神奈川県温泉地学研究所主任研究員
板寺 一洋さん
神奈川県温泉地学研究所主任研究員
菊川 城司さん
地下水としての温泉保全について話す前に、箱根や湯河原を例に挙げて、温泉の仕組みについて説明します。
温泉とは、地下に浸透した雨水などが、ゆっくりと地下の深い所を循環して、熱や成分を獲得したものです。これには数年から数万年かかります。水がどのように与えられるか、熱の源が何かによって、温泉は分類されています。
温泉は「火山性温泉」(第四紀(二百万年以後)の火山活動で形成される温泉)と、「非火山性温泉」に分かれます。非火山性温泉は、「深層地下水型」と「化石海水型」に分類されます。
火山性温泉は、地下にあるマグマ溜まりから火山性のガスが上がってきて、近くの地下水に火山の恵みで熱や成分が与えられます。温泉のもとになる「水」は9割以上が雨です。箱根、湯河原は火山性温泉です。
丹沢山地の中川温泉は、非火山性温泉の一例です。昔マグマだったものが固まった「高温岩体」と呼ばれるものがまだ地下に残っていて、その余熱で温度が上がります。箱根のように80度にはなりませんが、40度ぐらいにはなります。
また「高温岩体」がなくても、地中は温度が地下に行くにしたがい、地熱で100mあたり2〜3度上がるので、1500m程掘れば60度になる計算です。ちなみに、最近増えている大深度温泉というのは、この部類に入ります。
それから、昔の海の水が閉じこめられている「化石海水」を汲み上げている温泉もあります。
次に泉質ですが、火山性温泉は、火山性蒸気と雨水の混合具合で泉質が違います。ほぼ同じ地区で、火山起源の成分と地下水流動の状況が同じならば、温泉も同じですし、どちらかが異なれば泉質も温度も違います。ですから、火山性温泉は本当にバラエティーに富んでいます。
化石海水型でしたら、ナトリウム‐塩化物泉、つまりほとんどが食塩泉です。
よく茶色の湯がありますが、これは昔の植物由来の腐植質が溶けているもので、フミン酸が主です。この場合はナトリウム‐炭酸水素塩泉、重曹泉ですね。平野部はだいたいこんなもので、火山性温泉に比べると検討がつけ易いのです。
湯元 | 冷湯、気味なし 脚気、すぢけ、骨痛、痔疾、瘡毒、タムシ、など |
塔之沢 | 温湯、辰砂湯、気味かろし 中風、脚気、筋痛、冷症、頭痛、打身、など |
堂が島 | (性質の記載なし) 痰痛、脚気、痔、頭痛、めまひ、すぢけ、など |
宮ノ下 |
温湯、気味しほはゆし(塩けが多い) 頭痛、腰痛、脚気、しっつり、中風、疝気、など |
底倉 | 熱湯、気味至而鹹し 痔疾、淋病、疝気、中風、打身、帯下、など |
木賀 |
温湯、気味鹹し、又酸みあり (上湯)気血不順、気虚、胸騒ぎ、すぢけ、など |
芦之湯 |
冷湯、気味酸し (達磨湯)眼丹、ただれ目、濕眼、つき目、熱、ムシ歯、など |
温泉も地下水であると考えると、その集水域が決まります。箱根は一つの集水域で閉じていますから、箱根だけを考えるならば、平野との関係は考えなくてもいいのです。湯河原も閉じた集水域として考えます。
温泉が枯渇しているかどうかは、ある井戸の水位と温度が一定なのか、それとも下がっていくのかを計測する方法があります。
温泉は雨水と火山性蒸気が混じり合ってできているので、雨量が減れば湧出量も減りますし、雨水からくる地下水の流れが一系統ではなく複数系統あれば、その系統間のやりとりを考えねばならない。それは、場所により異なるので、特定するのはなかなか難しいです。
この系統を、簡単にいえば「水脈」という言葉で表現しますが、水脈といっても地下に川の流れのようなものがあるわけではありません。スポンジのようなものの中を、地下水がゆっくりと動いている姿をイメージしたらよいでしょう。箱根、湯河原で、どこにどういう水脈があるかは、なかなかはっきりとわからないのが現状です。
なぜかというと、例えば、深い所には熱くて成分も濃い水があり、浅い所ほど雨水に近い薄くて温度の低い水があると考えてみてください。その水が層になって重なっているのです。どこかで温泉を過剰に汲むと、その部分の湯が無くなるため、上から冷たい水が入ってき易くなり、結果的に湯の温度が下がるかもしれません。しかし、もしお湯と水との間に互いにやりとりがなければ、お湯を汲んでも湯の温度が下がらずに、単に湯量が減るだけです。また、上の冷たい水もやがては温泉になると考えた場合は、冷たい水を汲むと温泉もなくなってしまうかもしれない。つまり、いろいろなパターンが考えられるということです。
したがって、現状としておおまかな状況はお話できますが、現在はある場所のある源泉がどのようなパターンに相当するのかを、見極めようと調査している段階です。
要は、水収支バランスと、下からの火山蒸気の供給のバランスが、どのような連鎖で関係しているかが問題になるわけですが、それはピンポイントではなかなかわかりません。
温泉の湧出量は水収支と関係していますから、降雨量の影響が出易い温泉と、すぐには出ない温泉があります。例えば、自然に湧いている温泉(湧泉)の中には大雨が降ると3日後に湧水量が増える場所があります。逆に、降雨にほとんど左右されない温泉もあり、個々の個性があります。箱根では、姥子温泉はこうした影響が出やすい温泉です。通常汲み上げているような掘削井戸では、目に見えるような大きな影響は出てこないですね。
ただし、年単位で長期的に見ると、汲み上げ量や収支のバランスが崩れ、だんだん量が減ってきているという源泉もあります。さらに収支以外にも、例えば火山活動が活発になったりすると温度が上がることがあります。
当研究所は1961年(昭和36)に、神奈川県によって設立されました。当初は温泉研究所と呼ばれていましたが、後に地震や地下水汚染も研究範囲に含め、今は温泉地学研究所と名乗っています。地質構造の解明、温泉保護の対策、地下水の保全、地震活動の監視という4部門から成っています。
温泉は、昭和30年代により深く、より多くお湯を汲み上げることができるようになり、全国的に温泉の乱開発が起きました。ボーリング技術が発達し、汲み上げポンプの性能が良くなってきたからです。この2つの技術性能の向上が、過剰掘削に拍車をかけ、問題化していきました。
箱根、湯河原など県内の既存温泉にも影響が出て、このままでは枯渇してしまうかもしれないという危機感がありました。そこで、温泉の保全を目的に、当研究所がつくられたのです。
温泉研究所ができるまでは、温泉にかかわることは保健所が担当しており、箱根の湯量が減ってきたということはわかっていました。「それは多分掘りすぎたから」程度のことはわかっていたのでしょうが、本格的に温泉保護のための研究を始めたのは1961年(昭和36)以降です。自治体レベルでの取り組みとしては全国でも非常に早かったと思います。
温泉地学研究所の主要な活動の一つに、モニタリングがあります。定点観測をして経年変化を調べ、問題が起きればさらに調査します。定点観測地点は箱根で8ヶ所設けています。
また、日常の観測とは別に、スポットで調査する場合もあります。箱根では群発地震が起きることがありますが、それに伴い温泉の温度が上がることがあります。地震火山活動とのかかわりを調べるために、温泉データを集めるのです。最近では2001年に温度上昇が認められました。
このような観測業務とは別に、県民からの相談を受けることもあります。例えば、温泉宿のご主人から「いままで透明だったけど、何か沈殿物ができるようになった。泉質が変わったのか?」とか「今まで無臭だったのに、臭いがする」「量が減ってきたけど、隣で何かやっているのでは」等といったことです。沈殿物があるという相談ですが、これは場合によっては温泉からではなく、清掃や管理が不十分で、藻などの有機物が発生するケースも考えられます。
湯量が減る場合、我々がまず疑うのは井戸のメンテナンスがされているかどうかです。長く使っていると、井戸の管内に湯垢(スケール)が付着したり、ポンプの能力が落ちてきます。スケールを除去し、それでも戻らなければ、湯量が経年的に減っているのかを調べます。井戸毎に源泉の温度、量のデータは集めていますので、それらを並べて判断します。
現在箱根、湯河原の湧出量は落ち着いていますが、高度成長期には、温泉の開発はさらに進み、枯渇化が深刻になりました。
そこで神奈川県では、1967年(昭和42)に「温泉保護対策要綱」をつくり、新たな掘削の禁止や、汲み上げ量の上限を定めました。これに効果があって、湧出量低下に歯止めがかかりました。
この対策要綱では、まず保護地域を定めました。「特別温泉保護地域」「温泉保護地域」「温泉準保護地域」の3つにランク分けし、箱根は大部分が温泉準保護地域となりました。
温泉準保護地域における新規掘削井戸について、箱根は1分間に70リットル以上を、湯河原は1分間に60リットル以上を汲み上げ禁止にしています。ただし、要綱ができる前の井戸については既得権として、いままで汲んでいた分は認めています。特別温泉保護地域と温泉保護地域は新たに掘ってはいけない地域です。
これを定めてから、湧出量の減り方がだんだん緩やかになってきています。そして、なんとか現状維持できる程度までには回復しているのではないかと思います。
今、源泉掛け流しがブームですが、実際問題として現在の箱根の収容人員分を掛け流しで使おうなどというのは無理な話で、湯量不足を補うために循環させて温泉を利用しているのです。したがって実際の「汲み上げ量」と「利用量」は、乖離していると思います。
温泉の保全は地下水の保全と同じです。雨水の何パーセントが地下水になり、さらにその何パーセントが温泉になるということを知った上で、使う温泉量を決めるべきです。これは平野にある工場が地下水の揚水量を決めるのと同じ理屈です。
ただし、温泉成分は変動します。2ヶ月前に測った湯と、今測った湯は、似ているけれどまったく同じ成分ではありません。雨水の涵養状況が温泉の濃度とかかわるので、量の保全と質の維持は並行して行なう必要があります。
このことは、温泉地によっては死活問題になる場合もあります。つまり、温度は25度以上あるけれども、温泉法で定められた成分の容存物質総量が1000mg/kg未満だと、何が含まれていようと「単純温泉」と一括りにされ、越えていれば「塩類泉」とされます。この境目にある温泉は、水の量によって区分けが変わるし、その変動は雨量などの自然変動による部分と、人為的な汲みすぎによるなど、複数の要因が考えられます。
現在の制度では、10年に1回程度の成分検査で、単純温泉か塩類泉かに区分されます。その間に変動があっても、10年間はそのままです。つまり、温泉というものは量も質も地下の水収支により常に変動しているものですが、実状はそれに対応していないのです。
地下水の流動は、原因がわからないことが多く、まだまだ調べねばならないことがたくさんあります。根気よくモニタリングすることで、温泉の健全な資源利用に役立ちたいと思います。
1948年(昭和23)に制定。温泉法で、温泉とは「地中からゆう出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く。)」で、「別表に掲げる温度又は物質を有するもの」とされている。別表は、以下のとおり
1 温度(温泉源から採取されるときの温度とする)摂氏25度以上
2 物質(次に掲げるもののうち、いづれか一)
物質名 | 含有量(1kg中) |
溶存物質(ガス性のものを除く) | 総量1000mg以上 |
---|---|
遊離炭酸 | 250mg以上 |
リチウムイオン | 1mg以上 |
ストロンチウムイオン | 10mg以上 |
バリウムイオン | 5mg以上 |
フエロ又はフエリイオン | 10mg以上 |
第1マンガンイオン | 10mg以上 |
水素イオン | 1mg以上 |
臭素イオン | 5mg以上 |
沃素イオン | 1mg以上 |
ふつ素イオン | 2mg以上 |
ヒドロひ酸イオン | 1.3mg以上 |
メタ亜ひ酸 | 1mg以上 |
総硫黄 | 1mg以上 |
メタほう酸 | 5mg以上 |
メタけい酸 | 50mg以上 |
重炭酸そうだ | 340mg以上 |
ラドン | 20(100億分の1キュリー単位)以上 |
ラヂウム塩 | 1億分の1mg以上 |
つまり、「温度が25度以上」か、上に挙げた物質のどれか1つを基準量以上充たしていれば、法律上は温泉となる。このあまりにも幅の広い温泉の定義が、温泉法の評判がよくない理由の一つとなっている。
また、温泉の成分等の表示については、温泉法第14条で「温泉を公共の浴用又は飲用に供する者は、施設内の見やすい場所に、環境省令で定めるところにより、温泉の成分、禁忌症及び入浴又は飲用上の注意を掲示しなければならない」とされており、その掲示項目は、温泉法施行規則第6条で以下のとおり定められている。
この内、1から6及び11、12が従来の掲示項目、7から10は2005年2月に改正され追加されたものだ。改正された背景には、2004年に各地で問題になった温泉偽装問題や、循環ろ過式入浴施設で起きたレジオネラ肺炎感染の頻発がある。