機関誌『水の文化』25号
舟運気分(モード)

スウェーデンの水景色

川上 麻衣子さん

川上 麻衣子

1966年、スウェーデンに生まれる。 玉川学園中等部在学中にNHKドラマ「人間模様・絆」でデビュー。 1980年、TBS「3年B組金八先生」出演。以後、数々の舞台に立ち、現在ではガラス工芸デザインも手がけている。

今、私は東京湾とレインボーブリッジが見える家で暮らしています。すぐそばに水のある生活が好きなのです。

子ども時代をストックホルムで過ごしたことが影響しているのでしょうね。ストックホルムは、町全体が水の上に浮かんでいるような水の都。いたるところに湖がある美しい町です。

そこで生まれた私は、生後10ヶ月で東京に戻りました。でも、その後もたびたびストックホルムに遊びに行きましたし、小学校3年から4年にかけては、丸1年間住んでいました。そのとき水と親しむ豊かさを実感したのです。

6月ごろ、日差しが強くなると水辺に出て、船やヨットに乗ったり。湖の脇にある遊園地では、よくジェットコースターで遊びました。水の中に落ちていくような設計になっていて、スリル満点なところが大好きでした。

夏休みは水辺の別荘で過ごす家族が多いのですが、その過ごし方も素敵です。私も湖畔にある知り合いの別荘に行きましたが、トイレは穴が開いているだけ。排泄物の処理も自分たちでして、電気もあまり使わない、素朴な田舎暮らしが体験できました。

別荘にいる間、子どもたちは親と一緒に家の修理をしたり、森に入って木の実やキノコを採ったり、遊びながらいろいろなことを学ぶんです。もちろん湖では、たっぷり泳ぎます。

そうそう、スウェーデン名物で「世界一臭い」といわれる缶詰「シュールストロミング」、あれは湖の中で開けるといいんですよ。塩水に漬けたニシンが入っているのですが、缶が膨張するぐらい発酵しているので、開けたとたんガスとしぶきがブシュ〜ッと噴き出してくる。特に内臓も入っているタイプは、開けたとたん息もできなくなるほど強烈な臭いですから、しぶきが服や体に付いたら大変なんです。その対策に湖を利用するわけです。

寒くなっても、みんなけっこう湖に入っていましたね。外の気温より、水中のほうが暖かいですから。冬になって湖面が凍ると、そのままスケートリンクにもなりますし、夏には通れない交通ルートにもなる。私も冬は、人のボートを乗り越えたりしながら湖を通って、家から駅までスケートで行ったりしていました。

スウェーデンには国際的なスポーツ選手がたくさんいますが、それも子どものころから日常的にいろいろなスポーツを楽しめる環境のおかげでしょうね。何をするにもあまりお金はかからないし、自由にできますから。

自由といえば、小学校も日本とは比べものにならないくらい開放的。授業中に何か食べていても、机の上に座っていても、先生はまったく怒りません。授業そのものも、先生が生徒に教えるのではなく、それぞれが自分の意見を述べながら進めていく。

学校で、ディスコパーティーをしたこともありました。教室にミラーボールまでつけて、ドレスアップして踊るのです。スウェーデンでは、小さい女の子でもレディとして扱ってくれますし、性教育も小学校3年生から始まります。自由だけど自主性が身につく教育だから、同じ年の日本の友だちや自分より、ずっと大人に見えましたよ。

すごく驚いたのは、学校の中に歯医者さんがあって、授業の合間に行かなければいけなかったこと。学校にあるから嫌でも逃げられないんです。私も一度乳歯を抜かれて、そのあと脱脂綿を噛みながら授業を受けたことがあります。

何もかも日本の小学校では考えられないことでしょう? 私も最初はとまどいの連続でしたが、2ヵ月後にはすっかり馴染んでいました。あまりに馴染みすぎたので、帰国してからがまた大変。一度自由に慣れてしまうと、なかなか規律正しい日本の小学生に戻れなくて苦労しました。

思い起こすと、私がスウェーデンから戻ってきた時期の日本は、水も空気も一番汚いときだったんじゃないかな。今は日本の水面もずいぶんきれいになりましたよ。東京の家から見る水の景色も好きですけれど、やっぱりその上に広がる空の色、空の広さがもの足りない。美しい水と空があるストックホルムの景色を見ていると、これを壊してはいけないって、自然と思えるようになりますね。環境のことに関心が高くなるのも、常に美しさが身近にあるからじゃないでしょうか。

帰国後も、ほぼ毎年ストックホルムに行っています。ここ10年ぐらいは、段ボールいっぱいに本を詰めて持っていき、まとめて読書するのが夏休みの楽しみです。

家の外では湖の水面が揺れて、夜の室内ではキャンドルの炎が揺れる。どちらも、見ていると落ちつきますね。私はそういう風景を、多分ずっと日本にいる人よりたくさん見てきたんだと思います。そのことが、今関心を持って取り組んでいるガラスのデザインにも生きているんじゃないでしょうか。



PDF版ダウンロード



この記事のキーワード

    機関誌 『水の文化』 25号,川上 麻衣子,海外,水と自然,湖,水と生活,日常生活,湖,スウェーデン,ストックホルム

関連する記事はこちら

  • 関連する記事はありません

ページトップへ