機関誌『水の文化』8号
舟運を通して都市の水の文化を探る ヨーロッパ編

こどもが動くと地域もうごく〜 岡山県 旭川流域ネットワーク 〜

左上:旭川流域ネットワーク事務局・国土交通省岡山河川工事事務所 竹原 和夫氏
左下:旭川流域ネットワーク下流域世話人・岡山市役所環境局環境保全部 友延 栄一氏
中央下:岡山市立平福小学校環境教育部の先生方 右より三宅 貴久子さん、東 宏明さん、樋口 宏治さん、上田孝人さん

水の文化楽習とは、「人と水とのつきあいかたを楽しく伝えていこう」というさまざまな活動です。今回から、そうした「水の文化楽習」の各地の実践活動を紹介して参ります。第1回目は「川」を題材とした楽習です。

川の上流から切り出した原木に『源流の碑』と銘を入れ、それをこどもたちや地域の大人たちが河口から中流、上流へと駅伝方式で源流まで運び、そこで碑を建立。こんな“上下流間交流”を行っているという団体があります。まさに楽しい水の文化楽習イベントで、すでに今年で4 回目。1 回のイベントで、のべ千数百名の方が関わるまでになっています。なぜここまで活動が広がったのか、その秘訣をご紹介します。

編集部

岡山県旭川、『源流の碑』

1997年、旭川に関わるさまざまな団体と建設省(当時)岡山河川工事事務所で意見交換が行われた。その席で「旭川をもっときれいで、よい川にするために、多くの人に、川への関心をもってもらいたい」との意見が数多く出された。そこで、上流で切り出した原木で作った「源流の碑」を、河口からリヤカーで川上村上徳山まで一四〇キロの行程を五十日かけて運ぶイベントが企画された。以降この活動は旭川の各支流の「源流の碑」を運ぶ催しとして毎年続き、今年は美甘村の鉄山川上流に建てられた。

上流より切り出された原木が一旦河口に届く。それを河口から上流までを十区間に分けて、そのコースに当たる小学校の生徒や先生、旭川流域ネットワークの方々、地域の人々が一緒に運ぶのだ。次の区間への引き渡しポイントでは、引き渡し式の後、川遊びをしたり、交流会が開かれたりイベントが盛りだくさん。上流、下流のこども達の合同合宿が行われ、日頃、川について調べてきたことの発表会が行われたり、川遊びの講習会を受けたりするところもある。

  • 左:のぼりを立て、いざ、出発。
    右:源流の碑は、リヤカーに乗せて運ばれる。

  • 左:プログラム終了後につくられる、源流の碑パンフレット。各地点の写真が掲載され、参加者の一体感を醸成する役割をはたしている。
    右上:バトンタッチ地点での受け渡し式。
    右下:合宿で日頃の研究成果を発表。

楽しく水の文化を掘り起こし 継承していく仕組み

国土交通省岡山河川工事事務所・旭川流域ネットワーク(A R ―N E T )事務局の竹原和夫さんは言う。

「こどもたちは、自分が住んでいる地域をよく知らない。それは、下流でも上流でも同じ」「川というのは、暮らしに必要な水が、すぐ近くで目で見ることのできる循環路。これを題材に、どのように水の大切さ、地域のことを知ってもらうかが重要」。

この点から見ると、河口から上流まで地域ぐるみで木を運ぶという「源流の碑」という活動は、たいへんに工夫がこらされていることがわかる。それは、幾重にも交わりが作られていることだ。上流と下流、こどもとおとな、今と昔、学校の勉強と地域学習、日常とお祭り(非日常)、自分の目と社会のまなざし・・・。

この幾重の交わりの中での一人一人の体験が、川のもついろいろな意味を気づかせ、水の文化を掘り起こし、継承していくことにつながっていくのだ。「源流の碑」活動とは、たいへんよく考え抜かれた仕組みと言えそうだ。

  • 源流の碑が到着、碑を建立。取材陣のカメラも見える。学齢前のこどもたちから、おとしよりまで、一緒に最終イベント、碑建立記念写真。旭川中流域(久世町)旭川河口から市内方向を臨む下流を船で運ばれる源流の碑

  • 源流の碑が到着、碑を建立。取材陣のカメラも見える。学齢前のこどもたちから、おとしよりまで、一緒に最終イベント、碑建立記念写真。

    左:源流の碑が到着、碑を建立。取材陣のカメラも見える。
    右下:学齢前のこどもたちから、おとしよりまで、一緒に最終イベント、碑建立記念写真。

こどもの一言が出発点だった

では、「源流の碑」の活動が、どうしてここまで広がったのだろうか。この秘訣は一言で言うならば「こどもが面白がることを、おとなも同じ目線で面白がる」という気持ちにあった。

そもそも、「源流の碑」の活動のきっかけをつくったのは、旭川河口に近い岡山市立平福小学校で、当時六年生だった鹿島桐子さんの一言だった。

「自分の町を流れる川を何か学びたい」。桐子さんは、休日に家族で川上村の水源を訪れた。川上村役場の人に道を尋ね、やっと辿り着いた水源。そこは、今まで見も知らない世界だった。

すごい。感動。

早速学校に戻った桐子さんは担任の三宅貴久子先生に、「もっと川を知りたい」。友達にも「すごかったよ。何かしようよ」。三宅先生は、とりあえず「上流の人への作文を書こうか」と行動を起こし始めた。

一方、もう一つのネットワークが桐子さんと三宅先生につながりつつあった。

川上村役場からAR-NET事務局の竹原さんに「熱心な子が来たよ」と連絡が入ったのだ。実はこの村役場の方は、竹原さんが世話人をしている「岡山おもしろ倶楽部」のメンバーで、情報がすぐに飛んできたのだ。

上下流交流で何かおもしろい試みはできないだろうかと考えていた竹原さんは、早速桐子さんと三宅先生に連絡をとった。そして、上流で切り出した木を河口から「源流の碑」として運んだら面白いというアイデアが、桐子さんと三宅先生との間で生まれた。

さらに、AR-NETで今は下流域の世話人を務めている友延栄一さん(岡山市役所環境局環境保全部)が、「リヤカーで運んだら、面白い」と発案し、「源流の碑」活動の具体的なプランが生まれたのである。

興味深いのは、こどものちょっとした気づきや意見を、おとなの側がフットワークよくすくいあげている点だ。桐子さんの感動も、そもそも担任の先生が聞き流してしまえばそこで途切れてしまうし、川上村役場からの連絡が入らなかったら、そして、竹原さんがネットワーカーの役割を日頃から果たしていなければ、「源流の碑」活動は生まれなかった。四人それぞれが、自らができる橋渡しの役割をきちんと果たしていることが、予期せぬひろがりを導く条件でもあるのだ。

鹿島桐子さん 三宅貴久子先生インターネットを利用した学習を説明する東宏明先生。この大きな画面に上流4校のこどもたちの顔が映り同時討議をしたり、お互いの調査研究結果を交換する。

左:鹿島桐子さん 中央:三宅貴久子先生
右:インターネットを利用した学習を説明する東宏明先生。この大きな画面に上流4校のこどもたちの顔が映り同時討議をしたり、お互いの調査研究結果を交換する。

総合学習としての 水の楽習プログラム

それでは、「源流の碑」活動を小学校の総合教育の現場では、どのように活用しているのだろうか。

現在、平福小学校の総合教育では、「生活」「生命」「国際理解」「環境」の四つの領域を定め、上下流交流・源流の碑活動を「環境」領域の一つの活動プログラムとして小学校五年〜六年で行っている。

流域の四小学校をインターネットで結び、それぞれ意見交換をしたり、調べたことの発表をしあったりしている。ネット上だけではなく実際に顔を合わせるオフ会も年1 回実施している。もちろん、源流の碑活動にも参加し交流を深めている。

環境を担当する東宏明、三宅貴久子、樋口宏治、上田孝人の四先生が口を揃えるのは、「こどもたちは水について、『飲みたい』『泳ぎたい』『遊びたい』この三つを無条件に面白がる」ということだ。

例えば、自分たちで川の水質を測り、ドラム缶で浄水器を作ってみたり(結局、飲むことができなかった)、川に実際に入ってみる。さらに、旭川の各地点に生息する魚を調べ、その結果をパソコン上の地図に書き入れていく。同じように、鳥や、昆虫の情報なども重ねていく。

ある時、河口で鳶がいることがわかった。なぜだろう。地図と照らし合わせると、近くには魚市場があり、そして道路が折れ曲がっている。魚を運んだトラックが、カーブした時に落とした魚を食べていたのだ。そんなことが分かったこともある。

このように、活動現場では地図の活用が上手にすすんできている。観測・調査された事実を書き込んで重ねていくことで、いままで断片的にしかいだかれていなかった地域イメージが、こどもの頭の中で形づくられてくる。

竹原さんは、昭和20年代や明治初年の岡山市内の地図を使って、こどもたちに話をした。

「今ここにある平福小学校は、昔は海だったんだよ」。

そして、旭川沿いにある岡山城が、なぜそこに建てられたのか。旭川下流から分岐し、放水路の役割を果たしている百間川が、なぜ生まれたのか。高瀬船がどこまで遡航し、どんな役割を果たしていたのか。地図情報を、歴史と暮らしに結びつけ解説する。こどもたちは知らず知らずの内に、自分なりの水との関わり方に気づかされるのだ。

竹原さんは教育委員会の総合学習の検討委員でもある。彼は「総合学習とは自分で調べ、考え、伝える能力を養うこと。当然、こどもの興味はそれぞれ違う。教師がそれらすべてには対応できない。生徒から『なぜ?』と問われた時に、『私もわからない。だから一緒に調べよう』と堂々と言えるかどうかがポイント」と断言する。

おそらく、鹿島桐子さんからいろいろな問いかけを受けた三宅先生も、そうであったのだろう。

四年前に上下流交流活動を始めた時、前例のない試みに、教師や保護者にはとまどいもあったであろう。先生方に「なぜここまで活動が活発になったのですか」と質問すると、「とにかく三宅先生が面白がって熱心だったから」。そのうちに、こどもたちが面白がり、他のクラスのこどもたちがうらやましがり、保護者の理解が生まれてきた。新聞などで取りあげられれば、近所の評判にもなり、こどもたちに誇りが生まれてくる。そしてここまで広がった。

桐子さんのお母さんの園子さんも、最初はとまどった。夏休みになっても、桐子さんが学校に行ったきりなかなか帰ってこない。先生と一緒に上流の生徒へのメッセージをパソコンで作ったり、川のことを興味深く調べていたり、楽しくてしょうがなかったのだ。園子さんは「本来の勉強はどうなるのだろう」と不安ももった。そこで、学校にでかけ、授業を見て、三宅先生ともよく話し合った。今、桐子さんは高校一年生。「ものおじしないし、自分の考えをはっきりと伝えることができる」「あの時の取り組みは正しかった」と園子さんは明確に評価する。

桐子さんの弟、龍一君は現在中学一年。小学校五年の時に、学校から「帰ってこなくなった(笑)」。近くを探してみると、田んぼの脇に、どこかで見た手提げ袋が転がっている。見ると、龍一君がいろいろな魚を捕まえ、それを調べていたのだ。現在、龍一君は旭川の「お魚博士」。その体験が、今、小学校の後輩に受け継がれている。

こどもからのメッセージを受け止めるチャンスは日常の中にたくさんある平福小学校のこどもたちがパソコンを使って作った絵本「水の旅」。平福小学校の活動は、次のHPで見ることができる。http://www1.haren/et.ne.jp/hirafuku平福小学校のパソコン教室。ここで「水の旅」が生まれた。

左上:こどもからのメッセージを受け止めるチャンスは日常の中にたくさんある
左下:平福小学校のこどもたちがパソコンを使って作った絵本「水の旅」。
右上;平福小学校の活動は、次のHPで見ることができる。
右下:平福小学校のパソコン教室。ここで「水の旅」が生まれた。

旭川流域ネットワークに見る水の文化楽習のポイント

  1. 川での遊びは、こどもを無条件に面白がらせる。
  2. 橋渡し活動の重要性−こどものちょっとした気づきや意見をすくいあげて、いろいろな方面につないでみる。
  3. こどもが面白いことを、おとなも面白がりながら活動プログラムを考え実践していくと、周囲を巻き込むことができる。
  4. こども達の総合学習では徹底的な予習を行うと効果倍増
  5. こどもたちの前で「私も知らない」と言えること
  6. 川の流域マップに情報を多層的に記録していくと、地域の文化をイメージさせ、伝えやすい。

こどもたちが面白がると、おとなたちが動く。そして、地域間交流の橋渡しが生まれ、活動が活発になる。上下流の交流がたとえ異なる行政区域にまたがっていても、こうした人々が地域の水の文化を掘り起こし共有することが、水の文化楽習の一つの姿と言えるだろう。

【旭川流域ネットワーク(AR-NET)】

1997年に河川法が改正され、河川管理の目的に「環境」が加わったことから、行政と旭川に関わる上流から下流の様々な団体との意見交換会が開かれた。そこで、川に対する率直な要望が交わされたことが契機となって生まれたのが「旭川流域ネットワーク」である。行政との意見交換・連携、こどもたちとの交流学習、勉強会・シンポジウム等の開催を行っている。最上流域、上流域、中流域、下流域の4 エリアに代表世話人と世話人(各市町村に1 名)を設け、この4エリアが緊密に連絡を取り合っている。加入団体は、商工会、漁協、林業関係団体、自然愛好団体、高齢者団体、学校、など78 団体(2001.4.16 現在)で、くらしに近い団体が網羅されていることに驚かされる。

このネットワークは、旭川に関わる団体をまとめる単なる組織ではない。川に対する関わり方は、居住地域、職業などによりことなってくる。川に関する見方や要望も千差万別で当然だ。しかし川を愛する気持ちは共通している。だから、AR- NET には、全体の代表を設けていない(対外的な申請業務などで必要な時に、代表世話人をおいている)。できるだけ組織をフラットにして、多様な人に関わってもらおうとしているのである。ただどうしても必要となるのが活動拠点となる事務局だ。この役割を果たしているのが国土交通省岡山河川工事事務所の竹原和夫氏だ。さまざまな人々を仲介して結びつける“ネットワーカー”の役割を果たしている。今、工事事務所の一角は、AR- NET 等の市民の方々のワーキングスペースとなり、関係資料・図書、インターネットアクセス・コンテンツ制作環境が整備されている。ここを拠点に、毎週ニュースレターがFAX とPDF ファイルで発信されている。

旭川流域ネットワークの概要イメージ ネットワーク構成団体の活動状況、河川に関する様々な情報を発信。インターネット上に設けた会議室にて意見交換等が行われる。よい川づくりを進めるために、行政との意見交換をし、必要な提案を行う。「旭川源流の碑建立」等、ネットワーク構成団体が一体となって、流域全体に関わる行事を実施 ふるさとや、川に関する学習を通じたこどもたちの交流を支援 旭川流域交流シンポジウム、構成団体の活動報告会、講師を招いての勉強会、意見交換会の開催。こどもたちや市民が自由に利用している旭川流域ネットワークの資料室。旭川流域ネットワーク事務局・国土交通省岡山河川工事事務所 竹原和夫氏

右:旭川流域ネットワーク事務局・国土交通省岡山河川工事事務所
竹原和夫氏

【川に学ぶ体験活動協議会】

こどもたちにできるだけ川に親しんでもらいたい。しかし、川での安全確保の知識が必要なことも事実。特に、今の三十歳代以下はプール世代で、川遊びの経験のない人も多い。そこで、川での体験活動を支援するために、保険の整備や情報・機材の提供、情報交換の場の提供を目的に、NPO 法人や市民団体によって昨年設立された団体が「川に学ぶ体験活動協議会」だ。(財)河川環境管理財団などが協力団体として名を連ねており、AR- NET も会員団体の一つとなっている。

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