機関誌『水の文化』11号
洗うを洗う

技術者が語る洗剤の戦後文化史白もの信仰と清潔な香り

藤井 徹也さん

財団法人洗濯科学協会会長
藤井 徹也 (ふじい てつや)さん

1923年生まれ。1942年、東京大学工学部応用化学科研究生。1946年ライオン油脂株式会社入社。商品研究所長、家庭科学研究所長、広報部長を務める。83年退社、85年日本石鹸洗剤工業会専務理事に就任。1984年藍綬褒賞授与。農学博士。

合成洗剤vs粉石鹸

私が入社した戦後すぐは物資欠乏の時代で、油脂を使わない粉石鹸の代替品のようなものを開発していました。ただ、包装の問題もあって固まりやすく、サラサラした粉にならなかった。困っていると1948年頃から、いろいろな海外文献が入ってくるようになりました。それを見ると、米国では石油を原料とする合成洗剤というものがものすごい勢いで伸びているらしい。そこで日本でも開発しようということになりました。

しかし、日本には石油もない。代わりに石炭のタールを使って、茶色がかった洗剤を試作しようとした矢先に、1950年、第一物産(現三井物産)がアメリカから合成洗剤のベースになるアルキルベンゼンを業界に紹介してくれました。これを出発点に、一斉に各社が開発し、1951年は合成洗剤の幕開けとなりました。当時は、これこそ新時代の洗剤だと言っていましたよ。

一方、粉石鹸や化粧石鹸が伸びてきていまして、これと洗濯機の普及が相乗的に消費を拡大していました。会社の創立記念日の時に、あの松下幸之助さんが来られて「粉石鹸という良いものを作ってくれたので、洗濯機も伸びた」と挨拶してくださいました。こちらからすれば、「洗濯機ができたから粉石鹸も売れた」ということですが。1950年代というのは、粉石鹸がどんどん増えていった時期でもあります。

私は、粉石鹸にも携わりながら、合成洗剤の開発も進めなくてはならなかった。「これは今までにない画期的な家庭用洗剤で、粉石鹸より優れている」と言いたかったけれど、当時の合成洗剤はどうしても粉石鹸に比べると汚れの落ちが悪かったのです。当時、木綿物が洗濯の主流でしたが、その汚れ落ちが合成洗剤は粉石鹸より悪かった。木綿の汚れが落ちないということは、洗濯用としては失格です。消費者は、その辺の真実をよく知っています。「つけておくだけで汚れが落ちるもの」が欲しいというわけです。それからは、いかにして粉石鹸に近づけるかという研究になりました。結局、合成洗剤は粉石鹸に追いつくのに10年かかりました。

合成洗剤が粉石鹸を追い抜いた秘密は、リンの化合物にあります。当時国内に2社あった化学メーカーに大量発注して、洗剤の30%ほど入れられるようになり、やっと粉石鹸なみの洗浄力がついてきました。ただ、やはり問題は残っていました。合成洗剤は濃度が薄くても泡がよく出る。3回、4回とすすぎをしても、泡が消えないため、河川への影響が取り沙汰されたのです。洗剤成分が0.5ppm残存しただけで泡が出てしまうので、水道水の基準では、それ以下にするように濃度が規制されていました。しかし、石鹸だとその百倍あっても泡は出ないのです。

地域により異なる水と洗剤の普及

日本の水の平均硬度というのは5度(水1リットル中に酸化カルシウムが10ミリグラム含まれるとき硬度1とする)程度で軟水です。もちろん、鍾乳洞のできるような場所の水は硬度が10度以上もある硬水ですが、日本の水は基本的には軟質です。余談ですが、旧国鉄(現JR)は蒸気機関車を走らせていましたが、水の硬度が高くカルシウム分が高いと、釜の中に石灰のカスが溜まってしまう。ですから、全国の機関区の地元の水の硬度を調べていました。

石鹸は、水によって汚れの落ちが違ってきます。水により汚れ落ちが違うということは、合成洗剤にはなかった。ほとんどの硬度の水にも、同じように効力を発揮できるのが、合成洗剤の強みです。

逆に言えば、日本で合成洗剤が最初なかなか伸びなかった理由は、水が良いからということもあるわけです。欧米では、硬度が30度もある所がある。こうなると石鹸は全然効きません。このため、早くから合成洗剤が発達していました。日本は粉石鹸で間に合いますからね。私はそう思っています。

次の問題はすすぎの泡をいかに減らすか。この問題の解決には数年かかりましたが、合成洗剤は粉石鹸と洗浄力は同じ程度で溶けも早い。カスも出ないということで、1960年頃から普及していきました。昔は各社とも2年に1回ぐらい新製品を出していたし、1社で5品種くらいの洗剤を出していました。値段は粉石鹸より若干高かったのですが、量は粉石鹸より少なくてすみますので、1回当たりの洗濯コストは安くなります。大量生産でコストが安定したこともあり、1963年には合成洗剤が粉石鹸を追い抜いてしまいました。それから、合成洗剤時代が到来したということになるはずでしたが・・・そうはいかなかったわけです。

生物分解性という基準

1962年に、「合成洗剤は安全ではない」という説が出ました。これはわたしたちにも勉強になりました。合成洗剤に含まれる界面活性剤というのは、アメリカでは発育が早くなるので動物の飼料にも入れていたほどです。有害物質の濃縮という問題があって、アメリカでは界面活性剤の毒性について非常に詳しく調べられていました。また、1964年頃から河川や湖沼における発泡公害が方々で発生し、これを解決するために、先進国の間で、化学物質の生分解性の基準を定めて直ちに施行されました。つまり、合成洗剤も水中の微生物が分解できるような化学構造を持ったものに変えていったわけです。

自然界には微生物による自浄作用があります。川には微生物が水中にいて、昔は「水に流せ」といって何でも川に捨てていましたが、それは生物分解性のあるものがほとんどだったため、長い間には菌が食べて分解してくれていたわけです。石鹸は生物分解性は良いのですが、量が多くなると酸欠になって、今度はヘドロが溜まってしまうという難点もあった。これについては全国の自治体に出かけていって、議論しました。

1983年に厚生省(当時)が『洗剤の毒性とその評価』というレポートを出しました。この冒頭に安全についての考え方が書かれ、奇形や慢性毒性の問題は否定されました。国の見解ということで、全国の消費者運動は次第に沈静化していました。

気になる汚れとすすぎの観念

イギリスでは日本と違って、水の使用量が少ないのです。1970年当時の話ですが、NHKの取材班の人がある家庭にうかがって食事の片づけを見ていたそうです。奥さんが皿などを洗剤の入っている桶に突っ込んで汚れを落とし、洗い籠に入れていく。まとめてすすぐのかなと思って見ていると、後で乾いたタオルで拭いてそのまま棚にしまってしまった。びっくりしたそうです。これを放映したら「あの洗剤を教えてくれ」とNHKに問い合わせがかなりきたということですね。それは日本で売っているものと同じ、普通の台所用洗剤だったのですが。「衛生的」という観念が全然違うのですよ。それで、今はどうかと思って、先頃、イギリスに住んでいるある大学の先生に聞くと、「今でも食器はすすがない」と言っていました。今だにです。清潔意識が違うという点は確かにあると思いますね。

また、ドイツ人の奥さんを持った日本人から以前聞いた話ですが、彼は「家では日本の洗剤を使っていない」と言うのです。「なぜですか」と聞くと、「汚れ落ちが悪い」と言う。「だからドイツの洗濯機を使ってドイツの洗剤を使っている」というのです。何がいけないのか。よくよくうかがってみると、「日本は水洗濯です。水では汚れは落ちません」と言うのです。ドイツの洗濯機は90度ぐらいまで温度が上がりますし、米国は60度ぐらいです。ヨーロッパのほうが高い。ドイツは「煮洗い」をするわけです。さらに、漂白剤を入れます。ところが、日本の洗濯機は漂白剤は入っていないし、温度は低い。そこまで言われると、確かに汚れ落ちは負けます。ただ、そこまでしないと落ちないような汚れは日本では洗濯機では洗わないわけです。ですから、やはり「洗濯」については、文化的な違いがありますね。ドイツは昔から煮洗いで、それが常識ですから。日本で煮洗いしているのは洗濯屋さんで木綿の白ものを洗うときぐらいのものです。洗う習慣としては、煮洗いは日本になかった。煮洗いの有無は、油分をたくさん食べる体質や汗などの分泌物の差ではないかという人もいます。彼らは風呂にはあまり入らない。せいぜいシャワー。だから余計に洋服につくのかもしれないですね。けれど、体臭は気にして、制汗剤や香水を使う。気にする汚れが国によって違うことの表れです。

除菌と殺菌は違いますが、合成洗剤には殺菌作用に似た作用があります。これを除菌と言っています。除菌というのはわれわれにしてみればあたりまえの話で、あるメーカーがテレビコマーシャルで使い出してから、一般的になった言葉です。消費者にもそれまで除菌という概念はなく、消費者の感覚が商品PRで作られたという例でしょうね。

まあ、まな板などは塩素系の洗剤を布に浸して覆っておけば消毒にはなりますが、昔はそこまでは考えていませんでしたよ。別に、そうしなくても病気になるわけではないですから。ただ、テレビを見ると、濡れた真っ白い皿が出てきて、奥さんが乾いた布でそれを拭うと「キュッキュッ」と音がする。やはりそういうものがいいのかなと思ってしまうのですね。それに対して「そこまでする必要はないでしょう」という運動は、主流にはならなかったと思います。

白もの信仰

日本人は韓国の人と同様に、白いものは清潔だという感覚があります。ドイツで開発された蛍光漂白剤という染料があります。これは白い綿布に染着させると紫外線を吸収して可視光線に変える性質があります。1953年頃、これを粉石鹸に入れました。本来、木綿の白布を洗うと黄色くくすんでいくのが自然なことです。それをこの粉石鹸で洗うと、黄色っぽい木綿が白く見える。洗濯屋さんでは古くから「青味付(あおみづ)け」といって青い染料を入れていました。要するに青い染料を、白いものに薄くかけるわけです。すると、見た目に青白くなって、より白い感じになる。しかしこれは目の錯覚なのです。蛍光漂白剤の成分も生物分解性です。これを洗剤から除いたら、多分「色落ちが悪い」とか「白ものがきれいにならない」と消費者から言われるでしょうね。ただ、粉石鹸には入っていないので、石鹸しか使わないと木綿が黄色っぽい白色になってきます。これを「黄ばた」と言っています。この二つは、清潔さとはまったく関係ありません。単なる色味の問題ですが、白いものはより白くという感覚は、日本人の清潔感が根底にあるのでしょう。

ただ、蛍光漂白剤が出る前は、そのような白い色を消費者は知らなかった。今、私達が洗濯物で真っ白と思っている「色」は、戦後になって知った色です。そして、一度それを知ってしまうと、なかなか抜けられない。

このように日本人には、強烈な白色信仰がある。例えば化粧石鹸も、圧倒的に白が多いです。白でないとなかなか消費者が買ってくれないのが、現実です。

きれいな匂い

石鹸に香料が入るようになったのは、戦前からですが、技術があまり進歩していなかった。戦後、欧米からいろいろな石鹸が入ってくると、どれもいい匂いがして、それが商品開発の刺激となりました。現在あるラベンダーなどの花の匂いは、すべて戦後から始まったものです。

私も、かつて化粧石鹸の開発を手がけましたが、匂い選びにはずいぶん苦労しました。万人が好む匂いであることが理想です。「良い匂いだけれど、他の人はそう思わない」というのでは、一般家庭商品としては失格です。香料会社の人に、「こんな匂い」と言っても相手には伝わらない。そこで、赤い匂い、青い匂い、黄色い匂いと色で表現して、それを共同開発の相手に覚えてもらいました。匂いは怖いものですね。高級石鹸の代名詞だったキャメイは、あの匂いだからキャメイなのであって、匂いを変えるとキャメイでなくなってしまう。匂いを変えたために、本当に売れなくなってしまいましたが。

石鹸や香水には、40から60くらいの物質が調合されています。そのうちプロが嗅ぎ分けられるのは10〜20くらいですから、皆から好まれる匂いを作ることは、実は大変なことなのです。こんなことがありました。新製品の匂いを2種類に絞り込んで、1つは大変良い匂いだがコストが高い。もう1つは安いがあまり良くないので高いほうを推したのですが、採算が取れないので紛糾しました。結論は社長の鶴の一声「コストが高いのは宣伝費と考えよ」これが、幸運なことに大ヒットしました。

おもしろいことがありましてね。主婦に試作品を2つ作って評価してもらうのですが、あるときまったく同じ成分のシャンプーを匂いだけ変えて、比較してもらったんです。すると匂いの良いものが、泡立ちも良いしすべて良いとなる。匂いしか違わないのに、です。これは匂いというものが大変な力を持っているということの証明です。昭和40年代は、もうシャンプーなどのトイレタリー商品はどこも拮抗していましたから、あとは匂いで付加価値をつけようという競争が激化していきました。丁度、今、30歳代後半から40歳代の方々が生まれた頃です。

今のような液体のシャンプーやリンスも出始めたのも同時代で、それ以前は粉末でしたよ。

リンスについてもこんな話があります。リンスは静電気除け、櫛の通りをよくするために使うわけで、大体の人は風呂で髪を洗いすすいだ後にリンスをつけている。同じつけるなら、リンスをスプレーにしたらどうだろうと売り出したことがありましたが、これはあまり売れませんでしたね。やはり液体タイプでないとだめ。要するに、夜、風呂に入ってシャンプーしてリンスをするという一連の動作の中で使ってもらうものでないとだめなのです。一度洗った後に、夜、整髪料としてリンスをつけるということは、リンス効果という点ではどちらも同じなのに消費者には受け入れてもらえませんでした。それと、これは強調しておかなくてはなりませんが、これだけ液体シャンプーやリンスが伸びてきた隠れた理由は、ポリボトルの普及です。これで液体ものは飛躍的に伸びましたね。

半世紀を振り返ると

戦後、「洗う」という仕事はすべて、とにかく楽になりました。私は欠乏の戦後から高度成長期にほとんどの商品を手がけてきましたから、特にそれを実感しています。また商品に関連して安全性や環境問題も勉強できました。当時、2000年頃になったら、誰か新しい洗剤を開発してくれるかなと思っていましたけれど、結局何も変わらなかったですね。

少量の水でいかに洗うかということは、これからのテーマになってくるでしょう。洗うということは、究極的には水の問題ですから。すると、例えば、電機メーカーは「洗剤のいらない洗濯機」を考え、われわれは「洗濯機のいらない洗剤」を考える(笑)。

結局、今後はどこに技術のテーマがいくかというと「使い捨て問題」です。さらに言えば、いつか化石資源依存から脱却しなければならないのではないかと思っています。私は、地球が砂漠化しようとしている時代に、いつか、破綻が来るのではないかなと思っています。私の時代には洗剤の質として環境負荷の問題を解決しましたから、あとは、消費資源の問題をどう解決するかが問われますね。

日本における石鹸、合成洗剤の発展史

日本における石鹸、合成洗剤の発展史



PDF版ダウンロード



この記事のキーワード

    機関誌 『水の文化』 11号,藤井 徹也,松下幸之助,水と生活,日常生活,歴史,洗剤,白,匂い,石鹸

関連する記事はこちら

ページトップへ