里川文化塾
開催レポート

第21回里川文化塾 和泉川で学ぶ
多自然川づくり実践のポイントと継承の課題

元の地形と自然を活かした緑豊かな「多自然」川づくり。国土交通省がすべての川づくりの基本と定めた「多自然川づくり基本指針」(2006年)よりも30年先駆けた事例として知られるのが、神奈川県横浜市西部を流れる和泉川の河川環境整備です。今回の里川文化塾では、和泉川の環境再生に携わった講師2名に多自然川づくりの具体的な実践プロセスをお聞きしたうえで、実際に現地を歩いて成功のポイントを学び、30年を経た継承の課題も考えました。

実施概要

日時
2015年10月17日(土)10:00〜17:00
フィールド
神奈川県横浜市瀬谷区
二ツ橋の水辺→宮沢ふれあいの水辺→東山の水辺→関ヶ原の水辺→寺ノ脇の水辺→宮沢遊水地
座学会場
三ツ境「eモール」
参加者数
19名
主催
ミツカン水の文化センター
吉村伸一さん

講師

株式会社吉村伸一流域計画室 代表取締役
吉村 伸一(よしむら・しんいち)さん

1971年、横浜市役所に入庁。77年から94年まで河川部に所属。多自然川づくりの方針が出る前から独自にいたち川など横浜市内河川の自然復元に取り組む。和泉川では、川とまちをつなぐ「川・まち計画」を立案。東山の水辺・関ヶ原の水辺などで具現化した。いたち川の自然復元、和泉川の水辺整備等で土木学会デザイン賞を受賞。1998年から現職。

橋本忠美さん

講師

株式会社農村・都市計画研究所 代表取締役
橋本 忠美(はしもと・ただよし)さん

まちづくりと環境設計の専門家として和泉川の川づくりに携わる。流域の小学生400人に、ふだんの川の使い方・遊び方を聞き、和泉川環境整備基本計画から実施設計に活かす。この整備事業は高く評価され、2005年の土木学会デザイン賞で最優秀賞を受賞。

和泉川で学ぶ 多自然川づくり実践のポイントと継承の課題ルートマップ

和泉川で学ぶ 多自然川づくり実践のポイントと継承の課題ルートマップ
国土地理院基盤地図情報「神奈川」をもとにミツカン水の文化センター作図
この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の基盤地図情報を使用した。(承認番号 平27情使、第514号)

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水辺とのつながりを取り戻す、
まちづくりとしての川づくり

 午前中は、和泉川の環境再生に携わった講師2名による座学でスタート。吉村伸一さんは、横浜市役所で18年間河川事業にかかわり、横浜市内河川の自然復元、今でいう多自然川づくりを実践してきました。
 
 最初に多自然川づくりについてお話を伺いました。そもそも「多自然川づくり」とは何でしょうか。ひと言でいえば「川らしさ」を取り戻す試みです。では「川らしい川」とは? 川の働きによって瀬や淵など複雑な地形構造が保たれている川のこと。河川改修で川底を平らにした川は、流速や水深がどこも同じで、瀬や淵がないので魚類などの種類や生息数は少ない。吉村さんは「川の働きを活かすには、川の自由度を増やし、護岸などの構造物は『控えて守る』ことが重要です」と言います。

 瀬や淵は川がつくる。だから、川が働きやすいように川のためのスペースを広くとることが重要なのです。「控えて守る」とは、河岸や水際をコンクリートで覆うのではなく、土砂や石などの自然素材で覆うようにし、護岸はその後ろ側に立てる(背後に控える)ことです。川底も人工的に平らにせず、土を寄せるなど変化の余地を残しておくのです。川は洪水の作用で形が変化する。それが川のもつ本質的な環境。固定しなければ洪水のたびに深みができて生きものが生息しやすい環境になりますし、河岸や水際が土ならば草も自然と生えます。そうした自然の再生力で変化と多様性をもたせる。それが多自然川づくりの基本的な考え方だと言います。

 横浜市における多自然川づくりの始まりは1981年(昭和56)。市の新総合計画に河川環境整備事業を新規事業として位置づけたことがきっかけです。具体的には、川の自然復元と水辺拠点、川辺の道の3つの事業メニューを実施することになりました。その第1号が1982年度(昭和57)に実施した、いたち川(横浜市栄区)です。河川改修で平らになった川底の一部を掘り下げて水際部に盛土をし、自然的な澪筋(みおすじ)を回復するというものです。いたち川はその後1987年に国土交通省の「ふるさとの川整備事業」(河川事業とまちづくり事業を合わせて行う)の認可を得て、稲荷森の水辺など周辺環境と一体になった水辺拠点が整備されています。稲荷森の水辺では、子どもがトンボや魚を採り、お年寄りが釣り糸を垂れる、ふだんの暮らしと地続きの川を取り戻したのです。

  梅田川(横浜市緑区)では、川と隣接する公園の境界部に高さ3mの擁壁(斜面の崩壊を防ぐためにつくられた壁状の構造物)を設置することを避けるために、公園の斜面を削って川と森(公園)をつなぎ、一体的に利用できるようにしています。整備にあたって実施した近隣小学校児童のワークショップで出た「そり遊びができる公園」を実現。そり遊びがこの地域の子どもたちの「伝統的」な川遊びになっています。

 和泉川は1987年(昭和62)に河川環境整備計画(案)の検討を実施。1991年(平成3)に国土交通省の「ふるさとの川整備事業」の認可を受け、まちづくりと一体的に事業を進めることになりました。今回訪れた和泉川東山の水辺と関ヶ原の水辺は、2005年(平成17)に土木学会デザイン賞最優秀賞を受賞しました。

 和泉川では「まちづくりとしての川づくりを目標にした」と吉村さんは言います。

「河川改修で川幅を広げるだけではいい川にならない。川に広い空間を与えて周辺環境と結びつけるのです。東山の水辺では、森と河川用地の間に残る予定だった土地を買収して川と森がつながるようにしました。民有の森は河川事業では保全できません。そこで、横浜市の緑政局(現在の環境保全局)の協力により、『ふれあいの樹林』という横浜市の緑地保全制度を用いて、川に隣接する斜面林を地権者の理解を得たうえでお借りしました。こうして森と川を一体化したのです」

 吉村さんがこうした業務を手がけるようになったのは、1982年(昭和57)に発足した「よこはまかわを考える会」の活動に参加したことがきっかけでした。使われなくなった運河を横浜の魅力空間としてよみがえらせようとして実施した屋形船のイベントやカヌーフェスティバル、ドブと化した川をみんなで掃除する大岡川クリーンフェスティバルなどを通じて「都市河川を何とかしたい」という気持ちが強くなり、いたち川や和泉川の多自然川づくりとなったのです。

「よこはまかわを考える会」は、月1回の定例研究会のほか、横浜縦断カヌーフェスティバル、横浜の川を歩く会など今も活動を継続中。「終わったあと、おいしい酒を飲むことを目標に、あまりがんばらないのが持続のコツ」と吉村さん。「川の再生とはかかわりの再生」という吉村さんの言葉が印象的でした。

  • 川の自由度を増す「控えて守る」発想

    川の自由度を増す「控えて守る」発想 (出典:多自然川づくりポイントブックIII)

  • いたち川「稲荷森の水辺」の現在の風景

    いたち川「稲荷森の水辺」の現在の風景(2014年9月撮影)
    (提供:吉村伸一さん)

  • 釣り糸を垂れるお年寄りと覗き込む子どもたち。

    釣り糸を垂れるお年寄りと覗き込む子どもたち。いたち川「稲荷森の水辺」ではこのような光景が見られる
    (提供:吉村伸一さん)

  • 子どもたちがそり遊びをしている梅田川「三保念珠坂(みほねんじゅざか)公園」

    子どもたちがそり遊びをしている梅田川「三保念珠坂(みほねんじゅざか)公園」
    (提供:吉村伸一さん)

  • 川の自由度を増す「控えて守る」発想
  • いたち川「稲荷森の水辺」の現在の風景
  • 釣り糸を垂れるお年寄りと覗き込む子どもたち。
  • 子どもたちがそり遊びをしている梅田川「三保念珠坂(みほねんじゅざか)公園」

子どもたちによるワークショップから始まった川づくり

 行政の吉村さんとタッグを組んで、和泉川環境整備基本計画を立案し、川づくりをデザインしたのは、株式会社農村・都市計画研究所の橋本忠美さんです。

「川は生活の一部」。これがプランのコンセプトでした。デザインのコンセプトは「なつかしいね、新しいね、水のある風景。」。昔から受け継いできたよさを尊重しながら、新しい価値観も盛り込みました。

 吉村さんと橋本さんがまず実施したのは「和泉川子どもの遊び環境調査ワークショップ」です。和泉川流域にある11の小学校の4年生たちに「遊び場マップ」を作成してもらいました。総勢約400人の生徒が参加。よく出かける遊び場を、水辺、道、広場、緑地に分けて地図に色を塗ってもらったのです。橋本さんは言います。

「子どもたちがどこでどんなふうに遊んでいるか、つまりまちをどのように使っているかを知ることは、まちづくりにとても大切。遊びを通した生活圏域がわかれば、和泉川と周辺の緑地や田畑の計画的意味づけができるからです。また、子どもたちには 『こんな川であってほしい』という願いをイラストに描いてもらい、基本計画や実施設計に反映しました」

 子どもたちの遊び場を河川環境の調査と重ね合わせ、流域のまち資源と生活圏域を整理し、どこに水辺拠点をつくるのが適切かを割り出しました。さらに、川を生活空間に再編するための手法として、これまでの農村の集落計画にならって「川・まち地区」と名づけた流域の生活圏に対応した計画単位を提案し、整備計画をつくりました。そして環境デザインのためのガイドラインとして「環境単位で捉える。」「生物・生態系を豊かにする。」「水の流れをデザインする。」「子どもの遊びと川を結びつける。」「川と道をつなげる。」「まちを川になじませる。」「和泉川固有の景観を整える。」――これらが橋本さんたちがつくった計画の原則でした。

「子どもたちに川を感じ、親しんでもらおうと一工夫したのが 『赤関(あかぜき)おとなり橋』の改修。かつての木橋に戻し、親柱のところに大きなソロバン玉のような『鳴り車』を8つ付けました。子どもたちは橋を渡るたびに鳴り車を回します。橋の名づけ親も子どもたち。『おとなり』には『音が鳴る』に加えて、『おとなり同士の結びつき』の意味もあります。地域に認知されていたかつての木橋の佇まいを残しつつ新しい要素を加えました」と橋本さん。

 関ヶ原の水辺整備では、行政と幅広い分野の専門家が集まってデザインワークショップを実施しました。現地で特性と課題を明らかにし、大気や水、土壌、生物多様性、景観といった環境要素別に川のありかたを構想。さまざまな視点からの提案を基に計画図を作成しました。和泉川の多自然川づくりには子どもたちも含めていろいろな人たちの願いが込められているのです。

  • 和泉川の川づくりのコンセプトをまとめたパンフレット。いずれも橋本さんが制作協力・デザインしたもの
    (編集・発行:横浜市下水道局河川部河川設計課)

  • 和泉川の川づくりのコンセプトをまとめたパンフレット。いずれも橋本さんが制作協力・デザインしたもの
    (編集・発行:横浜市下水道局河川部河川設計課)

  • 吉村さんと橋本さんが小学校4年生を対象に開いた「和泉川子どもの遊び環境調査ワークショップ」

    吉村さんと橋本さんが小学校4年生を対象に開いた「和泉川子どもの遊び環境調査ワークショップ」(提供:橋本忠美さん)

  • 「関ヶ原の水辺」の整備の際、行政と幅広い分野の専門家が集まって実施した「デザインワークショップ」

    「関ヶ原の水辺」の整備の際、行政と幅広い分野の専門家が集まって実施した「デザインワークショップ」 (提供:橋本忠美さん)

  • 8つの鳴り車のついた「赤関おとなり橋」

    8つの鳴り車のついた「赤関おとなり橋」

  • 吉村さんと橋本さんが小学校4年生を対象に開いた「和泉川子どもの遊び環境調査ワークショップ」
  • 「関ヶ原の水辺」の整備の際、行政と幅広い分野の専門家が集まって実施した「デザインワークショップ」
  • 8つの鳴り車のついた「赤関おとなり橋」

30年前、住民からは多自然川づくりに反対の声も

 お二人のレクチャー後は、フリートークと会場からの質問タイムです。

 当初のデザインや川づくりの思想が年月を重ねていくうちにどう変わったのでしょうか? 吉村さんによれば、河川改修計画は最初の治水計画から用地買収、設計から発注に至るまで長期にわたるプロジェクト。

「特に和泉川のような、川を生活の一部に取り込み、森やまちや道とつなげる多自然川づくりでは、地権者の理解や他部局との連携など、単なる治水計画にはとどまらず、さまざまなステークホルダーとの調整に長い時間を費やしました」。そして、担当者が変わると思想が継承されにくいのが、いかんともしがたい行政の宿命です。

 和泉川の多自然川づくりは、そもそも住民から熱い声が上がったのか、それとも行政主導だったのか、という質問が会場からありました。

「当時、住民からはむしろ反対の声があった」と吉村さんは明かします。「いたち川の最初の整備では『川底に草が生えると水が流れなくなる。(水が汚いから)そんなことやっても無駄。余計なことするな』ということで数カ月工事に着手できなかった」と言います。

 30年前、まだ環境に対する意識は高くありませんでした。和泉川の整備では「こどもの遊び環境調査ワークショップ」の成果(子どもたちからのメッセージ)をポスターにして住民説明会で配布し「その結果を得て、川とまちがつながれば子どもたちが自然のなかで遊べるからいいですよね、と説明しました」と吉村さんは振り返ります。地権者にもそのような根拠で説得し協力を得たそうです。

 橋本さんも「子どもにとっては河原を含めて川。大人より見識が高い。どんな川のかたちにすれば、将来の子どもたちが使ってもらえるか想像力を発揮しました。イメージの片鱗を総合化するのが私たちの仕事です。大人の要望を中心に考えたら、むしろ多自然の川にならなかったかもしれない」と話します。

「京都の鴨川の飛び石で3歳くらいの子どもが遊んでいる姿を見て感動したのだけれど、東京のコンクリート三面張りの川は柵が高い。都市河川における柵は人を水辺から遠ざけているのではないか?」との質問も出ました。

 吉村さんは「鴨川に柵がないのは歴史とか文化の重み(鴨川と市民のかかわりの履歴)。市民のなかに柵を立てるという意識がほとんどないのでは」としたうえで「高い柵を立てるのではなく、護岸から離れた位置を歩くようにすれば安全性を保つこともできる」と指摘します。護岸と道路の間に草地を設けたり、低木で遮るといった方策です。そのようにして水辺と人を分断せずに安全も担保する手立てが、これからの川づくりには求められるのでしょう。

参加者の質問に答える吉村さん(左)と橋本さん(右)

参加者の質問に答える吉村さん(左)と橋本さん(右)

森と川が一体化する親水空間「東山の水辺」

 午後からは、吉村さんと橋本さんのナビゲートのもと、実際に和泉川をフィールドワークしました。厚木街道と交差する二ツ橋から下流が、多自然川づくりのコンセプトで河川改修した区間です。

 出発点の二ツ橋の水辺から、すでに水際の清々しい緑に目が洗われます。川の水もきれいです。子どもたちが水辺で遊んでいました。コンクリート三面張りの川だと、こうはいきません。多自然な川のよさが早くも実感できました。

 会場から質問の出た「柵」が、二ツ橋の水辺にもありました。とはいえ、2本の丸太が低く並行に横渡してあるだけなので川から人を遠ざけません。なるほど、遊歩道との間に植栽があって、水際空間を広げることで安全性を保つ構造になっています。吉村さんいわく「これは柵でなく水際空間の一部」。

 午前中のレクチャーにあった、横浜市が地主から借地している「東山ふれあい樹林」。密集する住宅街がストンと途切れて斜面林が現れます。側道をたどって森の中の道を抜けていくと、川べりへ出ました。樹林が水辺と一体化することで多自然な川が再生されたのです。「東山の水辺」は、森の等高線に合わせて両岸が緩やかに和泉川へと傾斜する地形の設計が施されています。そのためでしょうか、森を歩いていると自然に足が水辺へ向かう感じです。

「通常の河川改修では、堤防の計画を決めてから残った土地を緑地にするという発想が多いのですが、ここは敷地の幅全体を使って緑で覆い、盛土の勾配も柔軟に考えて設計しました」と吉村さんがポイントを説明しました。

  • 二ツ橋の水辺で遊ぶ子どもたち

    二ツ橋の水辺で遊ぶ子どもたち

  • 二ツ橋の下流にある未改修部分

    二ツ橋の下流にある未改修部分。多自然川づくりによって和泉川がどれほど変わったのかよくわかる

  • 森と川が一体となった見事な景観の「東山の水辺」

    森と川が一体となった見事な景観の「東山の水辺」

  • 住宅街と斜面林の際から森へ入り、小路を歩く

    住宅街と斜面林の際から森へ入り、小路を歩く

  • 住宅街と斜面林の際から森へ入り、小路を歩く

    住宅街と斜面林の際から森へ入り、小路を歩く

  • 意識せずとも川辺に足が向かうような設計となっている

    意識せずとも川辺に足が向かうような設計となっている

  • 意識せずとも川辺に足が向かうような設計となっている

    意識せずとも川辺に足が向かうような設計となっている

  • 敷地の幅全体を使って緑で覆い、盛土の勾配も柔軟に考えて設計された「東山の水辺」

    敷地の幅全体を使って緑で覆い、盛土の勾配も柔軟に考えて設計された「東山の水辺」

  • 二ツ橋の水辺で遊ぶ子どもたち
  • 二ツ橋の下流にある未改修部分
  • 森と川が一体となった見事な景観の「東山の水辺」
  • 住宅街と斜面林の際から森へ入り、小路を歩く
  • 住宅街と斜面林の際から森へ入り、小路を歩く
  • 意識せずとも川辺に足が向かうような設計となっている
  • 意識せずとも川辺に足が向かうような設計となっている
  • 敷地の幅全体を使って緑で覆い、盛土の勾配も柔軟に考えて設計された「東山の水辺」

緩やかなスロープを生む三段の〈大地のしわ〉

 ここで、地域住民のボランティアグループ、瀬谷環境ネット代表の宮島行壽(みやじま ゆきとし)さんが、和泉川の多自然環境を守る取り組みについて話してくれました。

「東山の水辺」際に自宅を構える宮島さんは、水位・水質(pH・伝導率・透視度)・水温の計測、生きものの観察、ゴミ拾いを続け、地域住民により深く川に関心をもってもらえるよう掲示板に貼り出しています。和泉川の生きもので個体数が多いのは、浅瀬に卵を生むアブラハヤ、オイカワおよびザリガニ、スジエビなど。今年は雨が多いので水位、水質ともに安定しているそうです。和泉川の東山の水辺の水の8割は「瀬谷市民の森」の湧水。「流域の森を守っていくのは川にとって、とても大事なこと」と宮島さんは強調しました。

 瀬谷環境ネットでは、子どもたちと川の中に入って生きものを探す「ガサガサ」やゴミ拾い、小学校の先生方に和泉川を知ってもらう研修などの活動をしています。「天然ウナギが川に帰ってきたら活動のゴール」と宮島さん。参加者は笑いましたが、実は和泉川ではかつて本当にウナギがとれていたそうです。宮島さん宅の水槽で飼っている、和泉川で採集したアブラハヤ、オイカワ、モツゴなどの魚類、代表的な外来種のザリガニ、アカミミガメなどを見せてもらいました。

「東山ふれあい橋」は木造船の龍骨(船底部を支える構造材)をイメージした木製のトラス橋(三角形に組んだ構造を主に利用した橋)です。橋詰の護岸は通称〈大地のしわ〉。三段の石積みの段差を「しわ」に見立てている箇所です。一段だと急峻になるのを、三段に分断することによって、緩やかな草地のスロープをつくり出し、親水性を生んでいます。石積みの護岸がカーブを描いて土の中へ吸い込まれるように消えていく造作も注目すべき点。こうしたデザインは、吉村さんと橋本さんの手がけた水辺の至るところに見られました。

「端部をいかにきれいにおさめるか。護岸が土や草となじむには、『へり』が大切。たんなる土木の発想では出てこないデザイン上のツボです」と橋本さん。

  • 瀬谷環境ネットが計測して掲示板に貼り出している水位・水質・水温などのデータ類

    瀬谷環境ネットが計測して掲示板に貼り出している水位・水質・水温などのデータ類

  • 瀬谷環境ネット代表の宮島行壽さん

    瀬谷環境ネット代表の宮島行壽さん

  • 宮島さんが水槽で飼育する和泉川のアブラハヤなどの魚類

    宮島さんが水槽で飼育する和泉川のアブラハヤなどの魚類

  • ミドリガメやアメリカザリガニなどの外来生物も

    ミドリガメやアメリカザリガニなどの外来生物も

  • 木造船の龍骨をイメージした木製のトラス橋「東山ふれあい橋」

    木造船の龍骨をイメージした木製のトラス橋「東山ふれあい橋」。橋脚がないためスマートに見える。「ただし、塗装の色が修繕時に変更されたことが残念」と橋本さん

  • 東山ふれあい橋の上流側は〈大地のしわ〉と呼ぶ三段の石積みがある。

    東山ふれあい橋の上流側は〈大地のしわ〉と呼ぶ三段の石積みがある。段差を「しわ」に見立てている

  • これは端部がうまく処理できていない例。

    これは端部がうまく処理できていない例。へりが突き出したままなので地面との親和性が低いうえ、奥と手前の曲線の角度が異なるため連続性にも欠けている

  • 瀬谷環境ネットが計測して掲示板に貼り出している水位・水質・水温などのデータ類
  • 瀬谷環境ネット代表の宮島行壽さん
  • 宮島さんが水槽で飼育する和泉川のアブラハヤなどの魚類
  • ミドリガメやアメリカザリガニなどの外来生物も
  • 木造船の龍骨をイメージした木製のトラス橋「東山ふれあい橋」
  • 東山ふれあい橋の上流側は〈大地のしわ〉と呼ぶ三段の石積みがある。
  • これは端部がうまく処理できていない例。

生きもののサンクチュアリとなった「関ヶ原の水辺」

 吉村さんなどの行政と、橋本さんをはじめとする異分野の専門家たちによるデザインワークショップをもとに整備された「関ヶ原の水辺」に辿りつきました。隣接する中橋からの眺めは、斜面林に囲まれた緑深い水辺空間。地面に吸い込まれる〈大地のしわ〉護岸の緩やかな緑のスロープに導かれるようにして、人は水辺へと近づきます。カワセミがよくやってきて、カメラ愛好家が多いとのこと。多自然の川には生きものも人も引き寄せられます。

 あまり目立たないように、水質浄化施設が設置されていました。流入した水は5つの浄化槽を通って川へと放流されます。木炭や木片、石などの自然素材の充填材と、そこに付着した微生物の働きによって浄化するしくみです。つまり自然界の浄化作用をまねているので、耐用年数を過ぎた充填材はそのまま緑地の堆肥などにリサイクル可能。こうした浄化施設もまた、多自然川づくりの一環といえます。

 蛇行していた川を直線化して短くすることによって生じた旧河川と新河川の間の土地を有効利用し、市民が憩える水辺と、生きものが生息しやすい水辺を一体化すること。それが関ヶ原の水辺の整備計画の目的でした。そのため、植生が豊かな崖をもつ斜面の緑地を取り込んで生態系を保つようにし、地域になじんだ景観を復元しました。湧き水を導入して河道内に水溜りを設けるなどして、水辺らしい自然を取り戻したのです。川辺からは緑に隠れてよく見えませんが、目を凝らすとうっそうとした崖の上に住宅地がありました。

「年月が経って草木で覆われると、とてもそんな仕掛けがあるようには見えないでしょう? 今は生きもののサンクチュアリになっています」と橋本さんが言うように、自然の復元力を導き出した川づくりを目の当たりにしました。

  • 斜面林がせり出し、森と川の親和性が非常に高い「関ヶ原の水辺」

    斜面林がせり出し、森と川の親和性が非常に高い「関ヶ原の水辺」

  • 河川敷の緑のなかに設置されている水質浄化施設

    河川敷の緑のなかに設置されている水質浄化施設

  • パッと見ただけではわからないが、この斜面林の上は住宅街

    パッと見ただけではわからないが、この斜面林の上は住宅街。自然の復元力を考慮したデザイン設計がつくり出した景観だ

  • 斜面林がせり出し、森と川の親和性が非常に高い「関ヶ原の水辺」
  • 河川敷の緑のなかに設置されている水質浄化施設
  • パッと見ただけではわからないが、この斜面林の上は住宅街

本来の自然地形を活かすと、柔らかな空間になる

 午前中のレクチャーで言及された風情ある木橋、8つの鳴り車のついた「赤関おとなり橋」を経由して、5万トンの貯水能力のある宮沢遊水地へ。ここが本日の最終目的地です。眼鏡橋の山王橋を挟んで上流側と下流側にそれぞれ洪水を溜める池があります。上流側には越流堤(注)がありますが、上下流両端に階段を設け、遊歩道として通れる構造になっています(通常は通れない構造になっていることが多い)。

 山王橋より下流の遊水地は緑の芝生に覆われた広場。子どもたちのいい遊び場になっています。ただし、水循環のコンクリート施設が遊水地の中央部に後から設置されたため、「この景観になじむ設計にすればよかったのに……」と吉村さんと橋本さんは残念そうです。

 東の道路側が三段の石積み、西の森側が緑の緩やかなスロープ。東側と西側の勾配の比率は場所によって変わっており、多様性のある起伏を活かした地形処理です。橋本さんによれば「こんなふうに全体が柔らかくつながった印象になる」とのこと。人間の好き勝手な意向によって地形を改造してしまうのではなく、本来そこにあった自然の地形を活かし、それに則った改修デザインだからこそ、周囲の景観域にすんなり溶け込み、人も生きものも集いやすい、ふんわり包み込まれるような空間ができあがるのでしょう。

 石積の擁壁から顔を覗かせる塩ビの排水パイプ排出口が擁壁の勾配に合わせて斜めの断面になっているので、あまり目立ちません。人工的で美しくない要素をできるだけ少なくする。些細なところにも配慮が施されています。

 遊水地南端の池の擁壁は、修景のために植栽した高木の列植の形状に合わせて優雅なカーブを描いています。木陰の広場になっているテラスに上がると、擁壁が柵の役割を果たしていますが、腰高なので圧迫感がありません。擁壁上の鉄の欄干も、擁壁に合わせて手前に傾斜しており、低いのに飛び越えにくくなっています。景観を損なわずに安全上の配慮が行き届いた構造です。

(注)越流堤
水量調節の目的で、河川や水路の堤防の一部を低くしたもの。一定の水位以上になると越流させ、貯水池や遊水池に水を蓄える


  • 宮沢遊水地の上流部

    宮沢遊水地の上流部。参加者が立っているのが越流堤で、最上段が遊歩道。奥に眼鏡橋の山王橋が見える

  • 宮沢遊水地の下流部

    宮沢遊水地の下流部。写真中央のやや右側にあるのが、吉村さんと橋本さんが「景観になじんでいない」と嘆いた水循環のコンクリート施設

  • 宮沢遊水地の東の道路側は三段の石積み

    宮沢遊水地の東の道路側は三段の石積み。階段は奥行きがあるように見せたかったため、一段上がるごとに石の高さを低くしてある

  • 美しい曲線を描く宮沢遊水地南端の擁壁とテラス。うっかり転落しないように、手前に傾斜させている

  • 宮沢遊水地の上流部
  • 宮沢遊水地の下流部
  • 宮沢遊水地の東の道路側は三段の石積み

辛抱強い合意形成プロセスとコンセプトの維持貫通

 最後に参加者から「コストと維持管理の面で、ますます条件が厳しくなっている現代において、こうして多自然のコンセプトを貫通するような、妥協しないデザインを達成するコツ」について質問がありました。

 橋本さんは「単発でアイディアを出さないこと。全体のストーリーを構築して、時間をかけて外濠を埋めていく。部分最適を積み重ねてしまうとコストが高くなる。例えば多自然の川づくりなら、余計な手間をかけなくてもよいところが出てくるはず。全体のストーリーがしっかりしていれば、コストをかけるべきところと、そうでないところのメリハリが明確になるでしょう」と語りました。

 吉村さんも「大事なところは材料の質を落とすのではなく数を減らすとか、トータルで考えてバランスをとることが大切です」と指摘します。

 フィールドワークで印象に残ったのは、改修計画を設計・デザインするだけでなく、施工に際しても妥協を許さないお二人のこだわりと情熱です。微に入り細を穿つ説明をお聞きして、それは十分伝わってきました。流域の大半が「東山の水辺」や「関ヶ原の水辺」のように、お年寄りが散策し、子どもらが水遊びに興じられる水辺空間ならば、どんなにすばらしいでしょう。

 しかし、お二人が設計・デザインした多自然川づくりの水辺と、そうでないところに歴然とした差もありました。橋本さんが明かしたように「鳥が来たり虫がわくからという理由で反対され植栽できなかった」箇所もあります。それもまた都市生活者の意見の一つなのです。また、お二人が設計・デザインした水辺の周辺にも、後から付け加えたためにつぎはぎだらけで無理のある造作や、多自然のよさを活かしていない処置が散見されました。例えば、護岸の端部がグラデーションのように美しく地中に消えていかず、ストンと途切れてコンクリート断面が露出しているところなどはその典型です。 吉村さんによれば、多自然川づくりには「地形処理のセンスについて土木技術者の教育・訓練が必要」という課題があるそうです。

 今回の講義とフィールドワークを通じて、和泉川が多自然川づくりの先進事例といわれている理由の一端がわかりました。それは川だけを考えるのではなく、周囲と連動した大きな空間として川を見つめて設計・デザインする視点が欠かせないということ。もちろん、それを実現するには所属する部署や立場を越えた横断的な取り組みが不可欠で、そのために自らが動いて働きかけることが大切なのです。また、「子どもたちがどこでどのように遊んでいるのか」に着眼し、小学生対象のワークショップから和泉川と周辺の「好ましい姿」を描き出した点はきわめて先見性が高いと思いました。しかも、それを基本設計に反映させることで、地権者や市民との合意形成をスムーズに進めていくという方法論は、他の地域でも参考になると思います。

 また、当初は住民から反対の声もあったという時代背景にもかかわらず、「川らしい川」を取り戻そうとしたお二人からこだわりの具体例および実現できなかった箇所を解説していただくことで、設計・改修当時の思想やデザインを守りつづけることの難しさや課題も見えてきました。さらに、瀬谷環境ネットのような市民起点の愛護活動と、当初のコンセプトを引き継ぎ貫通する行政が相まってこそ、初めて多自然川づくりは維持・継承されていくものなのだと学びました。

参加者の声から

「座学で学んだ多自然川づくりのポイントを午後のフィールドワークで確かめられ、たいへん有意義でした。『計画するときにその土地の人々のことを考える』という内容が印象的でした」(20代女性)

「設計時のきめ細かな配慮によって全体的に心地よい空間になっているということを、現地を歩いて実感しました」(40代女性)

「エッジの処理の造形美にうっとりしてしまいました。石積みや等高線に沿ったラインも美しかったです」(40代女性)

「講師のお二人の妥協しない姿勢に感銘を受けました。語り口の熱心さに頭が下がる思いです」(60代男性)

「『ところどころ、望み通りにいかなかった部分がある』というお話が印象に残りました」(20代男性)

「地域住民を巻き込んだ合意形成の手法の説明は、きわめて実践的でした。現地見学によって、川づくりを担当する人によって継続性を保つことの難しさもよくわかりました」(60代男性)



(文責:ミツカン水の文化センター)

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