作品

    胎児を思わせる大小島さんの陶器作品 撮影協力:千葉市美術館

(2022年12月12日取材)

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