機関誌『水の文化』11号
洗うを洗う

涙はなぜ美しいのか 風土、宗教、文明から見る水の浄化力と清めの文化

山折 哲雄さん

国際日本文化研究センター所長
山折 哲雄 (やまおり てつお)さん

1931年生まれ。東北大学印度哲学科卒業、同大学大学院博士課程単位取得退学。東北大学文学部助教授、国立歴史民俗博物館教授、国際日本文化研究センター教授、白鳳女子短期大学学長を経て、現在国際日本文化研究センター所長。 著書に『日本仏教思想論序説』『日本人の霊魂感』『死の民俗学』『日本宗教文化の構造と祖型』『近代日本人の美意識』『愛欲の精神史』『鎮守の森は泣いている』等多数。

ーーまず、ご自身の「水」との関わりについてうかがえますか。

私は小学校六年生の時、岩手県の花巻に住んでいました。北上川が流れていまして、夏になるとよく泳ぎにいったものです。その場所は、ちょうど支流が合流する所で、流れと水温が変わる場所だった。どういうわけか、そこがわれわれ子どもたちの遊び場だったのですが、そこで、私はおぼれたことがあります。半分泳ぎを覚え始めたばかりのときに、深みにはまって足が立たない。そのときの恐怖感というのは凄いものです。いまだに、ふと思い浮かべることがある。ただ、不思議なことに、翌日、きちんと泳ぎを覚えていましたね。おぼれるということは、私にとっては、水に馴れるために必要だったわけです。それ以来、「あの恐怖感は一体何だったのだろう」とずっと思っていました。

後年、私が翻訳をした『魂の航海術』という本を書いたスタニスラフ・グロフという心理学者が、「子どもが誕生する時におぎゃーと歓喜の叫びをあげるという解説がなされているが、それは違う。あれは恐怖の叫びだ」と書いています。誕生の本当の秘密は、水の中に、つまり母親の羊水の中に生活していた赤ん坊が、この世に現れて初めて空気呼吸をする。その中間、闇のトンネルをくぐっていく。それは狭い所を通っていくのですから、それだけでも大変な肉体的苦痛です。まったく別の世界に出てくるわけで、恐怖の体験、つまり人間の恐怖の原型的な体験だろうというのです。グロフの発言を知って、私ははっとしました。ああ、誕生というのは恐怖なのだと。水の生活から陸の生活に人類は進化してきた。それを、わずか数ヶ月で体験することと、私が子どもの頃におぼれた体験がスーと結びつきましてね。これが私の水に対する原初的なイメージです。

恐怖の体験の磁場という記憶をわれわれは持っていたはずです。それが今、文明が進み、自然災害が起こる時、例えば鉄砲水が山を崩し、家を崩し、人を崩す。その時に、あの恐怖感が必ず蘇る。水というのは怖い存在ですね。

身体の垢と心の垢

私は大学時代にインド哲学を専攻しており、インドにはずいぶんと行きました。インドで一番感動するのはベナレスという所です。人口150万人の都市で、真中にガンジス川が流れている。川の途中に火葬場があり、骨灰を目の前のガンジス川に流すわけです。ほとんどのヒンズー教徒はガンジスの水の浄化力によって魂が昇天すると信じていますから、墓は作りません。魂の行方だけが大事なのです。

ところが、魂を昇天させるほどの浄化力をもったガンジス川が、見ると、ものすごく濁って、汚くて、日本人の感覚でいうととても清浄の川とは思えない。そばで大小便をしている者もいるし、洗濯をしている者もいる。歯を磨いている者もいる。中流にいけば動物の死体も流れてくるし、それをついばむ禿げ鷹がいたり、とても、きれいというわけにはいかない。

けれどもインド人にとって、外面的な水の形態というのは、本質的なものではないのです。むしろ水の持っている内面的なものへのイマジネーションが、われわれと全然違います。日本人の水に対する単純な信仰と対極にある水感覚、それを知らなければ、水の心まで語ることはできませんね。ベナレスのすぐ近くに、お釈迦様が説法をしたという王舎城(おうしゃじょう)の近くの「霊鷲山りょうじゅせん」という所があります。法華経に出てくる山の名前で、五山ある中で最も中心的な山で、この峯でお釈迦様は法華経を説かれたという聖地です。その麓に温泉がありまして、かつてお釈迦様がその温泉に入ったといわれている所です。ある時期からヒンズー教徒が管理していますが。

土地の知っている人から「温泉に入ってベナレス、ガンジス川の水で沐浴する人々いい」と言われて、私は出かけて行きました。温泉から出てくる人を見ると、皮膚病にかかったような人もいます。どうしようかと迷ったけれど「ここは入らずばなるまい」と覚悟を決めて入りましたよ。階段を20段ほど降りて、裸になって手拭いと石鹸を持っていきましたら、止められました。「下着だけ着けろ」と。男女混浴ですし、われわれの温泉感覚と全然違います。

入ると、10人くらいいましたが、みんなじっとしている。ちょっと不気味でした。でも、お湯そのものはとてもすばらしかった。細かな砂がしいてあり、それが素足に当たる感覚が心地よかった。なぜ、みんなじっとしているのだろうと思いました。石鹸は持ってはいけないから、誰もからだを洗わない。しばらくすると、一人上がり、二人上がり、していく。上がっていく人を観察していると、湯壷の周辺に祀られた神像を拝みながら出ていく。入ってくる人も拝みながら入ってくる。その時にハッと思ったのは、「温泉というのはヒンズー教徒にとって、身体の垢を落とすのではなく心の垢を落とす所」だということでした。

そういえば、ヒンズー教の寺院に行くと、必ず水場があって、その水で身体を浄めて神殿に上がります。その水も汚物が混じった様な泥水のような水です。私は、そういうものだと思っていたのですが、温泉場の体験で、彼らにとって水というものは、本質的に水の内部にある見えない浄化力を指し、われわれが考えるようなきれいな清冽な水という感覚とはまったく違うわけです。いくら清潔な水であっても、その水の内面に本当の浄化力があるかないかというのはまた別の問題なんですね。ですから、ヒンズー教徒は身体を石鹸で洗うときは、地上の井戸や水道の水で洗っています。

ベナレス、ガンジス川の水で沐浴する人々

ベナレス、ガンジス川の水で沐浴する人々

水への信仰

考えると、日本もかつてはそうだったのかもしれません。例えば熊野本宮に行きますと、湯の峰温泉という硫黄泉があります。昔は熊野詣でをする人が全国から巡礼してきて「蟻の熊野詣で」というほどの賑わいでした。そういう人々は、やって来ると本宮にお参りする前に、必ず湯ノ峰の水で身体を浄めてから参詣したのです。それは、熊野川の水で浄めるのと同じ効果がありました。確かに熊野川の水はきれいです。それに比べると湯ノ峰温泉は硫黄泉ですから、むしろ混濁している。けれど、やはり温泉の持っている「浄める」という浄化力に対する信仰というものがあったと思いますね。それは、王舎城で、かつて釈迦が入ったと言われる温泉で、ヒンズー教徒が日々信仰の生活を送っている世界とつながっているのではないでしょうか。

同じようなことを言いますと、山形県に出羽三山があります。羽黒山、月山、湯殿山。奥の院が湯殿山で、その山頂に大きな岩があります。これは女性の陰部を象徴していまして、山の女神と考えてもいいですね。この大きな石の下から熱泉が吹き出していて、そこにお参りする人は、履き物を脱いでその熱泉に足を浸して浄めの儀式を行います。現在、そこに行きますとね、「入ると水虫が治る」と書いてある(笑)。これはその人の全身全霊を浄める聖なる水なわけです。なのに、「水虫が治る」とある。でも、水に対する信仰という点から見ますと、こういう変化もおもしろいわけです。

そのような目を持って、日本全国の霊場を訪ねてみますと、そばに必ず泉があり、温泉が出ている。修験道の聖地も同様です。行者が修行して身を浄めるのです。私はそういう信仰というのは普遍的なものだと思っています。それで思い出すのは、フランスのルルドの泉のことです。今から130年前に、ある少女が病気になった。近くに岩場があり、そこにマリアが降臨して、その少女に託宣をするわけです。「近くに泉が湧いているから、そこに行って水を飲むと病気は治る」。その通りその場所に行き、水に身体を浸し水を飲むと、病気が治った。その話が近隣に広がっていき、ヨーロッパ全域に広がり、今やヨーロッパ最大の聖地です。年間四百数十万人がやって来るそうです。

それはピレネー山脈の麓にありますが、私は20数年前に行きました。そこに参りますと、ルルドの奇跡を記念して岩の上に大きな教会が建っています。洞穴の中に等身大のマリア像があり、蝋燭が林立している。その側に露天のバスルームが10基ほどあり、非常に浅く、身体が不自由な方も楽に入ることができる浴槽が据えてありました。蛇口をひねると泉が出てくる。それに触れて病気が治るなど、奇跡が現実に起こっているのです。その側の壁にもたくさんの蛇口がついていて、みんな大きなペットボトルに水を入れて、5本も10本もかついでいく。側には近代的な病院があるし、また神父さん達が毎週やって来るカウンセリングルームもある。水による信仰治療と現代的な医療。そしてカウンセリング。ルルドは、この3つが総合された聖地なのです。その中心にあるのが「水」ですね。

ルルドの泉は確かにきれいですけれど、生理的に、衛生的にきれいというだけではありません。やはりその霊地の奇跡にゆかりのある、水の内面の浄化力に対する信仰が基本です。その点では、ヒンズー教徒もキリスト教徒も同様で、本来は日本もそうだったと思います。

日本は風土が森に恵まれ、山に覆われ、豊かな水、清冽な水に昔から恵まれていた。禊(みそぎ)の水もそうです。本来はやはり水の内面的な浄化力に対する信仰だった。それが、だんだんと薄れていきます。それは日本だけではなく、海外でもそうでしょう。飲み水としては、清潔で衛生的な水のほうがありがたいからです。

カルカッタに行った時に、ホテルの冷蔵庫を開けるとミネラルウォーターが入っている。「お、これはインドのミネラルウォーターか」と思い、ラベルを見ると、ガンジス川の水と書いてある(笑)。ただ、よく読むと、それはガンジス川の源流の水。ガンジス川だって源流はきれいなわけです。それが、文明が進むにしたがって水が汚れ、大河の両岸に大都市が形成されていく。そのことに、われわれは徐々に慣れていくわけです。しかし、かつての源流の清冽さに対する信仰というのがやはりベースにあって、いくら汚くなってもその信仰が生き続けている。現在のヒンズー教徒が持ち続けているのは、その信仰です。そこがおもしろい。

インドに比べると、かつて日本人が持っていた水の内面性に対する信仰というものは、文明が発達するにしたがって、かなり衰えていますね。

上:ルルドの泉は沐浴所以外にも、水を汲むこ とができる場所にも引かれている。参道に並んだ土産物屋には、ポリタンクが売られており、順番を待って各自で水を汲み、持ち帰る様子が見られる。(写真提供:JTBフォト) 右上:少女シュペリウールにマリアが現れ、奇跡を起こしたという泉が湧く洞窟。右下:熱心な参拝者によって捧げられた、120cmものロウソクが林立する。

左:ルルドの泉は沐浴所以外にも、水を汲むこ とができる場所にも引かれている。参道に並んだ土産物屋には、ポリタンクが売られており、順番を待って各自で水を汲み、持ち帰る様子が見られる。 写真提供:JTBフォト
右上:少女シュペリウールにマリアが現れ、奇跡を起こしたという泉が湧く洞窟。
右下:熱心な参拝者によって捧げられた、120cmものロウソクが林立する。

「きれいな水」と「浄化力のある水」

ーー「水の清潔さ」と「水の内面的な浄化力」は同じではないということですね。

同じではない部分もある、ということです。日本の場合にはそれが一体化しているでしょうけれど。ベナレスでは火葬場を取り巻くようにして、バザールが迷路のようにして作られているのですが、そこを歩いているときにガンジス川の水を売っている所がありました。ガンジスの水を缶詰にして売っていて、1缶が1ルピーです。私はそれを買って日本に持って帰ってきました。私はそれを開けて科学分析をして、いかにガンジスの水は汚いかということを証明しようと思った(笑)。今から30年前の話ですけれど、本当に神をも恐れぬ仕業です。でも、ついに私はその缶を開けることができなかった。そのままにして、今も残してあります。聖なる水という観念がどこかにあったのです。開けて分析すれば、それが衛生的に良い水とは言えないという結果が出るに決まっているわけで、そんなことは分かっている。でも、そんなばかなことをするよりも、缶を振るとタプタプタプと音がして、それを聞くとガンジスの永遠の音を聞いた気分になりましてね。そういう体験があります。

ヒンズー教徒は、これを買って、自分の家に祀っている神像に振りかける、あるいは自分の身体に振りかける。これは浄めのためです。場合によっては飲んだり、近所の人に分けたりします。そういう多面的な働きをするのが、缶詰に入ったガンジスの水です。それはルルドの水と同じですね。

ーーそれは、仏教、あるいは神道でも同じですか。

同じだと思いますね。ですから、水に対する信仰というのは、もともと普遍的なものなのです。人類が発生した時に、そういう感覚というか信仰というものがあった。何も日本だけのものではない。

生命を維持するのに、もっとも大事なのが水です。われわれの体内を維持するもののほとんどは水です。そういう点で、原初的というか本能的なものです。食物に先だって大事なのは水ですよ。断食しても人間生きつづけることができますが、断水の段階で初めて死ぬわけです。

ですから、例えば、二月になると東大寺の二月堂で行われるお水取り。あれはよく若水のお祭りというけれど、どうも水に対する感覚がそれだけでは浅いような気がします。もう少し、水の持つ本質的な力を考えることが必要だと思いますね。


 

  • ついぞ開けることができなかったガンジス川の水の缶詰。底も蓋もハンダで付けられているその缶詰は、ベナレスの火葬場の周辺に広がる、迷路のようなバザールで1缶1ルピーで売られていたもの。書斎の文机の上に、そのままに残してある。

  • ついぞ開けることができなかったガンジス川の水の缶詰。

  • ついぞ開けることができなかったガンジス川の水の缶詰。

水は信仰の有様を左右する

私は、1995年にイスラエルに行きました。テルアビブからナザレに行きまして、イエスの歩いた道を巡ってみようと思ったのです。見ると、砂漠の中のところどころに家が建っているという感じなのです。水が決定的に乏しいという印象でした。水の極端に乏しい所でイエスは生活し、キリスト教あるいはユダヤ教的なものが形成されていった。

東の方に行くとガリラヤ湖がある。これは美しい泉です。水そのものは豊かな感じですが、その周辺は全部砂漠。これが琵琶湖とまるで違う所です。しかし琵琶湖の琵琶と同じように、ガリラヤ湖のガリラヤは竪琴という意味です。形が似ているということで、両湖が対比されるわけですが、実際にガリラヤ湖に行くと、湖底から竪琴の音が聞こえてくるような気になりました。かつて琵琶湖を見た人は、形が琵琶に似ているということだけではなく、琵琶湖を見て湖底から琵琶の音を聞いていたと思いますよ。平家物語に描かれているように、源平合戦で多くの人がそこで死んでいる。平家の語りや琵琶の音を聞くと、湖底から人の声や琵琶の音が聞こえたと思う。同じ事がガリラヤ湖でもあったのではないでしょうか。

イエスはそこで盲目の人や、らい病にかかった人を治すわけですね。しかし、それにしても周辺は砂漠。水の欠乏は疑いようがない。それからイエスが洗礼を受けたというヨルダン川が流れ下っていますが、これはちょろちょろした流れの川です。とても大河というものではない。両岸はずっと砂漠で、そのまま南下していくとエルサレムに入る。このエルサレムも「聖地」という感じよりは、むしろ廃墟の上に建てられた都市のように感じました。なぜそう感じるかというと、水がないからです。やはり古代ユダヤ教やキリスト教というのは、水との戦いの中で形成されたわけで、今でもそうです。

こういう水が欠乏している風土、つまり砂漠に生きる人々にとって、唯一価値のある源泉は地上にはない。地上には何もない砂漠だからこそ、天上の彼方に唯一の絶対価値を求めるようになる。一神教の風土的背景というのは、まさにここにあると思います。これは理屈ではありません。行ってみたら実感として分かります。水の有無というのは、そこに住んでいる人間の信仰から死生観、自然観から美意識まで、何から何まで方向づけている決定的なものです。水は人類の文化や文明のもっとも根底に横たわっているものではないか。このことが、私はイスラエルに行って初めて分かりました。

日本に戻りますと、山あり森あり樹木あり、水ありで、しかも川は美しい。周辺は海。何も天上の彼方に絶対的な神を見いだす必要がないわけです。神は地上にいるのですから、山や森に入っていくとその中で神の声を聞いたり仏の声を感じたりできます。自然そのものに人の気配を感じますね。森は豊かで、森を貫いて流れている水がある。そこから山の幸、海の幸、水の幸をいくらでも手に入れることができます。つまり、地上のあらゆるものに命が宿っているという多神教的世界が広がっています。そして中心になっているのが水です。森があったり山があっても、水が涸れるとその森や山は荒れてしまう。

  • 砂漠の中の街エルサレム

    砂漠の中の街エルサレム

  • 砂漠の中の街エルサレム

骨太な思想が生まれるには

仏陀が伝道した地域は、今のインドとネパールの境で半砂漠地帯。ものすごく乾燥している地帯です。仏陀が伝道を行ったのは、地球が急速に砂漠化している時代だったのではないか。水が欠乏している、そういう状況の中で仏陀の思想が生み出されたのではないかと想像しています。

そのように見ると、イエスもそうですね。聖書を見ますと40日の間、夜も昼もなく何も食べずに砂漠をさまよい歩いている。イエスも飢餓的状況に自身を置き、砂漠の中で、人類救済の宗教を生み出した。

マホメットも砂漠の中で伝道活動をしています。水が極度に欠乏する中で、イスラーム教という砂漠の宗教が、まず成立したのだといっていいでしょう。

今から2千年〜2千5百年前、人類を救済するための優れた思想・宗教というものは、砂漠化している風土の中から生まれたのです。

ちなみにインドについてですが、インドは精神の輸出国だということがわかります。仏陀からガンジー、そしてマザー・テレサ。マザー・テレサはヨーロッパ人ですが、インドが彼女を惹きつけた。そのマザー・テレサを媒介にして、多くのインド的精神が世界に輸出されていった。これはやはりインドの凄いところですね。

砂漠化の問題にもどっていえば、中国もそうですね。日本はその中国文明から圧倒的な影響を受けていますが、その北方中国は乾燥地帯です。

そういうことを、最近の環境論者は忘れているのではないかと思います。日本は水や森が豊かにありますが、そういう森と水の風土からは、歴史的にいえば真に創造的な人類を救うような骨のある思想は出てこなかった。ですから日本は、いつまでたってもモノの輸出しかできない。この豊かな、飽食に慣れきった日本というのは、本当の意味で豊かになれないのではないか。もっと砂漠化が進んで、その困難を引き受けるような生き方をしなければ、いつまでたっても甘い環境論の域を出られないのではないかと思っています。

ーーすると、一木一草に神が宿っているという多神教的世界というのは、どう捉えればよいのですか。

これはこれで、意味のある、価値のある思想体系だと私は言ってきました。そこに日本の文化の大きな可能性があると思います。しかし、環境の問題からすると、もう一歩、深く考えておかなくてはならないだろうと思いますね。

レスター・ブラウンが言っているように、中国はあと20〜30年もすると、穀物の輸入国に転じるでしょう。インド〜アフリカにかけて、飢餓ベルト地帯がさらに広がり、人口が爆発的に増大し、そこから難民が流出しはじめる。急激な経済成長で中国の大気汚染はひどいものになる。そういう影響を日本も受けざるをえない。その時に「開発をやめろ」とは、倫理的にも言えません。いずれわれわれも、そういう飢餓ベルト地帯で大気汚染を始め人口爆発、食料危機の中で生きていく人々と一緒に共存していかざるをえなくなります。何十年後になるかわかりませんが、その時にわれわれにもやはり飢餓が襲ってくるのです。私は究極の環境問題は飢餓問題と思っています。

万物に命あり

日本的な多神教的な世界をアミニズムとよく言いますが、私はその言葉が嫌いで、「万物に命あり」という意味で、これを「万物生命教」と呼んでいます。この万物生命教を一番根っこのところで支えているのが水です。世界の各地どこへ行っても、この水をどう確保するかという問題に人類は直面しているといってもいいくらいです。そのためには、やはり「万物に命あり」という信仰を通して、当の環境や自然を維持していくしか手がないわけです。

ーー万物生命教を復権するには、水の浄化力について考える必要がありますね。

そうですね。日々飲料水のため、生活用水のため、産業用水のための水、と言っていたのでは、水は単に使い捨ての存在にしかすぎません。それを循環させたり、再利用したり、大事に使ったりするためには、水のもつ根元的な価値に対する信仰というか確信がないと、うまくいかないですね。万物生命教はまさにそのことを言っているわけです。

樹木だって、水をたたえて初めて樹木になるわけです。万物生命教の根本にあるのは、水であり、水に対する信仰ですね。これは縄文以来変ることがなかった。それですでに1 万年の歴史がある。縄文文化というと、荒唐無稽なことを言っているという人も多いけれども、中国文明の影響を受けている日本の歴史はせいぜい1500年です。その中国文明の後に、150年ほどの西洋文明の時代がくる。西洋文明、中国文明の根底に縄文文明が横たわっていると考えたほうがいい。この立体構造の中でわれわれの文化を、われわれ自身で考えなくてはならない。縄文文明がもっとも豊かに持っていたものは何か。その一つが、水への思いだったと思います。

万物に命あり

万物に命あり

水の根源的な価値

ーーどうも最近の動きを見ていると、水の根元的な力を求めるのとは別に、清潔な水を求める動きもあります。この二つは別の精神の働きですね。

私もペットボトルのミネラルウォーターを飲んでいますが、ミネラルウォーターに求めるのは美味しい、清潔な、衛生的な水を飲みたいという願望ですね。

実際に山肌に噴き出ている熱泉というのは、やはり浄化力の強度が違うんですね。ベナレスの温泉は入るまでは「汚らしい」と思っていたけれど、入ってみたら、実に素晴らしいお湯だった。そういう思わぬ発見もあるんです。

ーー水の根元的な価値をもう一度発見して、みんなのものにするためにはどうしたらよいでしょうか。わたしたちは、そのことを一度忘れてしまっているわけですね。

一度、僕みたいに溺れないといけないね(笑)。地震が起こったり、大洪水が起こったりしたときに、はじめて人間は自然の恐ろしさを知るわけです。比喩的に言いますと、近代化とか産業化というのは、「火」に基づいてつくられた生活のパターンでした。それに対して、それ以前の時代というのは「水」のさまざまなシステムに基づいた長い歴史であったといっていい。今、われわれは火の文明という立場から水の文明のあり方を見直すべき時にきているのかもしれないとは思うのです。

ーー神道は、そのような思想を意識的に取り入れているわけですか。

われわれの神道の伝統は、そのような可能性を持っていると思います。今から一万年以上前に遡れば、キリスト教も仏教も存在していない。「万物に命あり」という原始神道的な信仰だけが存在していたはずです。これは地球上どこに行ってもそうだったと思うのです。一番普遍的な宗教というのは、まさにそういうものです。

ただ、現代の日本人がイメージする神道のいけない点は、国家と結びついてしまうこと。国家と結びついた時に、原始神道的な感覚は堕落してしまう。そういう危険性、弱さが本来的にあります。ですから、文明の側で、それをよく自覚していないといけない。

「汚れ」と「浄め」の意味

ーー浄めを考えるときに、汚れの問題を避けて通れないと思います。「ケガレたものをきれいにする」という意味や「ケが涸れた状態、つまり日常性を回復させる」という意味など、いろいろな解釈があると思いますが、汚れと水の関係についてはどのように考えられますか。

「もの、みな、衰える」という考え方がありますね。たとえば日本のお祭りもそういう、ものみな衰えるとき、すなわち秋から冬にかけて行われる場合が多い。村祭りというのも、ふつうは秋の収穫が終わった後に行われるものですね。

秋から冬にかけてというのは、太陽が衰える時期です。それは人間の生命が衰える季節ということでもある。生命が衰えるということは「もの、みな、枯れる」ということです。樹木にしてもそうです。そして、水も涸れる。それを新しくするために春になって年が明けて、水を新しくしなければならない。そのための儀礼が要求される。若水信仰などはまさにそうです。「ものみな枯れる」ということと、水が汚くなる、水の力が失われるというのは、全部太陽の運行と結びついている。そこから、汚れというのも「日常性が枯れることだ」と、民俗学の世界では言われるようになっているわけです。

ただ、それよりも、もっと大事なことは、歴史的にみると原始神道というのは、地上にある汚れたものをサッと洗い流すことができるという感覚を持っていたことです。禊ぎはまさにその象徴。身体にサッと水をかければ、汚れが消えて汚物が洗い流されるという感覚です。それが一種の清浄感、清潔感と繋がっていた。そもそも自然が美しく水が清冽ですから、ちょっとでも汚れたものはすぐ目立って意識されるわけです。そのため、水で洗い流すことになる。

しかしその原始神道の世界では、内面のいやらしいもの、内面の汚れたもの、罪、悪、そういうものを洗い流すという風には決してなっていなかった。もともと縄文人は、内面的な罪、悪という感覚を強くは持っていなかったと思います。ここが問題なわけです。「人間は本来罪深い存在である」という思想をもたらしたのは仏教です。仏教は内面的な罪、汚れを問題にした。それが、人間には清らかな人間と、不浄な人間がいるという差別感を持ち込むことになった。その仏教が、それまでの原始神道と習合していくわけです。原始神道にも水によって人を浄めるという信仰があったのですが、それが日本に入ってきた仏教と結びついて、内面化するわけです。そこで、はたしてその内面的な罪は、水の力によって浄められるのだろうかという問題がでてきました。

ーーその答えは興味深いですね。

そうですね。結局、水だけの力ではどうにもならないという答えになるのでしょうね。懺悔をするとか、修行をするとかしなければ、浄められないということになるのです。それで仏教はさまざまなプラクティス(実践)を要請しているわけです。水だけではどうしても人間の本質を救うことはできない、という思想が根底にあったからでしょう。

にもかかわらず、仏教、特に密教の修行洗うを洗う 涙はなぜ美しいのかでは、重要な儀式で「香水(こうずい)」というものを用います。香水を身体にふりかけて、悪霊を祓(はらう)。悪霊というのは内面的な汚れを意味している。ところが、香水というのは、水に何か香を混ぜているわけでもない単なる水なのです。水のことを「香水」というのは、水の中に特殊な力があると見ているからです。そこに原始神道の影響があるかもしれない。悪霊や怨霊という内面的な汚れを、加持祈祷で祓うというシステムがこうしてできあがる。加持祈祷では、水をかけることが大切です。それは、民間芸能でも同じでして、湯立(ゆだて)の行事というのがあって悪気を祓う。そういうことが微妙に絡み合って、霊水信仰の背景が見え隠れしています。

とはいっても神道的な祓い浄めと、仏教的な加持祈祷の祓い浄めというのは本来異なるものでした。神道では外面的な汚れを祓う。それは禊ぎの考え方です。記紀神話に出てくるイザナギの尊(みこと)が、死んだ奥さんのイザナミの尊の所に行って帰ってくる。それはもう、他界に行ったから身体中汚れに満たされている。だから、川で禊ぎをするわけですね。仏教では人間にはもう少し罪深い業があり、そういうものを洗い流さなければならないということで、水を使った祓いをするけれど、それだけでは済まない。やはり、仏教僧が関与するのです。

「汚れ」と「浄め」の意味

「汚れ」と「浄め」の意味

涙に目を向ける

最後に、汚れのもう一つの側面、汚物について言いますと、汚物の典型は大便でしょう。大便というのは、排泄した途端に汚物になる。しかし、その直前は汚物と思っていない。小便もそうです。排泄する直前まで汚物ではない。

なぜでしょう。

この問題に答えるのはなかなか難しい。「文化がそうだから」というのでは、トートロジーになって答えになっていない。謎ですね。新陳代謝で排泄されたものは、その途端に汚物になるということです。ただ例外がある。涙です。涙という排泄物は、排泄した後も汚物にはならない。なぜでしょう。

これにも、答えることが容易ではない。ある人が「唾液もそうだ」と言いました。でも、唾液というのは口から吐き出されたとたんに汚物に変ずる。それはやはり涙の美しさとは違う。有用な排泄物だけれど、唾として吐けば汚く感じます。ほとんど、涙だけが唯一汚物にならない排泄物。それはなぜか。

涙は水でしょう。その涙はきわめて人間的なもので、しかも根元的なものに通じているという気がしますね。毎日の生活で涙を流すことなしには生きていけないという、そのわれわれ自身の体験に戻らないといけないと思いますね。そこをきちんと見つめることが、水の根元的な問題に目を向けるという今日的な問題にもつながると思うのです。

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