水のもつ“交流力”を活用した地域づくり・まちづくりツールとして「Eボート」と呼ばれる簡易組立式ボートを用いた交流プログラムが、新聞紙上で紹介されています。水がもつ魅力を、どのように活かしているのでしょうか。このプログラムを開発した「地域交流センター」を訪ねました。
地域交流センター研究員
坂本 貴昭 (さかもと たかあき)さん
全国Eボート連絡協会の全体調整事務局としてEボート活動の全国展開を進めている。 地域交流センターは、全国Eボート連絡協会、全国水環境交流会、ダム水源地交流協議会、日本トイレ協会の事務局にもなっている。
――地域交流センターの活動は1976(昭和51)年から始まっているわけですが、Eボートの活動を始められたきっかけをうかがえますか。
坂本 そうですね。「良い町には、良い川がある」ということはよく言われます。でも、近年はコンクリートで固められた川に汚い水が流れている。そこで川を見直してみようという運動が各地で起きていました。そうした運動の一つとして、ダム湖をどう活用するか、という課題が生まれてきたのです。
地域交流センターは「社会実験」を重視しています。「交流」を考える際、学問追及や研究も大切ですが、机上の数値からだけの検証では現場から遠ざかってしまい、物事の真の姿が見えてこない。ですから、我々の目指すところは、「シンクタンク」ではなくて「ドゥータンクDo tank」という考え方で「交流」を考えていきたい。そうした考え方からも、ダム湖の活用は、人が水辺に近づくための良いチャンスになるだろうということで、「うまく道具を使って、水に親しむ機会を作ろう」と、いろいろと検討してみました。しかし、実際、ダム湖でカヌーなどを浮かべて試してみると、道具の操作が難しいため気軽に人を呼んで水に親しむ、という状態にはなりにくかった。操作には熟練を要するし、単独競技であることなどが、障害になってしまったのです。そこで「誰でも」「簡単に」「楽しめる」をキーワードに、十人乗りの手漕ぎボートという条件で、ボートメーカーの協力を得て開発したのがEボートです。1994(平成6)年のことです。発想の元になったのは中国のドラゴンボートですよ。そこからスポーツの要素を弱めて、オリジナリティのある道具を作ろうということになったのです。
――EボートのEは、何を意味しているのですか。
坂本 最初は「交流ボート」と呼んでいたので、《Exchange(交流)》のEでした。
それが、「待てよ、環境問題にも取り組んでいくのだから《Eco-life(環境に優しい生活)》もあるよね」ということになり、Eで調べてみたら「Ecology(生態学)」、「Envi-ronment(環境)」、「Education(教育)」、「Epoch-making(新時代の創造)」、「Earth(地球)」、といっぱいあるんですよ。コンセプトはそういうことで、「誰でも気軽に水辺に来て楽しんでほしい」ということを基調にしています。また高齢者や身体の不自由な方など、普段水辺に来られない人にも来てほしい。なぜなら、そうした人たちを含んだ社会全体として水に親しんでいかないと、なかなか人々の意識は変わっていかないからです。子供からお年寄りまで、そしてその中には身体が不自由な方も含まれていて、みんなで協力してボートを漕ぐところに意味がある。Eボートは、何社ものメーカーが協力して開発して下さり、搬送式から組立式までいくつかの種類があります。でも、今では組立式のものが、「運搬費が安く済む」という理由で主に使われています。
坂本 Eボートのプログラムで大事なことは、こちらで全部準備して「はい、どうぞ」とお膳立てしては駄目なんです。それでは、参加者はお客さんになってしまう。それは絶対避けたいので、参加者に運搬、組立て準備からやっていただきます。そうするとおもしろいことに、部品を組み立てる段階から、そのチームの物語、ドラマが始まるのです。一艇、一艇のチームに、それぞれのストーリーが生まれます。そこで芽生えた共同体意識が、クラブになって、まちづくりの核になってもらえれば、こちらとしてもこれほどうれしいことはありません。
――Eボートを使った交流行事は、何カ所で行われていますか。
坂本 約五十カ所です。川の大きさよりも、やはり舟の操作の特性で、静水域のほうがやりやすい。いろいろな所で行ってみると、エピソードもたくさん生まれています。先ほど、ストーリーと言いましたが、エピソードもあるのです。
熊本県の球磨川では、初めて全盲の方が参加されました。最初は怖がっていたのですが、そのうちに、風を感じて楽しんでくれた。その方は「川は風の通り道」と言うんですね。漕いでいて何が楽しいかというと、風によって川を感じることだと言うのです。
また、高齢者の例でいうと、静岡県の富士川でやった交流会の時に、芋煮会の準備に追われていたおばあちゃんにも乗ってもらった。もう八十歳ぐらいのおばあちゃんでしたが「もういつ死んでもいい」と言ってほんとうに感激してくれました。北海道の千歳川では河川清掃をずっと行っているのですが、鮭の密猟が減ったという報告があります。
山形県の長井市の中学生が東京に修学旅行に来た時に、Eボートを利用してくれたこともありました。日本橋川と亀島川が交差しているところから隅田川まで出て、佃島まで行ったんです。佃島では一人がボートを降りて佃煮を買いに行き、その後、東京都の河川課の人に東京の川のお話をしていただきました。彼らは、前日に下水処理センターの見学もした、と言っていました。そうした一つのプログラムの中に、Eボートを取り入れてもらっています。
坂本 こうしてエピソードが出てきて活動しているうちに、「それなら、横の連絡組織を作ろうじゃないか」という話が持ち上がり、1996(平成8)年12月から情報交換の場を持つことになりました。そして年に一回集まって意見交換するということで、「全国Eボート大会」が始まりました。
――この大会では、どのようなことを行ったのですか。
坂本 Eボートに乗るのはもちろんですが、水辺の使い方を実験してみようという趣旨から、「水面」「水際(陸、河川敷)」「水面の上空」という三つの空間をトータルで使う方法を考えて実践しています。この三つの空間を活用するために、Eボートと同様に機会と道具を提供しています。水面は、Eボートですよね。水際では、馬に乗ってもらったりしています。空は、パラグライダーで楽しんでもらう。1999年に第三回全国大会が、北上川で行われました。
――今、全国で何名ぐらいの人が所属しておられるのですか。
坂本 把握していません(笑)。実は、そこをこれからやらなくてはいけないのです。
関わってきた人が全部仲間だよ、と勝手に言っているだけで、会員登録をして会費を取っているわけではないですから、正確な数を把握できないのです。我々の組織運営の考え方が、「コンセプトは共有して、後は地元の方に任せる」というものなので。
しかし、そうも言っていられない規模になってきましたので、そろそろきちんと整備する予定ではおります。Eボート自体は、現在全国に90〜100艇ぐらいあると思います。
――Eボートの活動が、一つのステップとなって地域おこし、まちおこしにつながるとよいわけですね。
坂本 ええ、そこが本来の目的ですから。Eボートに乗って楽しんだ経験を、次のステップにつなげてほしいのです。しかし、そのことは本当に難しいですね。我々はEボートの位置づけを、流域連携事業の中で五項目に分けてとらえています。
一、流域を知るための活動
二、流域を守りながら使うための活動
三、流域を考え、川に親しむための活動
四、環境保全型生活を誘導するための活動
五、合意形成のための活動
の、五つです。要するに、イベント性が最終目的ではないのです。
――Eボートを始めたきっかけは、社会実験と言われました。現在の結果は当初の予想通りですか。
坂本 そうですね、当初の大きな目的は、水辺にもっと人を来させよう、ダム湖をどう利用するか、という二点だったのです。特に、ダム湖の利用が優先課題であったのに、その部分はまだ未整理の状態です。むしろ派生的に分かってきたのが「教育(Education)」の側面で、こちらの効果が絶大に上がっているということです。
――今後、教育的側面では、どのような展開を考えているのでしょうか。
坂本 既に効果はある程度上がってきているので、これからはポイントを絞ることと、いつでもこのボートが置いてあるという「常設化」「日常化」を図ろうとしています。いわば、拠点づくりにあたります。手始めに、茨城県藤代町で拠点づくりを進めています。ここを水面、水辺、空の三つの空間を、三次元で使える水辺空間の拠点にしていこうということです。拠点を作るということは、人とプログラムを育てるということですから、その方面で今実験段階を経て実施に向かっています。
――父母や学校の教師の反応はいかがですか。
坂本 まあ、温度差はいろいろありますね。子供はすごく喜びます。でも、責任問題などが絡んでくるので、今は賛同者とゲリラ的にやっているというのが現状です。水辺の利用ということでは建設省、教育に的を絞った場合は文部省という風に、縦割り行政の問題もありますから、地域交流センターとしては省庁との連携を高め、理解を深めるための勉強会なども催しています。たとえば藤代町を例にとれば、これから高速道路が開通するのですが、北関東三県で連携して高速道路をどう使えば地域が良くなるか、ということに具体的に取り組んでいます。医療、河川、物流といった事柄を切り口にして、どういう地域連携をしていこうかということです。
――Eボートに乗った後のまちづくり効果の方はいかがですか。
坂本 こればかりは、追跡調査が非常に難しいのです。しかし、最終的にEボートファンクラブを作って、意見や案件を監督官庁に持っていくまでに育っていってほしいです。
――Eボートに一度乗った人は、その後ストーリーをどう発展させていっているのでしょうか。
坂本 二回目も乗るというリピーターは、とても多いです。ただ、その人達のストーリーが発展するところまではなかなか至りません。そこまでの自立意識、活力はやはり希薄ですね。ストーリーが育っていくには、やはりよいリーダーの存在が不可欠だと思います。
――水がこれだけ、人を惹きつけるのは、なぜだと思いますか。
坂本 水というのは、自然の一部ですよね。それで無条件で、人が感応するのですね。水辺に行くと非日常性を感じます。そして同時に、身近な自然の象徴でもある。特に都市部では、ほかの自然が身近にありませんから、水が重要になります。加えて、危険を伴うことも含めて、畏敬の念を抱かせる存在であること。それらが全部一緒になって水の魅力として、人を引きつけるのでしょう。川は人的な煩わしさ、行政区分など関係なく流れていきますから。山と海をつなぐのが、川です。昔は、川は生活の大動脈であったわけです。徐々にではありますが川が果たしてきた道としての役割も、見直されていく方向にあります。環境としてだけ水辺をクローズアップするのではなく、総合的に見直すことで、現代のひずみを解決できるのではないかと思っています。
――リーダーの養成方法はいかがですか。
坂本 水辺の利用ということで、危険がないように舟の操作と水の事故に対応できる人を、インストラクターとしてお願いしています。実際には、日本ロイヤル・ライフセーヴィング協会とタイアップしています。Eボートはスポーツ指向ではなく、教育指向、環境指向なので、そこを理解して協力してもらっています。しかし、安全管理や船の操作に加え、インストラクターに求められる本来の資質としては、地域コーディネーターとしての役割なんですね。ですから、全国大会のときに、講習会や技術交換を行っています。そういった意味でも藤代町を拠点として、若い層のボランティアを増やしていきたいと考えています。
――Eボートのように、人と水との間に道具を介在させて地域おこしに貢献しよう、という活動のメリットはどこにあるのでしょうか。
坂本 道具を使うことで、継続性が生まれやすくなるのです。いったん水から遠ざかった人の目を、もう一度水辺に向けさせるには、わかりやすい手法なんですね。水を総合的にとらえる、という点からも行いやすい。河川清掃や水質調査といった活動も良いのですが、個々のテーマだけになってしまいがちですから。実際に、千葉県市川市のボーイスカウトは、河川清掃にEボートをプラスして、水辺の活動を喚起する方向にうまくつなげていっています。
――当初、ダム湖利用から端を発したEボートですが、これからの活動について教えて下さい。
坂本 やはり拠点づくりですね。ダム湖はもちろんのことですが、都市部にも目を向けていきたい。先日、夜間に日本橋川でEボートに乗ってみたのです。コンクリートで護岸され高速道路で蓋をされている川ですから、昼間はこんなものかと思ってしまうのですが、夜乗ってみて、すごくきれいで感動しました。都市河川にもこういった舟を置いておいて、気軽に乗れるようにしたり、川岸でオープンテラスのカフェをやってみたり。コンクリートビルの谷間にも、水の快適さを残していきたい。ですから、今後は都市河川の拠点も必要であると思っています。